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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
軌道衛星基地にて 西暦3147年8月
39/191

状況が変な方向へ転がって行く

 現在十三時。

 更衣室で着替えてから、試験運用隊の食堂で少し遅い昼食を独りで取っている。利用者の少ない食堂だが、食事の種類は豊富だ。デザートは無いけど。

 短時間で爆睡した自分と違い、松永大佐は医務室で未だに眠っている。

 寝起き早々、はしたない事に空腹を訴える音が鳴った。体は正直だと、お腹を押さえた。軍医の失笑を買ったよ。

 簡易検査結果、異常無しだったので、我が儘を言って軽く昼食を取る許可を貰った。現在三切れのサンドイッチを食べている。サンドイッチと言ってもジャムとバターを塗ったジャムサンドだけだが。

 食べ終えたら、医務室に戻り松永大佐と共に精密検査を受ける事になる。

「ん~、持って行くか」

 少し悩んでから、二本の携帯飲料用ボトルに飲料水を入れ、片方にはスポーツドリンクの粉末を投入。ボトルを軽く振って粉末を溶かす。これは松永大佐の分で自分の分ではない。飲まないなら自分が飲めば良いけど。スポーツドリンクを持って行く事にしたのは、松永大佐に食事禁止を言い渡される可能性を考えて。あの戦闘後に食事無しは体に障る。二本のボトルを抱えて医務室に向かった。

 

 で。


 医務室に戻ったら、目を覚ました松永大佐が起き上がっていた。ボトルを差し出したらスポーツドリンク入りの方を選んだ。食欲は無くとも、カロリー摂取はした方が良いと判断したんだろう。

 軍医がスポーツドリンクを一袋出したから、もう片方も進呈しよう。

 松永大佐が更衣室へ着替えに向かったので、空き時間に自分が先に精密検査を受ける。月面基地で受けた検査数の三分の一程度だった。時間も短く済み、僅か三時間で解放された。松永大佐は大量に検査を受けたらしく、自分以上に時間が掛かっていた。

 この時の検査のついでに、明後日に行う予定だった左足の診察も受けた。これ以上の経過観察不要で完治したと言い渡された。

 検査終了後に、改めて軽食として昼食と同じサンドイッチを食べる。おやつにしては量が多めだが、夕食が入らない程に食べなければいい。

 部屋に戻り、シャワーを浴びてから机に向かう。

 実は、支部長に提出したレポート(と言うかルーズリーフの束)と同じものが手元に有るのだ。魔法でパパっと作った複製品だけど。

「やっぱり無いか」

 先の戦闘を思い出しながらレポートを読み直す。

 マルス・ドメスティカが陽粒子砲を防御・反射した謎の新機能はどこにも書かれていない。記憶にもあんな機能が搭載されていた覚えが無い。加えて言うのなら、あの拡散砲も見覚えが無い。

 双方共に新しく搭載された新機能と見るべきだろう。目撃した新機能として書き加える。

「全く、誰があんな魔改造したんだか……」

 改造した馬鹿の顔が見たいわ。

 ついでに、前回破壊した時に協力を仰いだ『喪服淑女の会』傘下の三つの『女傑会』にチクりたい。この女傑会の別名は『三大血濡れ女の会』と呼称されている。非常に(特に男性から)畏怖されており、諜報能力と戦闘能力は名前負けしていない。寧ろ名前はもうちょい盛れって感じだ。

 個人的には『三大首狩りヒャッハーの女暗殺集団』の呼称で合っている気がする。

 ……何も考えるな観念しろって事だ。あの三つの会には必要な諦めだからね。

 気を取り直して、筆記用具と別の無地のルーズリーフを数枚取り出す。そして、道具入れを漁って、前世で使用していた電子機器の一つのタブレットを取り出し起動させて操作する。アゲラタムの設計図が表示される。使用言語は日本語では無いが、読めるので気にしない。

