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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
軌道衛星基地にて 西暦3147年8月
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禍福は糾える縄の如し~高橋視点~

  モニター室の窓越しに見える、人間のような動きを見せる敵機に、高橋孝介(たかはしこうすけ)は驚きと感心から口笛を吹いた。

「スゲェな。あんな動きが出来るのか?」

「操縦している星崎が乗り慣れているからじゃないのか」

「乗り慣れるとあんな動きが出来るのか」

 高橋は童心に帰った訳でも無いのに、何だか心が躍って来た。乗って見たいと言う欲求が沸いて来る。高橋の疑問に回答した飯島はそれをにべも無く切り捨てる。

「分からん」

「それは、試してみないと判りませんね……。それで?」

 高橋は正座して、己を見下ろす松永を見上げた。しかし、底冷えした目の松永と視線が合わせられず、高橋は目を逸らした。目を逸らせた先、佐々木と井上はコソコソと忍び足で室外へ逃げ出していた。

「目を逸らすな」

「……」

「黙り込まないで下さい」

「あ、あー、えーと……」

「口籠るな。目を泳がせるな」

「何をしに来たのかさっさと吐いたらどうですか?」

 松永の声音の温度が下がった。精神の危機を感じ取った高橋は弁明を始める。

「し、支部長には話したぞ! 土下座して『俺の胃に優しくしてくれ』って頼んだんだ!」

「……朝っぱらから何をやってんだよ」

「……佐藤大佐ではあるまいし、何をやっているんですか」

 少しの間を空けて、二人は同時に呆れた。

 高橋は嘘を吐いていない。朝一番に支部長の許へ赴き、支部長の秘書官達の呆れた視線を無視して、高橋は恥も外聞も捨てて土下座した。

『その土下座して松永大佐が許可したら良いぞ』

 変な顔をした支部長の言葉には呆れが混じっていた。

「支部長は、お前が土下座して何て言った?」

「松永にも同じ土下座して許可が下りたら良い、と」

「……許可も得ずにここに来ているのは何故ですか?」

「隊長室にいなかったし、昨日支部長からここでやれって言われていただろ?」

 昨日たまさか聞いた会話を思い出して、本日行動した。だが、松永には逆効果だったらしく、前髪の隙間から青筋が見えた。

「昨日連絡が無いと騒いで、今日は連絡も無しに来たのですか?」

 松永が額に青筋を立てたまま、うっそりと笑顔を浮かべ始めたのを見て、高橋は筆舌に尽くしがたい恐怖を覚えた。

 このままだと、魔王化した松永による恐怖の説教が始まる。

 迷う事無く、高橋は正座の姿勢から土下座した。

「……確認ですが、何をしているのですか?」

「えぇと、土下座?」

 高橋は顔を伏せたまま、松永からの質問に答えた。すると、頭上から二つのため息が同時に漏れた。 

「それは土下座では無く、座礼です」

「お前は朝っぱらから支部長に座礼をしに行ったのか!?」

「え゛!? マジ――ゲハァッ!?」

 支部長が変な顔をしていた理由に思い当たり、高橋は思わず顔を上げた。だが、顔を上げると同時に脳天に衝撃が走った。余りの衝撃に、高橋は額を床に打ち、頭と額の痛みでのたうち回った。

「…………今回はこれで見逃しましょう」

「なぁ、踵落としで見逃すってのはアリなのか?」

 魔王(松永)は飯島の疑問を聞き流した。

 


 高橋が多少程度回復すると、松永は『他言無用』を高橋に確りと言い聞かせてから、試験運用隊で行われている事を説明した。高橋は床に正座したままだが。

「やってる事は理解したが、支部長も何考えてんだよ……」

「支部長の考えはともかく、実際に動かして見て判った事も有ります。星崎からの情報提供量の方が多いですが」

「どんくらい多いんだ?」

「三日の集中調査で、日本支部の百年分の調査情報量は超えました」

「うえぇ、マジかよ」

 想像以上の情報提供量に、高橋は思わず呻いた。そろそろ足が痺れて来たので、何度も身動ぎする。

「その中で最も重要そうな情報は、敵機の殆どが『青紫色の機体をベースにしたものだった』と言う点でしょうか」

「え? マジで?」

 松永から齎された情報に、高橋は目を瞬かせて、飯島を見た。飯島は鷹揚に首肯した。

「マジだな。そのお陰で修理すれば使える機体が何機か見つかった。手を加える事が前提の機体だからか、修理用のパーツも結構見つかった」

「んじゃぁ、今のところ使える機体はあの三機だけか?」

「修理した機体が、あの三機だけだ。昨日星崎が一日掛けて、色々と修理した」

「一日で三機も修理したのかよ」

「自己修復機能と呼ばれる特殊な機能が搭載されており、動かすだけの修理で良ければ、半日で修理は終わるそうです」

「技術の差って凄いな」

 飯島と松永から交互に齎された情報に高橋は素直に感心し、ふと気づいた事を疑問として二人に尋ねた。

「今ここで動かしているって事は、支部長は実戦への投入を考えているのか?」

「星崎が乗るのならば、投入するかもしれません」

「俺らが操縦する場合、訓練時間がどれだけ確保出来るかにもよる。マニュアルが無いから、作るところから始めるしかないだろうな」

「マニュアルを作ったところで、操縦に慣れなければ実戦での使用は難しいでしょう。座席の種類が変わっただけで、操縦の難易度が変わる点を考えると、訓練時間がものを言いそうですね」

