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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
軌道衛星基地にて 西暦3147年8月
42/191

濃密戦闘の翌日。久し振りにお菓子を作り、新情報を得る

 翌日の午前中。

 松永大佐から厨房を利用する許可を取り、時間潰しでお菓子(リクエスト含む)を作っていたら、佐藤大佐と飯島大佐がやって来た。用件を尋ねる前に松永大佐が連れて行ってしまった。焦げたお菓子を食べたくないので、お菓子作りに集中する。

 松永大佐リクエストの、支部長差し入れ用クッキーの試食を大佐トリオに依頼する。砂糖を控えめにしたクッキーが果たして食べられる硬さなのか気になったのと、松永大佐からのリクエスト内容を教えたら何やら慄いた飯島大佐に確認して貰う為だ。毒見じゃないよ。

 試食の結果、佐藤大佐の感想はともかく、食べられるようで良かった。

 松永大佐からもOKを貰い、一緒に差し入れにするものはどれにしようかと考え始めると同時に、飯島大佐から質問が飛んで来た。

「あー、星崎。引っくり返ったアゲラタムを起こすにはどうすればいい?」

「引っくり……え?」

 操縦訓練の予定はあったかと記憶を探るよりも前に、松永大佐より『昨日の夕食時に作戦の幅を広げる為に試乗を勧めた』と説明が入った。一瞬ど忘れしたかと思ったが、突発発生の予定だった。

 アゲラタムの状態を聞いて回答したけど、やっぱりナスタチウムと操縦の系統が違うからか、飯島大佐は唸った。

「操縦席が違うから、操縦方法の違いもある程度は想像していたが、予想以上だな」

「そうですね。オプションパーツが手に入れば、座席型に変更は可能ですけど、操縦難易度が変わります」

 アゲラタムのちょっと厄介な事を口にすると飯島大佐がギョッとした。専用のパーツが必要だが可能と伝えると大佐トリオは黙り込んだ。

 昨日支部長に提出したレポートを見たみたいな事を言っていた三人が黙り込んだので、自分の書き忘れを疑って補足情報を口にする。

「アゲラタムは色んな機体を作る際に、雛型として扱われる事が多かったので、互換品が見つかれば出来るかも知れませんね」

 そう補足情報を口にすれば飯島大佐と松永大佐が情報を吟味し始める。

「星崎。保管区の残骸からどれが互換品か分かるか?」

「実物を見れば、ある程度の判別は出来ると思いますが……。開発部の仕事はどうなるのですか?」

 松永大佐からの問いに答えたけど、『この手の仕事をやるのは開発部じゃね?』と思い確認を取る。

「保管区は保管区でも、お前も一度入った『第五保管区』だ。あそこは手付かずの残骸が纏めてある。互換品とやらが見つかるかもしれん」

「探す価値は有るな」

「開発部には第五以外の保管区に運ばれた残骸の調査を不眠不休でやらせればいい」

 大佐トリオからそれぞれ回答を貰ったが、最後の松永大佐の発言は良いのだろうか? 藪蛇になりそうだから聞かないけど。

 必要な機材について議論が始まり、暫く経つとアラーム音が鳴った。

「パウンドケーキが焼けたみたいなので様子を見て来ます」

 オーブンの様子を見に、一言断りを入れてから席を立つ。支部長差し入れ品の一つなので、焦がす訳には行かない。厨房に入り、ほぼ同時にビスコッティの方も焼けた。オーブンの中身を取り出して確認する。