 実を言うと、少し前に夢で見た、惑星セダムのテラフォーミング中に乗っていたオニキスは、このアゲラタムを魔改造した機体だったりする。なので、設計図も当然持っている。プログラミングをマスターした暁に、完全オリジナルを創ろうと、心に決めていたのだ。参考品として道具入れに容れていて正解だった。断じて、入れ忘れではないのよ。

 アゲラタムは操縦の癖を無くし、戦闘用から作業用までの『人型ロボット雛型』として『改造を前提』に製造された機体なのだ。

 故に、流用される事が多かった。値は張るけど、オプションパーツも普通に売っていたしね。自分はオプションパーツすら改造したが。結果として、状況に応じて四つの追加武装を使い分ける機体となった。

 オニキスを思い出す。利便性を追求したあの機体が懐かしい。特にビーム系の武装が。

「う~ん。ビームサーベル。やっぱ有ると便利だよなぁ」

 オニキスは改造をしまくった結果、ビームサーベルを両肩と両腕に収納し、両足は埋め込みで所有していた。特に両足は奇襲に牽制に非常に役立った。ガンダムシリーズに登場するモビルスーツの武装を、覚えている範囲から選び、実際にオニキスで使用する装備として作った。ビームカノンは『威力過剰だ』と怒られたが。

 ただ、ビーム系は燃料を食うから使用時間は少なめにする必要があり、燃費の改良を行った。やり過ぎて『どこに攻め込む気だ』と怒られたが。

 懐かしい思い出は横に置いて、アゲラタムの設計図を無地のルーズリーフに書き写す。日本語仕様で書き写せば『簡単な情報に設計図は含まれない』と言い張れば、誤魔化せる筈。代わりに没収される恐れは有るが。

 サラサラと書き写し、別の紙にオプションパーツ無しでのアゲラタム改造案を纏める。ついでに、ガーベラへの重力制御機の移植計画も立てる。

「ん~……」

 移植で重要なのは、やっぱり重力石だろう。



 重力石とは三センチ程度の小さな石だが、通電させる事で『加重力を中和させる』人工石の名称だ。

 大きさは小石サイズだが、これ一つがアゲラタムの重力制御機の中枢なのだ。逆を言うと、この小石一個でアゲラタムサイズの巨体が賄われている。

 人工石だが、仕上がりにムラが出来易いのが難点だ。加えて、安定した高品質な重力石の生産方法は確立されていない。

 見た目は透明な黄緑色の石だが、高品質なものは宝石のペリドッドと変わらない透明度と美しさを誇る。素人目では区別が付かない。逆に品質の悪いものはエメラルドの原石に近い感じになる。透明度は皆無で、下手をするとマラカイトにしか見えない。

 ……ちなみに自分は魔法で、超高品質な石の大量生産が可能だったりする。バレると命が幾つ有っても足りない騒動に巻き込まれる事案確定だから、ルピナス皇帝(先々代、先代、今代のセタリア)以外に誰も知らん。ついでに日本支部で作る予定も無い。



 タブレットを操作してアゲラタムの重力制御機を拡大表示に切り替える。重力制御機そのものは二十センチ四方の小さな箱なので、取り外し自体は簡単だ。

 ただし、それをガーベラに内蔵するとなると……簡単には終わらないだろう。

 機体に使用されている技術の差も有る。けれど、問題はそれ以外にも有る。解決の糸口にガーベラの設計図が欲しいところだが、簡単に手に入らんだろう。

「最大の問題は、ガーベラの重力制御機の大きさと、入れ替えた場合の空き空間をどう埋めるかだな」

 覚えている範囲だが、訓練機アリウムの重力制御機は大きかった。自分の身長よりも大きかった覚えが有る。アゲラタムの重力制御機の八倍から十倍近くの大きさが有る。単にアゲラタムの方が小さ過ぎるだけなのだが、そこが技術の差なのだ。

