定例会議二日目~松永視点・その二~
松永は佐久間支部長からの指示通りに、一時間後に星崎を連れて会議室に戻る為に隊舎に戻った。複数人で。
「へぇ、あれが修理した敵機なのね」
その内の何人かは、演習場のアゲラタムが見たいと言い出した。その監視の為に松永は共に演習場へ向かった。演習場には修理した八機の他に、動く影が在った。
「おい、あれ」「星崎か?」
時間帯的に星崎が居そうな場所は食堂だろうと思っていたが、意外な事に演習場にいた。
星崎はアゲラタムの足元で、パワードスーツに乗り、何かの作業に没頭している。
松永が近づいて名を呼べば、星崎はパワードスーツから降りて来た。共にやって来た飯島大佐が作業内容について星崎に尋ねると、数日前に申請を受け、松永経由で佐久間支部長から許可を取った『装備の改修』作業だった。
「長剣砲と狙撃用のライフルはこれで完成か?」
「一応が付きますが、ほぼ完成です。バッテリーの代わりをここに填め込み『ただのライフル』として使うのならば、引鉄を引けばいいのでナスタチウムかキンレンカでも使用は可能です」
サラッと、とんでもない事を言われて、松永を始めとした面々は暫し絶句した。
「狙撃用として使うのならば、照準システムをどうにかして繋ぐ必要が有ります」
続いた星崎の言葉を聞き、最初に復活した飯島大佐が彼女に確認を取る。
「……アゲラタムで使う分には問題無いんだな?」
「有りません。長剣砲が有るので、使う機会は少ないと思います」
「どっちにしろ、使えるのは良い事だな」
飯島大佐はそれ以上考える事を止めた。頭から疑問符を飛ばしている星崎に作業を中断させて、食堂まで連れて行く。星崎以外の全員がマグカップに淹れたコーヒーを飲み、その内何人かは差し入れとして出された、星崎が午後に焼いたクッキーを食べてテーブルに伸びる。
そんな中、松永は熱めのコーヒーを啜りながら、隊舎に戻った理由を隣に座らせた星崎に話す。興味関心の無い人間について忘れる癖を持った星崎は、案の定、高橋大佐について忘れていた。飯島大佐が説明すると、小さく声を上げて思い出した。
「たかはし? ……あ、シャワーを浴びていた時に部屋に入って来た人ですか?」
「間違ってはいない。いないが、その認識だけは改めろ」
「そうだな。お前の悪戯に引っ掛かった程度にしろ」
高橋大佐に対して憐みを覚えた松永は、飯島大佐と共に星崎の認識を変える為に訂正する。
「? 服を着る前に音が聞こえたのですが、そのまま確認しに出た方が良かったですか?」
「「それは止めろ!」」「止めなさい!」「「「「「「ぶほぉっ!?」」」」」」
松永は額に手を当て、飯島大佐は頭を抱えて、同時に叫んだ。草薙中佐も同じ内容の言葉を叫び、伸びていた他のものは吹いた。
……星崎はたまに『羞恥心』が抜け落ちる。一度指摘すれば、以降は気にする。だがそれでも、たまに気を遣わなくなる。
自身が未成年だから興味を持たれないと、星崎が本気で思っているのが一番の問題だ。男の松永では言い難いが、星崎は何時になったら性別を気にするのか。
松永が思考を別のところに飛ばしている間に、同じ性別の草薙中佐が星崎に説教をしている。
「? 訓練学校で『成人するまで気にしない方が楽だぞ』と、何度も言われたのですが……」
星崎は心底不思議そうな顔で、爆弾を爆発させた。松永は口元を引き攣らせ、他の面々はギョッとした顔になった。
「誰よ!? そんな事を言った馬鹿は!?」
「間宮教官ですが?」
草薙中佐の悲鳴じみた問いに星崎は冷静に返した。だが、その内容は草薙中佐の怒りの火に油を注ぐものだった為、殆どのものは彼女から距離を取った。