 上手く焼けていたから、このまま放置して冷まそう。厨房を出て戻るついでにコーヒーを持って行こうと思い付く。

 そして、三人分のコーヒーをマグカップに淹れてお盆に載せて来たら、目の前の光景は何なんだと、思わず現実逃避したくなった。

 吠える佐藤大佐と笑顔で退ける松永大佐に、微笑ましそうに眺める飯島大佐。

 構図としては、佐藤大佐(長男)松永大佐(次男)に噛み付くけど笑顔で躱され、兄弟喧嘩を慈愛に満ちた笑みで眺める飯島大佐(母親)、と言った感じか。

 全くもって訳の分からない構図だな。特に、松永大佐と飯島大佐の立ち位置が逆に思えない辺り、本当に良く分からん。人は見た目によらないな……。

「どうした星崎?」

「いえ、何でもありません。コーヒーはいかがですか?」

「貰おう」

 自分に気づいた飯島大佐に、淹れて来たコーヒーを差し出す。飯島大佐はブラック派なのか、そのままマグカップに口を付けた。

「しかし、非番なのに悪いな」

「それは構いませんが、どう言った用件で来られたのですか?」

「……そう言えば、言っていなかったな」

 飯島大佐の言う通り、本当に何しに来たんだろうね。アゲラタムが引っくり返ったしか聞いてないんだけど。

 実はなと、飯島大佐が佐藤大佐と何をしていたか話してくれた。

 作戦の幅を広げる為にアゲラタムの試験操縦したのは解ったけど、ここで油を売っていて良いのかな? てかさ、アゲラタムの修理行うんだよね?

 兄弟喧嘩紛いな事を終わらせた、佐藤大佐と松永大佐にもコーヒーを配る。佐藤大佐は甘党なのか、一緒に持って来た砂糖とミルクを大量に入れている。名は体を表すにしても、角砂糖十個は入れ過ぎじゃないか? 松永大佐はそのまま口を付けている。

「作戦の幅を広げるって言っても、一個小隊分確保しても使いどころが難しいんだよなぁ」

「残骸から必要な分の材料を掻き集めても、何機分になるか分かりませんしね」

「操縦で躓くのは目に見えているし、パイロットの育成に時間が掛かる」

「五日程度集中的に訓練すれば、形にはなりますよ」

「……それは経験談か?」

「ええ」

 飯島大佐と松永大佐の会話から、アゲラタムを数機得ても別問題が浮上する可能性が出ている。

 解体してナスタチウムとキンレンカに流用するって流れにならないのが不思議だ。

「松永大佐。キンレンカとの模擬戦映像は残っていますか?」

「模擬戦映像? ……確かに、二種類残っているからそれを参考にするのも有りか」

 美貌の大佐は大変察しが良かった。模擬戦映像の有無を確認しただけなのに、何に利用するのか全てを言わずとも理解してくれた。

 何の事か分からない飯島大佐に『アゲラタムとキンレンカの模擬戦内容』を松永大佐が説明する。

 映像が二種類存在する理由は、アゲラタムの操縦担当が自分と松永大佐だったからだ。映像を比較する訳では無いが、熟練度の違いを知る為に残そうと佐藤大佐が言い出した。その為、キンレンカの操縦はどちらも佐藤大佐が務めている。

「へぇ、映像が有るなら参考には出来るな。他に映像は有るのか?」

「その二種類だけです」

「直接乗るのも良いが、他の奴が動かした映像も良いな」

 松永大佐から説明を受けた飯島大佐は少し考え込む。何に利用するかは分らんが有効利用してくれるのなら良い。

 このあと、自分がアゲラタムを元の場所に戻す事になった。

 佐藤大佐がキンレンカに乗り込み模擬戦を始めようとする、ちょっとしたトラブルが発生した。松永大佐から『キンレンカが起動する前にアゲラタムで制圧しろ』と指示が飛んで来たので、バーニアを全開にして飛び蹴りを叩き込んだ。引っくり返ったキンレンカのコックピットから佐藤大佐が這い出て来たが、待ち構えていた松永大佐と飯島大佐に捕まった。

 アゲラタムを定位置に戻す間に、佐藤大佐は二人にこってり絞られたらしく、何だかげっそりとしていた。

 佐藤大佐は、そのまま大佐コンビに連行された。行先は支部長のところだ。確りと反省して下さい。

「支部長への差し入れだが、甘いクッキーを追加で作ってくれ。支部長の気分転換用だから気にするな。夕方取りに行く」

 去り際に飯島大佐はそう言い残した。支部長は過労気味と言っていたので、甘いものを追加で作るとしますか。

 何を作るか悩んだ結果、ソフトクッキーを作る事にした。白餡子が有ればしっとりとしたソフトクッキーになるんだけどね。砕いたナッツを入れてサクサク作るけど、もうすぐお昼となるので生地を冷蔵庫に入れて休ませる。料理人の仕事の邪魔をする訳にはいかんので、ついでに休憩とする。

