気づけば八月の最終日になっていた!
朝起きて、何気なくスマホの日付を見たら、八月三十一日だった。
「わー、やっと夏休みが終わるのか」
学生にあるまじき事、いや、もう学生じゃないから言っても良いのか。
濃密な一ヶ月が今日で終わる。体感で三ヶ月ぐらいは経過した気がした。
去年と一昨年は、この日を迎えると憂鬱になった。でも今年は違う。イベント盛り沢山で、訓練学校に戻りたくなった。こんな事で郷愁を感じるとか、ナイワー。
「あっ、そうだ。飛び級について聞かないと」
夏休み云々で飛び級について思い出した。朝食ついでに松永大佐に聞こう。
「え? 出ていない?」
朝食後、松永大佐に飛び級の事について尋ねたら、『支部長から何の連絡も来ていない、辞令も出ていない』と返されてしまい、思わず素の口調になってしまった。
「ああ、出ていない。二週間も前に決まったにも拘らず、今日になっても未だに、支部長から辞令が出ていない」
松永大佐は今にもため息を吐きそうな顔をしている。上司に仕事の締め切りを忘れられて困っている部下の顔だ。
自分は内心で呻きつつ、命令書に書かれて在った『ツクヨミ滞在期間』を思い出す。確か八月中、最大で末日までだった。つまり、今日で訓練学校に戻る予定だ。
「辞令が来ていないのなら、今日で訓練学校に戻った方が良いですか?」
「それすらも判らん。支部長に聞かねば何一つ分からん」
松永大佐はため息を吐きながら、蟀谷を揉んでいる。頭が痛いと言わんばかりの顔をしているけど、松永大佐から微妙に怒りのオーラが見える。
「辞令が出ていなくとも、今月で飛び級卒業は決まっている。訓練学校に戻るのは、まだ先になるだろうな」
「……そうですか」
それしか返せなかった。
このあと。
隊長室に向かい、松永大佐が映像通信機経由で支部長に尋ねたら……。
『済まん、書類が出来ていない!』
ものの見事に忘れ去られていた。映像通信機のモニターを見つめる松永大佐の眉間に皺が寄った。
……いや、済まんじゃ、ないんだけど。
「書類が無いのなら、星崎は一度、訓練学校に戻した方が良いですか?」
『う~ん……』
「悩まずに早々に決めて下さい」
『そう言われてもだな。……ただ、月面基地での防衛戦の状況が芳しくないから、一時的に高橋大佐か草薙中佐のところへ、出向させるか相談を受けていたんだ』
「高橋大佐はやらかしたばかりでしょう。草薙中佐の部下は、他所の部隊に喧嘩を売る血の気の多いものが多いと聞いています」
『だから悩んでいるんだよ』
「いるんだよ、ではないでしょう」
『まー、あれだ。九月中には必ず出す。だからまだ、そこにいるように』
「その場合、命令書の内容を書き直すか、再度出す必要が有りますよ」
『えっ!? ――ぴぎゃぁっ!?』
奇妙な音と奇妙な悲鳴が同時に通信機から響いた。奇妙な音には聞き覚えが有った。
「ギックリ腰ですか?」
「多分そうだろうな」
何となく尋ねたら、松永大佐に即肯定されてしまった。
松永大佐は椅子の背凭れに寄り掛かり、天井を数秒間仰ぎ、引き出しから書類を取り出した。
「仕方が無い。……佐久間支部長。これからそちらに向かいます」
『えっ!? ちょ、まっ、こ、ここ、心の準備!』
「不要でしょう。では失礼します」
支部長の叫びを切り捨てて、松永大佐は通信を切った。
良いのかね? 日本支部で一番偉い人なのに。
「気にするな。星崎も付いて来い」
「? 分かりました」
書類を手に急に席を立った松永大佐に言われて、そのあとに付いて行く。
隊長室を出て、試験運用隊が保有する区画からも出て、基地内を松永大佐を追って歩く。けれど、身長の差か、骨格の差なのか、早歩きにならないと追い付けない。気を抜くとすぐに松永大佐との距離が開いてしまう。息が上がらない程度の早歩きで松永大佐を追い続けて、どこかの部屋に到着した。
隊長室での通信内容から考えるに、支部長がいる部屋だろう。
松永大佐はドア横のパネルを操作して室内に入った。自分もドアが開いてる隙に一声言ってから入る。