高橋大佐の元部下の一人が、三年程前に訓練学校の教官役になった話をここにいる誰もが聞いていたからだ。その一人とは、星崎が口にした教官の事だ。
「なぁ、高橋大佐のとこってどうなってんだろうな?」「俺に聞くなよ」「誰も知らねぇだろ」
草薙中佐を刺激しないように小声でやり取りが行われる。
「訓練学校がアレな事になっているのは聞いたけど! 一体、どうなっているのよぉおおおっ!?」
草薙中佐は頭を掻き毟って叫ぶ。周りの面々が、今にも暴れ出しそうな草薙中佐を取り押さえ、飯島大佐が宥めて落ち着かせる。
その様子を不思議そうに眺めて、首を傾げた星崎が再び口を開いた。だが、松永は油に次ぐガソリンを投下する訳には行かないと、星崎の口を慌てて塞いだ。星崎はふがふがと声を上げるが、松永は『黙っていろ』と声を掛けて大人しくさせる。
そのまま数分程度の時間が流れて、草薙中佐はやっと大人しくなった。単純に無酸素運動を数分間も続けて、息が上がっただけだが。
肩で息をする草薙中佐は、マグカップを鷲掴みにしてコーヒーを一気飲みすると、『先に戻る』とだけ言って、大股で食堂から去った。その背中を皆で見送る。
「どうしたんだ? 草薙の奴」
「高橋に一発入れに行ったんだろ」
「「「「「……ああ、成程」」」」」
一人が疑問を口にすれば、飯島大佐が推測を語り、皆納得した。
「高橋大佐が無事か否かで賭けるか?」
「止めろ。誰かが止めるから賭けにならねぇ」
「いや、止められそうな佐々木と井上がここにいるんだぜ。佐藤大佐は見捨てそうだから成立するだろ」
「そう言われると成立しそうだな。ここは『工藤中将を盾にして無事』に、ノンアルビール一本を掛ける」
「よし、俺は『休憩時間終わりまで逃げ切れずに一発貰う』にノンアルビール二本」
賭け事が始まったが、誰も注意しない。白けた目で賭けを始めた二人を見るだけだ。
「どうして賭けるんですか?」
「娯楽が無いんだろう」
解放した星崎が疑問を口にする。松永は適当に返した。
「間宮教官は高等部の男子生徒とグラビア水着雑誌を『娯楽』と称して、回し読みしていましたよ」
続いた言葉を聞き、松永は草薙中佐が居なくて良かったと心から思った。周りの面々も同じ事を思ったのか、何とも言えない微妙な顔をしている。
「星崎。訓練学校に女性の教官はいないのか?」
「いません。医務室の先生は女性でしたが、昨年度で定年退職しました。代わりの先生は男性です。事務室も男性しかいませんし、女子寮の寮監は高齢の女性です」
「……そうか」
松永は片手で目元を覆いため息を吐いた。思っていた以上に重いため息が出てしまった事に気づき、松永は遅い誤魔化しとしてコーヒーを飲む。
「一度、星崎に訓練学校で受けたセクハラについて、聞き取りをやった方が良いな。相手は大林に頼むか」
「それに関しては同意しますが、草薙中佐は抜きでお願いします」
飯島大佐の提案に皆で同意しつつ、草薙中佐には聞かせられない内容になる事必至なので、松永は人選に一言言った。飯島大佐は判っていると無言で首肯する。
「? 卒業生に聞かなくても良いのですか?」
「卒業生がどの部隊に配属されたかを、調べるところから始めないとだから時間的に無理だな。卒業後に母校について聞きに行って、不安がられるのもアレだし」
「星崎から聞き取った方が時間の短縮になる」
「そうですか」
星崎は疑問を口にするも、納得の行く回答を得るなり興味を無くしたのか、クッキーに手を伸ばした。
その様子を見ながら、松永は大林少佐と星崎を初めて引き合わせた時の事を思い返した。
ほんの一瞬だが、顔を引き攣らせて警戒心を剥き出しにしたのだ。
星崎は松永の顔合わせの時に驚きはしたが、それは周囲の行動を見て驚いたのであって、松永に会って驚いたのでは無い。
