定例会議二日目・後編
食堂で予定を立て直した自分は演習場に向かった。
改修の為に炉石が欲しいところだが、隊舎から出るなと言われてしまっているのが痛い。
どうするかと考えて、アゲラタムの一機から炉石を抜き取り使う方法を思い付いた。
炉石はその文字通りに『動力源』となっている人工石だ。この人工石は活動を終えた恒星を材料にして特殊加工して作る、簡単に言うと『天然の核融合炉』なのだ。
恒星を材料にして天然核融合炉が出来るのかって?
太陽や恒星がどうやって熱と光を放出しているのかご存じだろうか。うろ覚えだけど記憶が正しければ、太陽自体が『水素を利用した熱核融合反応と同じ現象で』エネルギーを自力で生み出し熱と光を放出している。活動を終えた恒星を材料にしているのは、太陽と違い数が多い事と、この現象を技術を用いて再起動させているからだ。どうやっているのは不明だが、現代にまで残る『先史文明時代の技術の一つ』としか判っていない。
その分取り扱いは難しく、一歩間違えると放射能を撒き散らしてしまう。表面に特殊な加工を施す事で防いでいるが、扱いには気を遣う。
「いや、今日は炉石の配置を決めて、填め込むだけのところまで終わらせて、保管区に行くのは別の日にしよう」
保管区に行く場合ついでに、あれこれと頼まれる可能性が有る。その可能性を考えると、行くのは松永大佐に申請してからで良いな。
考えを纏め、食堂に向かい一旦休憩して思考を止める。落ち着いてからの方が、妙案が浮かび易い。食堂でシンプルなクッキーを焼いて摘まみ完食して、メレンゲクッキーを作りオーブンに天板を入れたところで、大事な事を思い出した。
それは炉石の状態だ。
重力石と違い、予備は積まれていない。大きさは五十センチ程度の石を特殊な装置で覆っている。コックピットの操作盤から状態の確認は出来るので、焼き終えたら見に行こう。
大事な事を思い出せて良かった。
メレンゲクッキーに混ぜるココアパウダーを手にそう思った。
焼いたメレンゲクッキーが冷めるまでの間に、再び演習場に向かう。
アゲラタムとジユのコックピットに入り、全機の炉石の状態をチェックする。
炉石は重力石と同じく、人工石に分類される。けれども、重力石と違い『品質に関係無く』寿命は遥かに長い。重力石と違い、品質にムラが出来難い為、寿命が恐ろしく長いのだ。
「全部問題無し。もう百年は大丈夫か」
百年後はどうなるか分からないが、向こう数十年持つのならば問題無いだろう。
「それまでに、ケリを付けないと」
マルス・ドメスティカが再生産されていた以上、見て見ぬ振りは出来ない。何時になるか分からないが、調査の為に日本支部から去らねばならない。でもそれは、支部長と相談して決める事で、今決める事では無い。
自己完結を終えて、今度はパワードスーツに乗り込む。長剣砲とライフルの改修を行おう。数は二個ずつで良いか。銃剣は別の日で良いな。
無言で集中して改修作業を続けていると、不意に名を呼ばれた。振り返ると、会議に参加している筈の松永大佐がいた。休憩かしら?
パワードスーツから降りて松永大佐に近づくと、少し遅れてやって来た飯島大佐に何をやっていたのか聞かれた。隠す必要は無い。何故かいる大人組にも聞こえるように、素直に『長剣砲とライフルの装備の改修を行っていた』と答える。銃剣は別の日に行う事も併せて教えた。
「長剣砲と狙撃用のライフルはこれで完成か?」
「一応が付きますが、ほぼ完成です。バッテリーの代わりをここに填め込み『ただのライフル』として使うのならば、引鉄を引けばいいのでナスタチウムかキンレンカでも使用は可能です」
改修が殆ど終わった長剣砲の一部を指差して必要なものを口にする。個人的な予定では炉石を填め込みたいが、支部長にまで話が行ったら大容量バッテリーを使った実験とか行いそうだな。
「狙撃用として使うのならば、照準システムをどうにかして繋ぐ必要が有ります」
今後やりそうな実験を思い浮かべてそう言うと、変な顔をした飯島大佐に確認を取られた。どうしたんだろうね。
「……アゲラタムで使う分には問題無いんだな?」
「ありません。アゲラタムで使用するのならばこの手の改造は不要です。それに、長剣砲が有るので、使う機会は少ないと思います」
「どっちにしろ、使えるのは良い事だな」
飯島大佐は何かを悟ったような顔でそう言った。何故そんな顔をされなければならんのだ? さっぱり分からん。
会議はどうしたのかと逆に尋ねると、休憩と返答を受けた。会議の合間の休憩の為だけに、わざわざここにまで来る必要は無いと思う。昨日と同じく疲れ切った顔をしているところを見るに、気分転換も兼ねているのかもしれない。
自分の事は気にせずにどうぞと言ってから、パワードスーツに再度乗ろうとしたら松永大佐に捕獲され、そのまま食堂まで連れて行かれた。
到着した食堂で、大人組は其々でコーヒーを淹れて椅子に座った。疲れ切っているのか、コーヒーを一口飲むなりテーブルに伸びた。厨房に向かい、冷めたメレンゲクッキーを差し入れとして皿に載せて出すと、クッキーに手が伸びた。疲れて糖分を欲しているのかな?