 空きスペースを何で埋めるかと考えていると、ドアがノックされた。

 誰かと思うよりも前に、タブレットを道具入れに仕舞う。椅子から立ち上がり、返事をしながらドアに近づく。

「あー、俺だ」「そうじゃないだろ!」

 聞き覚えの有る声と漫才じみたやり取り。顔見知りの中でこのやり取りをする二人組は、一組しか知らない。

「佐々木中佐、井上中佐、どうしましたか?」

 ドア横のパネルを操作して、インターフォンを起動させて話しかける。モニターに映る来訪者は予想通りの人物二名だった。

「聞きたい事があってな。一緒に飯を食おうかと思ったんだ」

「もしかして、もう食べたのか?」

 中佐コンビの言葉を聞き、スマホで時刻を見る。

 集中していたからか結構な時間が経過していて、十九時を過ぎていた。

 十六時半に検査と診察が終わり、おやつを食べて、シャワーを浴びて、大体十七時過ぎたぐらいか。そこから二時間も集中していたのか。

「まだ取っていないです。今開けます」

 ドアの施錠を解除し開ける。そこには軍服姿の二人がいた。部屋を出ようとしたところで、机の上が散乱したままだった事を思い出す。頭を下げてから机の上をささっと片付ける。当然のように何をしていたか聞かれた。

 報告書の提出練習としてレポートを書いていたと答えたら、素直に騙されてくれた。罪悪感を覚えるが素直に言う訳にはいかん。

 そのまま一緒に食堂に向かい食事を取る。

「南雲少佐ですか?」

 何を聞かれるのかと身構えたが、どこかで聞いた気がするのに、全く知らない人物の名が出て来た。はて、と首を傾げて記憶を探り、さっきの戦闘で出て来た名だと気づいた。確認すればその通りだった。

 やっぱりかと言った顔をされた。

 上層部の人間の名前なんて知りませんとも。何故知っていると思ったのか、逆に聞きたいぐらいだわ。

 南雲少佐の話題はそれっきりとなり、話題は先の戦闘に変わった。

 今になって思い出したけど、ガーベラでやらかしたなぁ。

 井上中佐に蹴りを叩き込み、佐々木中佐をぶん回したんだよね。大丈夫だったか聞いたら、大丈夫だと笑って返された。良い人達だ。ちょっと感動した。

「松永大佐は大丈夫だったのか?」

「検査数が多かったらしく、三時間掛かった私以上に、時間が掛かっていました」

「そんなに掛かったのか!?」

「私が月面基地で検査を受けた時は、検査結果が出てから次の検査を受けるような形でしたので、十時間近くは掛かりましたが」

 そんなにと、中佐コンビが驚いているが、これは誇張では無い。戦闘終了直後から船で検査を受け、降りてからも検査を受けた。終わったのが戦闘終了から十時間後だった。つまり、それぐらい掛かったと言っても過言では無い。

「それに比べたら少ないのか」

「私も今回は三時間程度で済みましたし。月面基地での検査結果を基に、検査項目が定まったのかもしれません」

「……あぁ、ガーベラに乗った奴は大体負傷して医務室に担ぎ込まれていたから、無傷の奴が検査をするって事自体、一度も無かったもんな」

「それを考えると、検査項目が判らないって事が起きたのかもしれんな」

 中佐コンビは揃って心底嫌そうな顔をしている。その顔を見て、ふと疑問が湧いたので訊ねる。

「佐々木中佐は検査を受けていないのですか?」

「そう言えば受けていないな。受けた方が良いのか?」

「体調不良を起こしていないなら良いんじゃないか? 不安なら、支部長に判断を仰げは分かるだろう」

「そうだな」

 井上中佐の言葉を佐々木中佐は肯定した。確かにその通りだな。支部長の仕事が増えた気がしたが、秒で終わるから大丈夫だろう。

 食事を取りつつ雑談は続き、佐藤大佐の渾名の話に話題は移った。

「へぇー、佐藤大佐にそんな渾名が有ったんですか」

「そうだ。覚悟がガンギマリ過ぎて付いた渾名だ」

 佐々木中佐がうんうんと首を縦に振って肯定する。突っ込みどころが無いのか、井上中佐も否定しない。

 覚悟が決まっているだけで『鎌倉武士』や『島津武士』と、普通は呼ばれんと思うんだが。てか、狂戦士(バーサーカー)に例えられるって名誉なのか?

