意外な報告を受けて~佐久間視点~
時間は流れて十八時半。
佐久間は執務室にやって来た松永大佐から報告を受けている。室内には佐久間の他に、急遽呼び出された佐藤大佐と飯島大佐の二名がいた。通常業務時間外なので、彼ら四人の他には誰もいない。
異常無しの検査結果を受け取った松永大佐は、検査が終わるとその足で報告に向かった。そう、前触れも無く佐久間の執務室にやって来たのだ。普段と変わらない松永大佐を見て、書類仕事の手を止めて思考に耽りながらお茶に口を付けていた佐久間は――松永大佐がやって来るとしても、疲労を考えて明日の朝だと油断していた――松永大佐の突然の訪問を受け、心の準備が出来ていなかった為にお茶を逆流させた。それも盛大に。書類にお茶の飛沫が飛ばなかったのは、ささやかな幸運である。
「私からの報告は以上になります」
松永大佐からの報告を聞きいた三人は揃って似たような反応を見せて嘆息した。
「それはまた、盲点だったな」
「ガーベラの完成度が高かったから、そんな事は考えもしなかったな」
「完成度が高過ぎたが故に、部分的な技術の新旧など気にもしなかった結果がこれか」
揃いも揃って『何故気づけなかったんだ』と肩を落としている。
「まさか、重力制御機だけに視点を絞ると、ナスタチウムの方が優秀だったとはな……」
彼らが落胆している原因は、佐久間の言葉通りである。
使用する戦闘機の優劣は、全体の完成度の高さで判断する事が多い。特定の機能だけを見て、機体に優劣を決めない。
ガーベラは三十年前に製造された機体だが、火力・耐久・機動性・操縦性の高さから、高い完成度を誇る傑作と誰もが判断していた。未だに、日本支部が保有するどの機体よりも高性能且つ、現在の乗り手たる星崎がその性能を最大限に引き出していたからこその認識とも言えた。
だが、技術は時が経過すると共に進歩するものだと言う事を、誰もがすっかり忘れていた。特に重力制御機は、パイロットの安全確保と機体の高い機動力確保の為に、日進月歩で技術研究が進められている。
ガーベラに搭載されている重力制御機も、製造年月と同じく、三十年前に開発されたものだった。三十年前の『最新機』は、三十年が経過した今からすれば、旧式を通り越した『過去の遺物』も同然なのだ。
当たり前の事なのに誰もが忘れていた。それが今回の戦闘で明らかとなったのだ。
「しかし、良く気付いたな」
「私は『個人的に』気になって製造年月日と、十年前に井上中佐が体験した速度を調べただけです。データを纏めて検証するよりも前に、実践する事になりましたが」
飯島大佐から讃えられた松永大佐だが、誇る事もせず肩を竦めた。松永大佐は『個人的に』の部分を強調していたので、単に気になったから調べただけなのだろう。
「佐久間支部長、ガーベラ重力制御機はオーバーホールついでに入れ替えますか?」
「そうするか。星崎以外にも操縦出来る奴がいると言うのは大きい」
「あんな曲芸じみた操縦を、ガーベラでやってのける奴はそうはおらん。星崎が最優先で乗るのは確定だろうが」
佐藤大佐の言い分に、佐久間と飯島大佐は首を縦に振って同意した。
佐久間は手元の通信機経由で、秘書官達にナスタチウムとキンレンカに使用している重力制御機の在庫を調べるように指示を出す。
「松永大佐、星崎に関して幾つかの決定事項を教える」
「九月までにと、仰っていたのにもう決めたのですか」
「そうだ」
佐久間の短い肯定を受け、推測した内容が当たっていた事に松永大佐は驚きから僅かに目を見開いた。
「性急ですね。何を思い付いたのですか?」
「思い付いたと言うよりも、星崎に関して色々と知ったが正しいな」
そう言ってから佐久間は、約六時間前にこの場での話し合いの内容を松永大佐に教えた。
「星崎がスパイ? あり得ないでしょう」
あっさりと確信を持って松永は言い切った。
「そう思うか」
「ええ。鈴村大尉から報告が上がっていない上に、スパイとしてはあり得ない場面に遭遇しましたから」
「松永。あり得ない場面と言うのは、どんな場面だ?」
星崎との接触回数が皆無に等しい、飯島大佐が首を捻って質問した。
「独り言で『リストを作ろう』と言っていました」
「「おい」」
微笑ましいものを見たと松永大佐が答えれば、佐久間は呆れ、佐藤大佐と飯島大佐の突っ込みの声が被った。
「そんな独り言を言うスパイがいたら、是非とも会って見たいな」
佐久間の呟きに『同意見だ』と頷いてから、松永大佐は言葉を続ける。
「そして詳細を訊ねたら、直前まで井上中佐と何かを話していたらしく、『井上中佐の言葉から知らない事が多過ぎると思い、一度知っている事を紙に書き出してみよう』と言い出しましたね」
「普通のスパイはそんな事を言わんな」
佐久間の呆れが多分に含まれた感想に、残りの二人も無言で頷いた。
「そもそもの話。星崎が本当にスパイならば、十日前の保管区で、我々を助けたりしないでしょう」
「……それもそうだな」
十日前の星崎の行動を思い返すと、確かにスパイと言うには納得の出来ない事だらけだ。日本支部に打撃を与えるのならば、あの時に佐久間達を見捨てるのが正しいだろう。支部長だけでなく、幹部を十一人も減らせるのだから。ただし、身の安全を優先したと言われてしまえばそれまでだが。