 冷蔵庫から離れて食堂に戻ると同時に、作業用ロボットが食堂に現れた。足を止めてロボットが何をするのか観察する。ロボットは内部から料理が乗った皿やスープが入った鍋を取り出して、カウンターに置いている。

 ……厨房に料理人がいない理由が判明した。他所で作った料理を運んでいたのね。パンとバター、ジャム類は保存容器に入っていたから、定期的に交換・追加しているのかも。

 ロボットが去ったところで、昼食を取りにカウンターに近づき、適当に料理を取ってからテーブルに移動。無人の食堂で一人昼食を食べる。

 午後の予定は作っているお菓子の仕上げだ。

 パウンドケーキを冷ましてカット。メープルの奴はシロップを滲み込ませないと。最後に乾燥しないように冷蔵庫に入れる。ビスコッティとクッキーも乾燥防止で冷蔵庫行きだな。あと、ショートブレッドも作るか。簡単だし。

 今日みたいな暇な日は少ないだろうから、作れるだけ作るか。購買部(自販機)にお菓子類はないし。それを考えると、ホットケーキミックス粉が置いて在ったのは不思議だ。誰かリクエストでもしたのかな? でも買った奴が五キロ入りしかなかったんだよね。暇な時間にスフレ風ホットケーキにして消費しよう。

「あ、バスケットが無い」

 そこで不意に別の問題に気づいた。支部長への差し入れを入れる容器が無い。タッパーみたいな容器を探さないと。無かったら一個ずつラップに包んで、バンダナか風呂敷で包むか。

 食べながらそんな事を考えていたら、食堂のドアが開いた。誰が来たのか確認で顔を上げると、何故か、佐々木中佐と井上中佐、他所の部隊所属の中佐コンビがいた。昼食は基本的に、各隊の隊舎で取るのが決まりの筈。ツクヨミでは違うのかな?

 そんな事を思っていたら、昼食をトレーに載せた中佐コンビが近づいて来た。簡単に挨拶してから『データ収集を行わないのに何故来たのか』と疑問をぶつける。

「ツクヨミでは皆、近くの食堂を利用するんだ。松永大佐に確認する事が有って来たんだが隊長室にいなかったんだ」

 と、井上中佐から回答を貰った。松永大佐の不在理由は佐藤大佐に有るが、本人名誉の為に黙っておこう。

 試験運用隊の食堂がほぼ毎日、無人の理由が何となく分かった。

 他の隊員は他所の食堂で食べているんだな。だから見かけないんだな。あと、松永大佐もここを利用するから来ないんだな。最近は上の階級の人がしょっちゅう来るから、敬遠されているんだな。

 知りたくない裏事情だった。

 中佐コンビがここにやって来た理由は、ガーベラとアゲラタムの今後について知っている事を自分に聞く為だった。食事ついでに中佐コンビに教える。

 ガーベラはオーバーホールついでに、搭載されている機器――特に重力制御機――の新式との交換する。昨日の夕食時の話題だけど、咳き込んでいたから聞こえていなかったんだな。

 アゲラタムも残骸からパーツを探して修理する。こっちは知らないな。中佐コンビが去ってから自分も聞かされた。

 色々と突っ込まれそうだったけど、『開発部が頑張るそうです』で逃げた。

 松永大佐が『開発部には(第五以外の保管区に運ばれた)残骸の調査を不休でやらせればいい』と一部省略して言っていた事を中佐コンビに教えると納得された。

 何故、これだけで納得するんだろうか。松永大佐は一体、何者なんだ?