あの時の事を考えると、星崎を大林少佐に再び引き合わせて良いものか、少し考えてしまう。けれど、草薙中佐には何時も通りの反応をしているし、数日前に会った時も無反応だった。何を意味するのかさっぱり分からない。
松永達はそのままのんびりと、時間ギリギリまで過ごした。
時間通りに戻った会議室は、昨日とは違った意味で――いや、昨日以上の阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されていた。
自身の後ろにいる星崎に見せて良い光景では無いので、松永は青い顔をしている井上中佐にハンドサインを出して共に廊下に退避させる。
会議室内は、テーブルと椅子が倒れて散乱し、高橋大佐を含む複数人の男性幹部が白目を剥いて床の上に伸び、数少ない女性幹部は部屋の隅に避難している。生き残りの男性幹部の一人は、松永達が部屋に入った瞬間に、倒れている高橋大佐を庇って草薙中佐の一撃を脳天に受けて昏倒した。草薙中佐が一撃を放った瞬間に、生き残りの男性幹部が飛び掛かって取り押さえる。松永と一緒に来た男性幹部達も取り押さえに参加し、手際よく草薙中佐を縄で拘束して、どうにか成功させた。
姿の見えない佐久間支部長に至っては、倒れたテーブルの陰に隠れていた。
ちなみに、賭けで名の挙がった工藤中将は、松永達が到着した時点で既に白目を剥いて倒れていた。佐藤大佐は草薙中佐を取り押さえる側に回っていた。
「情けないと言えば良いのか、草薙中佐が強過ぎるのか。分からない光景だな」
「うん。この地獄絵図を前にしてそんな感想しか出て来ないから、お前は『鬼畜』だの『魔王』だの言われるんだよ」
飯島大佐からのコメントを無視した松永は、テーブルの陰に避難していた佐久間支部長を引きずり出して床に正座させ、何が起きたのか説明させた。
ここで組織の長を床に正座させている状況に、誰一人として口を挟まずに片付け作業を優先する辺り、皆松永の性格を正しく理解していた。伊達に『ご意見番』や『ストッパー』などと呼ばれていない。
「説明を簡単に纏めると、『鬼の形相をした草薙中佐が、入室するなり高橋大佐に襲い掛かり、取り押さえる過程で会議室が荒れた』で、合っていますか?」
「……色々と端折っているが、概ねそんなところだな」
「それでこのあと、どうするつもりですか?」
「伸びている奴を叩き起こしても良いけど、どうしようか?」
「私に聞かないで下さい」
松永は無性にため息を吐きたくなったが、我慢して周囲を見回した。
テーブルと椅子が元の位置に戻され、白目を剥いて伸びていたもの達は部屋の隅に運ばれ介抱を受けている。暴れていた草薙中佐は縄で椅子に拘束されていた。
幾分マシな状態になったと判断した松永は廊下にいる井上中佐と星崎を呼んだ。
井上中佐と共に入室した星崎は、室内の惨状よりも松永の正面で床に直正座している佐久間支部長を見て、前髪の隙間から見える眉を潜めた。井上中佐は室内の惨劇の跡に顔を青褪めさせた。
「支部長……何故そんな、マダオみたいな顔になっているのですか?」
星崎はそう言って、呆れて開いてしまった口元を隠すように手を当てた。
「星崎。『マダオ』とは何だ?」
「いや、気にするのはそこじゃないだろ」
飯島大佐の突っ込みを無視した松永は星崎に回答を促す。星崎は回答する為に口を開く。
「たまたま読んだ娯楽小説に在った造語です。『頼り無く、役に立たず、尻に敷かれてオロオロする男性』を『まるで駄目な男』と称し、その省略が『マダオ』です」
『……ああ』
星崎の説明を聞き、室内にいた生き残り全員が納得の声を上げた。松永も『最適な渾名』だと思った。