自分も出す前に一枚食べて出来具合を確認した。久し振りだったが大丈夫だ。焦げてもいない。
普段夕食を食べる時間に近い時間帯なので、コーヒーは淹れなかった。
松永大佐の横に座らされ、何の業務連絡が来るのか身構えながらクッキーを摘んでいると、記憶に無い人物の名を覚えているか聞かれた。素直に覚えていないと言うと、飯島大佐から説明を受けた。説明を受けて、そう言えばと、思い出す。
「たかはし? ……あ、シャワーを浴びていた時に部屋に入って来た人ですか?」
「間違ってはいない。いないが、その認識だけは改めろ」
「そうだな。お前の悪戯に引っ掛かった程度にしろ」
何が違うんでしょうかね? 同じ『男』として何か思うところが有るのかしら。
「? 服を着る前に音が聞こえたのですが、そのまま確認しに出た方が良かったですか?」
「「それは止めろ!」」「止めなさい!」「「「「「「ぶほぉっ!?」」」」」」
何が駄目何だろうかと思って疑問を口にすると、額に手を当てた松永大佐と頭を抱えた飯島大佐、立ち上がった草薙中佐から突っ込みを受けた。
「? 訓練学校で『成人するまで気にしない方が楽だぞ』と、何度も言われたのですが……」
「誰よ!? そんな事を言った馬鹿は!?」
「間宮教官ですが?」
どうしたんだろうと思い、教官から言われた言葉を口にすると、草薙中佐が頭を抱えて絶叫する。誰と誰何されたので素直に答えると、草薙中佐は殺気立つ。内容は聞き取れなかったが、周りは草薙中佐をチラチラ見ながら小声でやり取りをしている。
「訓練学校がアレな事になっているのは聞いたけど! 一体、どうなっているのよぉおおおっ!?」
叫ぶ草薙中佐は今にも暴れ出しそうだった。自分と同じ事を思った周りの面々が取り押さえて、飯島大佐が宥め始めた。
草薙中佐が口にした『アレ』の内容を尋ねようとしたが、隣に座る松永大佐に口を塞がれた。『何ですか?』と声を上げるも、松永大佐に『黙っていろ』と言われ大人しくする。
体感で数分程度の時間、口を塞がれたままでいると、息の上がった草薙中佐は漸く大人しくなった。自分は解放されずにそのままだ。
草薙中佐は息を整えてから、マグカップを鷲掴みにしてコーヒーを一気に飲み干す。
「先に戻る」
その一言だけ口にし、大股で食堂から去る。黙って何かを背負った草薙中佐の背中を見送る。
「どうしたんだ? 草薙の奴」
「高橋に一発入れに行ったんだろ」
「「「「「……ああ、成程」」」」」
大人組の会話に、へぇ~と感心する。本当は感心してはいけないんだろうけど。
「高橋大佐が無事か否かで賭けるか?」「止めろ。誰かが止めるから賭けにならねぇ」「いや、止められそうな佐々木と井上がここにいるんだぜ。佐藤大佐は見捨てそうだから成立するだろ」「そう言われると成立しそうだな。ここは『工藤中将を盾にして無事』に、ノンアルビール一本を掛ける」「よし、俺は『休憩時間終わりまで逃げ切れずに一発貰う』にノンアルビール二本」
突発的に何時ぞやかのような賭け事が始まった。でも、賭けるものがしょぼいな。一ダースぐらいは賭けろよ。
「どうして賭けるんですか?」
「娯楽が無いんだろう」
危機は去ったと見做されたのか。やっと解放された。同時に思っていた疑問が口から出る。松永大佐は律義に答えてくれた。
「間宮教官は高等部の男子生徒とグラビア水着雑誌を『娯楽』と称して、回し読みしていましたよ」
教官が娯楽扱いしていたものの内容を口にすると、大人組は揃いも揃って何とも言えない微妙な顔になった。
「星崎。訓練学校に女性の教官はいないのか?」
「いません。医務室の先生は女性でしたが、昨年度で定年退職しました。代わりの先生は男性です。事務室も男性しかいませんし、女子寮の寮監は高齢の女性です」