「……」「わー……」
室内の状況を見て、松永大佐は無言。自分も言葉が出て来ない。
支部長が床の上で、死体のように、俯せに倒れていた。
支部長を注視すると僅かに痙攣しているので、死んではいないだろう。行き倒れのように机の隣で倒れている。支部長、似ている人物に似るのは見た目だけにして欲しいんだが。
「佐久間支部長。倒れるのは、せめて三ヶ月後にして下さい」
松永大佐は嘆息しながら鬼畜発言をした。この状況を見ても、そうと思わないのか。
……これは発言通りに三ヶ月後に倒れると、松永大佐に怒られるパターンだな。
何となく、そんな感想を抱いた。
そして松永大佐が、同階級や下の階級の人からも怖れられている理由が何となく解った。この鬼畜発言・発想が原因なんだろう。
「星崎。私は人を呼んで来る。それまでここにいろ」
そう言うなり、松永大佐は自分に書類を押し付けて、足早に部屋を出て行った。それも、自分の応答を聞かないで。
思いがけない状況になった。どうしようか悩み、応接用のテーブルに書類を置き、とりあえず支部長に近づいて声を掛けて見る。
「支部長。大丈夫ですか?」
「……ああ。どうにかな」
掠れた声で返答が来た。支部長は俯せのままなので表情は見えない。
「松永大佐が人を呼びに行きました」
「そう、か。あ、たたたた」
支部長は上半身を起こそうとしたが、すぐに腰の痛みで動けなくなった。
大丈夫かと、声を掛けながら支部長の腰を擦る。ギックリ腰の対処方法は無い訳では無い。治癒魔法を使えば一瞬で治せるけど、ここで魔法は使えない。
松永大佐が戻って来るのを待ちながら、こうして支部長の様子を見るしかない。
無言のまま時間が流れた。
「星崎」
「はい」
このままの無為に時間が過ぎるかと思ったが、支部長から突然、名を呼ばれた。
「心の整理は出来たか?」
深く考えずに返事をしたら、そんな事を聞かれた。
――心の整理。
確かに言ったな、そんな事。
「支部長。現代でも非常に荒唐無稽な話です。情報が足りていないのでどう言えば良いのか判りませんが、ここで申し上げても良いのですか?」
「情報が足りない?」
支部長は首を動かして自分を見た。自分を見る怪訝そうな目は、言葉の意味を尋ねている。
「はい。恐らくが付きますが、支部長が――いや、防衛軍が最も求めているであろう情報、『どこの勢力が攻めて来ているのか』だけは、私にも判りません」
嘘は言っていない。候補は挙がっているが、確定していない。混乱を招く情報を伝える必要は無いだろう。
「成程。『敵を特定する情報だけが無い』と言う事か」
「簡単に言えばそうですね」
糠喜びをさせる訳には行かないので、こうとしか言えない。
「だが、お前は敵機の事を知っていた。それは『どこから来たのか』だけは判ると言う事だろう?」
「それはそうなんですが……。向こうの宇宙は他所の宇宙と接触して、先史文明が滅び掛ける程の甚大な被害を受けた経緯から、『他所の宇宙への接触と侵略を禁止する条約』が存在しますので、候補を挙げる事も難しいです」
「そんな条約が在ったのか」
支部長が神妙な顔で感心している。
「はい。加盟しないと『ありとあらゆる面で爪弾きを受ける』ので、非加盟国が無い状態です」
「そりゃ、候補すら絞り込めないな」
支部長が素直に感心している。
「なので、候補は『犯罪組織かテロリスト』ぐらいしか思い付きません」
「技術の差は残酷だな」
埋まらない技術の差については同意する。
「ただ、『時間が掛かり過ぎている』と言う不可解な点が存在しますので、特定は厳しいです」
「そうなのか?」
「はい。非常に申し上げ難いのですが、技術の差を考えると、地球の制圧に一年は掛からないです」
現在の技術は非常に進んでいるが、百年前の技術レベルならば既に制圧されていてもおかしくは無い。逆に時間が掛かり過ぎている、この現状が奇妙過ぎるのだ。
「仮の話、犯罪組織が相手だとしても、そんな短時間でケリが付くのか?」
