襲撃発生。私も出るの?
襲撃を知らせるアナウンスは、三時間前後で接敵する事を前提に流れる。接敵三時間前は流石に早いと思うが、機体の最終チェックと決められた配置への移動などの戦闘以外の準備時間を考えると、結構ギリギリだったりする。
月面基地は最前線基地と扱われているが、すぐ傍で戦闘が行われる事は無い。休息と補給場所の安全確保が目的で、他にも理由は在るらしい。幾つかの理由が在り、戦闘は月面基地からそこそこ離れた場所で行われる。戦艦に乗って一時間半程度の距離だ。
これらを考えると移動時間で半分も取られてしまう為、三時間は長いようで短いのだ。
それが終わっても、今度は戦闘が始まる。戦闘の終わり時間はバラバラなので、必ず決まった時間で終わらない。敵が撤退するか、どちらかが全滅するまで続く。
教官と連絡を取り指示を仰いだら『パイロットスーツに着替えて部屋で待機していろ』と言われ、アナウンスに関する事を思い出して、少しの時間を潰す事にした。
スツールに腰掛けて膝にヘルメットを乗せ、髪紐で腰まである髪をお団子に纏める。飾りの無い金属製の簪を使えば早いのだが、気の引き締めに髪紐を使っている。主な理由はヘルメットを被っている途中で折れたりしたら困るからでもあるが。
髪紐を使っていると、髪ゴムがどれ程便利なものか実感する。髪紐で髪をポニーテールなどに結い上げるのは難しいし結構手間なんだよね。あとそれなりの長さを巻き付ける必要が有り、これが面倒なのだ。侍女のようにやってくれる人のありがたみを感じる瞬間だ。だったら髪ゴム使えよって話だけど、髪紐しかない世界に転生する事が多いから慣れてないと、いざと言う時に困る。簪も貴族以外が使っていると、変な目で見られる時があるし。
髪を纏め終えると、やる事が無くなる。電子書籍が読みたいけど今は我慢。読んでいる途中で呼び出しを食らう可能性が高い。
スツールに座ったまま、ぼんやりとする。
しかし、何か作業をしていないと無意識に色々と考えてしまう。
主に今後の事とか。
予想以上に目立っちゃったけど、売り言葉に買い言葉で『辞退する』って言ったからなー。そのまま受け取ってくれるとありがたいんだよね。なんとなく無理な気がするけど。こんな事なら情報収集として、魔法を使って思考の読み取りを行えば良かったな。訓練学校でも、公表されていない情報や、訓練生に開示されていない情報を魔法を使って教官達からこっそりと仕入れているし。でも、日本支部長の思考を読み取るのは流石にヤバいか。
情報収集をしたお陰で、自分が置かれている現状は他の生徒よりも理解しているつもりだ。
極一部の生徒の中には、己の状況に疑問を抱いているものもいるが、殆どの生徒は気にしていない。調べる方法を保有しているか否かの差だろう。自分が正にそうだし。知る事が出来ても『現状を変える事は出来ない』から意味は無い。
「それにしても遅いなぁ」
思考が嫌な方向に傾き掛けたので、スマホを弄って気を逸らす。
「ん? 来た」
スマホを弄り始めたら、教官から着信が来た。すぐに出る。
「はい。星崎です」
『星崎。今どこにいる?』
「兵舎にいます」
あれ? 『部屋で待機していろ』って言われたから、間借りしている兵舎の部屋にいたんだが、何か不味かったか? 部屋の指定は無かったし、正規兵の邪魔にならないようにここにしたんだが。
『……そう言えば指定しなかったな。こほんっ。そんな事よりも、今すぐに離着陸港に向かえ。詳しい事はそこで指示を受けろ』
「分かりました」
意味が全く分からないが、向かえば分かるだろう。了承の返事を返すと通話は切れた。
急ぎである事は解ったが、……一体何が起きているんだろう。
「まぁ、行けば判るか」
パイロットスーツのウエストポーチにスマホを仕舞い、ヘルメットを手に部屋を出る。鍵を掛ける事も忘れない。
普段は走ってはいけないのだが、今は緊急事態なので基地内を走る。不思議な事に、誰にも遭遇しない。月面基地には正規兵しかおらず、現在緊急事態発生中なので、全員が持ち場にいるから当然なんだけどね。
走って目的地に向かいながら、場違いな感想を抱き、目的地に到着した。
「え? 何で?」
目的地に、ここにいない筈の人が、秘書官の女性を連れた日本支部長がいた。司令室にいなくてはならない人が何でいるんだ?
