表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
目新しさのない新しい日々 西暦3147年9月
66/191

真夜中の襲撃~松永視点~

 時を遡る事二十三時。試験運用隊隊長室。

 松永は寝る前に、明日星崎に割り振る仕事と、己が処理しなくてはならない仕事に分けていた。

 実を言うと星崎には、松永が抱える仕事のおよそ八割を割り振っている。振られている当の本人は気づいていないどころか、終わらない松永を見ても気にしない。

 先月の定例会議中に起きた一件が発端で発覚した、開発部(ツクヨミ駐在部署)の汚職が原因で、松永の仕事は三倍以上に増えた。

 けれども、八月下旬から星崎に試しに手伝わせたら、……以前の仕事量の四割にまで減った。ここまで書類仕事が出来るのなら、もっと早くから手伝わせれば良かったと、松永は本気で後悔した。

「これでは、佐藤大佐の事は言えんな」

 ポツリと自嘲の言葉が漏れる。佐藤大佐が書類仕事が得意な部下に、ほぼ全ての仕事を押し付けているのは知っているし、何度か注意もした。注意している側の松永が、佐藤大佐と同じ事をしている。

 バレたら苦情が来そうだと、暢気な事を思った直後、隊舎内で聞く筈の無い発砲音が聞こえて来た。

「銃声!?」

 松永はギョッとして天井を見上げてから、慌てて支給品の通信機を起動させた。ワンコールで憲兵部の神崎少佐と通信が繋がり、説明の為に口を開くと同時に、二度連続して発砲音が響いた。それは、通信機越しに神崎少佐の耳にも届いたらしく、言葉よりも先にため息がスピーカーから聞こえた。

『松永大佐。色々と言いたいけど、先に人を送るわ。支部長にはあたくしから連絡を入れるから、合流した面々に指示して下さる?』

「分担的にはそうするしかないか。解った。至急、三階まで頼む」

『承ったわ』

 通信を切り、松永は三階に向かった。

 何故三階なのかと言うと、隊舎の寮部屋を利用しているのは現在星崎だけで、その部屋の場所が三階なのだ。三階から上は女性隊員専用でもある。

 松永は隊長室と直結している部屋を個室として利用している。鈴村大尉は諜報部の寮部屋に戻っている為、部屋は二階に残っているが不在。

 通路を走り、階段を駆け上り、三階に出た直後、複数の野太い悲鳴が聞こえて来た。

 星崎は何をやらかしたのかと、内心で嫌な想像をしつつ廊下を駆けて、ついに人影を見つける。どう言う訳か、上着を頭から被っている為、顔は見えない。けど、手元の何かに視線を落としているので、星崎の可能性が高い。

「星崎! 今の悲鳴は何だ!?」

 上着を被っている人物がこちらに向く。星崎だった事に安堵しつつ駆け寄った。

「室内にこれを散布しました」

 そう言って星崎は手にしていたスプレー缶を掲げた。

 星崎が手にするスプレー缶には『一撃コロリ! 痴漢撃退用唐辛子スプレーDX!』なる文字が、デカデカと印字されていた。

 ……何が一撃なのか。コロリとは何を指すのか。殺虫剤ではあるまいし。DXを付ける意味は有るのか。松永は無性に突っ込みたくなった。

「どこでこんなものを入手したんだ?」

「先日購買部に行ったら『最近物騒だから買っといた方が良い』と購買部の販売員に勧められました」

 何故そんなものを勧められるのか? そして物騒とは何の事か? 色々と言いたくなったが、開いた口から出たのはため息だけだった。

「取り敢えず、怪我は無いんだな?」

「はい」

 星崎の返事を聞いて、松永は考えるのを止めた。

「……なら良いか。憲兵部と支部長には連絡済みだ。そろそろ連中の回収役が来るだろう」

「分かりました。外から鍵を掛けましたが、引き渡しまでここにいた方が良いですか?」

 星崎はそう言ってから内側から叩かれているドアを見た。耳を澄ませば『出せ、出してくれ!』と叫ぶ声と咳き込み音が聞こえる。

「いや、隣の空き部屋で待機していろ。あとで回収に戻る」

「分かりました」

 松永大佐は隣の部屋のパネルを操作して開け、上着を肩に掛け直した星崎に待機を言い渡して押し込み、その場で憲兵部の人員が来るまで待った。待ち時間を利用して、通信機で神崎少佐に連絡を入れ、星崎の無事を報告し、支部長への連絡結果を聞く。

 やり取りを終えて更に数分待つと、階段方向から足音が聞こえて来た。日本支部憲兵部の人間が遂にやって来た。


 日本支部憲兵部。

 別名『日本支部で最も腐った魔窟』とも呼ばれる。何が腐っているのか。その回答は『トップを務める人間の同類で構成されている』と言えば理解可能だろう。

 