 鎌倉・島津関係で幾つかの雑学を思い出したので聞いてみるか。

「その渾名持ちと言う事は、……佐藤大佐は、リアル鎌倉武士が修行と称してやっていた『通りすがりの修行僧や乞食を弓の的にして射殺した』逸話みたいに、通りすがりの人に向かって、ナイフを投げたり、非殺傷弾をぶっ放していたんですか。部下の方々は毎日命懸けですね」

「げふっ」「ぶほっ」「「……」」「待て待て待て! 何だ! その作り話は!?」

 尋ねれば、中佐コンビは気管に何か入ったのか同時に噴いて咳き込み、背後からギョッとした叫び声が聞こえた。

 振り返って音源を探せすと、食堂の入り口に血相を変えた佐藤大佐がいた。佐藤大佐の巨体で見え難いが、その後ろには無表情の松永大佐と、角刈り頭でやくざっぽい見た目の知らない男性がいた。

「実話ですよ」

「嘘だろう!?」

 残念だが、実話だと肯定すれば、佐藤大佐が再び絶叫する。

「……佐藤大佐?」「佐藤?」

「やっていない! 流石にやっていないぞ!」

 松永大佐ともう一人からの、二つの猜疑に満ちた鋭い視線を貰い、佐藤大佐は狼狽しつつも力一杯否定する。実体験した身としては、佐藤大佐の否定は疑わしい。

「本当ですか? 前に一度、ドアの傍にいた私に向かってナイフを投げましたよね」

 ツクヨミに来てから二日目の朝の事だ。現場に居合わせた松永大佐は、覚えていたのか肯定した。

「……それに関しては事実だな」

「松永ぁ!?」

 佐藤大佐の、三回目の絶叫の副音声に『裏切者!』と付いた気がした。聞こえなかったけど。そんな事よりも、椅子から立ち、未だに咳き込んでいる中佐コンビの後ろに移動して背中を擦る。

「佐藤。お前は訓練生相手に何やっている……」

 角刈り頭の人が額に手を当てて呆れている。この人は誰だ? 大佐階級の人相手にため口だから、同階級の人なのかも。

「飯島。お前までそんな事を言わんでもいいだろう」

 ガックリと佐藤大佐は項垂れた。飯島と呼ばれた男性は『自業自得だ』と佐藤大佐を突き放す。

 確かに自業自得だ。この飯島って人は誰だと言う疑問を脇に置いて、松永大佐を観察する。

 戦闘終了後、松永大佐は自力で立ち上がれず中佐コンビに医務室に運ばれたが、今は自力で立っている。戦闘の後半でガーベラのバーニアを全開にして振り回したが、どうやら大丈夫らしい。

 観察していたら松永大佐と目が合った。観察していた事がバレたようだ。

 飯島と呼ばれた男性が、巨体で入り口を塞ぐ佐藤大佐を室内に押しやり、食堂内に入った。松永大佐も続いて入り、傍にやって来た。

「検査結果は異常無しだ。星崎共々、今日明日は確り休めと支部長に言われたがね」

 そう言って、松永大佐は肩を竦めた。気のせいかもしれないが、以前に比べて、少し気の張り方が緩んだように見えた。

 やっぱり観察結果よりも、本人から『問題無し』の報告を聞いた方が安心するね。

「無事で何よりですが、明日は私も休みですか?」

「そうだ。ガーベラはオーバーホールと、重力制御機を始めとした、幾つかの機器を新式と入れ替える」

「重力制御機の新式と入れ替え? ガーベラの搭載の重力制御機は新式では無かったのですか?」

 ガーベラの重力制御機に関しては気になっていた。情報が得られたのは良いけど、意外な事実なので驚く。少し落ち着いて来た中佐コンビの背中を擦っていた手も止まる。マジで? 移植計画不要か?