「来たな。時間が惜しい。行くぞ」
「??」
合流するや否や、支部長に手を掴まれて高速船に連れて行かれる。乗船するとシートに座るよりも前に船は出港した。
「えーと……」
状況が分からない。どこに向かっているのか、これからどうするのかの説明すらない。そろそろ説明して欲しいんだが。
こっちの状況は知らんと言わんばかりに、掴んでいた自分の手を離した支部長は指示を飛ばす。
「日生。彼女にマニュアルを渡せ」
「はい」
支部長の秘書官から起動状態のタブレットを手渡される。開いている手で反射的に受け取り画面を見る。見た事の無い機体のマニュアルが表示されていた。
……益々状況が分からないんだが。
タブレットと支部長を何度も見比べる。到着時間を確認した支部長は徐に口を開いた。
「星崎。お前にはこれから試作機に搭乗して戦場に出て貰う」
「……は?」
支部長の言葉の意味が理解出来なかった。
試作機に搭乗して戦場に出る? 何で? と言うか、試作機に自分が乗るの? 訓練生なんだけど。
「タブレットに表示されている機体は、日本支部で開発され保管されていた機体だ。その機体にお前が搭乗しろ」
……マジで? 訓練生を試作機に乗せるとか、そう言う冗談は創作の世界だけにしてくれよ。
「向こうの基地からも輸送艦が出ている。これから宇宙空間で合流し機体を受け取る。十数分後に合流予定だ。それまでにマニュアルに目を通せ」
正気か。支部長の表情はサングラスで読み難いが、声音からは『本気』しか感じ取れない。
「確認ですが、正規兵の方でなくて良いのですか?」
一応の確認を支部長に取る。正規兵にも、自分と同じ第五世代のものはいる。割合で言えば一割半に届くか否かだが、決していない訳では無い。
「十日前の実戦の結果を考慮しての決定だ。既に訓練機の戦闘データを送っている。微調整は出来んが、訓練機のデータからある程度の調整は済ませた」
抗命にも取れる質問をしたが、支部長は眉一つ動かさずに回答した。予測される質問だったのかもしれない。
支部長の思惑は不明だが、分かった事はただ一つ。
試作機に乗る事だけは、どう足掻いても避けられない。
何故自分なのか問い質したいが、マニュアルを読む時間と合流までの時間を考えると、……その余裕は無い。
そもそも、今回の襲撃を乗り切らなくては――引退後のスローライフを夢見るのなら、ここで駄々をこねている場合では無い。
「分かりました。拝命します」
運の無さと間の悪さに、内心で嘆息しながら、諦めて了承した。
そして、適当なシートに座って読めと言われ、その通りに少し離れたところのシートに座って、ガーベラと名付けられた試作機のマニュアルを読む。
基本操作は訓練機と変わらないが、搭載されているシステムと装備が違うのでそこを重点的に読む。
合流までの時間はあっと言う間に過ぎ去った。
何ページか飛ばし読みをしたが、着艦ギリギリでマニュアルをどうにか読み切った。
読み切ったけど、機能が多いと言う訳ではないが、何と言えば良いのか。変に技術が詰め込まれていて、訓練機と仕様が完全に違っている。本当に試作機なのか。マニュアル自体は機体にも搭載されてるらしいから、困ったら目を通せば良いだろう。その余裕が有ればの仮定だけど。
ヘルメットを被り、支部長と秘書官に見送られて高速船から降りる。その後、輸送艦の整備兵の案内で格納庫を移動。
到着した先、固定器の中で安置されていたのは、両腰にサーベルが一振りずつ、右肩に見覚えのある剣、左肩にバズーカ砲らしいものを装備した赤い機体。頭部のゴーグル状のカメラだけが緑色と、色違いになっていた。数名の整備兵が機体を取り囲んで最終チェックらしい作業をしている。
メインカメラがやられた時を想定し、どこの国も頭部のカメラは昆虫のような複眼を採用している。にも拘らず、この機体は珍しい事に複眼ですらない。
これまでに見た機体と違って人間味が有る機体だ。場違いにもそんな感想を抱いた。
「……この赤い機体ですか?」
「そうですよ」
思わず二度見して、案内してくれた整備兵に尋ねてしまった。無情にも肯定されてしまったが。
何故、迷彩カラーでは無く、赤色何だろう。誰の趣味?