「何で納得するの!? 誰か一人ぐらいは否定しても良いんじゃないか!? いい加減にしないと、流石の私でも泣くよ!」
「昨日会議が荒らされて、泣いた幹部がいますので、泣きたければどうぞ」『どうぞどうぞ』
「即答ぉ!?」
佐久間支部長は悲鳴を上げたが、全員無視した。やはり、議長自ら会議を荒らそうとした恨みは強かったらしい。
「遅れてごめんなさぁい……って」
混沌の兆しが見え始めた時に、神崎少佐がやって来た。室内の状況を見て目を丸くしている。
松永の眼前で床に正座する佐久間支部長。縄で椅子に拘束されている草薙中佐。白目を剥いて伸び、介抱を受けている複数の男性幹部。
確かに状況が見えない。
「どう言う状況なんですの?」
「高橋大佐の元部下の、星崎に対するセクハラ言動を知ってキレた草薙中佐が暴れただけだ」
「あらまぁ、そうでしたの」
松永の簡単な説明で神崎少佐は納得した。これだけで納得されてしまう辺り、草薙中佐と高橋大佐の信頼度が判明してしまう。
「高橋大佐の事情聴取はあとで行うとして、昨日の『星崎ちゃん誘拐未遂犯』の取り調べが終わりましたわ」
「本当!?」
神崎少佐からの報告を聞き、草薙中佐は目をギラつかせて、火事場の馬鹿力で縄を引き千切って立ち上がった。その光景を見た全員が引く。
「あの馬鹿共、どこまで喋ったの!? 全部吐かせたんでしょうね!?」
草薙中佐は己に集中する視線を全て無視して、神崎少佐に詰め寄った。今にも胸倉を掴み掛かりそうな気迫を持って迫る。
だが、存在そのものが冒涜的な人間に、草薙中佐の気迫は通用しなかった。
「まったくもう、ちゃんと報告するから落ち着きなさいな。ほら、椅子に座ってお待ちなさいな」
神崎少佐は普段通りの態度で、草薙中佐を逆に宥めて席に座らせた。草薙中佐の念押しも適当に相槌を打って流している。
伸びていた幹部を起こし、皆で席に着く。星崎は松永の後ろに置いた椅子に座る。佐久間支部長は、正座をして足が痺れたのか、のろのろとした動きで椅子に座る。
「では、あたくしから報告しますわ」
全員が椅子に腰を下ろし落ち着いたところを見計らって、神崎少佐は報告の為に口を開いた。
犯人の上官の拘束と尋問も既に終わり、犯行動機や証拠隠滅の手口を始めに次々と報告が神崎少佐の口から語られて行く。一つ開陳される度に、女性幹部達の顔が、『鬼の形相か、能面のような無表情』に変わって行き、男性幹部の数名がカタカタと震え始める。
「――報告は以上になりますわ。最後に、犯人の上官は『星崎ちゃんの上官に直接会わせろ』と言っておりましたわ」
神崎少佐の報告を全て聞き、最後の付け足し情報を聞いて、大半の幹部の目が死んだ。
「自分から死にに行くとか馬鹿じゃないか?」
神妙な顔をした佐久間支部長の感想に、松永と星崎以外の全員が力強く首肯した。
「佐久間支部長。どう言う意味か、お尋ねしても良いでしょうか?」
「それは会議が終わったあとで受ける。必ず受けるから落ち着いてくれ」
松永の質問に、佐久間支部長は額から大量の脂汗を流してそう言った。回答を受ける権利を有耶無耶にされては困るが、今は会議を優先させなくてはならない。松永は釘を刺して引き下がる事にした。
「分かりました。あとで直接出向きます」
「う、うむ」
佐久間支部長に同情と憐憫に満ちた視線が集まった。
「あ~、神崎少佐。確認するが、犯人の上官は、『星崎の上官』に『直接会いたい』と言ったんだな?」
「そうですわ。あの様子だと、星崎ちゃんの上官が草薙中佐だと思っているようですわ」
佐久間支部長の確認に、神崎少佐は頷き追加情報を開陳する。
「馬鹿じゃねの?」「馬鹿は認めるが、何で草薙中佐だと思ったんだ?」「救出に草薙がいたからじゃねの?」「ああ、そうか」
