午前の予定終了、午後も模擬戦だよ
そして、ベンチで仮眠を取り、ゴロゴロしていたら、結構な時間が経過した。
誰も休憩室に来ないし、呼び出しも無い。
そろそろ行こうかと起き上がり、ヘルメット片手に休憩室を出る。モニター室までの道は短い。歩いて十数分程度だ。
「失礼しま、す?」
室内に足を踏み入れるが、誰も自分に気づかなかった。何と言うか、口論が白熱し過ぎている。
立ったまま口論を眺める。
……心配してくれる中佐コンビには悪いけど、今回は割と自業自得な気がするんだよね。
発端が己にある事を十分に理解している。上がやや過剰反応気味なのが気掛かりだが。
口論は終わりを見せない。近くの机にヘルメットを置き、モニター室の隣室に向かった。ここは給湯室になっている。五人分のコーヒーを淹れ、五人分の砂糖、ミルク、マドラーをトレーの上に乗せて、バスケットに五つの浄水入りボトルを容れて、モニター室に戻る。口論は終わり、四名は其々頭を抱えていた。
「……飲み物はいかがですか?」
声を掛ければ、四人同時に自分を見て、深く息を吐いた。
井上中佐から色々と言われたけど、
「自業自得の気がするので良いです」
と返したら、思いっきり呆れられた。
稼働データを保存してから、なし崩しに昼休憩となった。もちろん五人で昼食を取る。
気まずい空気での昼食になると思ったが、飯島大佐が来てくれたので重い空気の中での食事にはならなかった。佐藤大佐が飯島大佐に怒られていたけど。
昼食を取りながらの話題は『強化したナスタチウムの操縦感想』になった。飯島大佐もナスタチウムの強化について一枚噛んでいるから気になったんだろうね。発案者っぽいし。
大人組は食事を進めながら、議論を始めている。たまに意見を聞かれるので、無言で食べつつも内容に耳を傾ける。
バーニアの荷重で盛り上がっていた。ガーベラのパイロットが長年見つからなかった最大の理由も『加速時に掛かる負荷に耐え切れない』だったし。何年越しか知らないけど、乗れるようになったのは嬉しいんだろうね。
日本支部が保有しているナスタチウム全機を強化出来ないかって話題になっているし。指揮官機の数は少ないから、予算がどうにかなれば出来そうって空気だ。
他支部の機体については知らないが、日本支部が保有する一線級の機体『ナスタチウム』と『キンレンカ』の、実戦における機体性能差はぶっちゃけると余り無い。ナスタチウムの方がレーダー探知機系の性能が良い程度だ。指揮官機だから、素早く情報収集を行い判断を下す為なんだろう。多分。
最近になって飯島大佐から教えて貰ったが、日本支部の機体は『生き残って次に繋げる』って感じの機体が多い。その為、ガーベラのような攻撃的な機体が開発されるのは珍しい。まぁ、ガーベラが開発された理由は不明だが『敵に勝つにはどこまで機能を盛り、性能を尖らせれば良いのか実験する』為だった説が根強い。
……実験の為とは言え、常人が乗りこなせないような機体は作らないで欲しいな。テストパイロットが見つからないって時点で色々とアウトだろ。
あと、開発部ツクヨミ部署が仕事をサボらないで、搭載機器を新式に交換するなりの事をしていれば、目の前にいる大人組でも乗れただろうに。
そして自分は、モブとして群衆に埋もれる事が出来たのに。
別の事を思っていたら少しばかり、恨みの念が湧いて来た。ガーベラの搭載機器が定期的に新式に入れ替えられていたら、と思うとやっぱり悔やんでしまう。
「星崎。話が変わるが、ちょっといいか?」
「? はい、何でしょうか?」
少し湧いた恨みの念を引っ込めて、神妙な顔をした飯島大佐を見る。
「少し前に、お前の部屋に突撃した奴の事は覚えているか?」
「……椅子に引っ掛かって顔面ダイブした方の事ですか?」
記憶の糸を手繰り、該当人物の行動を口にして確認を取った。飯島大佐は何とも言えない顔で肯定した。
「そいつの沙汰なんだが、支部長が星崎に決めさせようって言いだしたんだよ」
「……何故ですか?」
「分からん。だが、その内聞かれるかもしれないから、処罰になりそうなものを適当に考えておけ」
いや、『処罰になりそうなものを考えておけ』って。しかも、『適当に』って何?
