不穏な気配、再び
一足先に到着しコーヒーを飲む飯島大佐に一声掛けて、向かい合って座る。松永大佐が、ガーベラに乗るまでの経緯はすでに話した。話題は自然と、自分がガーベラに乗った感想になった。
「重力制御機を変えただけでそこまで変わるのか」
「私が乗った分には、バーニアを全開にしなければ荷重は感じませんでした」
「んじゃぁ、松永の眩暈は?」
「多分、限界まで速度を上げてから周回運動したのが原因かと」
「完全に自業自得じゃねぇか」
飯島大佐は呆れた。何だか呆れてばっかりの人だな。
顔を見合わせてから頷き合い、話題を変える事にした。
「ナスタチウムとキンレンカに流用出来そうなパーツと武装が幾つか見つかりました」
「おっ、本当に見つかったのか」
「はい。武装は二種類の銃器だけですが」
「アゲラタムの剣は流用出来ないのか?」
「普通の剣として使う分には、使用は可能です。ただ、長剣砲の名称通りの武器に分類されますので、流用するのならエネルギー系の部分で弄る必要が有ります」
「その弄るのは、開発部じゃ無理か?」
「どうでしょう? 威力は有りますけどちょっと燃費が悪いので」
「燃費が悪いんじゃ諦めた方が良いな」
「実際に使うのなら、ナスタチウムとキンレンカの燃料系をアゲラタムのものと交換した方が良いです」
「無理だな。そのまま使うのが良さげだな」
飯島大佐はあっさりと諦めた。開発部の信頼はどうなっているのでしょうかね。
もう一つの報告も行う。
「松永大佐にも報告しましたが、アゲラタムを基に戦闘用に開発された発展系機体の雛型が幾つか見つかりました。起動可能で修理パーツも有るので、使用可能は三機になります。アゲラタムの修理パーツを回せば四機です」
「は? 戦闘用なんて在ったのか!?」
飯島大佐は心底驚いている。存在するとは思っていなかったんだな。
「はい。別の色に塗られていた上に、損傷が激しいものが多くて判り難かったのですが。装備を確認していたら、戦闘用と判明しました」
「戦闘用って事は、操縦はまた違うのか?」
「操縦席が違うだけで、基本は同じです」
「って事は、……アゲラタムで操縦をマスターした方が良いのか?」
頭の回転が速いな。基本って言っただけでそこまで解るのか。
「そうですね。機体の起動手順は変わりますが」
「その辺は許容範囲内だ。標準武装は何だ?」
「アゲラタムと同じ長剣砲と、両肩に砲門が一つずつ、上腕と脛の辺りに実体剣があります」
「腕は解るが、脚に着ける必要ってあるのか?」
「奇襲用ですね。足を振り上げる時に使う感じです」
「マジで奇襲用だな」
へぇ~と、飯島大佐は感心して、松永大佐と同じように考え込んだ。
部隊として運用しようにも、数が少ないから使いどころが難しいんだろうね。乗せるにしても、パイロットの育成にも時間が必要だ。
十月に何か行うみたいだけど、何一つ知らされていないから、何を行うのか知らん。中佐コンビがもう少し口を滑らしてくれたら何か判ったんだろうけど。飯島大佐に聞いても、教えてくれなさそう。
飯島大佐が集中して考え込んでいる隙に、自分用のコーヒーを入れて戻る。コーヒーをちびちびと飲んでいると、熟考を終えた飯島大佐が顔を上げた。
「星崎。今から井上を呼ぼうかと思っているんだが、どう思う?」
「井上中佐に声を掛けると、もれなく佐々木中佐と一緒に見えそうですね」
「……何で佐々木がセットで来ると思うんだ?」
「試験運用隊での稼働データ収集初日に、井上中佐の付き添いで佐々木中佐が一緒でした」
「実例が在ったのか」
相変わらずか、と飯島大佐が呟く。
何が『相変わらず』なんだろう? と言うかさ、今から呼んで大丈夫なのかね。飯島大佐の一つ下の階級持ちとは言え、気軽に『中佐』を呼び出して良いのか?