「……その欠点が有ったな」

 高橋が話題を振れば、松永と飯島が交互に回答を口にして、同時に何かに気づいて高橋を見た。不吉な予感に高橋は肩をビクつかせた。

「丁度良く実験が出来ますね」

「確かに丁度良いな」

「何が、何が丁度良いんだよ!?」

 顔を見合わせて頷き合う二人の姿に、恐怖で高橋の声が震え始めた。

「簡単な操縦の実験です」

「マニュアルを作るなら、最初にどっちの操縦席で操縦方法を覚えさせるか判らなかったんだ」

「……嫌な予感しかしねぇが、詳しく説明してくれ」

 命運が尽きた事を悟った高橋は、項垂れたまま二人に説明を求めた。求めた結果、高橋は飯島の手で空きの機体のコックピットへ連れて行かれた。

「内部ってこうなっていたのか」

 初めて見る敵機のコックピット内は、思っていた以上に広かった。大柄な成人男性が二人で入っても余裕が有る。ついでに操縦席が見慣れた座席型で良かったと安心した、のだが。

「何で俺がいきなり操縦する事になるんだよ……」

「文句を垂れるな。良いからやれ。黙ってやれ」

 共にコックピットに入った飯島から、叱責代わりに頭を軽く叩かれた高橋は憮然とした表情になるも、指示通りに手を動かした。

「両脇のパネルは触るな。ロック解除で一括で起動するように星崎が設定し直した」

「へぇ、ロックを解除すれば自動で起動するのか」

 最後のロックを解除すると、コックピット内が一気に明るくなった。

 ナスタチウムを始めとした日本支部が保有するどの機体とも違い、コックピットの壁全てがモニター画面だった。高橋は身を乗り出し、座席の背後を見る。背面側も外部が映っている。

「映像は綺麗だが、全周囲モニター画面って需要有るのか?」

「知らん。背後を確認する為だけに操縦する手間省きにはなるだろうが」

「ふぅん」

 高橋は左右をキョロキョロと見回しながら、気の無い返事を飯島に返した。飯島から『子供か』と呆れられるも、高橋は初めて乗る機体にちょっとだけワクワク感が抑えきれなかった。

 けれど、楽しかったのはここまでだった。

 高橋は操縦感覚が掴めず、ここで思いっきり躓いた。機体の指一本動かすだけで時間が掛かった挙句、ペダルを踏み込み過ぎてすっころび、頭から床に突っ込んだ。これ以上の操縦は無理と判断し、高橋は飯島に操縦を代わって貰った。飯島が苦労して機体を起こし、共に機体から降りた。 

「簡単に見えて、滅茶苦茶難しいな」

「そうだろうな。もう片方にも乗って貰うが」

「げっ、こいつの操縦は、多分俺じゃ無理だぞ」

「だから、実験だって言っただろう。多分、もう片方の方が簡単だぞ」

「そんな事が有る訳ないだろ」

「あり得そうだから実験するんだよ!」

 高橋が感想と文句を漏らすも、飯島には通じず怒られる始末。

 松永の誘導で、もう片方の機体から佐々木が降りて来た。交代で高橋は飯島と共に乗り込み、起動の手順を教わる。操縦席が見慣れないものなのが不安だ。

「何で起動の手順が変わるんだ。つうか、これで本当に簡単なのか?」

「それを確認するから、実験なんだよ!」

 黙ってやれと、再び怒られ、高橋は渋々指示通りの手順で起動させて、操縦を始め――

「何だこりゃ、良く動くじゃねぇか!」

 先程とは打って変わり、高橋は実に楽しそうに操縦を行っている。現在行っている機体の機動は、ナスタチウムでは行えない。体に掛かる負荷と機体に掛かる整備都合上の負荷を考えると、ナスタチウムでは出来ない動きに分類される。

 加えて、慣性が完全に中和されているのか、揺れすら全く感じない。シートベルトが無くて最初こそ不安だったが、これだけ無茶な操縦をしても揺れを感じないのだから不要な代物と判断されて付いていないのだろう。一緒に乗っている飯島はどこにも掴まらずに立っている。

「何で座席型であんなに難しくなるんだ?」

「それこそ、俺が教えて欲しいぜ」

 操縦の合間、高橋がふと浮かんだ疑問を零せば、うんざりとした飯島がぼやいた。

 楽しい時間は短いと言ったのは誰だったか。楽しい操縦の時間はあっと言う間に終わり、魔王(松永)がやって来た。

「高橋大佐。操縦の感想レポートを直ちに書いて提出して下さい。期限は三十分以内です」

「ちょ、待て!? それは無理――」

「つべこべ言わずに書きなさい」

「………………はい」

 魔王(松永)には逆らえず、高橋は諦めた。

 一時間後。

 松永から合格判定が貰えるまでレポートを書き続けた高橋は、お目付け役と合流して月面基地へ向かう定期便に乗り込んだ。当初の目的だった『星崎との接触』は果たせなかったが、代わりに得られたものは大きかった。

 実を言うと直接言葉を交わした経験は無いが、高橋が星崎を見たのは二ヶ月も前の事で、今回が初めてと言う訳では無い。月面基地に着くまで、高橋はここ二ヶ月の星崎に関係する事を思い返した。


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