けれども、スパイらしくないその最たる行動は情報提供だろう。
佐久間は机の引き出しから一冊のルーズリーフノートを取り出した。見覚えの有る松永大佐が僅かに目を眇める。見覚えが有って当然だ。星崎からのレポートを代理で提出したのは彼自身なのだから。
「それは、星崎が提出したレポートではありませんか」
何のノートか知らなかった残りの二人は揃って『え?』と言った顔をした。
「そうだ。松永大佐は目を通したか?」
「いいえ。中身は操縦した事で得た情報を纏めたレポートだと思っておりますが」
松永大佐は回答しながら、差し出されたノートと佐久間を見比べた。
「残念だが、全く違う。本日破壊した敵機と、試験運用隊で調査している敵機に関する情報を簡単に纏めたものだそうだ」
「!」「「はぁ!?」」
レポートの正体を知り、松永大佐は素早く佐久間の手からノートを取った。すぐにノートを開き、内容を読み進める。
一方、レポートの意外な内容を知った衝撃から固まった二人は、松永大佐が読み進めて行く行動を目にし、慌てて横からノートを覗き込む。
「簡単に纏めたにしては、詳細まで書かれている」
「微に入り細を穿つかのように纏められているが、これの一体どこが簡単なのだ?」
「情報が一つでも多く欲しかったとは言え、実際に引き起こされた事件と違法扱いになった過程は不要では無いか?」
横から覗き込み感想を述べる飯島大佐と佐藤大佐に、松永大佐は異を唱える。
「実際に起きた事件に『近い事を起こす可能性』が我々にも有ると言う、『警告』として捉えるのならば必要でしょう」
「……成程。警告として捉えるのならば、奴らの技術を誤って使えば『我らも使用すればどこからか爪弾きを受ける』と、言っているようなものにも取れるのか」
「その通りですね。取捨選択は星崎に聞けば判別可能でしょう」
ノートを見る三人は口々に感想を述べ合った。佐久間は無言で三名の感想を聞き、己の判断とどこが違うのか、差異の確認を行う。
やがて、感想を口にしながら、全てに目を通し終えた三人はノートを閉じた。三人を代表して佐藤大佐が質問を口にする。
「支部長。アゲラタムと言う名称の敵機の修理を行う予定は有りますか?」
「出来るのならばやりたいところだが、星崎の手を借りねばならんだろうから、今のところ未定だ」
佐久間としては是が非でもやりたい。だが、その為には星崎の手を借りなければならない。レポートには『アゲラタムは戦闘・作業問わず多くのロボットの雛型のように扱われており、改造して使用される事が多い』と書かれている。これが事実ならば、改造しやすいのだろう。方法は書き記されていないが。
「それに、情報が大量に降って湧いた以上、一度は整理しなくてはならない。見落としが有るかも知れないからな」
佐久間は一度言葉を切り、ノートを受け取ってから三人の顔を見回した。
「今日は濃い戦闘を行ったばかりだ。特に松永大佐は今日と明日は確りと休め。データ収集類の予定は明日の夜に連絡する」
「分かりました」
「それから星崎に、明日の十三時ぐらいにここに来るように伝えてくれ。敵機の改修に必要な機材が何か知りたい」
機材が揃うのならば修理すると、未定の意味を正しく理解した三人は『それは未定で合っているのか』と、揃って佐久間を見た。
佐久間はもの言いたげな三人分の視線を『日程が決まっていないから未定なのだ』と無視した。
松永大佐は無視を決め込んだ佐久間に、軽く息を漏らしてから、確認を取る。
「佐久間支部長。一対一で会うつもりですか?」
「何も知らん幹部連中と機材が無い可能性を考えると、レポートの方が良いか……?」
「追加で尋ねる事が在るのですか? それに訓練生が何度も支部長と会うのは異常です。南雲少佐の事を考えると、控えた方が良いかと」
松永大佐からの質問と正論に、佐久間は顎に手を添えて考える。
「仮に修理をするのならば、場所は試験運用隊で良いとして。不明な点は、作業の日数と人員、機材……こんなところか」
「その三点だけならば、私が聞きますよ」
「会話する事で、追加で必要なものが発覚する可能性を考えたが。訓練生を呼び出すのは知らん幹部が怪しむな。それに星崎も、心の整理が終わっていないだろうし」
では頼むと、佐久間は松永に託す事にして、解散と言った。
※※※※※※
支部長の執務室から分かれ道までの道中、佐藤は気になった疑問を口にした。
「松永。お前は星崎にどう切り出すつもりだ?」
「支部長からレポートを渡されて目を通したと言うつもりです」
「またストレートに聞くな」
松永の回答に、飯島は呆れを隠さない。
「目を通す事になった経緯は気にするでしょうが、私は『試験運用隊の隊長』ですから誤魔化しは可能でしょう」
「緊急で情報を共有した事にする気か」
「警戒される事を考えるならば、それが妥当でしょう」
分かれ道に到着したが、佐藤は飯島を引っ張って松永と同じ方向に向かう。
理由を問われれば、飯島と顔合わせだと言い張った。
「星崎の精密検査結果は問題無しでしたよ」
「そうでは無い。飯島との顔合わせはしておいて損は無いだろう」
「それはそうだが……松永どう思う?」
「理由を言えば、納得はするでしょう。私はその理由を考えませんからね」
「さいか」
そんな会話を繰り広げながら、三人で試験運用隊隊舎への道を歩いた。