「気になって調べたら三十年前の旧式だった。入れ替えを行ったら、稼働データ収集はやり直しになるかもしれないな」

 訓練機よりも古いんだけど。そりゃあ、負傷者が出てもしょうがないけど、機器の更新がされていないって管理体制どうなっていたんだ? まさか、開発部の職務怠慢の余波で機器の更新がされていなかったのか。何やってんだよ開発部。これからは起きない事を祈るしかないけど。

「そうなりますと、四日分無駄になりそうですね」

 データ収集と言う名の下に行われた模擬戦と試験操縦を思い出す。結構な回数をこなしたのに、全てがやり直しになるのか。

「無駄にはならんぞ。今日の松永の無茶は、その四日間で得たデータを基に行ったのだからな」

「……そう言えば、初日の時と同じようにと指示されましたっけ」

 がっかりしていたところへ掛けられた言葉に、松永大佐との戦闘中のやり取りを思い出す。 

 マルス・ドメスティカへの最後の攻撃は、稼働データを基に松永大佐の思い付きを実行したんだった。だから無茶をやったんだよね。

「……ぜー、はー、ま、松永大佐、ご無事で何よりです」

「ぜー、ぜー、はー、お、同じく。星崎以上に検査に時間が掛かったと聞きました」

 咳き込みから漸く復活し、荒く呼吸を整えた中佐コンビが姿勢を正し、頃を合いを見計らって口を開いた。

「検査に五時間も掛かったが、問題無く終わった。支部長への報告も済んでいる」

「「そ、そうでしたか」」

 具体的な時間を聞いて、中佐コンビは『うわぁ……』と言った顔になった。

 特に佐々木中佐は支部長の判断次第で、検査を受けるかもしれないので顔の引き攣りようが凄い。五時間も検査の為に拘束されるのは、確かに嫌だな。

 自分からすると、前回月面基地で受けた精密検査時間は十時間で、今回は三時間程度だったので、長いか短いか判断が出来ない。難しいな。中間か?

「そんなに時間が掛かったのか」

「ええ。星崎が月面基地で受けた検査を基に不要な項目を減らしても、これだけの時間が掛かりましたね」

 驚く佐藤大佐に、松永大佐は素っ気無く答える。

 自分は『そうでしたか』しか、感想が浮かばなかったけど、役に立ったならいいか。そう言う事にしておこう。

 会話へ突っ込みからの乱入、そのまま業務連絡となった。飯島という人物が誰なのかさっぱり分からないまま会話が進んだ。今更ながらに『どちら様?』と尋ねれば、飯島大佐だった。先の戦闘で緊急事態に備えて待機していたそうだが、全く知らん。そんな通信受けてないよ。

 知らなくても、佐藤大佐とため口で喋っていたから、同階級か同い年なのかと思っていたので、やっぱりか、と言う反応をしてしまった。大佐トリオの反応は『感心・驚き・呆れ』とバラバラだったが、誰一人何も言わなかった。

 そのまま大佐トリオも食事を取って来て混ざり、夕食タイムに突入。

 話題は佐藤大佐が乱入する原因になった。

 実際には渾名を知って『こう言う事やっていたの?』と聞いただけだったんだが。渾名を付けられるからそれに相応しい事をやっているのかと思っただけなんだが、どうやら違ったらしい。

