定例会議二日目~佐久間視点~
翌日九時、第一会議室。
毎月行っている確認事項と決定事項を終えて、第一の波乱が襲い掛かる。
佐久間が『昨日星崎が言っていた一昨日の件に関する事だ』とワンクッションを挟んでから、一条大将が簡単な謝罪の言葉と共に報告と決定事項を述べて――事件を知っていた面々でさえも絶句した。
次の作戦の日本支部代表総司令が、役割を辞退する。
作戦実行まで、残り日数一ヶ月と少しと言う嫌がらせのようなギリギリのタイミングでの表明だ。
「一応、今日の会議で話し合ってから決めろとは言ったんだがな」
「だが、短期間に二度も問題行動を起こし、軍事裁判送りになった連中の上司をそのままにしては、流石に下の連中に示しが付かない」
佐久間は補足したが、一条大将は己の意思と立場を優先した。
「責任を感じてくれるのは良い事だ。逃げたり他人に押し付けたりするよりかは、遥かにマシだ。だが、今から再選出する時間は無いぞ」
「そうだよ……。支部長の言う通りじゃねぇか!」
「けどなぁ」
「けども何もねぇ!」
「大体、他支部との打ち合わせをやっている奴を、今になって降ろせる訳が無いだろう!」
男性幹部の一人が言う通り、一条大将は十月の作戦が決まった時から『他支部との打ち合わせ担当』を自ら引き受け――そのまま流れるように、日本支部代表総司令の椅子に座る事になった。
「流石に考え直せ。作戦実行までの日数を考えると、終わってからでも良いじゃねぇか」
「それに、問題を起こしているのはお前のところだけじゃないだろう」
口を揃えて全員から『考え直し』を求める声が上がった。その様子に一条大将は渋面を浮かべる。
「信頼が有ると喜ぶべきか悩むな」
「素直に喜んではどうですか? 被害者は『馬鹿が馬鹿やっている』程度にしか思っていません」
「それはそれで、問題が有るだろう」
被害者の上官、松永大佐にまで言われて、一条大将は困り果てた。
「問題を引き起こした七名は作戦から既に外されています。作戦に参加しないもの達への責任まで取ったらキリが無い」
「しかし」
「そもそも、実行犯の六人の『直接の上官』は錦戸准将です。錦戸准将は、貴方が管理している複数の艦隊の、更にその中の一つの艦を任されていただけです。一条大将と錦戸准将の間に、更に何人の管理役がいると思っているのですか?」
「あー、五・六人はいたな」
「錦戸准将の管理責任を問われるのは、その五・六人の中の一人で、間違っても貴方では無い」
「責任感が強いのは良いが、七人の責任の所在を考えると、一条大将の責任を問うのは難しい」
松永大佐の説得に、他の幹部達も首を縦に振って同意する。
「そう言う事だ。一条大将は次の作戦に必ず出て貰う。異議は有るか?」
佐久間はそう言って、全員に異議の有無を尋ねた。反対の声は上がらない。
「時間が無いんだ諦めろ」
「……仕方が無い。分かった。撤回する」
「是非ともそうしてくれ」
一条大将は観念したように撤回した。工藤中将の言葉に全員が頷いた。
会議は進み、議題は佐久間予想第二の波乱『ガーベラとアゲラタムの扱い』に移った。
十月の作戦にガーベラを投入するか否かで、既に散々揉めている。先々月、つまり七月の定例会議から何度も議題に上がっては揉めている。七月と八月の頃は『今後の戦況次第で投入するか否かを決める』となっていたが、八月に実戦込みで大量の稼働データを得る事が出来た為、今回で決めようと言う空気が出来上がっていた。
だがそこへ、水を差すように『ガーベラ並みの性能を持った機体』が投入可能となった……。なってしまった。
たった一機の扱いを決めるだけで、散々揉め倒したのに、そこへ扱いに困る機体が追加で登場した。使用可能な機体が少なく、現時点で二個小隊分(一個小隊五機編成)も無い。星崎に追加で修理を依頼して、使用可能な機体を増やす選択肢は存在する。けれども、機体を増やした結果、修理パーツが不足しては意味が無い。何より、他支部との共同作戦に投入すれば間違いなく問い合わせが殺到し、他支部と残骸の奪い合いが発生すると言う、本末転倒な事が起きかねない。