「……そうか」
何故そんな事を聞かれるのかと思ってしまう、教員の男女の割合に関する質問だった。回答は自分が口にした通りだ。小学校と違い、中学校に相当するのだから、教員の男女の割合について気にする必要は無いと思っていた。
しかし、松永大佐は自分の回答を聞くなり、片手で目元を覆い深いため息を零した。うっかり零してしまったらしく、コーヒーを飲み始めた。
「一度、星崎に訓練学校で受けたセクハラについて、聞き取りをやった方が良いな。相手は大林に頼むか」
「それに関しては同意しますが、草薙中佐は抜きでお願いします」
「? 卒業生に聞かなくても良いのですか?」
「卒業生がどの部隊に配属されたかを、調べるところから始めないとだから時間的に無理だな。卒業後に母校について聞きに行って、不安がられるのもアレだし」
「星崎から聞き取った方が時間の短縮になる」
「そうですか」
何で自分がと思ったが、時間の都合と卒業生に与える影響を考えての決定だった。メレンゲクッキーを食べながら『それにしても』と思う。卒業生を理由に出されると反論し難いな。
しかし、大林少佐に会うのか。数日前と草薙中佐に会っても何も問題は無かったから、大丈夫だろう。
このあと、時間になるまでのんびりと過ごした。
会議が再開される時間に合わせて、大人組と一緒に昨日と同じ第一会議室へ移動した。しかし、ドアを開けて会議室内を見た井上中佐が一瞬で血相を変えた。続いて、野太い悲鳴が聞こえる。室内を見ようにも、自分の身長では大人組の背中が邪魔で見えない。横に移動して室内を見ようとしたら井上中佐の手で、ドアから少し離れたところへ連れて行かれる。顔色の悪い井上中佐を見上げて、何が起きたのか尋ねても返答は無い。
それどころか、ドアが閉まる直前に打撃音が聞こえた。
本当に何が起きているんだろうか。
そのまま井上中佐と二人で廊下で待つ。
暫しの間、廊下で待ち続けていると、ドアが無音で開いて内部から呼ばれた。
井上中佐と一緒に会議室内に足を踏み入れ、室内の予想外な惨状(?)に言葉を無くす。
何故か、支部長が松永大佐の前で、床の上で正座をしていた。
どう反応すれば良いのか分からない状況だな。混乱必須の状況だ。
部屋の隅で伸びて女性陣から介抱を受けている男性陣と、椅子に座らされて縄で拘束されている草薙中佐が、混乱に拍車を掛ける。
「支部長……何故そんな、マダオみたいな顔になっているのですか?」
何を言えば良いのか分からず、かと言って無反応ではいけない。
苦肉の策(?)として、マダオ臭丸出しの支部長を見た感想を口にした。これしか言う事が思い付かなかったとも言う。言ってから口元が引き攣りそうになったので、慌てて手で口元を隠す。
「星崎。『マダオ』とは何だ?」
「いや、気にするのはそこじゃないだろ」
松永大佐の疑問に、飯島大佐が突っ込みを入れる。コントのように淀みの無い突っ込みだった。そして、ネット用語の『マダオ』が廃れている事に気づいた。やっぱり千年以上も経過していると、ネット用語の流行廃りが起きるのね。
単純に、ここにいる人達が軍人でネットの利用回数が少ないとか、サブカルチャー(主に漫画アニメ)に精通していないとか他の理由も存在しそうだけど。質問を受けたので、覚えている範囲で解説する。
「たまたま読んだ娯楽小説に在った造語です。『頼り無く、役に立たず、尻に敷かれてオロオロする男性』を『まるで駄目な男』と称し、その省略が『マダオ』です」
『……ああ』
室内にいる起きている、支部長を除いた大人全員が納得の声を上げた。どうして納得するんですかね?