「しかし、ガーベラの重力制御機を新式と交換するのか」

 中佐コンビもガーベラの重力制御機が三十年前の旧式だった事を知らなかったらしい。

 井上中佐が感じ入るように呟いた。佐々木中佐は別の事に思い当たったのか、何だか楽しそうだ。

「重力制御機が新式になるのなら、俺でも操縦出来そうだな」

「佐々木。……でも、昨日の松永大佐の状態を考えると、バーニアを全開にしなければ大丈夫そう、ってのが分かると、やっぱり乗りたくなるな」

 井上中佐が呆れている。でも、乗れるかもしれないっていう事実は嬉しいようだ。

「そうだったな。松永大佐でも、あそこまでふらふらになるんじゃ、配分を考えないと厳しいな」

「……何で俺は、お前の頭に『配分』って単語が存在する事を感動しているんだ」

「どう言う意味だ、井上!?」

「まんまの意味だよ、この脳筋!!」

 感涙する井上中佐と憤慨する佐々木中佐。

 お約束のように漫才が突発的に始まった。

 この二人は、一日に一回、漫才じみた事をしないと気が済まないのだろうか? 二人のボケと突っ込みの役割がコロコロと変わるので、見ていて飽きないからどうでもいいんだけど。

 そんなやり取りをしながらも食事は進み、中佐コンビが昼食を大体食べ終えたところで、昨日大佐達に聞いても答えが得られなかった事を尋ねる。

「佐々木中佐と井上中佐は、次にガーベラに乗るとしたら、誰になると思いますか?」

「「松永大佐」」

 話題変更を兼ねて質問したら、中佐コンビは同時に即答した。

 大佐達は『支部長が決める』と言っていたが、中佐コンビには何か確信が有りそうだ。その証拠に頷き合ってあれこれ言い始める。 

「ガーベラを今から別の隊に移すのは悪手でしかないからな!」

「まず、異動先の候補の選定に時間が掛かる。その『移動先の部隊候補を上げる』だけで、ぜぇっっったいに、会議は紛糾する。会議を終わらせるだけで、半年掛かっても俺は驚かない。それに十月の予定を考えるのなら、試験運用隊所属のままにしておいた方が良い」

「とにもかくにも、今は時間が惜しいからな。支部長もそんな事に、無駄な時間を使いたくないだろう」

「それに各部隊戦力はなるべく均一になるよう配慮されている。戦力が突出した部隊創設は、基本的に『臨時』だからな。用が済んだら基本的に解散する」

「試験運用隊の下に新しく部隊を作るにしても、人選で時間が掛かる。これだけでも、おっそろしく、時間が掛かる。松永大佐が平気な奴はいないしな」

「やっぱり、松永大佐が乗るのが安全牌だな。ガーベラを超える性能を持った機体は今のところ無いから、下手に組み込むと戦力バランスが崩れそうだし。昨日まで試験操縦をしていた、あの敵機に乗るのは星崎にすれば問題無いし」

「だよな!」

 中佐コンビは笑い合っているけど、言ってはいけない事まで口にしているのが気になる。そして二人の背後に立つ二名が、途中の会話を聞いてもの凄い顔をしている。中佐コンビは気づいていないけど。

 ……それよりも、十月の予定って何だろう?

 中佐コンビの背後にいる二人の人物に、視線を向けてから小首を傾げる。すると片方の人物――飯島大佐は頭を振ってから、大きくため息を零した。言えないって事なのね。その内知る事になるのかも。

 背後から聞こえた大きなため息に、笑い合っていた中佐コンビの動きがピタリと止まった。中佐コンビの額から大量の汗が噴き出ているけど、追撃の手は緩まない。もう片方の人物――松永大佐が中佐コンビの肩を掴む。

「随分と軽い口だな」

「ええ。他所でも口を滑らせていないか、心配ですね……」

 飯島大佐は呆れ、松永大佐も呆れつつ肩を掴んだ手に力を籠める。

 骨が軋む音が聞こえたけど、幻聴扱いにしておこう。だって、松永大佐が凄く良い笑顔をしているんだもん。あの笑みは間違いなく『腹黒系キャラが怒った時に浮かべる微笑み』だ。警戒どころか注意しないと、自分にまで火の粉が降り掛かる。