 あれぇ? と首を傾げる。渾名を名付けた奴は、鎌倉武士と島津武士に謝って欲しい。それから反省を兼ねて、首を斬り落とされて来い。

「では、島津武士の渾名も違うのですか」

「違う。一体何をどう想像したらそう思うんだ……」

 感心すると佐藤大佐がげんなりとした顔になった。

「島津武士と言えば示現流剣術を学んでいるイメージは、有りませんか?」

「無い。そんな名前の剣術流派は初めて聞いた」

 有名だと思っていたんだが、違ったらしい。佐々木中佐も佐藤大佐と同じ反応をしたが、残りの三人は目を逸らしたので、そこそこ有名と判断して言葉を続ける。

「示現流剣術と言えば、掛け声に猿叫(えんきょう)と、チェストが有りますし」

「何故そこで英語をぶち込む?」

「チェストは『知恵捨てよ』の方言だと言う説が存在するそうです」

 佐藤大佐の疑問に自分が回答したら、他の四人が黙った。

「「「「……」」」」

 食事の手を止めて、四人揃って無言で佐藤大佐を見た。中佐コンビはうっかり見てしまったようで、すぐに目を逸らして食事を進めた。

「何故無言で俺を見る!?」

「佐藤。日頃の行動を考えろ」

「そうですね。知恵捨てと言うより、『思考捨て』の方が正しい気がしますが」

 松永大佐は上手い事言っている訳では無いんだろうけど、何か納得出来た。

「辛辣過ぎないか!?」

「間違ってはいないだろう」

 ただ一人納得出来ずに喚く佐藤大佐を、飯島大佐がバッサリと切り捨てた。

 中佐コンビが首肯しかけていたので、不特定多数にそう言う認識を持たれているようだ。

 食事を進めながら、盛り上がる大佐トリオを視界の端に捉える。

 佐藤大佐と飯島大佐は年が近そうだから、仲が良いように思える。この二人と並ぶと松永大佐の年齢が全く分からない。美形効果凄いな。単に比較対象が老けているように見えるだけかもしれんが。

 年齢を考えると、中佐コンビも不明だよね。老け顔と童顔のコンビ。でも仲が良いから、同年齢か、歳が近いのかも。

 考えながら食べていたからか、食事が終わった。淹れていた緑茶を飲む。中佐コンビもそろそろ食べ終わる。

 中座して部屋に戻るか考えていたら、業務連絡が松永大佐から齎された。

「飛び級!? そんな制度が在ったんですか?」

 業務連絡内容は『飛び級卒業と試験運用隊に所属』だった。そんな制度が存在したのかよ。我が耳を疑い、思わず聞き返してしまった。

「永らく適用されていないから、知るものは少ない。どの道、支部長の決定だ」

 マジか。多分支部長の独断だな。情報源を野放しにする気は無いって事だろう。間者の疑いが強まったのかも。

 ……あれ? そうなると訓練学校の寮部屋の荷物はどうなるんだ? 

「松永大佐。寮部屋の私物はどうなるのですか?」

「私物を取りに一度は戻れる。現状、戻れるのが、何時になるか分からないが」

 松永大佐の回答に、寮に残した私物を思い出す。

 教科書などの勉強道具ぐらいしかないな。制服で十分だから私服は無い――と言うか入学前の事故で駄目になっていたので全て捨てた――し、下着類はなるべく使い潰していた。パジャマは体操服だし。色々と終わっている気がするけど、いざって時に備えて私物は少なくしていて良かった。

「私物は少ないので、一度戻れるのが確定しているのなら大丈夫です」

 真に大事な荷物は道具入れに入れている。冷蔵庫の中身はツクヨミに来る時点で空っぽにした。

「星崎。私服類は持っていないのか?」

「? 校内に入る時は制服着用義務と言われたので、大体制服を着て過ごしていましたが?」

 長期休暇になっても、林間学校を始めとした訓練で大体潰れる。つーか、私服格好になっても、島の外には出掛けられない。クローゼットも大きい訳じゃないからあんまり入れられない。時間潰しとして図書室で本を読み漁っていたが、図書室は校舎内に存在するので制服着用でなければ入れない。

「お前、……何を置いて来たんだ?」

「重い教科書類とノートです。私物の本は全て電子書籍です。メモ書き用に筆記用具とノートは持って来ましたが」

 引き攣り顔の井上中佐からの質問に答えると、大人勢に微妙な顔をされた。

 十五歳の女子が『私服持っていません』って言う方が有り得ないのは十分解る。男子でも私服を持っている。制服は冬服を着てツクヨミに来たから気にしなくてもいい。夏服はブレザーを脱ぐだけだし。夏服のスカートは予備として持って来ている。

