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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
私はモブキャラその一の訓練生 西暦3147年6月下旬~7月中旬まで
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長い待ち時間

 疲労が完全に抜け切っていないのか、思っていた以上に熟睡してしまった。けれど、眠った事により頭がすっきりとした。

 スマホで残り時間を確認する。残り四十時間は切っているが、一日半以上の時間が残っていた。

 個室備え付けのシャワールームで、シャワーを浴びる。やや冷たい水を浴びれば目が覚める。ついでに備え付けのアメニティで体も洗う。欲を言えば湯船に浸かりたいが、水が貴重な月面基地にそんなものは無い。地球の訓練学校に戻ったら浸かるか。

「うっ」

 備え付けのバスタオルで体を拭いていたら、お腹が空腹を訴えるように鳴った。

「……そう言えば五日も眠ってたんだっけ」

 今更ながらに思い出す。良く兵舎へ移動中に鳴らなかったものだ。

 魔法を使って(こう言うところで使わないと感覚が鈍る)髪を乾かし、ボストンバッグから新しい下着を引っ張り出して手早く制服を着こむ。

 スマホのアプリを起動させて月面基地内の案内図を表示。食堂を探す。兵舎からさして離れていないな。食堂が開いている時間は……二十四時間開いているのか。しかし、購買部は無く、日用品類は自販機で二十四時間販売されている。

 最前線基地と言う事も在り、二十四時間無休のコンビニのように基地は動いている。基地内の時間は『世界標準時間』を適用されている。これにより発生する時差に対応する為、食堂は二十四時間開いている。ちなみに訓練生か正規軍人の身分証明書を提示すれば、無料で利用出来る事が一番ありがたい。

 身成を整えて食堂に向かった。

 その十数分後。

 紙袋に大量のパンを詰め込み、自販機で購入した数本のペットボトル(五百ミリリットル)入りのジュースとスープ缶を手に寮部屋に戻った。

 本当は食堂で食べる予定だった。食堂の料理はビュッフェ形式で、多種多様な料理が並んでいたので思わず喜んだ。

 しかし、食堂へ足を踏み入れた途端視線が集中、自分を見るなり聞こえるようにひそひそ話が始まった。この食堂は上級階級の兵士向けではない。念の為。

 ハッキリ言って、カウンター席や空いている個人席で暢気に食べられるような雰囲気ではなかった。嫌がらせに近い値踏みするような視線を浴びながら食べる気はない。泣く泣く、持ち帰れるパンを手に寮部屋に戻った。出来れば温かいスープが飲みたかった。

 魔法や技能を駆使すれば十分可能だが、食堂の出入り口には監視カメラが存在するし、赤外線センサーでドアが開閉する。なので、誰もいない時にドアが自動で開くと言った『オカルトな現象』は起きない。故に、意図的に起こせば目立つのは必至。諦めるしかなかった。

 ため息と共にテーブルの上に紙袋を置き、備え付けの冷蔵庫(電源は食堂に向かう前に入れた)にジュースを入れる。

 スツールに座り、冷めない内にスープ缶を開けてパンを食べる。料理人に日本人がいるのか、総菜パンが幾つか置いて在ったので助かった。

 辛子マヨネーズが絡んだ焼きそばパンやサンドイッチ、焼き立てではないがピザパンやチーズパンなども美味しい。

 思っていた以上に空腹だったのか、胃が丈夫だったのか。持って来たパンの半分近くを食べてしまった。

 空腹が解消されると、色々『そう言えば』と思い出す。

 洗面所で手を洗い、ボストンバッグを引き寄せて中身を漁る、もとい、悪戯を受けていないか中身を確認する。

「下着類の着替え異常無し。時間潰しのタブレット……起動するし、異常も無いな」

 おまけで持って来た飴にも異常無し。常備薬は艦内で貰えば良いだろうと思って持って来ていない。

 昨今は電子化が進んでいるので、財布や身分証明書などの貴重品類は支給のスマホが有れば十分。

 本当の意味で大事なものは道具入れに仕舞っている。その道具入れも、状況によっては宝物庫に仕舞っていた。

 所持品全ての異常無しを確認し、タブレット以外をボストンバッグに戻し、ジッパーを引き上げて口を閉じる。

 起動させたタブレットを操作し、アプリを起動させてネットに接続。アプリ起動後に表示される検索サイトのトップページをざっと見る。

 トップページの中に『撤退戦、逆に迎撃成功!』などの見出しが有ったが無視。マスコミの誇張記事は読む気にならない。仮に読むと、どこまで情報が公開されているか考えてしまうし、表向きの情報から裏を読む癖が出てしまい、憂鬱になるのだ。