「はい。向こうの犯罪組織は小さいところが多いのですが、横の繋がりが根太いです」
「横の繋がり? 考えたくも無いが、複数の勢力が一塊になっている可能性まで在るのか?」
「そうですね。規模が小さくても、技術面で中堅並みを誇る組織がたまに在るので、小さくても警戒が必要です」
歴代の皇帝の下で犯罪組織を潰していた頃を思い出す。一つ潰すと芋づる式で、犯罪組織の情報が大量に手に入り、毎回仕分けに苦労していた。
「向こうの宇宙は、一体どれだけ技術が進んでいるんだ……」
「これでも、先史文明の終盤の半分以下です。最盛期頃の技術は、人の生死にも干渉出来たとさえ言われています」
「……マジ、かっ、あたた」
支部長の腰を擦る手を止めた直後、支部長は起き上がろうとするも、再び音が鳴り床に伸びる。
「またですか」
「またみたいだ」
ギックリ腰再来。いや、治ったかも判らない状況だから……どうでも良いな。ギックリ腰のままで良いだろう。状況維持だな。
支部長に一声掛けながら、再び腰を擦る。しかし、効果が見込めない。拳を使った背中全体のマッサージを始めたら効果が出たのか、それとも別の理由が在るのか。『もう少し強く』と支部長からリクエストが飛び出した。少し考えてから、ショートブーツを脱ぎ、物は試しに踵を使う。今の自分の体重は軽いので、ギリギリ支部長の背中に乗っても大丈夫だろう。
流石に足を使うので、支部長には一言断りを要れた。踵を使った効果は絶大(?)で、支部長は濁点混じりの声を上げるようになった。次第に『もう少し右』だのと、指示が出て来るようになった。仕事で疲れ果てた中年オヤジみたいだ。何故だろう。支部長の背中からマダオ臭がする。
その後も踵を使い、徹底的に支部長の背中を踏み踏みしていると、松永大佐が数人を連れて戻って来た。ドアの開閉音は支部長の声で掻き消されたので、支部長は気づいていない。体勢的に応接用のテーブルが邪魔で、角度的に見えないんだろう。向こうからは見えるのにね。
松永大佐は室内の――特に支部長の状態を見て、口を横に引き結んで痙攣させた。その後ろにいる面々は半眼になった。大林少佐と知らない将官の制服を着た支部長と同い年そうな年齢の男性がいるけど、何故?
それはともかく、これは不味い。
嫌な予感がしたので、支部長の背中から足を退けてそろりと下がる。
「星崎。もう少し――」
「何がもう少しなのですか?」
「……」
松永大佐が支部長の言葉に、食い気味に尋ねる。支部長は俯せ状態で無言になり、動きを止めた。
自分はその様子を見ながら、離れたところでショートブーツを履く。
「佐久間支部長」
「あー、うん。……出来心です」
「そんなに踏んで欲しいのなら、私が踏みますよ」
「いやぁ、松永大佐では踏み躙られそうで怖いな」
「そうですか? 私だったら、丁寧に踏みますよ?」
「て、丁寧に、的確に、徹底的に、踏み躙られそうだな!?」
「そんな事はしませんよ。はははははは」
松永大佐は目の笑っていない顔で不気味な笑い声を上げた。支部長も釣られて乾いた笑い声を上げる。
その後、支部長がどうなったかは知らない。
支部長と松永大佐が笑い合い始めた直後に、大林少佐の手で廊下に連れ出されたからだ。入れ替わりで自分以外の全員が室内に入って行き、自分は廊下で少しの間待つ。その待ち時間中に、奇妙な揺れを感じた。
数分して何人かが部屋から去り、更に少し経ってから自分も呼ばれて室内に再び足を踏み入れる。
頭にデカいたんこぶを作った支部長が何事も無かったような顔をして、キリっとした顔で威厳を出して執務机の前の椅子に座っていた。机の両脇に松永大佐達が並んでいる。両脇にいるのは、松永大佐の他に大林少佐と知らない将官の三名だ。
知らない将校から軽く自己紹介を受けて、一条大将と名を知り驚く。
日本支部に一人しかいない大将階級の人物で、支部長の片腕とも言われている人。日本支部に『副支部長』の役職が存在していたら、一条大将が就任していただろうと言われており、日本支部の中で支部長に最も近い地位にいると言われている。
