問題児達の処遇~佐久間視点~
同時刻の日本支部長の執務室。
「――っ、ぶぇくしょぃっ!?」
通信を切った佐久間は、奇妙な悪寒を背中に感じて、強めのくしゃみを飛ばしていた。その姿を奇妙に思った一条大将は、佐久間に一声掛ける。
「支部長?」
「大丈夫だ。風邪では無い」
「ならいいですが、あとで松永大佐が乗り込んで来そうですな」
「……」
「黙り込まんで下さい。互いに時間を惜しむ身です。さっさと決めてしまいましょう」
「……そうだな」
テンポよく一条大将との会話を終わらせた佐久間は、問題を起こした六名の下士官とその直属上官の錦戸准将に視線を移す。なお、一条大将は錦戸准将の数いる上官の中で一番上なので緊急で呼び出した。
どんな処罰を下すのが良いか。改めて七人の顔を眺めて悩んだ佐久間は、先程の会話を思い出した。
……星崎は本当に混乱を齎すのが上手いな。
その齎される混乱の吉凶は、実際に起きなければ分からないのが難点だが、少なくとも、星崎は己にとって良くなるようにしている。
報告内容と合わせて、先の会話を吟味してから、佐久間は口を開いた。
「さて先ずは、君達六人の処罰だが」
佐久間はそこであえて一度言葉を切り、直接問題を引き起こした六名の顔を数秒掛けて眺めてから、続きの言葉を紡ぐ。
「丁度良い実験案件が有る。君達六人にはそれを任せよう」
佐久間の口から実験案件の単語が出た為、六人の顔が同時に引き攣った。佐久間は六人の反応に気づかない振りをして言葉を続ける。
「実は、ガーベラの専属パイロット以外の操縦データが、急遽、必要になってな。君達は直談判する程に乗りたかったのだろう? 明日の午後は、松永大佐監督下で稼働データ収集に従事しろ。六人いるから、交代でやれば休憩の必要も無いな」
処罰とは思えない内容を告げられて、六人は絶句した。彼らはガーベラの新しい情報を持っていないから、この反応をしている。この反応を見るに、ガーベラの異名だけは知っているようだ。佐久間は何故か安心した。
彼らと同じく、ガーベラの新規情報を知らない一条大将は渋い顔をしている。
「とんだ無茶振りですな」
「何を言うんだ一条大将。彼らは『私からの無茶振りを体験したい』から、わざわざ、試験運用隊の区画にまで乗り込んだのだろう?」
「……そう取られても仕方が無いですな」
一条大将は先程の通信で、松永大佐が口にした星崎の台詞を今になって思い出し、考えを一転させて『それじゃあ、仕方が無いな』とわざとらしく頷いている。
「あの、一条大将」
困惑する錦戸准将が一条大将に質問をする。
「どうした、錦戸准将」
「この処罰は適切なのでしょうか?」
「適切も何も、我が『日本支部長』の決定だ。そこの六人は問題行動を起こしてまで乗りたかったガーベラに乗れる。試験運用隊は欲しいデータが手に入る。双方ともに利が有ると言うのに、一体何の不満が有る?」
「それは……」
佐久間の処罰の意図が読めず、錦戸准将は困惑を深めた。
一見すると処罰に見えないが、佐久間も怖れる『魔王・松永大佐の監督下』で稼働データ収集に従事するのだ。彼は当然のように怒っている。その怒りを一身に受けながらの従事時間は、嘸かし恐ろしいものとなるだろう。同じように怒っている飯島大佐をセットで付ければ、きっと心から己の行動を悔いて反省する筈。そこへ、書類仕事に忙殺されて殺気立っている佐藤大佐をおまけで付ければ、完璧な布陣となる。飯島大佐に相談しようと、佐久間は心で決めた。
「支部長。顔がにやけておりますぞ」
「おっと、済まん」
一条大将から指摘を受けて、佐久間は口元に手を当てた。企みが愉快な方向に転がった事で、知らぬ内に顔がにやけてしまった模様。
絶句から復活していない六人を放置して、錦戸准将にも下す処罰が存在する。
「さて、錦戸准将。君からの報告と飯島大佐からの報告に『食い違いが有った』件だが、申し開きは有るか?」
「……ありません」
錦戸准将は苦虫を嚙み潰したような顔をした。『先代上層部時代だったら、当時の上層部派閥に属しているものだったら、お小言で済んだかもしれないのに』と、錦戸准将の顔にはそう出ていた。先代上層部派の軍人は甘ったれが多くて困る。
ここで佐久間が言った報告の食い違いと言うのは、所々を暈して『松永大佐に非が有る』と捉えられる報告の事だ。星崎の録音データが無ければ判断の匙加減が難しかった。
「部下思いなのは良いが、報告は暈さずに正確に行ってくれ。飯島大佐では無く、松永大佐の名を出した理由を聞きたいぐらいだ」
「そうですな。申し開きが無いのなら、支部長はどのような処罰が適切だと考えているのでしょうか?」
佐久間は錦戸准将へ言い渡す『部隊全体』の処罰内容は既に決めている。六人と違い、佐久間は悩む事なく決めた。
「十月の作戦から外れて貰う。一条大将。悪いが調整してくれ」
「分かりました。この報告では『妥当な処罰』でしょうな。錦戸准将、支部長の決定だ。受け入れろ」