 警戒心を強めたところで、飯島大佐が不似合いなものを持っている事に気づいた。それが何か尋ねるよりも前に、自分の視線に気づいた飯島大佐が手荷物を掲げた。狂戦士に例えられる佐藤大佐はアレだけど。松永大佐といい、飯島大佐も察しが良いなぁ。

 暢気な感想を抱いていると、飯島大佐は手荷物を自分に押し付けた。飯島大佐から渡された手荷物の正体はバスケットだ。意味が分からず、飯島大佐を見ると『支部長への差し入れはそれに入れてくれ』と言われた。

 ちょっとデカいけど、まぁいいか。どこで手に入れるか悩んでいたし。飯島大佐に礼を言うが、まだ食事中なので隣に置く。

 その間に、松永大佐は中佐コンビの肩から手を放し、二人の後頭部を軽く叩いた。叱責代わりだったらしく、中佐コンビは揃って『済みません』と口にした。

 中佐コンビの視線がこちらに向き、飯島大佐は昼食を取りに松永大佐をカウンターに連れて行った。

 その隙に、飯島大佐とバスケットが結びつかないと言った顔の中佐コンビに簡単に説明する。

『非番になったからお菓子を作ろうと思い立ち、厨房の使用許可を取ろうとしたら松永大佐から支部長への差し入れ分も作る事を条件に許可が下りた』と簡単に言う。これだけで簡単に納得された。

「最近の支部長は、過労死するんじゃないかって勢いで仕事しているから、凄く喜びそうだな」

「この前書類を届けに行ったら、支部長が三十センチぐらいの長さの羊羹を丸一本食べているのを見たぞ。甘味に飢えていそうだな」

 中佐コンビの言葉にハードルが上がった気がした。でも和菓子では無く洋菓子だから、気分転換になるか?

「星崎。菓子は何を作ったんだ?」

「パウンドケーキとビスコッティとクッキーです。クッキーはソフトクッキーと甘さ控えめの二種類の予定ですが」

 興味を持った井上中佐からの質問に答える。ソフトクッキーはこれから焼くんだけど。

「甘さ控えめ?」

「支部長は、甘党だったよな?」

「え? 甘さ控えめは松永大佐からのリクエストで作ったんですけど……」

 どう言う事だ? と三人で顔を見合わせる。そこへ、松永大佐が昼食を乗せたトレーを持って来た。

「今の支部長に糖尿病で倒れられては困る」

「……確か、合併症状が出やすい病気でしたっけ?」

 松永大佐の言葉にうろ覚えの知識を引っ張り出す。糖尿病が原因で発生する病気は確か多かった筈。

 ……支部長が過労気味だからと言って、甘味を差し入れにしたら糖分取り過ぎになるのか?

 松永大佐の真意が分からず、戻って来た飯島大佐と中佐コンビを見たけど、何故か目を逸らされた。佐々木中佐に至っては、首を横に動かし掛けて、そのまま強引に横を見た。多分、頭を振ろうとしたのだろう。でも、この奇行の意味は何だ?

「星崎は気にしなくて良い」

 頭上から松永大佐の声が降って来た。見上げたら背後にいた松永大佐はバスケットを挟んで自分の横に座った。何故に?