「一応考えての人選だ。井上だったら大丈夫だと思うが、佐々木が一緒に来るなら考え直さねぇとだな」
そう言って飯島大佐は再び熟考し始めた。何を基準に井上中佐を選出したんだろう。基準が分からん。
「……?」
マグカップを持ち上げたが、ツクヨミに来てから久しく感じなかった――敵意を、微かに感じてマグカップをテーブルに戻す。勘が鈍ったのか、距離が近い。
「星崎?」
目を閉じて人数把握に集中していると、飯島大佐から訝しげに呼ばれた。視線を合わせて回答する。
「飯島大佐。本日他に試験運用隊に来られる予定の方はいらっしゃいますか?」
「……星崎。人数は判るか?」
「十人はいないようですね」
「ちっ、入り口から見えないようにテーブルの下に隠れろ」
「分かりました」
舌打ちを零した飯島大佐の指示に従い、マグカップを持って――飯島大佐が一人でいるように見せる為に――テーブルの下に隠れる。入り口の位置を考えてテーブルの陰に隠れて数分後に、小さなドアの開閉音と複数の足音が聞こえて来た。スマホを取り出して録音状態にする。松永大佐への説明がこれで楽になる。
「「「えぇっ!?」」」「「飯島大佐!?」」「な、何でこんなところに……」
「おう。それはこっちの台詞だ。お前らこそ何しに来た?」
「ま、松永大佐に、お願いが有って……」
「あいつは今、医務室にいるぜ」
「「「「「「え?」」」」」」
「え? じゃねぇよ。お前らまさか、松永が隊長室にいなかったからって、他所の隊の区画内を探し回っていたのか!?」
「「「「「「そ、その……」」」」」」
「はぁ~、何やってんだよ。個人的な直訴をする為だけに、支部長の決定を受け入れた松永に、文句を言うつもりか?」
「い、何時でもガーベラに乗れる飯島大佐には、俺達の気持ちなんて――」
「あ゛? 誰が何時でも乗れんだよ! 他所の隊保有の機体だぞ! 俺でも乗るには、最低でも松永の許可が必要だ! そんな事も分からねぇのか!」
「ひっ」「あ、いや、その……」
「そもそも、乗りたきゃ『今のパイロットと同じ事を成し遂げろ』って、支部長から『お達し』が出たのを、もう忘れたのか!?」
「そ、そんな事は……」
「どいつもこいつも、乗ってみたい乗ってみたいって言いだしやがって、ガーベラは玩具じゃねぇんだぞ」
「それはっ、理解しておりますが」
「それにな。今のガーベラのパイロットは、機体の存在すら知らされていない奴だったんだ。支部長が何も教えずに無理矢理乗せたようなもんだ。存在すら知らなかった機体のマニュアルをいきなり渡して、十分ちょいで読破して戦場に行けって無茶振りされたってのに。お前らの嫉妬は、見当違いも程が有る」
「それでも、飯島大佐っ」
「『でも』も何もねぇっ! ……おう、錦戸准将! そこで見てねぇでいい加減引き取れ! そっちの部下の教育は一体どうなってんだ!?」
「……すまないな飯島大佐。返す言葉も無い」
「「「「「「じゅ、准将!?」」」」」」
「お前達。待機中だからと言っても、『他所の隊に出向いて良い』と言った覚えは無いぞ。しかも、上級階級のものに暴言まで吐きおって。始末書以上の処罰は覚悟出来ているんだろうな?」
「――何の騒ぎですか?」
「松永大佐か。すまない。こいつらは今、引き取る」
「是非ともそうして下さい。それと、支部長に直談判する機会を与えた方が良いでしょう。ついでに支部長に叱らせた方が良い」
「……そうだな。行くぞ」
「「「「「「……はい」」」」」」
萎れた返事を最後に、突っ込みどころ満載の、乱入者達の会話は終わった。録音も停止して保存する。
自分は隠れたまま、黙って会話を聞いていた。つーか、他にもいたのね。八月二日に負傷した後藤って隊員みたいな人。
「もう出て来て良いぞ」
飯島大佐の言葉に従い、テーブルの下から顔を出して立ち上がる。こちらに歩み寄って来る松永大佐と目が合った。松永大佐は『何故そんなところにいるのか』と言わんばかりに呆れたけど、指示を出したのが飯島大佐だと見抜いてくれたので何も言われなかった。
「それにしても、星崎。お前、壁越しだってのに良く気づいたな」
「訓練学校で散々浴びましたので、多少は敏感ですね。久し振りでしたので、少し気づくのが遅くなりましたが」
何を浴びたかは言わなかったが、飯島大佐は解ってくれた模様。ただ、久し振りに敵意悪意を向けられたので、勘が鈍ったかと思う程に、気づくのが遅れた。
「いや、気づいただけでも御の字だ。お前はまだ、顔出さない方が良い」
……飯島大佐。それは訓練生がガーベラに乗っていた事をなるべく伏せたいって事なんでしょうかね?
