再び保管庫へ
翌日。
午前中は、松永大佐の仕事を手伝った。書類整理だけど。
午後は松永大佐と一緒に来た支部長――普通は階級が下の自分が迎えに行くんだけど、松永大佐に隊舎入り口で待てと言われてしまった。相手が支部長だから松永大佐が行ったのかな――と合流して第五保管区に向かい、残骸からアゲラタムの部品代わりになりそうなものを探す予定だ。時間の許す限り行うので、休憩用品も持参となった。訓練学校で通学時に使っていた鞄に荷物を入れた。中身に、昨日作ったパウンドケーキとショートブレッドも忘れずに持って来た。
保管区までの道を、自分と松永大佐と支部長の三人で歩きながら思う。
もう一度あそこに行く事になるとは思わなかったな。だって、マルス・ドメスティカを見つけてから今日で何日だ?
見つけた日を初日とすると……。五日間の安静とレポート提出に仕事の手伝いに従事して、五日間アゲラタムの試し操縦して、マルス・ドメスティカを破壊したのが一昨日の事だから、今日で十二日目か?
この事実よりも恐ろしいのは、未だに『八月』なのだ。一ヶ月経ったんじゃないかってくらいに濃密な日々で憂鬱になる。ちなみに林間学校はまだ終わっていない。
濃密な日々を思い出してげんなりしていた間に、保管区に到着した。
前回来た時と違い、支部長がドアのロックを解除している。
……ロックの解除を支部長が行っているから、生体式かそれに近いロックなんだろうね。
それを、容易くハッキングして解除してしまった、マルス・ドメスティカの演算機構の技術力の高さよ。西暦三千年を超えても、数億年の歴史を有する別宇宙の技術力には、まだまだ遠いって事か。
しかし、技術が足元にも届いていないのに、『抵抗が出来ている』のはどう言う事なのか。
向こうの宇宙の技術力を持ってすれば、地球の完全制圧に一年も掛からない。
何故、侵攻に百年以上も時間を掛けているのか。
不明な事が多い。でも、元居た場所が関わっているのなら、何が起きているのかは知っておいて損は無いだろう。
何せ向こうの宇宙では『他所の宇宙への接触と侵略を禁止する条約』なるものが存在する。元居た国も条約に加盟している。
侵略禁止条約とあるので勘違いしそうになるが、これは『他所の宇宙』への接触と侵略を禁じる条約であって、『同じ宇宙』に存在する他国への侵略は良いよってものだから、向こうでも戦争は度々起きる。
余分な事まで思い出していたら、ドアが音を立てて開き、支部長と松永大佐が入って行く。慌てて二人を追い、自分も中に入った。
前回、マルス・ドメスティカが暴れ、戦闘にまで発展した内部は……綺麗に片付けられていた。明るい照明の下、埃一つ残っていない。掃除までやらせたのか。
それ以上に気になるの事に、並んでいる敵機の残骸に胴体部が残っているものが多かった。
「前回の事を考えて、保管種類を変える事にした」
「それは、何か遭った時の事を考えて、ですか?」
「それも有るが、損傷具合と色で纏めた方が管理がやり易い。南雲少佐も、結局マニュアルを残さなかったしな……」
「同情します。……ところで支部長、先日破壊したあの敵機はまだ残っているのですか?」
「流石にアレは一機しかない。十年前に調査したい他支部と取り合いしたんだぞ」
「その労力の割に、実態はとんでもない機体でしたね」
「ああ。他支部に連絡したら、エライ騒動になったぞ。廃棄方法は流石に判明していないから、問い合わせを受けても『知らん』と突っぱねたが」
大人の込み入った会話を聞き流し、明るい保管区内で展示されるように並んだ色褪せたカラーリングをした敵機を見る。
これなら探しやすそうだが、見た範囲でアゲラタムと同色の機体が存在しない。地道に探すしかなさそうだ。その前に何個か重力制御機を取り出した方が良いかも。
「――星崎」
「? はい」
不意に名を呼ばれて意識を支部長と松永大佐に戻す。
「奥に同色で纏まっているところが在る。そこへ行くぞ」
そう言うなり、支部長が奥へ歩き出した。松永大佐と一緒について行く。奥へ少し進むと、支部長が言った通りに同色の敵機が集められていた。入り口のアレは何だったんだろう? 色褪せていたから、本来の色が分からなかったのかな?