追加の情報を聞き、男性幹部の何人かが、草薙中佐を見ないようにひそひそと囁き合う。
「あら? 私を上官だと思っているのなら、私が出ても良いですよ」
草薙中佐は不敵な笑みを浮かべて『ついでに殴り倒す』と口にしたが、続く情報に顔を顰める。
「一応相手は、『先代上層部派の大佐』よ。草薙中佐では、侮られそうね」
神崎少佐の口から、久しく聞いていなかった単語が飛び出し、星崎以外の全員が顔を顰める。
「だったら、正しく星崎の上官である松永大佐が行くのが良いな。松永大佐も一言言いたいだろう?」
「そうですね。あとで予定を合わせて、話し合いに臨みます」
松永はうっそりと笑みを浮かべて、佐久間支部長の意見に同意した。
続いて、草薙中佐が暴れた理由についての報告と進言を、松永が行う。報告を聞いて、滝のような脂汗を流す高橋大佐に色んな意味で視線が集中する。
「星崎は後日、大林少佐に『セクハラと思しき事』を直接報告しろ。大林少佐、時間はどの程度捻出可能だ?」
「仕事の進み具合にもよりますが、最低でも一時間は捻出します。場所は日程が決まり次第、松永大佐に連絡を入れて相談します」
「それが妥当か。松永大佐もそれで良いか?」
「私もそれで構いません。星崎も良いな?」
「はい」
松永の進言はそのまま通った。星崎も素直に頷く。
「さて、高橋大佐の処罰を改めて決めるか」
「支部長。俺ついさっき、草薙に思いっきり殴られたんですけど。草薙は処罰無しで、俺は処罰有りなんですか!?」
「では、草薙中佐に処罰が『不要』だと思うものは挙手してくれ」
佐久間支部長は、高橋大佐の悲鳴を聞き流して、多数決を取る。
高橋大佐と草薙中佐と星崎を除く全員が挙手。皆、『部下の教育不届きが原因』からなる自業自得と判断したようだ。特に巻き添えで殴られた男性幹部達は、『高橋大佐に処罰を必ず受けさせろ』と訴え始めた。訴えを聞いて、高橋大佐の目から光が消えた。
こうなっては星崎が考える、高橋大佐への処罰内容が軽いものである事を願うだけだが、その軌道修正の機会は失われている。
佐久間支部長は星崎に、希望する処罰内容を問い掛けた。星崎は少しの間を開けてから『罰ゲームレベルでも良いか』と逆に質問する。
罰ゲームレベル。
文言にすると、簡単な内容を思い浮かべてしまう。高橋大佐も簡単なものを思い浮かべたのか、目に光が少しだけ戻った。
佐久間支部長は『それでも良い』と鷹揚に頷いて許可を出した。
許可を受けた星崎は、処罰内容を口にした。
「では、『一ヶ月間痴漢大佐と呼ばれる』と、『十日間神崎少佐と相部屋』のどちらが良いですか?」
とても罰ゲームレベルとは思えない内容を聞き、星崎以外の全員が絶句した。松永も予想の斜め上を行く内容に、どうしたものかと額に手を当てた。
「ちょ、ちょちょ、ちょぉっと待てぇええええ!? 何だ!? その究極の選択はっ!?」
一拍間を置いて内容を理解した高橋大佐は驚きの余り椅子を蹴り倒して立ち上がり、目を剥いて絶叫した。
「あらやだわぁ。星崎ちゃん、あたくしへのプレゼント!? 良いわね。喜んで受け取るわぁ!」
神崎少佐は頬に両手を当てて体をくねらせて、高橋大佐に向かって両手を差し出した。
「誰がプレゼントだ、ごるらぁっ!?」
額に青筋を浮かべた高橋大佐は神崎少佐を一睨みしてから、懇願するように星崎に向かって手を合わせた。
「流石に一ヶ月は長過ぎる。もうちょっと短くしてくれ」
「十日間の方を選べば良いだけじゃないか?」
「俺に『男として死ね』って言うのか!?」
誰かの突っ込みを受けて、高橋大佐は断末魔の悲鳴のようにも聞こえる絶叫を上げた。
星崎は高橋大佐の様子を見て首を傾げる。恐らく、神崎少佐と相部屋になる事で、高確率で起きかねない惨劇が理解出来ていない。
