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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
軌道衛星基地にて 西暦3147年8月
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乱入者現る

 独りで昼食をのんびりと食べる。

 食べ終わったらすぐに保管区へ向かう為に、準備をしてから食べ始めた。その為、椅子に座った時点で十三時近くだった。食べながら午後の予定を考えようかと思ったけど、現物を見ながらでなければ決められない事が多い事に気づいて、黙々と食べ進めている。それでも、どこまで終わらせるかの目標は立てている。

 直せるものは、今日中に直してしまおう。そうすれば明日が楽になる。

 皿を片付ける為に席を立つと同時に食堂のドアが開いた。やって来たのは松永大佐だ。時間的に食堂に来てもおかしくはない。元々昼食を取ろうとして食堂に向かったら、先程の騒ぎが起きたんだし。

 松永大佐に業務連絡の有無を聞く。予定の変更は無かった。

 今度こそ出ようとしたら飯島大佐がやって来た。急いで来たのか、軽く息が弾んでいる。『間に合ったか』と呟いていたので、走って来たのだろう。

 松永大佐がどうしたのか尋ねると、『アゲラタムについて』と回答された。

「アゲラタムを、もう一機修理ですか?」

「ああ。操縦席を変える事で、操縦の難易度が変わるって言っていただろう。どの程度変わるのか知りたい」

 自動修復機能を保有する機体の為、ある程度放置しても構わない。その事実を踏まえて、飯島大佐に了承を返した。

 大佐コンビに一言言ってから今度こそ保管区に向かった。



 この日の作業結果は、アゲラタム二機、ジユ一機と、大量の使用装備の修理で終わった。

 今日の修理状態なら、実戦で使っても問題は無い。使う機会が無いと良いんだけど。

 翌日、修理したものが全て、何時ぞやかの小さい演習場に運び込まれた。

 稼働データ収集を行う面子は、自分と松永大佐に、お馴染みと化した佐々木中佐と井上中佐の中佐コンビに、飯島大佐と……面識の無い眼鏡を掛けた女性が来た。

 大林少佐と名前を教えて貰った。けれど目が合った瞬間、一瞬だけだったが、脳裏を掠めた知らない記憶に驚いて動きを止めてしまった。即全員から『どうした?』と言った視線を貰ったが、何とか誤魔化した。

 ……長い事忘れていたけど、自分は訓練学校入学前に事故に遭っている。何が原因か分からないけど、自分は入学前の記憶が無い。『星崎佳永依』と言う名前すら、思い出せなかった。

 その為、星崎佳永依としての記憶は、意識を取り戻してからの二年数ヶ月分しか保有していない。一応年齢相応に見えるように振舞っているけど。

 目を覚ました時の、教官達の態度から『あんまり信用出来ないな』と思ったのは内緒だ。

 大林少佐は松永大佐と何かの打ち合わせに来ただけで、稼働データ収集には参加しないらしい。

 何故かホッとしてしまった。

 大林少佐が松永大佐と打ち合わせをしている間に、気になった事を一つだけ尋ねた。

 前回アゲラタムの稼働データ収集時にいた、佐藤大佐がいないのだ。代わりに飯島大佐がいる。気になって聞けば、午前中に今日締め切りの書類仕事をさせているそうだ。お昼に飯島大佐が様子を見に行き、仕事の進み具合で午後の参加を決めるそうだ。

 ……どれだけ書類仕事を溜め込んでいたんだろう。

 毎日コツコツやれば余り溜まらないと思うんだけど。

 中佐コンビをチラッと見たら、『あぁ、やっぱりか』と顔に書いて有った。佐藤大佐はこれが平常運転なのか。

 大林少佐と打ち合わせを終えた松永大佐が合流したところで、演習場に並ぶ三機の説明を始める。

 逐一質問がやって来るけど、全部答える。質問が無くなると、全員で携帯用の通信機(骨伝導式マイク内蔵イヤーカフス型)を身に着けて試験操縦が始まった。



 始めて三十分後。こんな事なら『アゲラタムマニュアル・座席型編』を作れば良かったと、若干後悔した。元より存在しないが。

 何故ならば、大人組三名の操縦技術の習得が、想像以上に遅々として進まないのだ。操縦席が変わっただけでその三人は悪戦苦闘している。

「慣れた座席の方が簡単だと思ったんだがな」

 飯島大佐は自ら提案したからと、最初に乗った。しかし、操縦の感覚が掴めなくて、僅か数分で降りた。

「ペダルを踏み込み過ぎるとバーニアが展開される。前進はペダルを少し傾ける……」

 松永大佐は動作の一つ一つを声に出して、確認しながら操縦を行う。ただし、操縦の遊びが無い為、初めてアゲラタムを操縦した時のように転んでいた。

「何故動かん?」

 佐々木中佐は論外だった。操縦を実際にやって見せても、解らないと頭を抱えて、『騎乗型の方がまだ解りやすい』とぼやく始末。

「えぇと……。これで、合っている、なっ、と」

 そんな中。井上中佐だけはコツを掴んだのか、他の三人に比べると操縦はマシだ。この分なら何日か乗れば、難無く乗りこなせるだろう。

 交代操縦が一巡した頃。飯島大佐は改めて、操縦席が騎乗型のアゲラタムに乗った。一緒にコックピットに入り、操縦感覚や起動手順を教える。ものの数分で簡単な操縦が出来るようになった。