「……分かりました」

 少し色々考えたけど止めた。思考停止だけど、自ら虎の尾を踏みに行く必要は無い。

 色々と気になるけど、糖尿病対策と言う事にしておこう。

 飯島大佐が松永大佐の隣に座り、微妙な空気の中での昼食となった。けれど、今更になって気づいた事が有る。

「佐藤大佐はどうしたのですか?」

 そう。大佐コンビが連行した、佐藤大佐がいないのだ。今更感溢れるけど、微妙な空気払拭の為に尋ねる。

「ああ、あいつか。今頃、支部長の目の前で始末書を書いてるんじゃねぇのか」

「始末書を提出しても、暫くの間は書類仕事に忙殺されるだろう」

「「ひぇぇ……」」

 無情な大佐コンビの言葉に、中佐コンビが悲鳴を上げた。

 ……そうか。そこまで酷い事になっていたのか。支部長の目の前で始末書を書くって、プレッシャーが重そう。支部長の事だから何度か書き直しさせそう。

 若干哀れに思えるが、自業自得だからしょうがないな。

 佐藤大佐の事は忘れて、残りの昼食を食べよう。そして、ソフトクッキーを焼いてしまおう。予定を立て、昼食を平らげ、一言言ってからバスケット片手に食器を回収口に持って行く。そのまま厨房に入り、冷蔵庫で休ませていたソフトクッキーの生地を見る。包丁で切っても大丈夫そうな硬さになったので、焼きと切る準備をしてから、ソフトクッキーの生地を取り出す。予熱時間中に切らないといけないのでここからはダッシュで行う。

 ソフトクッキーは焼いている内に広がるので、一度に大量に焼くのに時間が掛かる。厨房のオーブンは大きいので、二つを同時に使えば一度で焼き切れる。焼き上がった際の大きさを想定して、生地を包丁で切り分け、クッキングシートを敷いた天板に載せて行く。予熱完了のアラームが鳴り、少し遅れて並べ終えた。天板を二つのオーブンに入れてタイマーをセット。

 あとは、焼き上がりを待つだけだ。その間に使ったものを片付け始めて、ショートブレッドも作ろうかと考えていた事を思い出す。でもどの道洗わないと使えないんだよね。サクサク洗って片付けつつ、予定を思い出しながら簡単なものは終わらせる。

 松永大佐リクエストのクッキー。完成済み。バスケットに入れるだけ。現在冷蔵庫に入っている。

 パウンドケーキ。もう少しで完全に冷める。粗熱は取れているのでカットしないとだが、レモンはバスケットに入れる直前に行う。しっとりとさせる為にラップに包んで冷蔵庫へ仕舞う。メープルシロップで香り付けするタイプは、味を馴染ませる時間を考えスプーンを使って上から塗り込み、同様に冷蔵庫へ仕舞う。

 ビスコッティ。完成済み。完全に冷めているので、今の内に用意していたジップロックに入れてしまおう。

 ソフトクッキーは焼いている途中。粗熱を取るための網を用意……あっ、焼けた。オーブンから天板を取り出し、クッキングシートを網の上に移動させて冷ます。冷め切る前は軟らかいから触れないんだよね。

 さて、ショートブレッドはどうしようかな。

「……普通に作っている」

「……手作りなのに、焦げ臭く無いって凄いな」

 次に作るお菓子について考えていたら、中佐コンビが厨房に顔を出した。二人して目を丸くし、変な事を言っている。

「決まった分量と手順通りに作れば失敗しませんよ」

 お菓子作りで基本で重要なのは『分量と手順を守る』事だと思っている。お菓子でよく起きる失敗は、レシピ通りにやらないからです。

「そうなのか?」

「俺は今日、初めて焦げていない手作りの菓子を見た」

 驚く井上中佐よりも、佐々木中佐の発言が気になった。冷蔵庫に仕舞ったブルーベリーと塩のパウンドケーキを取り出す。この二種類なのは、中佐コンビの苦手なものが甘いものだった場合を想定してだ。

 まな板と包丁を取り出して、二つのパウンドケーキの端っこを切り更に二等分する。ブルーベリーの断面が綺麗なマーブルになっていた。

「味見しますか?」

 ブルーベリーの方を小皿に載せて差し出すと、『食べて良いの!』みたいな顔をしてから、同時に一切れを手に取って噛り付いた。

「「手作りの菓子が美味い!?」」

 何故意味不明な台詞を叫ぶんだろう。ブルーベリーを食べ終えたところで、塩パウンドを小皿に載せて差し出すと、二人揃って真顔でパウンドケーキを手に取り食べる。中佐コンビの表情が、宇宙猫のようになっている。

 この二人の過去に一体何が在ったんだ?

 遅れて厨房にやって来た飯島大佐を見たけど目を逸らされた。一緒に来た松永大佐を見ても笑顔でスルーされた。

 聞いちゃいけないパターンか?