それらを差し置き最も重要な問題は、『この二種類の機体を実戦レベルで乗りこなせる』パイロットが星崎一人しかいない事。動かすだけならば他にもいるが、実戦で問題無く動かせるかは厳しい。
仮の話。アゲラタムの臨時創設部隊を作るのならば。
その時は試験運用隊の下に作り、松永大佐に隊長を兼任して貰えば良い。元々、臨時創設部隊は試験運用隊の下に作るのが通例で、歴代の隊長も同じだ。だが、そこで問題になるのは、やっぱりパイロットの確保になる。
佐久間は手を叩いて、白熱した議論に夢中になっている全員の意識を己に向けさせた。
「定例会議は来月にも行える。最終決定は来月に行えばギリギリ間に合う。実戦に出すのならば、それまでに選出したパイロットに訓練を重ねて貰うしかない。幸いにも、会議は明日にも行える。急だが、星崎が操縦するガーベラ相手にどこまで出来るか模擬戦をするのも一つの案だ」
佐久間は幹部達を宥めると同時に、己の考えを述べた。佐久間の意見を聞いた幹部の一人が疑問を口にする。
「支部長は、この二種類の機体の投入に前向きなのですか?」
「個人的には投入したい。だが、機体が有ってもパイロットが足りない。作戦の進み具合でパイロットに乗り替えて貰うか、今から選出したパイロットに乗りこなして貰うの二択だ。今からパイロットの選出には時間が掛かる為、操縦経験者から選出する」
「操縦経験者って事は……」
「松永大佐。現時点での星崎以外の操縦経験者は何人いる?」
「そうですね。星崎以外ですと、……ちょうど八人いますね」
佐久間からの質問に、松永大佐は指折り数えて人数を答えた。
「丁度使える機体と同じ数か」
「ですが、その八人は全員、私を含めたこの場にいる人間です。各自で部隊を率いる身ですので、別から選出するか、人数を減らすしかないでしょう」
松永大佐の回答を聞き、一部幹部は唸った。別幹部が松永大佐に質問する。
「松永以外は誰が乗ったんだ?」
「複数回操縦経験者は私、飯島大佐と佐藤大佐、佐々木中佐と井上中佐の五名。一回だけの経験者は高橋大佐に、清水中佐と森中佐の三名です」
「……松永以外、全員次の作戦参加者じゃねぇか」
誰かのぼやき通り、ものの見事に動かしにくい顔ぶれが揃っていた。
「五日程度集中して訓練すれば、ある程度形になります。操縦に慣れるのならば回数をこなすしかありません」
「模擬戦を重ねればギリギリ行けるってところか?」
「……それに関しては何とも言えません。アゲラタムに乗って模擬戦を重ねるのは良い事だとは思います。ですが乗り慣れ過ぎると、今度は『ナスタチウムの操縦に戸惑ってしまう』別の弊害が発生します」
「そう都合良くは行かないって事か」
意外な弊害にパイロットを代表する幹部達は渋い顔をする。複数回搭乗経験の有る佐藤大佐は首を捻った。
「今のところそんな事は起きていないぞ」
「私が一度実体験しました。シミュレーターを使って、操縦感覚を戻すのに百時間を超える時間を必要としました」
「悩ましいな」
松永大佐からの意外な報告を聞き、佐久間はふと湧いた疑問を口にした。
「星崎は、何とも無いよな?」
佐久間は色んな機体を乗り回している星崎を思い浮かべた。一ヶ月前、久し振りであろうアゲラタムの操縦を行った星崎の姿を思い出す。苦労している様子がまったく見られなかった。
佐久間から質問を受けて、同じ事を思ったのか。松永大佐は腕を組んで頷いた。
「何ともありません。私も気になって尋ねましたが、『機体性能と操縦感覚の違いを認識して、意識して使い分ければ問題無い』と、参考にならない回答を得ました」
松永大佐の言葉を聞き、会議室に重い沈黙が下りた。
……なぁに、その天才じみた台詞は? もうちょっと、凡人に寄り添ってくれないかな?