 始めてから三十分が経過した頃。操縦の悪戦苦闘っぷりが酷くなり気分の入れ替えに休憩を取る事になった。

 休憩がてら、大人組は議論を始めた。自分は完全に蚊帳の外だが。

 やっぱり、操縦は騎乗型の方が解り易いようだ。今後実戦にアゲラタムを投入する場合は、操縦席が騎乗型で感覚を覚える事を必修となりそう。

 座席型が開発された経緯は、『騎乗型がしっくり来ない』、『土木作業をする場合に騎乗型だとやり難い』と言う、個人の操縦感覚から発生したリクエストと現場の意見が多数集まったからだ。

 井上中佐に操縦感覚のコツについての質問が集中した。ナスタチウムに乗り慣れている人物の操縦感想の方が役に立つそうだ。

 自分に質問が来ないのには理由が在るんだろうね。最初に思い付いた理由は、自分は『日本支部が保有する、現役の機体に乗った事が無い』だ。日本支部保有の機体で搭乗経験が有るのは、アリウムとガーベラのみ。片や二線級の訓練機、片や三十年も前に開発された試作機。参考にならないね。

 短い休憩を終えると大人組は交代で、再び座席が騎乗型のアゲラタムに乗り始めた。

 こちらのアゲラタムは、大人組も以前に搭乗経験が有るので安心して見れる。事実、佐々木中佐と松永大佐の操縦は安定していた。井上中佐はちょっと怪しかった。飯島大佐は先程乗った時よりも上達している。

「やっぱりこっちの方が解りやすいな」

「そうか? 俺は座席に座っての方がやり易かったけど」

 腕を組む佐々木中佐に、井上中佐は己の意見を述べる。

「操縦感覚が掴めないと厳しいな」

「こればっかりは慣れが必要そうですね」

 飯島大佐と松永大佐は、操縦の感覚とコツについて『操縦マニュアルを作る前提』で、中佐コンビを巻き込んで議論を始めた。

 再び蚊帳の外になってしまったが、やる事はまだ残っている。

 議論で盛り上がっている四人に『戦闘用の慣らし操縦して来ます』と一声掛けてから、まだ誰も乗っていないジユに乗り込む。

 座席に腰を下ろし、左右の操作盤のボタンを決まった手順で押して起動させる。

 ジユのコックピット内はアゲラタムとほぼ同じだ。違いは操縦席が座席型になっているだけ。アゲラタムと違い、座席の交換は出来ないのが特徴だ。

「全機能、異常無し。砲身も見つけた同じ奴と交換したから異常無し。アゲラタムの長剣砲も使える」

 全周囲モニターに表示されて消えて行く、機体の状態を知らせる文章を見て、ジユの修理結果を把握する。

 戦闘しても問題は無い。今日の予定に模擬戦は無い。軽く動かして駆動系の異常の有無を見よう。

 座席の肩辺りから垂れている帯の、先端の袋状になっている部分の穴に手袋を付けるように指を通し、そのまま座席の脇に立つ操縦桿を握り、内側に九十度倒す。カチッと何かが嵌まり込む感触と共に、倒した操縦桿が浮く。浮いた操縦桿を引き上げて高さを決めたら、外側に押して固定する。

 最終起動手順はこれで完了だ。座席型は全部同じ手順で動く。アゲラタムの座席型操縦席の起動方法も同じ手順だ。ペダルはアゲラタムの騎乗型操縦席と同じとなる。ただし、ペダルは踏み込み過ぎるとバーニアが使用状態になる。この点も同じなので気をつけなくてはならない。

「さぁて、っと」

 モニターに演習場が映し出される。視界の端で大人組が驚いている。戦闘用の慣らし操縦をするって言ったけど、議論に夢中で届いていなかったのか。

 安全の為に、通信機でもう一度慣らし操縦すると一声掛ける。大人組がモニター室に移動を始めたところで、聞き覚えのある声が通信機経由で響いた。

『おいぃっ、どうなってんだこりゃぁ!?』

 知らない第三者が来るとしたら、モニター室傍の出入口からだろうと、視線を向けると案の定いた。何か見覚えが有るなーと、思っていたら、通信機から言い合う声が聞こえて来た。どうしたんだろうと思うと同時に松永大佐から通信が入る。

『松永だ。こちらは気にしなくていい』

「分かりました」

 応答を返すや否や、通信は切れた。

 気にしなくても良いとのお達しだが、大丈夫だろうか?

