支部長は真面目に仕事をする ~佐久間視点~
時を少し遡る。
村上中将の発言に訓練生――星崎佳永依が目を据わらせたのを、日本支部長の地位に座る佐久間はハッキリと見た。
佐久間が『これは何か起きるな』と思った瞬間、それは現実となった。
「過分と仰るのならば全て辞退して訓練生らしく訓練学校に戻らせて頂きます。では失礼します」
彼女は早口にそう言うと、唖然とする村上中将を無視し、さっと敬礼してから会議室より退出した。
余りの対応の早さに、共にいた高城教官を始め、室内にいた日本支部幹部達も茫然としている。
佐久間は事前に提出された報告書の内容を思い出した。『大人に対して不信感を抱いており、態度と言動に出ている』と記載が有った。実際にその態度を目の当たりにすると、不信以上の何かが感じ取れる。
ちらりと、横に立つ女性――日生秘書官を見る。彼女に至っては顔面蒼白で今にも倒れそうだった。
無理も無いと、佐久間は内心で独り言ちた。
公表出来ない情報だが、彼女こそが先程去った星崎佳永依の遺伝子上の母親だ。
未だに誰一人立ち直らない中、漸く我に返った高城教官が慌てて退出しようとした。退出した星崎のあとを追うつもりだったんだろうが待ったを掛ける。そこで漸く室内にいた村上中将以外の、交代で月面基地に駐在している日本支部幹部一同が我に返った。
手を叩き、未だに唖然としている村上中将の意識をこちらに向けさせる。
「さて、村上中将。君は何階級降格すれば反省するのか教えてくれないか?」
「……はっ!? 降格!?」
質問をぶつけると、村上中将はやっと正気に戻った。
「散々口頭で『DP計画参加者への暴言侮辱発言は止めろ』と注意した。彼女で丁度百人目の大台だ。作戦指示に失敗した挙句、責任を周りに擦り付け続け、緊急事態を理由に無許可で訓練生を実戦に放り出し、功労者を侮辱。君はどう言う扱いを受ければ反省するのかな? 君が散々ごねたせいで、日程が大幅に狂ったんだがね」
色の薄いサングラス越しにじろりと、佐久間に一睨みされて村上中将は『うっ』と小さく呻いた。
視界の端で高城教官がギョッとしている。これは許可済みと嘘を吐いていたのかも知れない。あとで問いただす必要が有りそうだ。
実を言うと、過去にも訓練生が演習中に実戦に駆り出された事例は確かに在る。だが、極度の精神的ストレスとトラウマが原因で、駆り出された訓練生の殆どがパイロットの道から降りざるを得ない状況になった。
極僅かにだが、見事に耐えきった訓練生は確かにいる。しかし、その訓練生を飛び級卒業させて実戦に送り込んでも、今度は周りと折り合いが付かない。何とも難しい問題だ。
ダラダラと脂汗を流し、回遊魚のように目を泳がせ、しかし何も言わない村上中将に佐久間は沙汰を言い渡す。
「村上中将。君に階級降格を言い渡す。現時刻から君は大尉だ。定期便の船長からやり直せ。――以上だ」
「ええっ!? そんな無体な!」
村上中将改め、村上大尉は大袈裟に仰け反って仰天した。定期便の船長は閑職と呼ばれている。指揮官から閑職の船長に降格は、暴言侮辱発言だけでは一見すると重いように見えるが、彼の犯した罪はこれだけでは無い為、これが妥当と言える。そう断言出来るほどに罪が溜まっている。佐久間はここで一括清算させるつもりでいた。
考え直しを求める村上大尉に『頭を冷やして来い』と憲兵を呼び、懲罰房に放り込むように佐久間は指示を飛ばす。警備員に拘束され喚きながら連行されて行く村上大尉を見送りながら、最低でも星崎佳永依が地球に降りるまでは懲罰房に入れて置こうと、佐久間は心に決めた。彼が頭が冷えて、現状を正確に認識するかどうかはまた別問題だ。村上大尉のような軍人は一定数居るが、少しずつ減らして行かねばならない。今回の処罰はその見せしめも兼ねている。
壁越しに聞こえて来た喚き声も聞こえて来なくなると、会議室に沈黙が降りた。
佐久間は内心で嘆息してから沈黙を破り、高城教官に暈して訊ねた。
「高城教官。あの四人の状態はどうだ?」
「はい。思っていた以上に深刻です」
高城教官は顔を顰めながら報告をした。その報告を聞いた他の幹部は眉を顰める。
『深刻』と言う暈された報告内容は、星崎佳永依のチームメイト達は『パイロットとして使いものにならない』事を示している。それは、パイロットを四人も失った事と同義だ。村上大尉はそれを理解していないが、高城教官と幹部達は理解している。
「引き続き隔離病棟での治療に専念させろ」
「分かりました」
遣る瀬無い思いをさせる事になってしまったが、高城教官は目に力を入れて返事を返した。
「次に、星崎佳永依だが――」
どのように扱うか最も悩んだ訓練生の今後の進路に、他の幹部達も興味を示す。
「ガーベラのテストパイロットをさせようと思っている」
「テストパイロットですか?」
「ああ。正式な通達と決定は二ヶ月後の九月頃にするつもりだ」
その場にいた全員が驚いている。どこかのチームに入れると思われていたようだ。
「星崎佳永依の戦闘映像とデータは興味深かったのでな。ガーベラを操縦させてデータの収集を行いたい」
「支部長、それはっ」
「ああ。実戦には何度か出て貰う事になる。他の四人と違い、あの分なら二・三度程度なら大丈夫だろう」
危険な賭けだと、幹部達が待ったを掛けて来る。高城教官と日生は顔色を変えた。