 ……貴族社会のような世界での生活が長いせいか、嫌な癖が身に付いてしまったものだ。

 ブックマークを選択して、訓練学校の『裏掲示板』に向かう。

 この訓練学校(日本支部校)の掲示板を誰が始めたかは知らないが、有益な噂から、匿名による誹謗中傷まで様々な事が記載されている。

 最新の掲示板を見て、意外な事が書いて在り、正直に驚いた。

「は? 解散?」

 悪口雑言の限りを尽くした、こき下ろしと言うか見下しと言えば良いのか。もしくは団栗の背比べと言うべきか。

 自分が所属していたチームが五日前に解散となった。所属していた高等部の四人は卒業するまでの間、一からの再訓練が決まり別の訓練学校に向かったそうだ。

 これに関して悪口雑言と誹謗中傷の言葉が大量に書き込まれていた。中には悪質極まりない悪戯をしたと言う事も書かれている。

「うわぁ。この掲示板、教官達がたまに巡回で見ているのに、こんな事までやったとか書く馬鹿いるのか」

 この裏掲示板は虐めの温床と化しているから、教官達が定期的に見ているのだ。

 当然、誰が書いたかもバレる。他人のアカウントを乗っ取って書いてもバレる。バレたら『二十四時間フルマラソン』と呼ばれる懲罰を受ける羽目になる。実際にバレて毎月何人かはこの罰を受ける。そして、『二十四時間耐久訓練』と称して徹夜で校庭をぐるぐると走らされている。

 最近は『この懲罰を受けるものが出ても虐めが無くならない』からと、近い内に懲罰内容が『二十四時間フルマラソン』から、五十キロの荷物を背負った『七十二時間フル装備強行軍』へと重くなる予定だ。

 悲鳴を上げる生徒が続出しそうな内容だ。それでも虐めは無くならないんだろうけど。

 しかし。

「解散か……」

 目が覚めた直後、高城教官は何も言わなかった。知らないと言った感じも無かった。面会後に言う腹積もりだったんだろうな。

 チームメイトが目の前でむざむざと殺されるのは寝覚めが悪いからと、これまで助けていた。チーム解散と言う事は、もう一緒に行動しないと言う事。寂しいかと問われると、微妙だ。散々貧乏くじを引き続けていたからか、フォロー役をやらされて忙しかったからか、薄情にも『世話しなくて良いのね』としか思えない。

 属していたチームが解散となった生徒は不満を溜める。暫くの間、素行が荒れる生徒も出て来る。

 表向きは『選ばれて入学したエリート』なので、選民思想を持つものがそれなりにいる。

 原因が学校に有るとしか思えない。何せ、一般家庭出身の生徒がいないのだ。

 訓練学校――正式名称は『中高一貫私立柊学園』――は産まれた時点で入学出来るものが決まっているので、一般家庭の人はまず入学不可能。表向きは『パイロット養成のエリート学校』で通っているが、その実態は『パイロットとして生み出された子供が通う事を義務付けられている、国が管理する学校』なのだ。

 それでも表向きはエリート学校なので、ここに通う生徒の殆どがエリート意識を持っており、プライドも高い。卒業後は国連の防衛軍に全員が入隊するからね。

 自分のように『どうやって群衆に埋もれるか』を考える『やる気の無い生徒』などは皆無だ。

 彼らの無駄に尊大なプライドのせいで、校内は割とギスギスしている。実力主義とは言え、年下に追い抜かれると嫉妬から嫌がらせが酷い。足を引っ張り合いをしても『その程度の事しか出来ないのか』と教官から叱責が飛び、懲罰訓練が課される。

 本当に面倒臭い。過去の世界で、貴族学校に通っていた経験がなければ雲隠れも検討する程だ。

「あー、やだやだ」

 余計な事まで思い出してしまった。アプリを閉じ、気分転換に冷蔵庫から買って来たジュースを取り出して飲む。半分程飲み干してテーブルの上に置く。一息吐き、残りの時間潰しに何を行うか考える。

 暇な時は電子書籍やネット小説を読んだり、動画を見たり、ネットサーフィン(解除不可の制限付き)などで時間を潰していた。

 座学はある程度の点(平均より十点上)をキープしていれば文句は言われないので、自主学習は余りしていない。やる気の無い生徒が一位を取ると、周りの生徒が煩いのが目に見えている事も在り、そこまで上を目指していない。目指す気も無いが。

 どうするかと首を捻る。こんな事ならノートパソコンを持って来れば良かった。一つ前の前世で学んだプログラミングを完全にものにする為に、個人的にプログラミングの勉強をしている最中なのだ。

 一回勉強してみようかと思っていたところなので、彼から教わる事が出来たのはありがたかった。しかし、教わったのは『C言語』と言う、難易度の高いプログラミングソフトだった。彼からマンツーマンで教わらなかったら途中で挫折していた。

 難易度は高かったが、ある程度は修得出来た。ブラインドタッチで簡単にプログラミングを行っていた彼はどれ程勉強したのか。想像したくもない。

 タブレットを操作して、入っている電子書籍の一覧を見る。

 このタブレットは『奨学金と言う名の給料(成績で金額は変わる)』で買った私物だ。入れている電子書籍も個人的なもの。娯楽小説や漫画の類でなければとやかく言われない。入っているのはプログラミング関係本、料理やお菓子のレシピ集、辞書や辞典、地図、図鑑など。