「最終チェック完了! ガーベラ、出られます!」
呆然としていたら、声を掛けられた。慌てて返事を返し、案内してくれた整備兵に礼を言い、急いで試作機ガーベラのコックピットに乗り込む。ハッチを閉じると揺れを感じた。カタパルトへ移動しているのだろう。
……色々思う事は有る。有るけど、目の前の状況をどうにかしないとなのだ。
「四の五の言っている暇は無い。今はやる事やらないと」
座席型のシートに座り、シートベルトを装着。訓練機と同じ手順でガーベラを起動させながら、声に出して己に言い聞かせる。
今必要なのは集中力。今後の事を考えている暇は無いし、そんな場合でも無い。戦場に近づいたらアラームが鳴るようにセットする。何か忘れそう。
『カタパルト移動完了。出撃、何時でもどうぞ』
「了解。出ます」
通信に短く応えて機体を操作し、出撃する。ガンダムシリーズと似た出撃だけど、気分の高揚は無い。
「ぬおっ!?」
何故なら、感じる余裕が全く無かった。訓練機と同じようにリニアカタパルトから出たが、想像以上の加速の圧力を受けた。シートに押し付けられ、普段ならば出ない驚きの声が漏れる。
「……戦場に到着するまでに、この速度に慣れないと危ないな」
速度は訓練機の数倍。重力制御器は搭載されているけど、緩和し切れていない。どんだけ速度が出るんだよ。生身での高速戦闘には慣れているが、流石にこれは無い。ガーベラの移動速度を四分の一以下に落とし、自力の反応速度で対応可能な速度を探しながら移動。十日前は魔法で知覚を強化したが、アレは機体性能の差を埋める為で、普段の操縦では強化しない。自慢じゃないが、過去の世界でロボットの操縦経験は有る。操縦方法は違うけど、その時の経験から知覚強化は普段からしない方が良いと実体験した。予知系は使っても問題無いが、乱用すると勘が鈍るので使用は控えている。
それにしても、マニュアルに最高速度は書いて在ったかな? 今更になって飛ばし読みしたページが気になるが、こんな状態では読む暇は無い。
代わりに、熟読した装備に関する項目を思い出す。
両腰と右肩に実剣、左肩に陽粒子砲。頭部にバルカンらしいものが着いている。この五つだけだ。他は無い。
「速いし、遊びが無い。量産前提の機体じゃないでしょ、これ」
誇張ではない。訓練機と同じようにガーベラを動かすと、予想を超えた動作になる。実際に右腕を軽く曲げる操作をしたら、右腕を折り畳む動作になった。右腕を伸ばすついでに肩の剣を持っておくか。
慣らし操縦をしながら移動を続ける。速度を三分の一にまで上げつつ、魔法で知覚を強化しなくても良い速度を探し出していたら、何故か『トールギス』と言う単語が浮かんだ。『殺人的な加速だ』だったか。仮面の搭乗者にそんな事を言わせた機体がガンダムシリーズに在ったよね。
機体の性能を優先したが為に、乗り手を選ぶ機体を、何となく連想した。まぁ、こんな速度で動いたら『赤い何たら』と別の呼び名が付きそうだが。嫌だなぁ。
ピピピッ、と思考を断つようにアラームが鳴った。セットしておいて良かった。
戦場にもう着くのか。そう認識したらもう戦場に着いていた。戦場を高速で突っ切る。
「やばっ」
減速が間に合わず、戦闘中の赤い両肩を持つ他国の機体に左肩から激突してしまった。
しかし、不幸中の幸いで直後の攻撃に回避成功。即座に反転して接近して来た敵に叩き付けるように剣を振り下ろすと――敵は縦真っ二つになり、爆散した。
「うえっ」
切れ味が良過ぎると言う、予想外の結果に思わず呻き、改めて剣を見る。目を凝らして剣を見て、予想外の結果に納得した。
……コレ、初実戦時に戦った銀色の機体の剣だ。
見覚えが有って当然だった。戦利品のように持ち帰ったし。
『済まない。助かった』
「あ、すみません、ぶつかって」
低い男の声音で通信が入った。内容からしてぶつかった機体のパイロットからだろうね。ぶつかった機体が近づいて来たし。そう判断して素直に謝る。日本語では無かったが、便利な技能『無限の言語』のお蔭で会話には不自由しない。日本語のように喋っても通信相手には母国語で聞こえているだろう。
『そんな事は無い――っと』
意外にも良い人だった。ありがたい。
感動していたら警告音が鳴った。敵の攻撃が飛んで来た。ビーム弾だったので左右に分かれるように回避行動を取る。
『幸運を祈る!』
それだけ言うと通信は途切れ、機体は敵に突撃するように去った。
マジで良い人だな。
「おっと」
感動している場合では無い。敵がいるのだ。接近戦に持ち込んで戦う。左肩の陽粒子砲は使わない。経験上、威力が分からない代物は余程の事が無い限り、使わない方が良い。操縦にも慣れていないし、味方に誤射をしたくもない。これ大事。左手にサーベルを持って盾代わりにすればいいだろう。