「……え~と、別の何かを考えた方が良いですか?」
「気を遣わなくて良いぞ」
星崎の提案は、高橋大佐に気を遣っているようで、別の地獄の釜の蓋を開くものだった。
それに気づいた松永は即却下する。気づかない高橋大佐には、救いに見えたのか、縋り付こうとしている。
「松永! お前に! 人の! 心は! 無いのか!?」
「別案は、これ以上に酷いものになる可能性が高いですよ? それでも良いのですか?」
「ち、痴漢大佐呼びに比べれば……」
「それでは、『二十日間いびられながら、支部長以外の誰かの仕事を手伝う』とか、どうですか?」
星崎の別案を聞き、佐藤大佐がとびっきり良い笑顔を浮かべた。
「よし、高橋!」
「てめぇのところにだけは何が遭っても絶対に行かねぇ」
「まだ何も言っていないぞ!」
高橋大佐は即座に拒否し、憤慨する佐藤大佐を指差した。
「言わなくても解るっ! 俺に仕事を押し付ける気満々だろ!」
「何故解った!?」
「お前が分かり易いんだよ」
佐藤大佐は考えを見抜かれて、目を見開いて心底驚いた。その為、飯島大佐の突っ込みは耳に入らない。
「では『十五日間毎日支部長に反省文を書いて提出する』が良いですか?」
「小学生かよ」
続く星崎の別案に、誰かが揶揄うようにコメントをする。小学生扱いされた高橋大佐は憤然として抗議する。
「誰が小学生だ!」
「四百字詰めの原稿用紙三百枚分を書いて提出すれば、小学生扱いは受けないのでは?」
「そう言う問題じゃねえ。あと枚数が多過ぎる」
大林少佐からの提案に肩を落とし、高橋大佐は再度星崎に手を合わせた。
「星崎。せめて一日で終わるものにしてくれ」
「一日? ……『防音完璧な部屋で、パワハラ、モラハラ、セクハラのどれか一つを受けながら、二十四時間床に正座して憲兵部の人からお説教を受ける』」
「済まん。もうちょい短くしてくれ!! あと憲兵部が絡まないものにしてくれっ!!」
高橋大佐は土下座する勢いで、星崎に頭を下げた。その声には、非常に切実な響きが在った。憲兵部には神崎少佐も含まれる上に、性別を問わずその同類も多く所属している日本支部屈指の『腐った魔窟』だ。そこで、パワハラ、モラハラ、セクハラのどれか一つを二十四時間受けるのは、一種の地獄か拷問だろう。
星崎は知らないだろうが。
「『二時間人通りの多いところで、支部長からの公開お説教を床に正座して受ける』が、良いですか?」
「私は別に構わんぞ」
他人事のように状況を眺めていた佐久間支部長は、何故か乗り気だった。
「上の階級の人間でも、やらかしたら叱られるのは当然だからな」
不要な付足しを聞いた高橋大佐は口を開けて呆然とする。
「『自分がやった事をプラカードに書いて、首から下げて基地一周』しますか?」
最後に星崎からとんでもない『本物の罰ゲーム』を提案されて、高橋大佐は白目を剥き、星崎が隙を見てこっそりと戻した椅子に落ちるように座った。
「だから言ったでしょう」
松永は呆れから嘆息を零す。こうなる未来が見えたから、止めろと助言したのだ。
「えぇと……」
「星崎。今挙げた中から選ばせるからそれ以上言うな」
「はい?」
星崎の顔には『本当に?』と書かれている。
「これさぁ、普通に支部長からの処罰の方が軽くないか?」「確かにそうだな。精神的に」「内容がどんどん酷くなってるけど、松永大佐はこうなるって解っていたんだろうな」「ぷくく。痴漢大佐。響きが良いな」「素直に一ヶ月我慢すれば、精神的に一番軽いってのが酷いな」「そうだな。痴漢呼びする人間を、高橋の副官と俺らに絞れば我慢出来るだろ」「いや、相手を選ぶが、二十日が一番マシだ」「何言って……、確かによく考えるとそれが一番マシに思えるな」「おい何言ってんだ? 反省文が一番楽だぞ。内容を微妙に変えれば良いだけだしな」「大外れは、十日と二十四時間に、基地一周の奴で確定だな」