「……分かりました」
錦戸准将は上官の一条大将からも『妥当』と言われて、不満を感じているのかやや間を置いてから口を開いた。
「不服そうだな? 報告一つ真っ当にこなせていないのに、向こうが優遇されているとでも思っているのか」
「せめて報告ぐらいは正確に行ってくれ。飯島大佐は『怒鳴り散らした』と堂々と言っていただろう」
そう言ってから、佐久間は一条大将と揃って、これ見よがしに落胆のため息を吐いた。錦戸准将は悔しそうに俯いた。
最後まで復活しなかった六人と錦戸准将を強制的に追い出し、一条大将は部隊配置について改めて詰める為に残った。
「しかし、あの六人の処罰はあれで良いのですか?」
「問題無いだろう? 『部隊を巻き込んだ作戦不参加』が最大の処罰となる」
「成程。浮かれているところから、同僚の手で一気に地獄に突き落とさせると。随分と性格が悪くなったなぁ」
「連帯責任と言ってくれないか」
「はっはっはっ。何の冗談だ?」
佐久間と一条大将は今でこそ上司と部下だが、士官学校時代からの同期で幹部達の中では最も付き合いが長い。その為、部下の目が無くなると口調が若干砕ける。
「しかし、ガーベラで六人もパイロットを使い潰すのか。贅沢な機体だな」
「二十一人目も負傷したな。二十七人中、乗りこなせたのはたったの一人。贅沢な欠陥機だな」
「……二十一人目? 星崎のあとに誰か乗ったのか?」
互いに軽口を叩き合うも、人数に違和感を覚えた一条大将が首を傾げた。
「八月二日に、松永大佐の判断で一人乗った。後藤と言う士官学校卒のパイロットだ。バーニアを吹かして即潰れた」
「そうだったのか。それで、その後藤はどうなった?」
「全治二ヶ月だが、ある程度の性格矯正は出来ているから復隊となった」
「そうかい」
簡単な報告を聞いて、一条大将は興味を無くした。
「ま、今のガーベラは重力制御機をナスタチウムのものに入れ替えた事で、星崎以外のものでも乗れるようになった。潰れるとしても、松永大佐の説教といびり時間で精神的に潰れるだけだろう」
「……同じ潰れるでも、そっちの方が酷いな」
「そうか?」
「うむ。と言うか、ガーベラの重力制御機を入れ替えたのか」
「ああ。オーバーホールついでに、使用されている機器を三十年前のものから最新のものに入れ替えた」
「おいおい。開発部は一体何をやっていたんだ。……いや、それも職務怠慢に含まれているのか」
「含まれるな。何にせよ、ガーベラに関しては、星崎を乗せて初めて判明した事が多過ぎる。近い内情報の整理を一度行う必要が有るな」
「そっかぁ。支部長として頑張れよ」
「手伝うと言わない辺りがお前だよなぁ」
乾いた笑いを揃って上げてから、二人は真面目な話を開始した。
その日の十八時半頃。
佐久間は飯島大佐を伴ってやって来た松永大佐に絞られるも、六人の処罰内容を告げて『あとは好きにして良いから任せた。佐藤大佐を呼んでも良いよ(意訳)』と、色々と二人に丸投げした。丸投げされた側は、大変良い笑顔を浮かべた。
翌日の同時刻。
佐久間は松永大佐から、疲労困憊状態になった六人が医務室に担ぎ込まれたと報告を受け取った。
あのあと、松永大佐は飯島大佐と話し合い、本日午後に佐藤大佐を呼び出して、三人掛かりで六人をいびりながら、稼働データ収集を行った。佐久間も体験したくない状況での作業は、……正直に言って、想像したくも無い。
必要なデータが集まったので、六人に関しては、これ以上佐久間からは何もしない。六人はこのあと、同僚から詰られる未来が待っている。
錦戸准将の方は、上官の一条大将があちこちを巻き込んで針の筵状態にしている。こちらもこれ以上、佐久間が何かをする必要は無い。当面の監視は必要だが。
どちらも佐久間の手から離れている。これ以上関わる必要は無い。
手元のパソコンを操作して、松永大佐から報告されたアゲラタムの情報を見直す。
目下最重要事案は、星崎が齎す敵機に関する情報だ。
操縦系統の見直しと敵機のパーツを流用する事で行う、ナスタチウムとキンレンカの強化実験の申請書。回収した敵機の新規情報と有効利用方法案。
申請書の方は開発部に丸投げすれば問題無いが、敵機の情報は星崎に聞かねば分からない。
優先順位も後者が高い。高いんだけど……たった三日間の調査で齎された情報量が、過去日本支部の技術調査の百年分に相当している。想像の斜め上を行く情報量に、佐久間は暖かい緑茶を啜りながら現実逃避したくなった。薄皮饅頭を一ダース食べながら、佐久間はどうするか考える。
「一度、星崎が行う事を前提に専用機の組み上げをさせて見るか」
開発部では無く、パイロットとして搭乗する星崎に機体の組み上げをやらせる。どこか間違っている気がするけど、他に出来る人間はいない。完成品を開発部に調査させれば、何か良い方向に転がるかもしれない。
二時間後。松永大佐からの報告を読んだ佐久間は、思い付きを実行に移す事にした。