そんな疑問を抱いて、大佐コンビを見ると、肩を竦められた。正解だったよ。
まぁ、未成年の自分が乗り回していると公表したら、大人の正規兵の立場が無いって事なんだろうけど。
「それにしても、支部長の無茶振りを体験したい、血の気が多くて血気に逸る、被虐趣味の立候補者が沢山いるんですね。パイロットの立候補者が掃いて捨てる程にいるなら、一人ぐらいは適性者が見つかりそうなのに」
口からポロリと本音が零れる。支部長も何で自分を選んだんだろうね。謎だ。
「星崎。素直に『口先だけの馬鹿』と罵っても大丈夫だぞ」
「流石に年上の方を罵るのは……」
「ここで言う分には問題ねぇな。それよりも、もう一時間経ったのか」
顔にこそ出ていないが、大佐コンビから黒いものが滲み出ている。大佐コンビから視線を逸らすついでに時計を見ると、確かに一時間が経過していた。
それにしても、軍事組織のトップの決定に、平隊員が文句を言っても意味無いのに、何で来たんだか。上意下達が基本の軍事組織だってのに。
「あの人達、訓練学校のOBじゃないですよね……」
違うと良いな。近くにまで来た松永大佐が独り言なのに教えてくれた。
「彼らは士官学校の卒業生だ。全く、規律が緩いのか、訓練学校の卒業生には反抗して良いと教えているのか」
「その辺は、支部長がもう一回手を入れるんじゃねぇのか?」
「仮にやるとするのならば、前回以上に荒れそうですね」
「……それはそれで嫌だな」
大佐コンビが頷き合っている。松永大佐から副音声が聞こえた気がした。そして、支部長は一体何をやったんだろうか。気になるけど、教えて貰えない気がするので話題転換ついでに、松永大佐の体調確認をする。
「松永大佐。体調はもう大丈夫なのですか?」
「問題は無い。夕刻辺りに行う支部長への報告内容に変更も無い」
松永大佐の顔色は戻っている。足取りにも異常は無い。寝ただけで確りと回復したようだ。飯島大佐は、松永大佐の復活よりも別の事に意識が向いていた。
「お前がガーベラに乗ったのは、支部長からの指示だったのかよ」
「ええ。星崎に『どの程度変わったか感想を聞いてから乗れ』と、釘を刺されましたが」
「そいつは当然だな」
大佐コンビは理解し合っている。『敵の敵は味方』とはよく言ったね。支部長への文句からなる、団結力と一体感が強い。
ガーベラの重力制御機の事で気になる事が有るけど、支部長に丸投げで良いだろう。そうするしかないし。
改めて、三人で長椅子に座り情報の交換と報告を行う。
ガーベラに関しては支部長に判断を仰がねばならないので、大佐コンビの情報共有程度で終わった。
話題はアゲラタムとジユに変わる。支部長への報告は松永大佐が行う。意外な事実に支部長が驚きそう。卒倒しなきゃいいな。
「話を聞けば聞くほどに、開発部の職務怠慢が悔やまれて仕方が無い」
「そうですね。本当に度し難い」
大佐コンビが唸る。怒り心頭なのか、それぞれが握るマグカップから、異音が聞こえた気がした。
「もう一度データ収集は行うのでしょうか?」
話題転換しないと怒りのオーラを直浴びしそうな気がした。慌てて大佐コンビに声を掛けると、二人は怒りをいったん沈めてくれた。
「ガーベラの稼働データ収集はそこまで急ぎではない。今日のデータ収集は、試しに重力制御機を入れ替えたからどうなるか試そう程度に、突発的に決まった事だ」
「支部長の思い付きでぶっ倒れたら世話ねぇぜ」
「と言う事は、今日はもう行わないと言う事ですか?」
「……そうだな」
少し考えてから、松永大佐は『今日はもう行わない』と肯定した。だったら、ジユの武装として使えそうなものがないか探していた途中だから行こうかな。
「星崎。今から保管区に行くのか?」
顔に出ていたのか、松永大佐に行くのか問われた。
「はい。アゲラタムとジユの装備に使えそうなものを探そうかと思っていました、が……」
駄目かな? 元々午後に行う予定だったんだけど。
松永大佐だけでは無く、飯島大佐までもが無言で考え込み始めた。
「アゲラタムの武装か。どんな奴が在るんだ?」
どうしたんだろうと、思っていたら飯島大佐から質問が来た。アゲラタムのオプションパーツの種類を思い出しながらすぐに回答する。
「長剣砲以外だと、長剣、拳銃、銃剣、狙撃用ライフル、脳波で動かす小型の砲台付き盾、……代表的なものはこの辺ですね」
「意外と在るんだな」
「どれも手を加える事が前提ですけど」
アゲラタムは『自分好みに手を加える』事を前提に生産されているので、オプションパーツも同様の前提で生産されている。
一方、戦闘を想定して開発されたジユはアゲラタムの武装の火力を強めたものばかりで、手を加えずにそのまま運用する。
「星崎は他にも使える武装が在ると思っているのか?」
「可能性としては半々だと思っています。まぁ、無くてもパーツを組み合わせれば造れる可能性は有ります」
「その場合、製造を担当するのは星崎になるが、それでも良いのか?」
松永大佐からの問い掛けの意味が分からず、思わず首を傾げる。少し考えてから、開発部の事を思い出した。
「? それは……開発部に仕事を回さなくても良いのかと言う事でしょうか?」
以前、松永大佐が『不眠不休で仕事をさせれば良い』とか言っていた。でも流石に、敵機の改造作業までやらせたら過労でぶっ倒れる人間が出そう。そう思って答えたんだが、大佐コンビは何故か同時にため息を吐いた。
はて? 何がいけなかったんだろう?