そんな実質副支部長に当たる人物が何故いるのかと思うが、聞いても解らないだろう。これから教えてくれるのかもしれないが。
さて、支部長の頭のたんこぶが無ければ、良い感じに緊張感溢れる、大変シリアスな場面だ。支部長の頭のたんこぶが全てを台無しにしている。両脇の面々も目を逸らして、支部長の頭のたんこぶを見ないようにしている。コミカルな空気を、シリアスな空気で誤魔化そうとしている。
……一言言いたい。
軍事組織の上層部が、コレで良いのかよ!?
「あぁ~、ゴホンッ、星崎。飛び級卒業と配属に関する書類はまだ出来上がっていない。だが、ガーベラを完全に乗りこなせる唯一のパイロットであるお前を、今訓練学校に戻すのは戦況的に難しい」
支部長はワザとらしく咳払いをして取り繕ってから、そんな事を言い出した。たんこぶがまだ痛むのか、支部長は手を頭の上に伸ばして松永大佐に叩き落されてしょげている。真面目にやろうぜ。自分が言う事じゃないけど。
「更に、色々と立て込み、込み入っている。辞令を出すまではツクヨミにいて貰う。お前が今月初めに持って来た命令書だが、延期の命令書を今日付けで出す」
今日付けと言っているが出せるのかな? 何と無く、松永大佐を見ると、視線を逸らされた。無理なのか。
「飛び級卒業に関する辞令に比べれば、関係書類の数は少ない。今日の夕方までには出せる」
顔に出ていたのか、支部長が付け足すようにそんな事を言った。
書類が少ないと言いつつも、出来上がりは夕方と言っている。現在時刻は、もうすぐ九時になろうとか言う時間なので、最低でも――夕方=十七時もしくは十八時だと思う――九時間は掛かると言っているも同然だ。
これは今日中に終わらないパターンだな。
「星崎。何か言いたそうだな?」
「いえ。今日の日付で『口頭命令を出した』事にして、命令書が手元に届くのが、明日以降になりそうだと思っただけです」
またも顔に出ていたのか。松永大佐に尋ねられたので正直に言う。すると、支部長は、ぽんと、手を打った。
「その手があったか!?」
「「支部長」」「佐久間支部長」
「……何でもありません」
異口同音に名を呼ばれて、支部長は萎れた。どっちが上なのか分からない光景だな。
「んんっ、星崎。この面子を集めた理由は有る」
支部長は仕切り直しの咳払いを零してからそう切り出した。支部長には悪いが、ぶっちゃけると興味は無い。情報不足の現場に、必要な情報を提供する程度は別にいいし、気にしない。数百年在るタイムラグを考えると、どこまで合っているか判らないし。
「実はこの三人には、保管区でお前がアゲラタムを起動させた時の会話内容を教えた」
「そうでしたか。信じて頂けたのですか?」
前置きの意味がねぇな……じゃない、前振りの意味無くない……も違うな。
聞かされた側に同情する。これだな。
話した結果を支部長に聞いたら、支部長の脇にいる三人から呆れた視線を貰った。そして支部長は、マダオ臭のする雰囲気になった。
「聞くのはそこじゃないよね!?」
「内容がアレ過ぎると自覚しています。前の人生でも、同じ事を言って驚かれましたが、前例が存在したので受け入れて貰えました」
「前例?」
「はい。前の人生では、種族的に『前世の記憶を持つ子供』が、ごくまれに生まれる家系でした。私も記憶を思い出すのはこれが初めてでは無いので、特に驚きもしなかったです」
支部長の質問に淡々と答えたら、大人四人は絶句した。
どうして絶句する程に驚くのか、全く理解出来ない。自分が持つ情報の注意事項たる、タイムラグについて話そうかと思ったら、松永大佐から質問が来た。
「星崎。何が原因で記憶を取り戻したんだ?」
「教官達からの話を聞く限りですが、入学前の交通事故が原因だと思います」
「話を聞く限り? どう言う意味だ?」
そこに気づいたか。何と言うか、松永大佐は勘が良いな。