「何で納得するの!? 誰か一人ぐらいは否定しても良いんじゃないか!? いい加減にしないと、流石の私でも泣くよ!」
支部長が異議を唱えるように、正座したまま声を上げる。でも支部長、コミカル感が強まるから、せめて『立って』から言って欲しかったな。
「昨日会議が荒らされて、泣いた幹部がいますので、泣きたければどうぞ」『どうぞどうぞ』
「即答ぉ!?」
松永大佐を筆頭に、コントのようなやり取りが行われている。日本支部はこれで大丈夫なんだろうかと、心配はしないが『軍の上層部がコレで良いんだろうか』と呆れてしまう。口にはしないけど。
支部長も何で会議を荒らしたんだよと、内心で突っ込みを入れたところで、強烈な存在感を放つ人物がいない事に今更になって気づいた。
「遅れてごめんなさぁい……って」
噂をすればと言うか、自分が思い出した直後に背後のドアが開き、さっき思い出した人物――神崎少佐が現れた。室内の愉快な惨状を見て目を丸くしている。
「どう言う状況なんですの?」
「高橋大佐の元部下の、星崎に対するセクハラ言動を知ってキレた草薙中佐が暴れただけだ」
「あらまぁ、そうでしたの」
何でその説明で、納得出来てしまうのか。何故支部長が正座しているのか、益々解らないんだけど。てか、室内でそんな事が起きていたのか。繊細そうな井上中佐が血相を変えるのも納得の理由だった。
「高橋大佐の事情聴取はあとで行うとして、昨日の『星崎ちゃん誘拐未遂犯』の取り調べが終わりましたわ」
憲兵部のトップは無情だった。白目を剥いて倒れている内の一人に、該当人物が混じっているんですけど。これ、自分が処罰内容を考える必要無くないか?
「本当!?」
神崎少佐の後半部分の台詞を聞いて、草薙中佐が立ち上がった。縄で拘束されていたが、自力で引き千切った。どこにあんな力が在るのか。火事場の馬鹿力にしては、説明が難しい。草薙中佐が縄を引き千切った光景を見て、大人組がドン引きしていたので。発生頻度の高い光景ではない事は確かだ。
「あの馬鹿共、どこまで喋ったの!? 全部吐かせたんでしょうね!?」
「もう、ちゃんと報告するから落ち着きなさいな。ほら、椅子に座ってお待ちなさいな」
草薙中佐は一直線に神崎少佐の許に駆け寄った。今にも胸倉を掴んで前後に揺さぶりそうな勢いが在る。でも、神崎少佐は慣れているのか、草薙中佐をやんわりと逆に宥めて、念を押す草薙中佐を椅子に座らせた。妙に慣れているが、理由は聞かない方が良いだろう。
ここで『厄介事が一つ終わった』みたいな空気になると同時に、大人組は気絶していた面々を叩き起こした。今になって気づいたが、伸びていた面子の中に工藤中将も混じっていた。
食堂で賭け事をしていた二名も、自分と同じ事に気づいて肩を落としていた。
会議が再開されるのか、大人組は申し合わせたように席に着く。自分は松永大佐の後ろに椅子を持って来て座る。支部長は正座をして足が痺れたのか、ゆっくりとした動きで椅子に座った。
「では、あたくしから報告しますわ」
全員が落ち着いた頃合いを見計らって、神崎少佐が口火を切った。
興味は無いので殆ど聞き流したが、情報が一つ開示される度に女性陣の顔が般若のような形相に変わって行く。男性陣の何名かは震えている。
「――報告は以上になりますわ。最後に、犯人の上官は『星崎ちゃんの上官に直接会わせろ』と言っておりましたわ」
神崎少佐の報告が終わった。何でだよと、内心で突っ込んでいた間に支部長が何かを言って松永大佐に睨まれた。脂汗を掻く支部長に憐みに満ちた視線が集中する。
「あ~、神崎少佐。確認するが、犯人の上官は、『星崎の上官』に『直接会いたい』と言ったんだな?」