「あ」

 乱入者がモニター室に連れて行かれた。連れて行ったのは松永大佐だが……。

「見なかった事にしよう」

 松永大佐が般若か何かのような、何か見ちゃいけない顔をしていた。

 頭を振って思考から追い出し、気を取り直して操縦を始める。

 長剣砲を振り回し、足の剣を使った奇襲攻撃の動作確認などを行う。

 操作盤を操作して、モニターに異常の有無を表示させながらの確認作業だが、駆動系に問題は無さそうだ。

 バーニアにも問題なさそうなので、ジユを定位置に戻しに移動させる。

「あれ?」

 定位置の先に顔色の悪い中佐コンビがいた。ジユから降りて、どうしたのかと二人に尋ねると『何でも無い』とだけ回答が返って来た。顔に何か遭ったとデカデカと書いて有るが、突っ込むのは止めよう。だって精神的に疲れる未来しか見えないんだもん。

 気を取り直して、中佐コンビにジユに乗るか尋ねて見た。

 佐々木中佐は難色を示したけど、井上中佐は座席型の方が上手く操縦出来るからか乗り気だった。

 話し合った結果、佐々木中佐は騎乗型操縦席でもう少し操縦経験を積む事にし、井上中佐は自分と一緒にジユに乗り機体への理解を深める事になった。

「へぇ、コックピットの作りは同じなのか」

「アゲラタムを戦闘用にしたものなので、基本的な部分はほぼ同じです」

「って事は、操縦も起動の手順も一緒か」

「そうですね」

 試しに自分が操縦して見せ、交代で井上中佐も操縦する。操縦の状態から、井上中佐はたまにいる騎乗型操縦席が合わないタイプだと判断する。前回のアゲラタム操縦時成績を思い出す。成績が最も悪かった井上中佐がこの分だと、佐藤大佐も同じかもしれないな。

 飯島大佐への報告内容を考えながら井上中佐の操縦を眺めていると、自主訓練中の佐々木中佐から通信が入った。

『おーい、誰が操縦してるんだ?』

「佐々木、俺だ」

『おっ、井上か。模擬戦やるか?』

「俺らの判断でやったら怒られるぞ。今日はそこまでやらなくても良いだろ」

『調子良さそうに見えたんだがな』

 佐々木中佐はぶつくさ言いながらも、一理有ると判断したのかあっさりと引き下がった。

 このまま自主訓練再開かと思ったが、松永大佐から通信が入り、中止となった。

 定位置まで戻る途中、残っていた機体が頭から床に突っ込んだ。時間を掛けてゆっくりと機体を起こし、定位置に戻った。

 モニター画面に映る範囲で飯島大佐の姿は見当たらない。松永大佐は佐々木中佐が乗るアゲラタムの誘導をしている。

「アレに乗っているのは、飯島大佐か?」

「どうなんでしょう」

 思わず井上中佐と顔を見合わせた。

 先に定位置に戻った佐々木中佐と入れ替わりで、飯島大佐が知らない誰かを連れてアゲラタムに乗り込んだ。

「高橋大佐だ? 何をやるんだ?」

 井上中佐の呟きに『誰だよ』と内心で突っ込んだが、数秒経過してから『昨日の不審者の名前』だと思い出した。共にジユから降りて、飯島大佐達が乗ったアゲラタムを眺める。

 最初こそはぎこちなかったが、数分も経てば佐々木中佐と変わり無い操縦の腕前を披露している。

「あれ、どっちが操縦しているんだろうな」

「う~ん。飯島大佐の動きじゃないから、……高橋大佐だな」

 井上中佐が首を傾げれば、佐々木中佐がどちらか断言する。動きに関して、判別出来る人は出来るのでさして驚かない。佐々木中佐の事だから、野生の勘で判断したのだろう。

 そして判断は当たりだった。

 飯島大佐と一緒に降りて来た人が、何だか凄く楽しそうにしていた。しかし、異様な迫力を持った松永大佐に首根っこを掴まれて、モニター室に連行された。

 そのまま連れて行かれた人物と自分が、対面する事は無かった。

 その後は交代で操縦訓練を行い、飯島大佐に気になった事を報告し、時刻はお昼になった。

 五人でお昼を食べ終えると、飯島大佐は佐藤大佐の許へ向かった。進捗状況によっては、佐藤大佐は午後の操縦に参加する。

「井上、佐藤大佐が来るか来ないかで賭けるか?」

「微妙だから、止めた方が良いぞ」

「そもそもやるんじゃない。どうせ来ないから、やっても意味は無い」

 松永大佐の突っ込み通り、賭けは無くなった。

 結果は、松永大佐の言う通りだった。

 午後。

 大人組は交代で操縦訓練に当て、自分は保管区へ向かい、追加で五機の修理する事になった。五機の内一つは、リクエスト通りに操縦席を座席型に変更した。

 これでどうなるんだろうね。 


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