「それで戻る必要が有るのか?」

「置いて来た教科書とノートの扱いがどうなるかによります」

 飯島大佐の問いに即答する。

 今になって気づいたが、教科書とメモ取りのノートを学校側で処理してくれるのなら、戻らなくてもいい状況なんだよな。今言ったから支部長に話が行きそう。

 命令書は今月中に出るとしても、ちょっと性急だな。

 何か遭ったのかも。教えてくれないだろうけど。

 ここで中佐コンビの食事が終わった。一緒に中座しようかと思ったら、松永大佐に呼び止められた。中佐コンビを見送り、再び長椅子に座る。

「アゲラタムの修理を行うのですか?」

 呼び止めの内容は、レポートを読んだから始まる、アゲラタムの修理についてだった。

 今になって読んだのか。意外だな。渡した時に目を通したものだと思っていたんだけど。

「仮に修理を行わないとしたら、星崎はどうする?」

「アゲラタムの重力制御機をガーベラに移植出来ないか、試そうかと考えていました」

 松永大佐の質問に即答で返す。丁度計画を立てていたところだったよ。ついさっき知った、機器更新で潰れたけど。

「移植が簡単に出来るのか? 機体の性能差を考えると、無理としか思えんぞ」

 松永大佐は興味深そうな声を上げる。今度は食い付いて来た飯島大佐の問いに答える。

「アゲラタムの重力制御機の構造が非常に簡単で、大きさも非常に小さいです」

「構造が簡単で小さい?」

 意味が解らんと言った感じの飯島大佐と、完全に空気と化した佐藤大佐に解りやすいように手を使って大きさを示す。

「はい。大きさは大体二十センチぐらいの立方体の箱で、通電させる事で重力制御機と同じ効果を発揮します」

「それは幾ら何でも、簡単で小さ過ぎるだろう……」

 回答を聞き、飯島大佐は呆れた。松永大佐は気になった事を聞いて来る。

「電力はどの程度必要になる?」

「電力? えーと、ノートパソコンじゃ足りないから、……業務用デスクトップ型のパソコンを長時間、それも数日間連続で起動させる分だけあれば十分かと」

 アゲラタムの重力制御機は通電させれば起動する、重力石の特性を利用したシンプルな作りだ。

 ちなみに例としてパソコンを上げたのには、確りとした理由が存在する。過去に一度、緊急事態が起きたので、試しに当時所持していたノートパソコン(地球産ではない念の為)を起動させるレベルの電気を流したら起動したのだ。体験談なので信憑性は高い。

 こっちのもので考えると、この表現が近いだろう。そこまで電力必要無いし。

 口元を引き攣らせて唖然とする松永大佐からの質問はこれ以上無いようだ。飯島大佐からも無さそう。佐藤大佐は貝になっている。

 これ以上の質問は無しと見做して、最初の質問内容を答える。

「アゲラタムの修理ですが、簡易自動修復機能が搭載されているので、同型機のパーツを適当にくっつければ、勝手に直りますよ」

「自動修復機能?」

「今日の戦闘で、敵機が切り離した部分をくっつけていたのですが、見覚え有りませんか?」

 長らく貝になっていた佐藤大佐が首を傾げたので、今日の戦闘時のマルス・ドメスティカの行動を口にする。佐藤大佐は狙撃担当だったから覚えていないのかと思ったが、違ったらしく首を縦に振った。覚えていたようだ。

「あぁ。あの機能が有るから、時間差攻撃を敢行したんだったな」

「流石にあれに比べると時間は掛かりますが、パーツが有れば修復は自動で行われるので容易です。残骸を解体する手間は必要ですが」

 レポートにその辺書かなかったかなと首を傾げる。

 質問に回答し、他にも有るか尋ねるが、無いと返答を貰う。

 軽く頭を下げて食堂から去った。

 予定を見直さないと。

「……そうだ」

 移動の足を速める。

 修理をするんだったら、設計図を見ながらの方が良いよね。書き直して渡そう。


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