「違う。違うんだが、……気にしていないのなら良い」
「?」
頭から疑問符を飛ばす。けれど結局、松永大佐が想像した、自分の『模範回答』は教えて貰えなかった。何と答えるのが正しかったのだろうか。
微妙な空気になったけど、気を取り直した松永大佐から、今日は行くなと却下された。
時計を見ると、そろそろ十六時になろうかと言う時間だった。結構な時間が過ぎていた。残り二時間も有れば多少は調べられると思うんだけど、駄目っぽい。
大佐コンビと支部長への報告で聞かれそうな詳細の質問に答える。質疑が終わると『今日はもう休め。なるべく部屋にいろ』と大佐コンビから揃って言われてしまった。何故にと思うが、『部屋にいろ』と言われたので、多分『先の乱入者が他にもいる』事を想定しての事だろう。
想像以上に嫌なやっかみだな。ごたごたは嫌なので素直に頷き部屋に戻ろうとしたけど、そこですっかり忘れていた録音データの存在を思い出した。松永大佐に録音データを渡して、今度こそ部屋に戻り、スマホのモバイルバッテリーと重力石を使った携帯用重力制御機の設計について考えた。
その後。松永大佐から夕食時に『明日の午後は十九時になるまで保管区から出るな』と厳命された。何が起きたのか知らないけど、時間が長めに取れるなら良いかと素直に頷いた。ついでに重力石も確保しよう。
翌日。午前中はいつも通りに保管区に出向き、午後は言われた通りの時間まで作業を行った。思っていた以上に武装が見つかり良かった。銃剣とライフルと盾は損傷しているから修理が要るけど。
ついでに、惑星セダムから去り、記憶を取り戻した二年前までのタイムラグがどれ程存在するのかも調べた。
セタリアが皇帝に即位した時の、ルピナス帝国の暦は『第十七皇室歴一万三千年』を超えた頃だった。生前退位だから、先代の心配は不要だ。先代はさり気なく、一番付き合いが長かったんだよね。
話が脱線した。
損傷の少ない機体を選び、コックピットに乗り込んで起動させ、残っている履歴の最終日を表示させる。同時に、頭の中で皇室歴を向こうの宇宙で主に使われている宇宙歴に換算する。
「え~と、生体演算機構を搭載した最終履歴は、これか」
広域語で画面に表示される年数を見る。
「五百年は経っていないのか」
この機体が何時回収されたか不明だが、敵が現れたのは約百年前。その年月を含めると、三百年から四百年が経過している計算となる。
思っていた以上に短い。向こうの宇宙の平均寿命は最低でも三百年だったりする。何人かの知り合いが墓に入った計算になるが、自分の知り合いは数千年単位の寿命保持者が多い。今回頼る事になりそうな知り合いは、意図的に殺されてもいない限り、全員生きている筈。殺しても死にそうにない面子ばかりなので、心配は要らん。
「通信機は……全滅か」
目下、最大の悩みは通信機が存在しない事。転生の術を使う前に、通信機は全てティスに預けてしまったので手元には無い。情報端末は有るけどメールしか送れん。そもそも、地球と惑星セダムかルピナス帝国との距離を考えると……送信は不可能だろう。別の宇宙へ送るだけで何京光年か、いや、次元を超える必要が有るから無理か。
でも魔法を使えば、手紙を送る事は可能だ。でも、その代わりに血相を変えて押しかけて来そうなので、これは最終手段となる。
機体の停止操作を行い、使えそうな武装をメモしていると、スマホのアラームが鳴った。時計を見ると十九時だった。