「事故の影響だと思うのですが、訓練学校の医務室で目を覚ました時に『星崎佳永依』と言う名前を思い出せなかったのです」
「「「「え!?」」」」
「その場で記憶喪失と診断されましたが、『その内戻るだろう』と放置されました」
「待って! ちょっと待って!? 報告書に『記憶喪失』なんて単語は書かれていなかったぞ!?」
支部長はギョッとしてからそんな事を言った。残りの三人も表情を険しくしている。
「星崎。ではお前は……」
「推測ですが、事故で死に掛けた際に頭を強く打ってしまったのでしょう。それで記憶を無くし、死に掛けた事で別の記憶を思い出し、人格も上書きされました」
「いや、『ました』じゃないんだけど」
「申し訳ありませんが、こうとしか言いようがありません」
支部長の突っ込みに『諦めてくれ』と意味を込めてそう言うと、大人組は黙った。情報を多く詰め込み過ぎたのが原因だろう。四人の情報の咀嚼時間は思っていた以上に長かった。頃合いを見計らって、『転生した事で発生したタイムラグ』について話す。
三百年から四百年程度のタイムラグが発生しており、正しい意味での最新情報は知らない・分からない事も話す。
「そう易々と、事は運ばんか」
「敵に関する情報が手に入っただけマシでしょう」
「松永大佐の仰る通り。情報が手に入っただけでもありがたいものです」
「他支部を考えると、その通りだな」
順に、支部長、松永大佐、大林少佐、一条大将のコメントだ。
コメントを聞くと、やっぱり情報の重要性は高い。これはどこも同じだね。
一人納得していると、保管区で調べた敵機に関する追加情報の有無について支部長から尋ねられた。でも、不要そうな一つを除いて全て伝えている。聞くか否かの確認を四人に取ってから、最後の一つ――生体演算機構について説明する。
支部長と松永大佐の三人で、再び保管区に向かった時に『アゲラタムを無人機として動かす為の装置』として説明し、三人で手分けして抜き取った箱の事だ。
生体演算機構の中身は、人種族の五歳児から十歳児までの子供の脳だ。違法人身売買で売られた子供が犠牲になっている。これらの事を始めとした、最後の情報を口にすると、四人揃って絶句し嫌悪の表情を浮かべた。『やっぱりか』と、『何度目だろう』を同時に思ってしまう辺り、自分の反応がおかしいのか。
「あの箱の中身が、そんなものだったのか」
「はい。元を辿ると、先天性脳障害者向けの医療技術です」
「医療技術だったのか!?」
「そう言えば、黄緑色の敵機も元医療技術が使われていると言っていたな」
驚く一条大将の発言を聞いて思い出したのだろう、支部長の発言によく覚えているなと感心しつつ、義腕・義手・義足などの『人工四肢』を作る生体人工身体技術だったと説明する。
「地球で言うところの義手・義足などに相当する技術です。生まれ付きの理由や、再生医療技術を用いても治せない場合に使用されます。使用例としては、生まれ付き病弱の子供に人工的に作った体を与えるパターンが多かったです。あとは再生医療で元に戻すよりも、職業的に何かしらのギミックを仕込んだ方が、有効活用出来ると判断した人が利用します」
「軍人御用達の技術なのか?」
「まぁ、そうですね」
一条大将の疑問を肯定しつつ、利用者の割合を思い出す。利用者の割合は、一割病弱な人向け、四割軍人向け、五割傭兵と言った具合だ。
何度目かの沈黙が下りたところで、質問の有無を尋ねる。現状で思い付く疑問は無いのか、否の返答が返って来た。
「星崎。他の幹部から何か言われると思うが、次の定例会議で『白』と伝えて置く。それから、状況次第では他の幹部にもここでの事を話す」
「必要以上に広まらないのであれば構いません」
「悪いな。何か遭ったら今後も聞くかもしれん」
「分かりました」
支部長と最後となりそうなやり取りを終えると、大林少佐が口を開いた。
「私から提案があります」
「何だ?」
「星崎にも諜報部の席を作って置きたいです」
突拍子もない提案に『何故?』と首を傾げる。二重所属になるけど良いのか?