少しの期待を込めて二・三度と言ったが、佐久間の本音としては正規のパイロットとして今すぐにでも前線に出て欲しい。今回の撤退戦の成功のお蔭で、軍人達の士気は非常に良い状態だ。
確かに星崎佳永依は初実戦後に倒れて一時昏睡状態に陥った。しかし、高城教官より聞いた回復後の様子と、実際に目にした村上大尉への態度から『彼女ならば大丈夫だ』と確信した。あそこまで肝の太い訓練生はそういない。
最大の問題は『星崎佳永依が抱く、大人への不信感の対処』だ。こればかりは時間を掛かけて少しずつ不信感を解いて貰うしかない。つまり、現時点ではどうにもならない問題なのだ。その原因が判明しても。
賛成と反対に分かれて議論を始めた幹部達を止める為に、佐久間は一度手を叩いて己に注目を集める。
「あくまでも、現時点での予定であり、私の『願望』だ。今後の戦況次第で変わる」
議論を始めた幹部達に願望の部分を強調して言えれば、納得したのか落ち着きを見せた。
予定外の事が起きたが、佐久間はここで解散にした。高城教官は星崎と合流を考えているのか足早に退出した。
幹部達は日生を気遣う視線を送りながら退出する。
室内で秘書官の日生と二人っきりになると同時に、佐久間は彼女に尋ねた。
「大丈夫か?」
「はい。……覚悟はしておりましたから」
微笑みながら、日生は佐久間から視線を逸らさずに答えた。その様子を気丈と取るべきか、健気と取るべきか……佐久間は少し悩んだ。
佐久間の秘書官は他にも数名いるが、今回共に来たのは彼女だけ。加えて言うのなら、日生の専門分野は軍事関係ではない。本来ならば佐久間と共に月面基地へ随行する秘書官は別の人物だ。
その事を奇妙に思った幹部はいただろうが、二度も顔色を変えた彼女を見て『何故いるのか』察してくれたらしい。星崎に日生の面差しが有るから判るのだろう。
自分の娘が実戦に放り出されたと知った時の彼女は非常に取り乱した。生還の知らせを聞き一旦は落ち着いたが、今度は倒れたと知り再び取り乱した。そのまま昏睡状態に陥ったと知って、仕事に身が入らない状態になった。五日も経過して目を覚ましたと報告が上がった時の安堵した顔は、完全に母親の顔だった。
日生の言動は本来ならば上官として諫めるべきものだ。だが、別の秘書官から訓練生の出撃が無許可で行われた可能性を指摘され、気を揉みながら調査指示を飛ばしていた為に、すっかり忘れてしまった。
「本当に、記憶が無いんですね」
「ああ。それが決まりだからな」
彼女が覚悟していたのは『記憶』についてだ。日生は星崎佳永依の母親だが、その娘は日生を視界に入れても無反応だった。私立柊学園に送り出す直前まで、彼女が育てていたにも拘らずに。
原因は簡単な事。入学前に検査と称して『記憶が消されている』からだ。残酷だが、帰る場所を断ち、逃亡を防ぐ為だ。元々は精神治療目的で開発された三百年前の技術だが、現在は軍事目的で利用される事の方が多い技術と化している。三百年前に没している開発者に、使用状況について教えたらどんな反応をするのか、佐久間は少しだけ気になった。
全ての訓練生が記憶を失くしているが、星崎佳永依は他の訓練生と違う点が有った。
記憶が消された直後に『交通事故』に遭遇している。……厳密には『幼い子供を助けて重傷を負った』が正しいか。
この時の負傷が原因で入学が遅れたと言った事は無い。負傷した彼女を収容する時に――現場に到着した救護班の隊員が問題を起こした。
事後報告でこの問題を知った佐久間は、目頭を揉みながら人目を憚らず盛大にため息を吐いた。事故の知らせを受け取った日生はその場で倒れた。
一体どんな問題が起きたのかと言うと、救命活動をしながら暴言を吐くと言う耳を疑う事が起きた。更に、この暴言の内容が守秘義務違反ものだった。典型的な腐敗軍人と言える村上大尉のような人間が救護隊にいると知り軽く失望した。守秘義務違反をしたにも拘らず、処罰が口頭による厳重注意だけだった。抗議したが、謹慎一日と非常に軽く、聞いた瞬間に頭痛がした。同時に、これ以上抗議しても無駄と分かった。
状況は嫌な方向に転がり、星崎佳永依は見事なまでに『大人への不信』を抱いた。一見すると分からないが、時折、態度や言動に出る。先程の退出するまでの様子を見れば一発で判る。怒りではなく、嫌悪がはっきりと顔に出ていた。目の据わり方が少女のものではない。よく敬礼してから去ったなと、内心で感心した。
「テストパイロットをさせるのであれば、接触回数が増えるかもしれん。異動するか?」
「いいえ。会えなくなると、今度は覚悟が鈍りそうです」
「気丈だな」
「そんな事はありません」
日生はそう言って苦笑する。内心でどう思っているか分からないが、これが母親としての覚悟なのかもしれない。
会話を切り上げて、佐久間達は会議室から出た。
佐久間は日生を連れて、過去に試作機のテストパイロットを務めたもの達の名前を思い出しながら無言で廊下を歩く。数歩も歩かない内に突然、警報が鳴り響いた。思わず日生と顔を見合わせる。
『敵襲を確認! 各自、持ち場に向かえ! 繰り返す――』
警報に続いて、基地公用語の英語のアナウンスが流れた。
悩むは一瞬。
佐久間は日本支部が保有する軌道衛星基地に連絡を入れる事を決めた。