模擬戦中の異変
「え!?」
前触れ無く、予定も無く、モニターがブラックアウトした。コックピット内は一気に暗くなり、計器の小さな灯りだけが残る。非常灯のように小さい灯りが残っているから、ガーベラそのものが完全に停止した訳では無いと示している。
操縦桿を操作すれば、機体が動く微かな振動が伝わって来る。
では、何故モニターだけが、停止したのか。
「外部停止システム、だよね……っ」
それ以外に思い当たるものは無い。ツクヨミに来てから二日目に、実際に使用されていたし。
そこまで思い出していたところで、霊力を得た事で発動するようになった『危険予知』が己の危機を映像で見せた。
慌てて回避行動を取り、非常に疲れるが『透視』を発動させて左右を見回す。アニメみたいに陽粒子砲のスコープの映像を利用するとかそんな暇も無い。そもそもそんなスコープは搭載されていない。
「うぇっ」
離れたところで佐藤大佐が乗る、砲撃特化装備のナスタチウムが狙撃砲を放った。しかも、連続砲撃である。透視を使っていなかったらちょっと危ないな。
全弾回避すると、今度は中佐コンビが駆るナスタチウムの連携攻撃がやって来るのが見えた。見直された操縦系統と強化されたバーニア――強化されたと言っても、ガーベラの五割程度――のお陰で、八月頭の模擬戦時よりも滑らかに速く動いている。
「模擬戦内容、変わってるんだけど。どうなってんの?」
バーニアを吹かせて強引に回避しながら、つい、声に出してぼやいてしまう。
現在行っている模擬戦の内容は『格闘戦を回避しつつ、砲撃も回避する』って予定だったんだけど。
その予定は変わったのか、何の通達も無くモニターは停止した。
何故こうなったのか?
「やっぱり手抜きが響いているのかな」
手抜きと言うよりも、『平均的な操縦技量』に見えるようにしていただけなんだが。うん。どうしてこうなった?
やっぱり、あの初実戦が原因だよな。あの禿げ豚が原因だな。よくも巻き込んでくれたな。会う機会が有ったら『毛深くなる呪い』と『暴言類を吐いたら金的攻撃の直撃を受けた痛みを十分間味わう呪い』と『異性が近づいたら体臭が臭くなる呪い』セットで掛けてくれる!
心の中で報復を硬く誓ってから、今は目の前の事に集中――と言うか打開策を考えよう。
とあるガンダム作品の主人公のように、外部停止システムに干渉する即席プログラムを組み上げるとかは出来ないので、別方向で考えよう。それしか出来ん。
まず、モニター停止の真意を考える。佐藤大佐と松永大佐のどちらかの思惑だと思うが、正直に言って、やる意味が分からない。
自分が結果を出すタイミングを選んでいるからか。
あるいは、他に理由が有るのか。
「分からないなー」
回避しながら、考えても分からない。政に関わる思惑を考えろとかだったらある程度の想像は付くけど、現状はどう考えてもそっち方向じゃない。けど、分かる事は有る。両手の剣で、攻撃を弾き飛ばしながら思い出す。
『一度、本気の貴様とやり合って見たいものだ』
この模擬戦前に、佐藤大佐はそんな事を言っていた。つまり、これが答えなのだろう。
「本気のあたし、ね。……ははは。生身の方が強いと言われたあたしに、一体、何を求めているんだか」
乾いた笑いが出る。事実です。惑星セダムにいた頃に、何度か言われた。魔法の威力が強過ぎるってのも有るんだろうけど。
『クゥって、オニキスに乗っている方が弱いよね。何て言うか、物凄く手を抜いている感が有る』
教え子のティスにも言われた。操縦技量が低いと言う意味では無いとフォローを貰ったけど、隠しようのない事実だ。
リアルGガンファイター系だとは自覚しているけど、Gガンファイターもガンダムに乗っている時の方が強いのにね。何故なんだろう。
今月半ばに撃破したマルス・ドメスティカも、魔法を使ったとは言え、一人生身で五百機近くもスクラップにしたのに。あんなのが出て来るとは思わなくて、見た時はマジで焦った。一緒に乗り込んだクフェアに開発者の捕縛を頼んで、一人で対応した結果だけど。
「げ」
視界の端で、佐藤大佐のナスタチウムが狙撃砲を構えたように見えた。慌てて霊視の透視に千里眼を併用して確認すれば、こちらを狙い定め始めている。
「……不味いな」