 派遣されて来たのは全員、屈強な見た目の男だ。中身は神崎少佐の同類だが、性的な意味で襲い掛かる人間では無い。

 松永はパネルを操作しながら、上に再度連絡を入れた事を教えて、拘束と連行を指示してからドアを開けた。

 ドアが開くと同時に、刺激臭が松永の鼻に届く。室内から這い出るように六人が出て来た。全員、床に手を着き、目を真っ赤にして涙を流し、咳き込んでいる。拘束の際に暴れたが、浴びていた唐辛子スプレーで弱っていた事も有り、迅速に取り押さえられ連行された。

 一行を見送ってから、星崎が待機する隣の部屋のドアを開ける。

「星崎。馬鹿共の連行は終わった。今日は安全確保の為に別部屋で寝ろ」

 星崎はベッドに腰掛けて待っていた。

「分かりました。ここで――」

「安全確保の為に、隊長室で寝ろ」

 松永は食い気味に訂正を入れてから、己の失言に気づいた。松永は『何を言っているんだ』と己に突っ込みを入れたが、言われた星崎は何も気にしていない。事情聴取を受ける程度にしか考えていなさそうだ。その事実に安堵し、星崎の『服の回収を行いたい』と言う申し出を受けて、改めて彼女の恰好を見る。

 上着こそ羽織っているが、体のラインが丸出しのインナーウエア姿で、足元はショートブーツすら履いておらず裸足だった。どれ程慌てていたかが良く解る姿だ。許可を出すと、星崎は服を取りに部屋に戻った。星崎は僅か数分で何時もの恰好で出て来た。

 松永はそのまま星崎を連れて隊長室に戻り、何が起きたのか説明を提出された動画付きで受けた。

 その説明も簡単に纏めると『妙な胸騒ぎがしたから、ボストンバッグと着ていない制服で即席の身代わりを作り、部屋の電気を消して待ち構えた』と言うもの。

 何故そんな行動を取ったのか。そもそも、動画を録る必要は有るのか。

 色々と言いたくなったが我慢した。けれども、何度目かのため息が零れるのは止められなかった。

「色々と言いたい事しかないが、今日はもう遅い。先に寝てて良いぞ」

 ドタバタしていたが、既に二十三時半を過ぎている。隊長室にも応接セットのソファーは在るが、ここでこなす仕事が残っている。星崎をここで寝かせる訳には行かないので、松永は隣室の私室に連れて行った。

 元々は完全な別部屋だったが、十年前に松永が試験運用隊隊長に就任した際に、移動の時間短縮と緊急時にもすぐに対応出来るように、改築して扉を付けた。隊長の権限を使っても良かったが、無関係な人間からの『権限乱用』の文句を封殺する為に、佐久間支部長から許可を捥ぎ取って改築している。

 隠れた経緯からなる松永の私室に、己以外の人間を招いた事は無い。今回が初めてとなる。自動で灯った明かりをそのままに、星崎を押し込めたら隊長室に戻り、佐久間支部長と連絡を取る。

 幸いにもすぐに通信は繋がった。佐久間支部長に星崎からの事情聴取内容を伝え、動画を提出する。松永が提出した、星崎撮影の動画を見た佐久間支部長は神妙な顔になった。恐らくが付くが、動画が『何故存在するのか』と問いたかったのだろう。佐久間支部長は二度も、口を開いては閉じるを繰り返した。

『突っ込みどころしか無いが、星崎は無事なんだな?』

「ええ。就寝直前だったのが幸いでしたね」

『こちらにとっては幸いだが、相手にとっては地獄だな』

 松永は佐久間支部長の言葉に頷いてから、星崎がスプレーを入手するきっかけになった『物騒』について尋ねる。

「佐久間支部長。最近ツクヨミで何か騒動が起きているのですか?」

『何故そう思う?』

 佐久間支部長の即答に近い問い返しに、松永は何かの情報を掴んでいると確信した。

「星崎がスプレーを入手した理由として、購買部で『最近物騒だからと勧められた』と回答しました。痴漢撃退用品を購買部の販売員に勧められる事態が起きていると考えるべきでしょう」

『起きていると言えば起きているな。次の定例会議で全員に知らせる予定だ』

 佐久間支部長の回答に、松永は僅かに眉を顰めた。定例会議の話題になる程の事態にまで発展しているとは流石に思わなかった

『現在憲兵部で調査を進めている。若い女性パイロットだけが被害に遭っている。早急に片付けねば、草薙中佐が会議中に暴れかねん』

「随分と大事になっているようですね」

 佐久間支部長の口から女性幹部の名が出て来た。確かにあの女性ならば、会議中だろうとやりかねない。支部長へ一撃を入れる事も躊躇わないだろう。

『ぶっちゃけると、大事化している。そろそろ終わらせたいところだ。……今日はもう遅い。明日の朝に連絡を入れる』

「分かりました」

 時間を考えて松永はここで切り上げる事にした。佐久間支部長の時間をこれ以上使う訳にもいかない。

 松永は了解の応答を返して通信を切り、パソコンを落としてから私室に戻った。背後の隊長室の電灯が自動で落ちる。戻った私室のソファーの上で、ブーツを脱いで上着を掛け布団代わりに使い眠っている星崎がいた。熟睡しているのか、松永が肩を揺さぶっても、一向に起きる気配が無い。