事の成り行きを見守っていた幹部一同が、本人に聞こえるように堂々と言い合う。
言いたい放題言われていた本人は、ついに我慢出来なくなったのか。立ち上がるなり、何故か松永を睨んだ。
「松永! てめぇのところの教育はどうなっていやがる!」
「貴方の元部下、間宮の影響が九割です」
何を言いだすのかと呆れつつ、松永は高橋大佐に現実を突き付けた。現実を突き付けられて、高橋大佐は呻いた。
「……の、残りの一割は?」
「星崎が元々『こうだった』だけでしょう」
残りの一割に一体何の希望を見出したのか。高橋大佐の質問に松永が己の考察を述べると再び呻く。個人的に早く終わらせたい一心で、松永は高橋大佐に致命傷となる質問をぶつける。
「それで、どれにするのですか?」
「うぐっ」
「選べないのなら、佐久間支部長が決める事になるでしょうね」
「……」
高橋大佐は大量の脂汗を流し、無言になって考え込む。やがて、重いため息を吐いてから一つの決断を口にした。
「は、二十日間仕事やります」
それだけ言うと高橋大佐は精根尽きたのか。再び椅子に落ちるように座ると、そのままテーブルに突っ伏した。一番大事な事について何も言及せず、そのままピクリとも動かない。
「では、高橋大佐の処罰は『月面基地で二十日間、草薙中佐の仕事を手伝う』で良いな」
佐久間支部長は会議を絞めるように、そう言って高橋大佐に止めを刺した。
テーブルに突っ伏した高橋大佐は、副官が回収に来るまで椅子から動かなかった。
前代未聞の定例会議は、こうして幕を下ろした。
最後に行おうとした星崎の性格把握は、一部の幹部のみしか把握出来ず、不発に終わった。
幹部の殆どがテーブルの上に伸びている最中、佐藤大佐が首を傾げて星崎に問い掛けた。
「星崎。高橋を庇う訳では無いが、『演習場百周』と言った内容にしなかった理由は何だ?」
「佐藤大佐。それは訓練生か士官候補生向けの懲罰訓練ですよね? 上の階級の人向けの懲罰内容ではありません。ちゃんと罰ゲームになるように考えましたよ」
星崎から至極当然の事を言われて、佐藤大佐は感心した。
佐藤大佐を除く他の面々は、アレで『星崎的に罰ゲーム感覚だった』事を知り戦慄した。松永的にあれは罰ゲームと言うよりも、『精神攻撃』と言った方が正しい。
「そこだけ常識的なんだな」
「お前に一番言われたくない言葉だな」
飯島大佐のコメントに星崎と高橋大佐以外の全員が頷いた。
「飯島、どう言う意味だ?」
「そのままの意味だ。お前の方が常識についてあれこれ言える程出来ていないだろ」
「そんな事は無いぞ」
「常識が有るんなら、部下に書類仕事を押し付けるな」
佐藤大佐はむっとして飯島大佐に言い返すも、逆に事実を指摘されて口を噤む。
尤もな指摘なので二名を除いた皆で頷く。
「星崎ちゃん。今度お姉さんと語り合いましょう。主に常識について」
話題の流れに乗って、神崎少佐がそんな事を言い出した。星崎は首を傾げて逆に問う。
「神崎少佐の常識は万人向けですか?」
『それだけはあり得ない』
星崎の問いの内容を聞き、三名を除いた全員の心が一つになった瞬間だった。佐久間支部長を含む皆で否定した。
「ちょっとぉ! 誰か一人ぐらいは否定してくれも良いんじゃありませんの!」
神崎少佐が憤慨すれば、幾人かの男性幹部達が否定の言葉を口にする。
「存在そのものが、非常識の奴が何言ってんだか」「本当だよな」「存在そのものが冒涜的なのに、何常識人ぶってんだ?」「何でこいつは男なんだろうな」「生まれてくる性別を間違えたって感じだな」「けどよ、このキャラで女は無いだろ」「……否定出来ん」