中佐コンビの攻撃が激しさを増している。そこまでムキにならんでも良いと思うの。マジで大人気ねぇから。
苦情の一つでも入れたいところだけど。
「そう言えば、佐々木中佐と模擬戦やってから手抜きを指摘されるようになったんだっけ」
そう。手抜きを指摘される始まりとなった佐々木中佐とコンビを組んでいる以上、井上中佐共々グルの可能性が有る。
自分は勝ち負けを気にしないが、ワザと負けると絶対に何か言われる。佐々木中佐は脳筋っぽいし。
けれど、『どうする?』と考える時間は無い。
「仕方が無い、か」
便利な言い訳だ。そう言えば『そうするしかなかった』と己に言い聞かせ、自己暗示に近いが、納得させられる。
軽く息を吐き、手順を決める。
回避と陽粒子砲のチャージ。距離を取る。飛んで来る狙撃を撃ち落とす。即座に接近して佐藤大佐が乗るナスタチウムを無力化。
中佐コンビと佐藤大佐がグルなら、佐藤大佐を無力化すれば何か判る筈。違うのなら、陽粒子砲を撃った時点で判る。
模擬戦開始時、防御用としてガーベラの左手に逆手でサーベルを握らせた。そのサーベルを腰に戻し、左肩の陽粒子砲のグリップを握らせる。チャージ時間は余り得られないが、一割か二割も有れば十分だ。完全な相殺狙いではないので、それぐらいで良い。
剣を弾いて、後ろに下がりつつチャージを行い、佐藤大佐のナスタチウムに狙いを定めた。
『星崎!?』『待てっ、何をしている!?』
何もありません。通信機から同時に中佐コンビの叫び声が聞こえるが無視して、陽粒子砲を放った。引き金を引くと同時に、この二人は『白』だと分かった。グルならこんな事は言わないし、動きも止めない。
自分が放つとほぼ同時に佐藤大佐のナスタチウムが狙撃砲を放った。
放った陽粒子砲のチャージは二割に届かないが、威力は十分だった。
陽粒子砲を放つと同時に透視を一時的に止めて、正面から激突する事で発生する強烈な光を回避。網膜に影響が出ても魔法を使えば治せるが、今は模擬戦の最中。魔法不使用による保護と言う意味で、面倒だけど透視を止めた。眩しいのならガーベラの腕で庇えば良いんじゃないのと思わなくも無いが、『何故庇った?』と質問されると、確実に回答に窮するので行えない。
陽粒子砲を放つ前の中佐コンビの位置を思い出し、バーニアを全開にして迂回するように移動を始める。
「ぬぐっ」
軽減されているけど、やっぱり重力制御機はアゲラタムの奴じゃないと駄目だな。早く変えて欲しい。
ナスタチウムにも使用されている新式重力制御機に交換してもなお、体に掛かる慣性の重さに肺から息が漏れる。荷重に耐えつつ、透視を再度発動させる。
先の閃光でメインカメラがやられたのか、それとも佐藤大佐本人の目が眩んだのか。猛スピードでナスタチウムに接近しているが、動きが無い。訓練用の剣の切っ先を向ければ届くと言う距離になって、やっと動き始めた。けれども、もう遅い。
速度を活かしたドロップキックをナスタチウムの胸部(コックピットよりもやや上辺り)にお見舞いした。ナスタチウムが盛大に吹き飛ぶと同時に、通信機から模擬戦終了を告げる松永大佐の焦った声が響いた。
模擬戦がやっと終わったと、喜ぶ暇は無い。
格納庫に戻ると待ち構えていた中佐コンビに捕まったが――モニターが途中から停止させられた事を話すと、ギョッとした二人はモニター室に向かって猛然と走り出した。解放、と言うか放置されたので、自分は逃亡するように休憩室に駆け込む。休憩室が無人且つ、ドアの施錠完了まで確認してから床にへたり込む。最近へたり込む事が多いのは何故か。
「はぁ~……頭痛い」
そんな事よりも久し振りに透視を使ったので、初実戦時程では無いがちょっと頭痛もする。のろのろと立ち上がって氷入りの冷たい飲み物を購入。ベンチの一つに座り、紙コップを蟀谷に当てて冷却を図る。ついでに治癒魔法も掛ける。
モニター室には、頭痛が治まり次第行けば良いだろう。込み入った大人の話し合いもあるだろうし。
でもね。
「やっちゃった……」
そう、やらかした。マジでガッツリとやりましたとも。勘で避けた事にしても、絶対に何か言われる。後悔先に立たずをリアルにやらかした。
「どーしよ」
頭を抱えるが、過去は変えられない。でも、正直に色々と喋る訳にも行かない。
八方塞がりな状況に、ため息しか出なかった。