 ……それにしても、良く似ている。

 それに気づいたのは何時からだったか。初めて会った時は『何故見覚えがあるんだ?』と、疑問が顔に出ないようにした。顔を合わせる回数が増えて、疑問は確信に変わり、調べてあっさりと真実が判明した。世間は狭いと言えば良いのか。父親に似過ぎていると言えば良いのか。

 スヤスヤと眠る星崎の顔を見て、思い出さないと心に決めていた人物の顔を思い浮かべてしまった。頭を振って思考から追い出すも、ため息が出てしまった。

 星崎と出会ってから、ため息を零す回数が増えた。

 そんな事を思い、起こすのを諦めた松永は掛け布団代わりの上着をソファーの背凭れに引っ掛けて、星崎を己のベッドに運んで寝かせてからシャワーを浴び、疲労からそのまま何時も通りに就寝してしまった。



 微かな唸り声を聞いて、松永は目を覚ました。

「――」

 目を開いて、うっかりやらかしてしまった事に気づいた。眼前の光景に、思わず漏れそうになった発声を抑え込めたのは、僥倖だったとしか言いようが無い。

 現在、星崎と同じベッドで寝ている。

 文言にするだけで問題しかない状況に、松永は脂汗を掻いた。誰かにバレたら色々と誹りを受ける事、確実の状態だ。

「うぅ……」

 だが、眉根を寄せて魘されている星崎の顔が視界に入ると、松永の脂汗は引っ込んだ。

 松永は何かを探すように動く星崎の手を握ってから頭を撫でる。数分経つと、星崎は落ち着いたのか、安らかな寝顔に戻り、口が小さく動いた。微かだったが、はっきりと誰を呼んだのか聞こえた。星崎の頭を撫でる松永の手が止まる。

 ……父さん、か。

 星崎の父親は既に他界している。ならば、夢で会っている父親は誰か? 

 その答えは『前世の父親』で合っている筈だ。

 星崎は前世の記憶を取り戻した事で色々と助かっているように見えるが、こうして魘されているところを見るに、記憶を保有する事での良し悪しが存在するのだろう。

 初めて星崎の秘密を知った時は困惑した。そんな事が起こるのかとも思った。目の前で起きていても、信じられない。

 星崎はどうなっているのだ?

 松永からすると『どうなっている』には二つの意味を持つ。

 一つ目は星崎が持つ前世の記憶。

 もう一つは、十六年前に亡くした女性に似ている容姿。

 あと少しで、彼女は退役する筈だった。あの余計な横槍が無ければと、思い返しても過去は変わらない。救いにもならないが、実行した馬鹿な女准将は十年前の作戦で激戦区へ送り出されて殉職している。

 松永は星崎の頭を再度軽く撫でてから目を閉じた。

 起きてから色々とやる事が在る。きちんと休もう。



 名を呼ばれた気がして、松永が目を開くと知らない場所に立っていた。

 己を見下ろせば、久しく着ていないシャツとスラックスと言う簡素な私服格好だった。松永が慌てて周囲を見回すと、今度は『どうしたの?』と声を掛けられた。

 声の方向の隣を見れば、十六年振りに会う『誰かに似ている』女性がいた。女性は赤ん坊を抱えている。

 ……これは明晰夢か。

 夢を見たまま、これは夢だと気づく事だったかと、うろ覚えの知識を引っ張り出した。そして松永に笑い掛ける女性に『何でも無い』と返事を返す。

 女性が抱えている赤ん坊に見覚えは無い。もしかしたら、『産まれて来る筈だった』彼女の子供かもしれない。

 何故、二度と手に入らない未来を夢で見ているのか。

 その答えは、眠る前に星崎を見て彼女を思い出したからかもしれない。

 夢が終わるのか、眠気がやって来た。

 女性の名を呼び抱き寄せたところで、松永の夢は途切れた。



 松永が次に目を覚ました時、疲労と眠気は完全に抜けていたが、未だに熟睡している星崎を抱き枕のように抱きしめていた。夢の中の行動通りに寝ぼけてやってしまった事実に、松永は眠る前と同じように脂汗を掻いた。ついでに別の生理的反応が起きている。

 星崎を起こさないようにゆっくりと動いてベッドから起き上がり、色々と流しにシャワールームへ駆け込んだ。

 そして松永は、何事も無かったかのように取り繕って、何時も通りに星崎に接した。

 悟られてはならないと、内心でひやひやするも、星崎の周囲への興味関心の無さのお陰で、何事も無かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