色んなカラーリングの敵機の間を数分歩き、青紫色の機体が集められている空間に到着した。思っていた以上に大量に在った。
自分と同じ事を思った松永大佐も感心している。
「随分とまぁ、大量に在りますね」
「他支部で廃棄対象になっていたから、連絡ついでに纏めて引き取った」
「あとになって、情報開示請求を受ける可能性が残っていますが、その時は応じるのですか?」
「我が支部は他支部から何の恩恵も受けていないぞ。万が一の可能性を考えて、こいつで何か判明しても『日本支部に情報開示請求は一切行わない』事に同意のサインは貰っている。サインが貰えた支部からのみ譲り受けた」
「流石に抜かりないですね」
「当然だ」
満足げに頷き合う大人同士の会話が頭上で行われた。そんな会話が行われても自分は『勿体無い』としか思わなかった。
「他支部では随分と勿体無い扱いになっていたんですね」
「ああ。胸部をこじ開けてコックピットに入るも、何に使うのか分からないものが鎮座しているだけ。加えて、操縦桿が見当たらないから無人機と思われていたんだ」
「収納式の操縦桿を破壊したら、確かに存在するとは思いませんね」
「操縦桿そのものが収納式だったと、勘付くものがいなかったのか」
「そのお陰で大量に手に入ったがな」
支部長は意味も無く胸を張った。
「情報って大事ですね」
「全くだ」
しみじみと呟けば、松永大佐は大袈裟に頷いた。
そして、少し離れた場所に荷物を置いて、作業開始する。
先ずは最も損傷の激しい機体から、コックピット内を経由して重力制御機を抜き取る。見た目はただの金属の箱だ。箱を開けて内部を見せると大人二人は驚いた。
「星崎。小石が鎮座しているようにしか見えないんだが」
「この人工石が無いと起動しませんよ」
箱の内部に鎮座していた小石こと、重力石を手に取る。照明の下でも分かる程に透明度の低い、緑がかった乳白色――翡翠みたいな色味の小石だ。
「劣化した粗悪品ですね」
「これで粗悪品なのか?」
「はい。高品質なものになると、見た目は宝石とほぼ変わらないです」
「宝石で例えるならば、どの石になるんだ?」
「例えるのなら、ペリドットですね。高品質になると、透明度の高い黄緑色の石になります」
「低品質品は、全てこんな色をしているのか?」
「粗悪品に通じる点は『透明度が低い』です。品質が低くなると緑色が濃くなります。最低品質になると、マラカイトみたいな感じになりますね」
「ほぅ」「へぇ」
支部長に重力石を渡す。大人二人は小石の観察を行う。その間に、搭載されている筈の予備を探す。
重力制御機の構造上、不測の事態が発生しても、重力石を取り換えればどうにかなってしまう。箱は通電させる装置だし、小さいので損傷し難い。そう言った事情から、重力石は予備を搭載するのが常識だったりする。搭載場所はバラバラなので探す必要は有るが。
コックピット内に入ってしまえば隠れる形になるので魔法が使える。鉱石探索魔法を使って、最も近くに存在する重力石を探す。
「えーと、……ここか」
置き場によく使われる場所、重力制御機の真下に在った。
スライド式の蓋を開けて内部を見ると、先程のものに比べると透明度の高い重力石が三つ入っていた。全て抜き取りポケットに仕舞い、大人組のところに戻る。回収した重力石を大人二人に見せる。
品質の違いが一目瞭然なので、二人は純粋に驚いている。
「これで普通品質です」
「み、見た目が違い過ぎるぞ」
「でしょうね。経年劣化すると曇りますが、どれ程品質が悪くても、これ一つで最低十年は持ちます」
補足説明をすると、松永大佐から質問が飛んで来た。
「最高品質だと、最大で何年持つんだ?」
「百年は下りませんね」
「「……」」
大人組は揃って言葉を無くした。技術力の差を思い知ったのだろう。
その後手分けして、他の機体からも重力制御機と重力石、生体演算機構を抜き取った。生体演算機構は『アゲラタムを無人機として動かす特殊な装置』と説明した。マルス・ドメスティカのように、前触れ無く動かれては困ると言う事で、同意はあっさりと得られた。
試験操縦で使用している機体に関してはこっそりと抜き取っているので問題は無い。元々、修復不可能なレベルで破損していたから心配は無いけど、念の為だ。
ただまぁ、胴体部だけが残っている機体ばかりで、手足が残っている機体は少ない。それは修理用の部品も少ない事を示している。
「修理パーツ有りで、ギリギリ八機と言ったところですね」
壊れた生体演算機構の箱を山のように積み上げて、現時点で修理すれば使用可能な機体数を口にする。
「もう少し有ると思ったんだが、思っていた以上に少ないな」
「パーツがギリギリならば、稼働可能な機体数を減らすのも手でしょう」
「そうだがな……」
支部長は松永大佐からの提案に賛同しかねるのか、少し唸った。
「あとは、互換品がどれだけ見つかるかですね」
その様子に苦笑を零す。可能な限り欲しいと言う、支部長の考えも分かる。パイロットの育成を考えると数が多くてどこまで良いのかは不明だ。
重力石を床の上に並べて、良品質のものとそれ以外の二つに分けて支部長持参の袋に入れたところで、一度休憩となった。
持参したパウンドケーキとショートブレッドを大人組にも配る。大人組は揃って、水しか持って来ていなかった。念の為に、紅茶のティーバックと紙コップ、水筒にお湯を入れて持参して来ていたので、こちらも希望に合わせて配った。松永大佐は一切れをゆっくりと食んでいたけど、支部長はパウンドケーキにがっついていた。
呆れる光景だけど、必要そうな情報を交換しながらの休憩時間に突入した。
その後も休憩を挟んでパーツ探しを行った。
そしてこの日は、まだ初日と言う事も有り、十八時を過ぎる頃に終了となった。明日からは自分一人で行う事になるので、帰りに生体認証の登録を行った。
本日の結果は、三つの重力制御機と多数の重力石の回収、修理パーツの数の把握で終わった。
そうそう。修理が完了したか否かは、ハッチが空いているか否かで判断すると言われた。それだけでは、判断を間違える可能性が有るので、開けたハッチに作業の進捗状況を書いたプラカードを下げて、判断するに変更となった。