「俺、食える手作り菓子を初めて食ったぞ」

「俺もだ。……焦げてなくて、炭になっている訳でも無い、普通に食える菓子だ」

 涙ぐんで斜め上の方向に感動する中佐コンビの言葉を聞き、何が遭ったのか、その大体の事情が何となく解った。

 過去に誰かから手作り菓子を貰ったが、それが『賞味出来ない』状態だった。そんなところだろう。

 可哀想になって来たので、涙ぐんでパウンドケーキを食べる中佐コンビに一声掛ける。

「もう一切れ食べますか?」

「「食べる!」」

 中佐コンビは欠食児のように喜んだ。

 無くなっても、また焼けばいいだけだ。切り分けて二人に渡した。泣いて喜んで食べている。

 その二人の姿に飯島大佐が呆れ果てている。

「星崎。……お前の食べる分が無くなるぞ」

「食べる分はまだ残っていますよ。それに、ホットケーキミックス粉を使うので簡単に作れますよ」

「そんなに簡単なのか?」

「材料を混ぜて焼くだけですから簡単ですよ。パウンドケーキは初心者向けのお菓子ですし」

 パウンドケーキは初心者向けと言っても良いだろう。余程の事が無い限り失敗しないし。

 大佐コンビにも二種類を一切れずつ渡す。

「随分と作り慣れているな。星崎は菓子作りで失敗する原因を知っているのか?」

 不思議そうな顔をする松永大佐の問いは、菓子作りはおろか料理経験の無さそうな人が思う疑問だ。訓練学校で調理実習とかなかったから当然かもしれないな。

「良くある失敗例は『レシピ通りに作らない』事ですね。火加減で『弱火十分を強火一分にする』とか。甘さ控えめにしようとして、砂糖を減らし過ぎて石みたいなクッキーにしてしまうとか」

 レシピ通りに作れば、大抵は失敗はしない。失敗する奴は『思い付き時短』とか『思い付き分量変更』などの基本を理解していない奴の自己流アレンジが原因だ。

「火加減ってそんなに大事か?」

「大事ですよ。表面だけ焼けて、中が生のままになります。お肉を焼く事をイメージしていただけると、分かり易いかも知れません」

 例えに肉を出すと、大佐コンビは納得してくれた。流石に知っていたので内心で少しだけ、ホッとした。

「確かに、生焼けの肉は食えないもんな」

「それを考えると火加減は大事か」

 納得する二人を見て思う。何で軍隊の厨房で、火加減の大事さを肉で説かなくてはならないのか。謎だねぇ。

 その後、どうせ食べるならと食堂へと移動し、冷蔵庫に入れていた残りの二本も出してコーヒーを淹れる。思いがけない食後のデザートタイムとなった。

 デザートタイムは五人で出したパウンドケーキ全てを食べ切り、佐藤大佐が乱入して来るまで続いた。

 


 佐藤大佐が飯島大佐と中佐コンビに運ばれる形で、食堂から連行されて行くの姿を松永大佐と共に見送る。佐藤大佐はお昼を別のところで食べるんだろうな。食器類を片付けたところで、松永大佐から業務連絡を貰い、『え?』と驚いた。

 明日の午後に保管区に行く事が決まったのだ。ついさっきの事なのに、良く許可が下りたな。そう思ったけど、支部長も行くらしい。

 大丈夫なのかな?

 過労気味と聞いた支部長が心配になった。

 このあと、松永大佐とも別れて追加でパウンドケーキを何本か焼いた。ショートブレッドと普通のクッキーも多めに作った。

 あとで中佐コンビにも差し入れよう。佐藤大佐は不要そうだけど。飯島大佐用にも用意しよう。松永大佐は一言言って食堂に置いておけば食べそう。

 何だかんだで大量に作ったので、ホットケーキミックス粉が結構減った。

 夕方になって来た飯島大佐に支部長への差し入れを入れたバスケットを預ける。ついでに飯島大佐にも作った中から選んだものを進呈した。甘いものが苦手なのか、ショートブレッドとビスコッティを選んでいた。佐藤大佐と違い見た目通りだった。


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