加速と操作性に振り回されながらも、敵を一機ずつ確実に倒して行く。何機倒したとか数える余裕は無い。体に掛かる圧力で意識が飛ばされないように、意識を維持しながら操縦するだけで手一杯なのだ。徐々に、時間感覚すら分からなくなって行く。
「はぁ、あ、ああああっ」
何時もの操縦中ならば、不要な声を出したりしない。うっかり舌を噛んだりしないようにする為だ。
しかし、今は体に掛かる重力の負荷で意識が飛びそうになる。声を出して己の耳朶を打ち、意識を飛ばさないようにする必要が有る。
魔法を使えば――多少のではあるものの――体に掛かる重力の軽減は出来る。魔法は割と便利だから使いたくなる。魔法を使えばどうにかなりそうな状況に遭遇すると『使えれば』と思ってしまう程に。
でもね。
忘れそうになるが、ガーベラは試作機なんだよ。自分が耐えられたら、『他にも耐性持ちがいる筈』、『これに耐え切れるのなら』って流れになる可能性が高い。主に後者。
速度は半分も出していないのに……ハッキリ言って、これ以上の速度を出したら体が持たない。
旋回時に掛かる荷重に至っては――ある意味当然何だろうけど――直線移動よりもキツイ。半分以下のこんな状態なのに、バーニアを全開にした状態での操縦なんて想像したくもない。絶対どこかで骨折が起きるだろうし、内臓も痛めそう。戦闘終了後の精密検査が義務化しそうだ。
戦闘終了後に言いたい文句が次々に浮かんで来る。背を向けた敵機に追い付いて真っ二つにする。
「次。次。……あれ、どこ、いない?」
無我夢中で戦闘していた弊害か。探しても敵影が見つからない。レーダーを使って調べるも見つからない。こんなにステルス性能高かったっけ?
『――こえるか、おい、星崎!』
「えっ!? はいっ! ……って、支部長?」
通信機から呼びが響いた。驚きつつも反射的に返事を返し、独特な低い声が支部長のものだと判り首を傾げる。
『星崎。敵は撤退した。位置情報を送る。輸送艦に帰艦しろ』
「分かりました」
有無を言わせぬ指示に了解を返す。通信は途切れた。
「……って、戦闘終了!?」
正面のメインモニターに位置情報が表示されて、漸く支部長からの情報を理解した。
「え!? 終わり? 終わったの!?」
愕然として周囲を見ると、他国の機体は既に帰還したのか一機も見当たらない。大慌てで輸送艦に向かう。
輸送艦までの距離は意外と短かった。向こうも月面基地に向かって移動しているのだから当然か。
ニ十分と掛からない内に輸送艦と合流出来た。
着艦し、指定の場所へ移動する。ガーベラの動きを止めると一際大きな揺れを感じた。固定器と接続した揺れだ。固定器に接続後は自動で格納庫へ移動となる。
「はぁ~……しんどい」
機体の停止操作を行う。再び大きな揺れを感じ、シートベルトを外した。
『格納庫固定完了』
通信機から整備兵の声が響いた。ハッチを開けてコックピットから出る。格納庫では重力制御が行われていない為、コックピットから出ると無重力状態特有の浮遊感を味わう。
「お疲れー」
「荒く操縦したので、整備お願いします」
何時もの癖で、整備兵に一言言ってから移動する。命を預けるものを他人に託す経験が余り無いからか、それとも他人に頼る癖が無いからか。『一言言ってお願いする』この癖は簡単に身に着いた。
連絡通路を移動し始めて、ふと大事な事を思い出した。
……どこに行けばいいんだ?
何とも間抜けな疑問に移動の足も止まる。艦内の内部構造はどこも大体同じだと、授業で聞いたので道には迷わないだろうが、一時着艦の身でどこにいれば良いのかは流石に分からない。
少し考えて、最初の合流時に乗って来た高速船に行けば良いかと判断し、高速船が在った場所を見る。しかし、高速船は無かった。
「マジで……」
支部長達は何時の間に移動したんだよ。
何度目か分からないため息を零す。
「あ、いたいた。おーい、そこの訓練生」
「? 何用……ですか?」
背後から声が掛かった。振返って何用か尋ねたが、やって来たのは整備兵では無く、救護兵だった。
「君に簡易検査を受けろと、支部長から指示が出ている。医務室に来てくれ」
何でそんな指示が出てんの?
疑問が出そうになったが、ぐっと我慢して、返事を聞かずに踵を返して移動を始めた救護兵のあとに続く。
その後、月面基地の兵舎に戻れたのは、輸送艦内での簡易検査が全て終わり、医務室で精密検査を受け――戦闘終了から実に十時間後の事だった。
そうそう。定期便の予約は知らぬ間に、支部長の手でキャンセルされていた。訓練学校に戻れるのはもう少し先になりそうで、憂鬱になった。