佐久間は乱れた口調でそんな事思った。他の幹部は星崎の言い分に呆れている。
「参考にならないにも程があるだろがよぉ」「感覚を使い分けるって無理だろ」「何をどうしたら、そんな器用な事が出来るんだよ」
星崎の逸脱っぷりが浮き彫りになっただけだった。
そもそもの話。『短期間に性能差が有る機体を乗り回したりはしない』と言う、前提条件が有るから、幹部達はこの反応をしたのだ。
アゲラタムの扱いの難しさに皆黙り考え込んだ。
無言になった幹部達を見て、丁度良いと佐久間が口を開いた。
「十月の作戦にガーベラの投入は決定。アゲラタムは戦況次第で『星崎に乗り替えさせて投入』が無難だな」
「無難と言うか、それしかないでしょう」
松永大佐が同意すれば、別幹部が辟易したような顔で疑問を口にする。
「でも、どこの部隊に入れるんだよ? もう一回揉めるぜ。んで、絶対に終わらないぞ」
その言葉を聞き、揉めている現状が更に酷くなる事を想像して、全員がうんざり顔になった。だが、佐久間の次の言葉を聞いて少しマシな顔になった。
「議論の必要は無い。星崎は松永大佐とセットで遊撃部隊として動いて貰う。艦も別で用意するしかないがな」
「どこの艦を動かすんですか?」
「それは今後調整して出す。作戦不参加の艦を間借りするでも良いが、不参加の艦を調べなくてはならん。最終決定は来月の会議で行う」
佐久間は話題を打ち切ろうとしたが、松永大佐から質問が飛ぶ。
「佐久間支部長。搭載機体はガーベラ、ナスタチウム、アゲラタムの三機に装備一式でしょうか?」
「戦闘用が有るだろう? それも載せて四機と装備だな」
「分かりました」
松永大佐が了承すると同時に、佐久間は今度こそ話題を打ち切り、次の議題に移行させた。
白熱したが議論は進み、幾つかの決定がなされた。
幹部の半数以上が疲労困憊となり、佐久間は腹の空き具合から時計を見た。丁度、十二時になるところだった。
「ここで二時間の休憩とする。昼食を取って、確りと休め。次は十四時から始める」
席から立ち上がった佐久間はそれだけ言うと、幹部一同の応答を聞かずに大林少佐を伴って会議室から出た。
己の執務室で大林少佐と別れて独りになり、応接用の二人掛けソファーに行儀悪く寝ころんだ。アラームをセットして、そのまま眠った。
会議の再開三十分前。
寝坊した佐久間は、大林少佐から呆れた視線を受けながら慌てて昼食を取った。開始十分前までにどうにか食べ終え、佐久間は何事も無かったかのように取り繕って会議室に向かった。
その後の会議は何度も紛糾したが、どうにか終了した。死屍累々と言った具合に、殆どの幹部がテーブルに突っ伏すように伸びている。佐久間は喋り過ぎて乾いた喉を潤す為に残りの水を飲む。
「ぁ」
そして水を飲み干したところで、佐久間は忘れていた事を思い出して小さく声を上げた。
小さかったにも拘らず、テーブルに伸びていた一人――高橋大佐の肩が大袈裟に跳ねた。
佐久間は見なかった事にして、高橋大佐の名を呼んだ。
「高橋大佐」
「……支部長、俺を虐めて楽しいですか」
ゾンビを彷彿させる動きで、起き上がった高橋大佐の目は死んでいた。
「何を言うんだ? 二週間も前に言っただろう」
「せめて明日にして下さいよ」
「明日? 明日は休みにしようかと思っていたんだが……」
佐久間の言葉を聞き、幹部一同の視線が高橋大佐に突き刺さった。視線は『今日にしろ』と言っている。
高橋大佐は、今日と明日、どちらが良いか天秤にかけて、力無く了解の返事をしてから再びテーブルに突っ伏した。
「高橋が絡んでいるって事は、昼に飯島が言っていた奴か」「そうじゃねぇの?」「なぁ、馬鹿の沙汰って何やらかしたんだと思う?」「知らねえ」
幹部達の会話を聞き、佐久間は飯島大佐に何を言ったのか尋ねた。
「高橋の馬鹿の沙汰を星崎に決めさせるって、支部長が以前仰っていた事を思い出しただけです」
「本当にそれだけか?」
「ええ。工藤中将が試験運用隊の食堂の利用許可を松永に求めて、松永が『星崎もいるけど良いのか』確認を取った時に、星崎の名が出て来たので思い出しました」
「ちょ、何で俺の名前を出すんだ!?」
飯島大佐が思い出した経緯を話す。すると、事の発端になった工藤中将が慌て始めた。高橋大佐が顔を上げて、工藤中将に恨めしそうな視線を送る。
「支部長。飯島は何も言わなかったが、高橋が何をやったのか聞いても良いですか?」
「構わんぞ。何なら動画でも見るか?」
佐久間は佐藤大佐からの質問に鷹揚に答えて、動画の存在を明かす。
「……何で動画が在るんですか?」
「星崎だからなぁ」
別幹部からの質問に、佐久間はそれしか答えられなかった。
『星崎だから』
見事なパワーワードだった。この一言で、質問して来た幹部と質問しようと口を開いた他の幹部全員が『ああ、そうですか』と納得して引き下がってしまった。
「支部長。追い打ち掛けないで下さい」
「説明が楽だからな」