「そうですわ。あの様子だと、星崎ちゃんの上官が草薙中佐だと思っているようですわ」
支部長の視線逸らしの確認に、他の出席者が囁き合い、草薙中佐が不敵な笑みを浮かべる。
「あら? 私を上官だと思っているのなら、私が出ても良いですよ」
「一応相手は、『先代上層部派の大佐』よ。草薙中佐では、侮られそうね」
しかし、神崎少佐は意味深長な事を言って草薙中佐に待ったを掛けた。『先代上層部派』って何? 派閥か何かか? 見える範囲になるが、出席者達は心底嫌そうな顔をした。
「だったら、正しく星崎の上官である松永大佐が行くのが良いな。松永大佐も一言言いたいだろう?」
「そうですね。あとで予定を合わせて、話し合いに臨みます」
自分への解説は無いまま、支部長と松永大佐の短いやり取りでこの話題は終わった。続いて草薙中佐が暴れた理由と進言を、松永大佐が行った。松永大佐の隣の席に座る、高橋大佐に視線が集まる。
「星崎は後日、大林少佐に『セクハラと思しき事』を直接報告しろ。大林少佐、時間はどの程度捻出可能だ?」
「仕事の進み具合にもよりますが、最低でも一時間は捻出します。場所は日程が決まり次第、松永大佐に連絡を入れて相談します」
「それが妥当か。松永大佐もそれで良いか?」
「私もそれで構いません。星崎も良いな?」
「はい」
松永大佐の進言はそのまま通った。自分も関わる事なので、今度は最初から最後までしっかりと聞き、支部長の問いに頷く。
「さて、高橋大佐の処罰を改めて決めるか」
さてじゃないと思うんだけど。
自分の心の声が届いたかは不明だが、高橋大佐が不満を口にした。
「支部長。俺ついさっき、草薙に思いっきり殴られたんですけど。草薙は処罰無しで、俺は処罰有りなんですか!?」
「では、草薙中佐に処罰が『不要』だと思うものは挙手してくれ」
高橋大佐の叫びに応じて、支部長は参加者達に意見を問うた。高橋大佐と草薙中佐を除く、全員が即座に挙手した。一部男性陣が真っ直ぐに手を伸ばしているところが気になる。自分は上層部の人間じゃないから、挙手はしなかった。
多数決の結果、草薙中佐への処罰は不要となり、高橋大佐への処罰を決める時間となった。
支部長に高橋大佐への処罰内容の希望を尋ねられた。しかし、これと言ったものが思い付かない。
「罰ゲームレベルでも宜しいでしょうか?」
「別に構わんぞ」
支部長から言質が取れた。罰ゲームレベルのものだったら思いつき易い。さてどうしようかと考えて、視界の隅に神崎少佐がいる事に気づき、ふと思いついたものを口にした。選ぶ権利ぐらいは有るだろうと念の為に二つ挙げる。
だが、高橋大佐は不服なのか、椅子を蹴り倒して立ち上がり絶叫した。究極の選択と言われたが、果たしてどう言う意味なのか。
神崎少佐はプレゼントと言い出しているし。高橋大佐は巻き舌口調で神崎少佐に文句を言ってから、自分に手を合わせてもっと期間を短くと言い出した。別の出席者からヤジが飛び、高橋大佐は悲鳴のような絶叫を上げた。
三つ目が必要と判断して松永大佐に尋ねたけど、不要と言い切られた。
「松永! お前に! 人の! 心は! 無いのか!?」
高橋大佐の心の声に、『そこまで言う程の事なの?』と疑問が沸く。
松永大佐が確認を取ると、目を泳がせながら高橋大佐が他のものにして欲しそうな言葉を口にした。
それならばと、三つ目を口にしたが、佐藤大佐と飯島大佐を巻き込んで、漫才めいたやり取りが行われた。
四つ目を言ったら、揶揄うようなコメントに高橋大佐は怒り、大林少佐からの指摘じみた提案に肩を落とした。そして、一日で終わるものにしてくれと、リクエストを受ける。時間が取れないのかしら?
