真の実力を見せろ~佐藤・松永視点~
佐藤は松永に合図を飛ばした。
「松永、今だ」
『……はぁ、責任はそちらで取って下さいね』
気だるく、心底嫌そうな声で松永は了解を返した。直後、通信機経由で星崎が驚いている事が判る声が聞こえたが、通信機の電源を切る事で黙殺した。
「悪いな、星崎」
それを聞き、佐藤は小さく星崎へ謝罪の言葉を口にした。
「だが俺達は、お前の本当の実力を知らねばならん」
実力を隠す、星崎佳永依の本気。形振り構わずの戦闘は初実戦の時のみ。現在、三対一の戦闘であるにも拘らず、全力を出すまで追い込めていない。
何故追い込めないのか。操縦技量の差か、機体性能の差か、その両方か、それすらも判別出来ない。
ガーベラとナスタチウムの機体性能の差は確かに在る。かのガーベラは三十年以上も前に製造された機体だ。けれども誰も乗りこなせなかった為、ガーベラを参考に数多の試作機が作り出され、改良を加えられ続けた。佐藤が乗るナスタチウムもその内の一機だ。
現場を知らぬ開発者が作った出鱈目な機体は、乗り手を選ぶ事により、三十年の時を越えて想定以上の結果を出している。
熟練のパイロットと遜色の無い動きを見せるガーベラを見て、佐藤は十年前に思いを馳せる。
……可能ならば、過去を変えられるのならば、十年前の作戦に、かの機体を乗りこなして参加したかった。
佐藤は、己の操縦の技量がそれなりに有ると自負している。
数多の戦闘から確実に帰還し、敵を討ち、仲間を助け、それでも勝てず、生き残った仲間と励まし合い、次こそはと意気込んだ。
けれど。
十年前、数多の仲間と部下を亡くした。慕っていた上官も、皆逝ってしまった。生き残った今の己は逝ってしまった上官達の穴埋めをしている。
今関係無い事まで思い出しそうになった佐藤は、頭を振って思考を止め、ナスタチウムの狙撃砲をガーベラに向かって放った。ガーベラは一向に動かない。あわや直撃するかと思ったが、驚いた事に、ガーベラは機敏な動きで狙撃を回避した。勘で避けたのか確認すべく、連続して狙撃砲を放つが――全弾回避された。合間を縫って佐々木と井上が格闘戦に挑むが、舞うかの如き機敏な動きで全て回避する。
「見事だ」
コックピット内のモニターがブラックアウトした状況だと言うのに、器用に回避を続けている。どんな方法で攻撃を察知しているのか、是非とも教えて欲しい。
けれども、反撃して来ないのは、そこまで追い込めていないからか、反撃する気が無いのか。それとも、模擬戦内容を忠実に守っているからか。
「星崎、お前の本気を俺に見せろ」
狙撃砲の狙いを定めて、お前が反撃せねば終わらないぞと、警告も兼ねて一発放った。
※※※※※※
「ここまで来ると、見事を通り越した何かだな」
勘が良過ぎると、松永は舌を巻いた。
ガーベラのモニターを外部停止システム経由で止め、星崎を追い込むと言う佐藤の発案に乗った松永だが、そこまで乗り気ではなかった。けれども、星崎の手抜き癖はどうにかならないものかとも思っていたので『物は試し』と発案に乗った。しかし、訓練学校の実情を考えれば、仕方が無い事かも知れない。
……本当に『優秀でなければ捨て駒にされる』などと、誰が言い出したのか。
十年前の作戦で、高等部の訓練生全員が駆り出されたのが原因かと思うが、当時の高等部の訓練生は飛び級で卒業扱いとなっている。その為、訓練学校に戻る予定そのものが元より存在しなかった。
それがいけなかったのか。それとも、作戦が失敗したからか。または、誰かがそんな噂を流したのか。
訓練学校の卒業生に異変が有ると言った話を、佐久間支部長や他の幹部から聞いた事が無かった為、松永には判断出来ない。
真実は分からないまま。
ただ、星崎がいたチームを無許可で実戦に放り込んだ村上大尉は、懲罰房に放り込まれたあとの尋問で『落ち零れを捨て駒にして何が悪い』とド阿呆な事を宣い、閑職に異動となり給料も半分以下に永久減給となるも、これでも反省しなかった。七月中に戦死していなかったら、この手で更に詳しい情報を引き出したかった。
落ち零れを捨て駒にするのは、どう考えても無能が考える愚策だ。陽動は優秀な奴がやらないと大抵バレるし、部下を捨て駒にしたら他から反感を買う。どうしてその辺りが理解出来ないのか。
星崎が試験運用隊に来てから二日目の夕方。
その日の昼食時に星崎から聞いた話をついでに報告した事で、現在、佐久間支部長の指示の下、訓練学校の調査が秘密裏に行われている。それも大至急と言う言葉が付く程の勢いで、佐久間支部長自ら指揮を取っている。この分だと、夏休みが終わる前に調査が終わりそうだ。
この十年間、日本支部の立て直しのみに皆で奔走していた事が仇となったのか。誰もが手一杯だったのは認める。訓練学校の状況に目を向けられなかったのは紛れもない事実で、星崎から話を聞かなければ、異変の証拠を見ても誰一人として、調査しようとすら思わなかっただろう。
幹部達が目を向けられないのは当然だとしても、訓練学校の教官達はどうしていたのかと疑問は湧く。調べれば、教官達も同じく余裕が無かった。詳しく調べると、高等部の教官達までもが作戦に駆り出され――皆逝っていた。残った中等部の教官達で訓練学校を回す状況だった。
そんな状況に陥ったにも拘らず、教官補充の申請が上がっていなかった。その理由は簡単で、作戦からの帰還者の中に後遺症でパイロットの道から降りた正規兵が多数出たからだ。星崎と縁の有る高城教官もその内の一人である。
補充されるように教官となった彼らなら、母校の違和感に気づけるのではと思ったが、そんな事は無かった。何故なら、補充の教官達は皆、防衛軍士官学校の卒業生だったからだ。
学長が言うには、『教官の入れ替わりに違和感を感じた訓練生達が徐々に変わって行ったのではないか』とのこと。信憑性が無いので松永は信じなかった。代わりに、教員免許を持たず、少し前まで前線で戦闘を行っていたものに教鞭を取らせた事も、訓練学校の異変の要因の一つではないかと、松永は思った。
憶測する事は出来ても、調査結果を見なければ真実は分からない。
モニターに意識を戻すと、考え込んでいた間に、模擬戦の状況は変わり始めた。
「星崎。……本気を見せる覚悟が出来たのか?」
二機のナスタチウムの攻撃を回避したガーベラが、モニターの中で陽粒子砲を構えた。スピーカーから焦った二つの声が響くが、ガーベラは完全に無視した。
そして、離れたところにいる佐藤大佐が乗るナスタチウムに向かって、砲撃を放った。