続々と出て来る否定の言葉に、無言の男性幹部はおろか、佐久間支部長までもが無言で頷く始末。その光景を不思議そうに見る星崎がぽつりと呟く。
「常識的な人って誰なんでしょうね」
「少なくとも、日本支部にはいないな」
「……松永大佐も含まれますが、それで良いのですか?」
星崎の独り言に答えたら思わぬ突っ込みを受けて、松永は墓穴を掘った事に気づいた。しかし、墓穴を掘った事に気づかれないように松永は正当化する。
「常識的だと、非常識な連中の尻拭いが待っているからな」
「さり気無く非常識人である事を正当化するなよ」
「正当化も何も、そもそも日本支部長がアレですので」
松永は工藤中将から突っ込みを受けるも、最たる非常識人代表を名指しした。松永に名指しされた佐久間支部長は、口の端に笑みを刻んでから言った。
「何を言うんだ松永大佐。私は日本支部一の常識人だぞ」
『絶対違う!』
幹部一同――高橋大佐も内容を聞くなり、起き上がって言った――からの総突っ込みを受けるも、佐久間支部長は笑い声を上げて聞き流す。
「常識って存在しないんですね」
「その通りだ。隊舎に戻るぞ」
松永は星崎の感想を肯定してから、彼女を連れて会議室を出た。
隊舎の隊長室にまで移動するなり、松永は会議での決定事項の一つを星崎に伝えた。
「少尉ではなく、中尉ですか」
「そうだ。過去三回の出撃した際の功績を考えて、会議で話し合った結果だ。遅れている辞令と一緒に、中尉の階級章が近日中に来るだろう」
星崎は神妙な顔で驚いた。
訓練生が卒業した場合に得る階級は少尉で、士官候補生の場合は准尉と分かれている。その為、星崎に与えられる階級は、前例は在るが珍しい。
松永は星崎に、追加で知らせておいた方が良さそうな三つの会議の決定事項を教える。
「会議は中々に酷い状態だったが、無事に決めなくてはならない事だけは、全て決まった。訓練学校に関しては、時間は掛かるが少しずつ改善されて行く。大林少佐からの聞き取りは、日程が決まり次第行う」
大林少佐に関しては、その場に星崎もいたので覚えているだろうと思ったが、松永は念の為口にした。
「今月か来月か、時期は分からないが、星崎には単身で月面基地に向かって貰う。所属部隊の異動では無く、向こうの駐在兵の訓練相手を務めるだけだ」
三つ目の訓練相手は、佐々木中佐と井上中佐から要望を聞き、同意した幹部が多かったが為に決まった。
「分かりましたが……、訓練中に他支部からの横槍が入りそうですね」
少しの間を置いてからの星崎の懸念は、同意しなかった幹部からも上がったものと同じだ。
他支部は未だに、ガーベラに関連する情報の探り入れを止めていない。探りを入れる他支部の中には、パイロットの派遣を提案した支部も在ったそうだ。しかし、星崎と同等の耐久力――最低でも十五G、最大で二十Gまで耐え切る荷重耐久力――を公表した結果、派遣提案は撤回された。
撤回されたと言う事は、他支部には『星崎と同等の耐久力を持つものがいない』事を示しているも同然だ。
「その可能性は大いに在るが、佐久間支部長が大至急、横槍が入った時の対応を考えるそうだ。先ずは、ツクヨミに駐在している部隊で試してから決める」
情報に飢えた他支部も駐在する月面基地に、星崎を単身で送り出すのは……正直不安しかない。
特に星崎はトラブルを引き寄せ易い。何も考えずに送り出した場合、何が起きるのか想像したくも無い。
送り出すまでに、取れる対策は取る予定だが、その内容は決まっていない。これから考える事になる。
けれども、考えるのは支部長の仕事だ。
そう結論付けた松永は、星崎を連れて少々遅い夕食を取りに食堂へ向かった。