一日は二十四時間だからと考えて、五つ目を言ったら高橋大佐は『もっと短く、憲兵部が絡まないものを』と土下座する勢いで頭を下げて来た。切実と言うか、必死過ぎるその姿に『何故憲兵部が絡まないものと言うのか?』と疑問を抱く。聞いても教えてくれそうにないけど。
六つ目を言ったら、巻き込まれているのに支部長がノリノリだった。そんな支部長を見て高橋大佐は唖然とする。こちらに背を向けたので、その隙に椅子を直した。
何だか哀れに思えて来たので、七つ目に小学生向けのものを言ったら、高橋大佐は落ちるように椅子に座った。直しておいて正解だったな。
そんな高橋大佐の姿に、松永大佐が嘆息を零す。状況が分からず困惑する。
「えぇと……」
「星崎。今挙げた中から選ばせるからそれ以上言うな」
「はい?」
昨日のような混乱は起きていない。でも、高橋大佐が昨日の工藤中将のような状態になっている。
傍観していた出席者達は『どれが一番マシか』で盛り上がっている。高橋大佐に聞こえるように好き放題言っており、『支部長からの処罰の方が軽いんじゃないか』と意見が出る始末。
好き放題言われていた高橋大佐は、徐に立ち上がって松永大佐を睨んで叫んだ。
「松永! てめぇのところの教育はどうなっていやがる!」
何をどうしたら、そうなるんだろう?
そもそも、苦情を言う相手が違うと思うんだけど。この場合は支部長に言うところじゃない? 『何故星崎に処罰内容を考えさせようと思ったのか』って。
「貴方の元部下、間宮の影響が九割です」
「……の、残りの一割は?」
「星崎が元々『こうだった』だけでしょう」
僅かな躊躇いも考える時間も無く、松永大佐は淀み無く回答した。随分な言いようだけど、ドロドロな貴族生活と権力者の傍にいた時間が長かった影響で、性格が大分『アレ』になっている自覚は有る。
思考を別方向に飛ばしていた間に、松永大佐は『支部長が決める前に自分で決めろ』と言外に、高橋大佐に選択を迫っていた。
「は、二十日間仕事やります」
高橋大佐は大量の脂汗を流して考え込み――重いため息を零してから選択した。そして、疲れ果てたのか、椅子に座るとテーブルに上半身を倒した。屍のように動かなくなる。でも、選択を一個忘れているよ。
「では、高橋大佐の処罰は『月面基地で二十日間、草薙中佐の仕事を手伝う』で良いな」
最後に支部長が、その一個を選んで高橋大佐に止めを刺し、会議の終わりを告げる。同時に出席者の殆どがテーブルの上に伸びた。幾ら疲労困憊でも、支部長の目の前でテーブルに突っ伏すように伸びるのはどうかと思う。
……軍部の会議は、こうじゃない気がするんだけど。
内心で『どうなっているんだろうねー』と、室内を眺める。
「星崎。高橋を庇う訳では無いが、『演習場百周』と言った内容にしなかった理由は何だ?」
他の出席者と違い、テーブルに突っ伏さず椅子の背凭れに寄り掛かり佐藤大佐から奇妙な質問を受けた。
「佐藤大佐。それは訓練生か士官候補生向けの懲罰訓練ですよね? 上の階級の人向けの懲罰内容ではありません。ちゃんと罰ゲームになるように考えましたよ」
まったく何を言い出すのやら。その程度の常識は持っているぞ。たまに『フライングしている』と言われるけど、常識は知らない間に変わるものだから問題無い。
それに過去の経験上、頭脳職が不向きで肉体労働を得意とする上級役職の人間にとって、懲罰訓練は『ご褒美』に値する。だって何も考えずに体を動かすだけで良いんだもん。人によっては『トレーニングをしている』ようにしか見えないだろう。それでは罰にならん。
自分の回答を聞いた佐藤大佐は何故か感心している。同じく自分の回答を聞いた他の面々は動きを止めた。どうしたんだろう?
「そこだけ常識的なんだな」
「お前に一番言われたくない言葉だな」
「飯島、どう言う意味だ?」
「そのままの意味だ。お前の方が常識についてあれこれ言える程出来ていないだろ」
「そんな事は無いぞ」
「常識が有るんなら、部下に書類仕事を押し付けるな」
突発的に始まった、佐藤大佐と飯島大佐のコント内容に自分と高橋大佐以外の面々が頷いている。ねぇ、支部長。大仰に頷いているのは何故ですか?