「理由は在るんだろうが、諜報部との二重所属の場合は、別の戸籍を用意する必要が有るぞ」
「戸籍は私が用意します」
「大林少佐が用意するのであれば良いが、もう少し戦況を見てから決める」
「分かりました」
支部長に待てと言われ、大林少佐は少し考えてから引き下がった。突っ込みどころは多いが、話題はこれで打ち切られた。
この話題を最後に、五者面談なるものは終わった。松永大佐と退出する前に『訓練学校にはこちらから連絡を入れるから気にしなくていい』と支部長に言われた。
支部長の仕事量的に大丈夫か心配したが、誰かに指示を飛ばしてやるんだろうと判断して了解の応答を返し、松永大佐と部屋を出た。
試験運用隊隊舎の、隊長室に戻るなり、今度は松永大佐から『話がある』と言われる。
何だろうと思えば、試験運用隊の内情だった。中でも驚いたのは、正式所属人数が自分と松永大佐の二名だけで、鈴村大尉は諜報部からの出向だった事。だが、納得も出来た。道理で誰とも会わない筈だと。ちなみに後藤と言った隊員は元居た隊に戻っている。全く姿を見なくなったと思えば、いなくなっていた。
テストパイロットが一杯いても意味が無いのは何となく解るが、少な過ぎと思わなくもない。他に事情が在っての人数何だろうけど。
松永大佐からの説明を聞き、そう言えばと思い出す。
試験運用隊の不文律は、人数を隠す為だったのか? そんな気がして来たぞ。
「これが、試験運用隊の現状だ。人員が増えるとしたら、私の下に『臨時部隊を創設する時』か、他所の隊で問題を起こし『経過観察が必要』と判断された問題児を一時的に預かるのどちらかだ。後藤は後者だ」
松永大佐の付け足し説明に思う。
ここ、問題児の更生場所だったんだね。他の部隊に入れない自分みたいな例は珍しいんじゃないか。
「この例を考えると星崎はレアケースと言っても良いが、気にする必要は無い」
顔に出ていたのか。松永大佐は最後にそう言うと、今日の業務を割り振って来た。
本日の業務は資料作りの手伝いだった。
松永大佐が言うには、毎月七日に幹部を全員ツクヨミに集めて会議を行っているとの事。
今月七日は丁度、自分が迷子になって、マルス・ドメスティカが暴れた日だった。これを聞いて思い出す。途中で合流した時に何故支部長がいたのかと驚いたが、会議中だったのならば納得出来る。自分と支部長と松永大佐の三人で保管区に行った時に、生体認証でロックを解除していたから出張って来たんだろう。遠距離で解除とか出来ないのかと思うが、変則的なショートカットコースを移動する場合、その都度、支部長に連絡を入れるのは手間だろう。
「松永大佐。資料はこちらで良いでしょうか」
「……これで良い。こっちを頼む」
「分かりました」
こんな感じのやり取りのみで、ほぼ一日が終わった。
なお、支部長から『滞在期間延長の書類』が松永大佐の手元に来たのは、二十一時を過ぎた頃だった。
十六時を過ぎた時点で『日付が変わるまでには来ない』と判断していた。その為ちょっと驚いた。頑張った支部長に摘まめるクッキーでも差し入れようかと思ったが、届けるには松永大佐の手を借りなければならないので諦めた。