佐久間の回答を聞き、高橋大佐はテーブルに額を打ち付けるように上半身を倒し、そのまま屍のように動かなくなった。
誰一人として、高橋大佐の様子を気にしない。それどころか動画の公開を求める始末。
佐久間は動画を公開した。動画に星崎が確りと映っている。
「おい、あの椅子は何で横倒しになっているんだ?」
「それは、見ていれば解りますわ」
誰かの疑問に神崎少佐が回答する。その通りなので佐久間は首肯した。
この動画は十分程度動きが無くなる。動きが無くなる部分を倍速再生で飛ばし、十分程度飛ばしたところで、通常速度に戻す。音量を上げると、微かに会話が聞こえた。動画を視聴する殆どが耳を澄ませる。
そして、電子音と共にドアが開いた。現れたのは高橋大佐だ。佐久間は音量を上げ過ぎていた事を思い出して慌てて下げる。
動画の中の高橋大佐は、足元の椅子に気づかず勢い良く室内に入ろうとして、椅子に足を取られて転んだ。
『うわぁ……』
高橋大佐はただ転んだのではない。顔から床にダイブした。良い感じに大きな音が響いた。
「大昔のコントみたいだな」「スゲー音したな」
他人事のようなコメントにも誰も反応しない。高橋大佐が起き上がるまでに、松永大佐がやって来た。松永大佐は室内の惨状を見て目元を片手で覆った。少し遅れて飯島大佐も現れて、松永大佐と同じ行動を取った。
ここで漸く高橋大佐が起き上がった。起き上がるなり、松永大佐と飯島大佐に肩を掴まれてどこかに連れて行かれた。動画は椅子が転がった無人の部屋だけを映す。
『あれ? 誰もいない』
少しして、再び無人となった部屋に変化が訪れた。シャワールームから星崎が出て来たのだ。彼女は椅子を定位置の机の前に戻してから、スマートフォンを手に取り、録画状態を停止させた。
「これが二週間ぐらい前の出来事だ」
「コントじみているのに笑えねぇ」「本っ当だな」「月面基地で痴漢騒動を引き起こした奴は一味違うな」
憐みの籠った視線が高橋大佐に集中する。
「支部長。これの沙汰って要りますか?」
「ロックの掛かったドアを強引に開けて、本人不在時に侵入している」
質問を受けた佐久間は簡単な説明を行った。男性幹部達は草薙中佐をチラッと一瞬見てから佐久間に視線を戻して、同意を示す為に頷いた。
「ロックを無理矢理解除したんじゃ沙汰は要るか」
「そう言う事だ。あとは星崎の性格把握にもなる」
「生贄とは、損な役回りだな」
一条大将が、皆が思っている事を口にして、佐久間は同意した。
「支部長。それで星崎の性格把握になるのですか?」
「少なくとも、思考の癖や傾向は解るだろう」
佐久間は星崎のこれまでの行動を思い返す。室内にいる幹部達も、星崎のこれまでの行動を回想し始めた。
戦闘時の沈着冷静っぷり。痴漢騒動を引き起こす愉快犯的な行動。差し入れなどの気遣い。素直に感心し、あっさりと騙され、呆れて毒を吐く姿。過剰防衛や、悪戯じみた事を平然と行う姿。命の危機が迫っても、落ち着いて行動する姿。
……あれ? ブレ過ぎじゃない?
多重人格かってぐらいに星崎の性格が掴めない。
最近は上官の影響で、やや鬼畜思考寄りになって――
「佐久間支部長」
「松永大佐。何も言っていないぞ」
佐久間は松永大佐に名を呼ばれて、背中に冷や汗をたっぷりと掻いた。思考が読まれているのかと、佐久間は一瞬心配したが続く言葉で杞憂と知る。
「せめて口元は隠して下さい」
「済まん」
佐久間は松永大佐からの指摘通りに口元を手で隠した。知らない間に口元が緩んでいた模様。佐久間はワザとらしく咳払いをした。
「ゲフン。星崎には提案だけをさせれば良い事だ。最終的な決定権は高橋大佐に委ねれば良い」
「支部長がさり気なく丸投げしたぞ」
幹部の突っ込みを無視して、佐久間は星崎を呼ぶように松永大佐に指示を出した。
「昨日のような事が起きかねないので連れて来ます。ついでに休憩にするか、興味の無いものは上がらせても良いのではないでしょうか?」
けれども、松永大佐から意見が出て来た。目頭を揉みながら言われたので、佐久間は松永大佐に他の思惑が有ると見た。
「その本音は?」
「気分転換にコーヒーが飲みたいだけです」
「ああ。そうなの」
松永大佐の大変素直な意見に、佐久間はそれしか言えなかった。でも、それなりに時間が過ぎている。一考する価値は在ると判断し、佐久間は室内を見回す。
「確認するが、興味の無い奴はいるか?」
ここから先は、会議と関係が無いと判断し、佐久間は念の為に確認を取った。全員無反応だった。皆興味が有る模様。
「ではここで、一時間の休憩とする。松永大佐は、一時間後に星崎を連れて来てくれ」
「分かりました」
定例会議最後の休憩時間となった。
佐久間は後に述懐する。
この一時間後が最後の波乱だった、と。
そして、変なところが――仕事が出来る代わりに、特定分野が壊滅的に出来ない点が――母親に似るなと、佐久間は星崎に一言言いたくなった。