「星崎ちゃん。今度お姉さんと語り合いましょう。主に常識について」
今度は神崎少佐から奇妙な提案を受けた。でもね。
「神崎少佐の常識は万人向けですか?」
見た目が常識的なじゃない人に、『常識について語り合おう』と言われてもねぇ。常識は『共通の認識』だと判断しているので、松永大佐に『ゲテモノ』呼ばわりされていた人にそれを期待する事は出来ない。
『それだけはあり得ない』
そして自分の言葉を肯定するように、自分と神崎少佐と高橋大佐を除いた全員が異口同音に言葉を発した。
「ちょっとぉ! 誰か一人ぐらいは否定してくれも良いんじゃありませんの!」
神崎少佐は憤慨する。けれど、男性陣より否定の言葉が続々と出て、支部長も頷いている。
「常識的な人って誰なんでしょうね」
「少なくとも、日本支部にはいないな」
ぽつりと疑問を呟けば、松永大佐が律義に回答してくれた。でも回答の内容が引っ掛かる。
「……松永大佐も含まれますが、それで良いのですか?」
日本支部にいないと言う回答では、松永大佐自身も常識人ではないと言っているも同然なんだが。
「常識的だと、非常識な連中の尻拭いが待っているからな」
それで良いのかと尋ねたら、正当化する回答が返って来た。工藤中将からも突っ込みが飛ぶ。
「さり気無く非常識人である事を正当化するなよ」
「正当化も何も、そもそも日本支部長がアレですので」
そう言って松永大佐は、楽しそうにこちらを見ていた支部長を名指しした。と言うか、上官をアレ呼ばわりして良いのか。一応『支部長』だぞ。
支部長はその点について松永大佐に何も言わず、笑顔で言った。
「何を言うんだ松永大佐。私は日本支部一の常識人だぞ」
『絶対違う!』
出席者一同――高橋大佐も起き上がった――で突っ込みが入る。突っ込みを受けた支部長は笑い声を上げて受け流す。何とも言えないカオスな状況だ。
「常識って存在しないんですね」
「その通りだ。隊舎に戻るぞ」
真理に至ったと言うか、悟りを得た気分になった。松永大佐に肯定されると、その気分は強まる。
その後、松永大佐に手を引かれて隊舎の隊長室にまで戻り、自分に関する事を幾つか知らされて驚く。
「少尉ではなく、中尉ですか」
「そうだ。過去三回の出撃した際の功績を考えて、会議で話し合った結果だ。遅れている辞令と一緒に、中尉の階級章が近日中に来るだろう」
前例が存在するか知らないけど、訓練学校と士官学校の卒業後に得られる階級は違う。訓練学校卒は『少尉』で、士官学校卒は『准尉』となっている。入学と卒業の時期に加えて、在学期間が違う事も加味して、この違いが出来ている。他に『年下でも、階級が上の人間の言う事は聞け』と言う意味が在りそうだ。知らんけど。
「会議は中々に酷い状態だったが、無事に決めなくてはならない事だけは、全て決まった。訓練学校に関しては、時間は掛かるが少しずつ改善されて行く。大林少佐からの聞き取りは、日程が決まり次第行う」
訓練学校の状況が改善される。それは良いけど、終わると参加者が疲労困憊になるような会議でどうやって決めたんだろう。
「今月か来月か、時期は分からないが、星崎には単身で月面基地に向かって貰う。所属部隊の異動では無く、向こうの駐在兵の訓練相手を務めるだけだ」
「分かりましたが……、訓練中に他支部からの横槍が入りそうですね」
月面基地に行く予定を聞かされて、前回いた時にイタリア支部相手に引き起こした『痴漢騒動』を思い出す。アレもガーベラのパイロットを探ろうとした事が始まりだった。それを思うと何処かの支部が仕掛けて来そうだな。月面基地は他支部との共同利用している基地だし。
「その可能性は大いに在るが、佐久間支部長が大至急、横槍が入った時の対応を考えるそうだ。先ずは、ツクヨミに駐在している部隊で試してから決める」
流石にそれは想定出来る模様。支部長の仕事が増えているけど、会議の決定だから頑張って貰おう。ツクヨミ駐在部隊で試すみたいだし。上層部で決める事は、上層部で決めて貰おう。下級士官の自分は口を挟めないしね。
このあと、松永大佐と一緒に食堂に向かい夕食を取る事になった。
食後。
部屋に戻ってから保管区へ行く申請をする事を忘れた事に気づいた。ただ、今日は会議が終わった日で松永大佐も疲れているだろう。昼に寝坊したぐらいだし。
申請は明日にしよう。
申請書を書いて今日は眠った。