急に言われてもすぐには思い付かない。
「罰ゲームレベルのものしか思い付きませんが、それでも良いのですか?」
自分よりも上の階級の人間に求める処罰。
行動の内容は『不法侵入』だが、即席トラップに引っ掛かっており、大変面白い動画が見れたから個人的にはどうでも良い。
ぱっと思い付くものが、どう考えても罰ゲームレベルだったので確認を取る。
「軽い処罰になるから、寧ろそれくらいで良いと思うぜ」
問題無いらしい。頷く飯島大佐だけでなく、松永大佐に目を向けるとこっちも頷いていた。
「寧ろ罰ゲームレベルが丁度良い」
「だな」
無情にも大佐コンビは『それで良い』と頷き合った。中佐コンビの気の毒そうな顔が印象深い。一方、何の事だか知らされず、放置されていた佐藤大佐は我関せずと食事を進めていた。何と言うか、メンタルが強い。
話題は再び変わり、午後の予定になった。
午後はナスタチウム同士での模擬戦を行うそうだ。自分は模擬戦の見学……とはならず、ジユに乗って軽く模擬戦を行う事になった。
昼食が終わると、佐藤大佐は飯島大佐の手で『支部長の許へ』強制連行された。今月何枚目の始末書なのだろうかと気になった。
皆で見送らずに、午後の予定を粛々と進めて行く。途中から飯島大佐も観戦にやって来た。
そうそう。ナスタチウム同士の模擬戦は凄かった。戦闘を第三者視点で見る事が無かったので新鮮だった。休憩時にガーベラと映像比較もしたが、動きが余りにも違い過ぎて、自分が操縦した映像なのにちょっと引いた。
休憩と議論を挟んで、いよいよジユに乗る。宇宙空間でジユを操縦するのは久し振りなので、最初に十分程度の慣らし時間を貰った。
やっぱりアレだな。実を言うと、ジユは重力下での活動を想定した機体なのだ。ベースがアゲラタムなので、無重力下でも問題無く活動出来る。通信機経由でその事を報告しながら慣らしを終えて、佐々木中佐が乗るナスタチウムと模擬戦を行う。
ジユの全長はナスタチウムよりも低い。その為か、ガーベラよりも早く動いているように見えたらしい。交代で模擬戦の相手を務めた井上中佐も同じ事を言った。
軽い模擬戦を終えて、通信機経由で松永大佐からアゲラタムの剣について聞かれた。名称が『長剣砲』なので、砲としてどうやって使うのか気になっていた模様。過去の戦闘映像で、使用しているところを録ったものが無いのか尋ねたが無かった。
ダミーを出して貰い、二パターンの使い方をやって見せた。
一つは突き刺して撃つやり方だ。これは想像出来たのか驚きは無いっぽい。
二つ目の『仮想砲身を展開した大型ライフル』としての使い方をやって見せたら、どうなっているんだと突っ込みが殺到した。
技術説明をしても、理解は難しいだろうから『こう言うものだ』で説明を押し切った。
午後の予定が終わる頃に、根掘り葉掘り聞かれたので、技術について説明をして理解出来ないと『諦めて』貰った。紙に書きだせば解るか尋ねたが、首を振られた。一応、『質量を与えた立体映像に~』から始まる、解り易そうな例えを使った説明をしたが無理だった。
西暦三千年過ぎの現代、立体映像は利用されているけど、質量を持った立体映像は存在しない。長引く防衛戦で多種多様な技術開発がされているけど、『軍事的に利用価値が有るか否か』が焦点となる為、立体映像に関する技術は進んでいない。
思わず『パワードスーツを使った訓練に立体映像が利用出来れば、訓練の幅が広がりそうなのに』と、ポロリと愚痴を零してしまい、どう言った利用方法か根掘り葉掘り聞かれて苦労した。
シミュレーターを授業以外で触っていない事、パワードスーツを使った自主練について言ったところ、非常に驚かれた。特にパワードスーツの自主練の方の食いつきが凄かった。そして、授業以外でシミュレーターに触っていない理由についても聞かれた。
「最初のシミュレーターの授業で行った模擬戦で、教官と最上級生から『実戦でこんな動きは出来ない』と指摘を受けました。指摘を受けたあとに、パワードスーツの存在と貸出可能の事を知り、自主訓練で『本当に出来ない動きなのか』試して、調べました」
「って事は、星崎はその自主訓練で荷重耐性を身に着けたのか?」
「それは判りませんが、慣性への慣れは身に着いたと思います」
飯島大佐の質問に答えたら重い沈黙が下り、松永大佐からシミュレーターの利用状況について質問を受けた。
『最上級生優先だから中々使えなかった』と答えたら、松永大佐は額に手を当てた。他の三名も顔を強張らせている。どうやら昔とは違う模様。
五人で夕食を取ったら解散となったが、松永大佐と飯島大佐は支部長へ報告に向かった。
翌日は松永大佐の仕事の手伝いで一日が終わった。隊長職ともなると、やっぱり仕事が多いね。過去の人生でも見たが、軍部や騎士団とかで『団長』などの幹部地位にいる人間は、大体書類仕事に忙殺されていた。これはどこでも同じ何だろう。
特に、開発部の不正が見つかってから、松永大佐の下に開発部(と言ってもツクヨミ部署のみ)が置かれる事になったらしく、書類も開発部からの進捗報告書が多かった。加えて、書類が電子化されているので、積み上がった電子ペーパーの山は、見た目以上の量が存在する。書類山脈のようだ。
繰り返すが、ある程度の地位に就くと書類に忙殺されるのは共通の模様。ルピナス帝国にいた頃の経験が有るから苦労は判る。何も言わずに仕事を手伝った。十月に何か予定が在るみたいだし。それよりも、上の人間が倒れると下も困る。主に仕事の采配で。
この日から三日間、松永大佐の仕事を手伝い続けた。
それにしても、膨大な量の仕事に忙殺されて訓練時間が取れないのに、松永大佐や佐藤大佐、中佐コンビの機体の操縦技量が落ちていないのは本当に不思議だなぁ。