 時間潰しで読むのなら図鑑だな。でも、どうせならゲームがやりたい。RPGやアドベンチャー系などと贅沢は言わない。テトリスみたいな無限ループ系で良いからやりたい。マインスイーパーやソリティア、パズルとか黙々とやるゲームがやりたい。

「あ」

 パズルで思い出した。

 プログラミングの練習でゲームアプリを何個か作っていたんだった。そして、作ったその中には『数独パズルを自動作成して遊ぶ』、『撮った写真でパズルを作り遊ぶ』と言ったものが有った。今回の演習直前に完成したもので、まだテストプレイをしていない。

 不具合と改善点の書き出し用に、紙とペンを道具入れから取り出す。タブレットを操作して、自作アプリを起動。まずは数独パズルからやろう。

 


 時間を忘れてのテストプレイは、存外いい息抜きになった。時間潰しが目的だったが、のめり込み過ぎて教官に言われた療養時間は一気に無くなった。食事はパンのみだが、三食確りと食べた。パンだけで五十種類以上も在ったが全部制覇したよ。

「んん~」

 柔軟体操をして凝り固まった体を解す。何時間も同じ姿勢でいたので念入りに行う。

 これも時間潰しの一つだ。療養の最低時間の四十八時間を過ぎても、教官から連絡が無い。既に十二時間以上も過ぎている。時間調整に手間取っているのかは分からないが、待たされる身にもなって欲しい。

 念の為、療養から五十時間を過ぎた頃に一度教官に連絡を取って状況の確認をした。どうやら作戦指揮官が何やらごねているせいで、日程が決まらないらしい。

 結局、追加で三十時間以上も待たされて、漸く日程が決まった。初実戦から十日も経過している。


 で。


 教官と共に向かった会議室っぽい部屋で、薄茶色のサングラスを掛けた佐久間日本支部長(エヴァで有名な組織の司令似の男性)を始めとした日本支部の幹部や作戦指揮官と面会となったが。

「はっ、訓練生如きには過分な事だがな」

 これが作戦指揮官だと言う男の第一声だった。肥え太り頭頂部分が寂しい男だった。この場でなければ『禿げ豚』と罵ってしまいそうだ。

 支部長を差し置いての発言に、幹部達が顔を顰めた。支部長に至ってはため息を吐いている。

 このオッサンが原因で散々待たされた挙句の果てに、このセリフ。

 プッツンと、何かが切れた。目が据わったのが解った。言ってしまおう。

「過分と仰るのならば全て辞退して訓練生らしく訓練学校に戻らせて頂きます。では失礼します」

 イラっとしたので早口で言い、唖然とするオッサンを無視し敬礼してから部屋を出た。あの禿げ豚がどうなろうが興味は欠片もない。記憶からも抹消しよう。

 部屋に帰る道すがら、訓練学校に戻る為の手順を確認する。月面基地に来る為の手順を逆にすれば良いので、そこまで難しく考える必要はない。

 ただし、日本支部が所有する軌道衛星基地を経由する必要が有る。ここを経由しないと訓練学校に戻れない。

 各国の軌道衛星基地と、月面基地間を運航する星間運航船の定期便の日程を調べる為に、離着陸港へ向かった。受付で端末を操作して軌道衛星基地日本支部行きの便を調べる。面会時間中に一便出てしまっていた。次の定期便は約十二時間後。席の予約は取れたが、半日も待たなくてはならない。

 余りの間の悪さに頭痛がして来た。何故か空腹まで感じる。

 食堂に寄りパンを貰ってから部屋に戻る。自販機で飲み物を買う事も忘れない。

「ふぅ……」

 数個のパンを食べると空腹が紛れた。

 一息吐き、部屋を見回す。何時移動になるか分からなかったので、荷物は可能な限りボストンバッグに入れていた。なので、部屋は散らかっていない。なお、替えの下着は日用品を販売する自販機で衣類用の洗剤(柔軟剤入り)を購入し、洗面台で洗った。部屋干しはせずに、魔法を使ってささっと乾かす。

 定期便が出発するまでの残り時間はまだある。

 部屋の掃除は不要。出て行く為の手続きは玄関口の端末を操作すれば事足りる。荷物は纏まっている。シャワーを浴びるか仮眠を取るのも良いかも知れない。

 妙案に思えて来たので、座っていたスツールから立ち上がった。

「はぁ!?」

 立ち上がると同時に警報が鳴り響いた。この基地で警報が鳴る意味は一つしかない。英語でアナウンスが流れる。所有する技能のお蔭で日本語にしか聞こえないが。

『敵襲を確認! 各自、持ち場に着け! 繰り返す――』

 アナウンスを聞き、嘆息しながらスツールに腰を下ろした。

「マジで……」

 厄日か何かかな。

 頭を抱えつつも、敵襲が発生した以上取るべき行動は決まっている。

 訓練生なのだ。教官に指示を仰げばいい。仮に出撃する事になっても、搭乗機がなければ出る事にはならない。訓練生に貸してくれるとは思えないけどね。

 どうなるかは不明だが、一先ず、スマホを操作して教官と連絡を取ろう。

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