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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
軌道衛星基地にて 西暦3147年8月
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戦いの後始末~佐久間視点~

 松永が眠った頃。

 佐久間は執務室で佐藤大佐含む三名から報告を聞いていた。他の同席者は緊急事態に備えて出撃準備をしていた飯島大佐のみ。

 医務室に運ばれた二名の状態が危機的なものでは無い事に胸を撫で下ろしたが、とんでもない無茶をやらかしてくれたものだと、佐久間は内心で独り言ちた。

「松永大佐は精密検査が終わったら報告を聞けば良いな」

 事前に釘を刺したのに、何故あんな無茶をやろうと思ったのか。松永大佐本人から理由を聞こうと、佐久間は決めた。

「何はともあれ、よくやってくれた。それにしても、死傷者は開発部から去る予定だった人員だけで、南雲少佐は進退を考えていた最中だったのが不幸中の幸いだ」

「支部長、それは『隠しようが幾らでも有る』と言う意味ですかな?」

「内部への公表と言う意味ではな。特に、南雲の部下への説明が、だな」

「確かにそうですな」

 飯島大佐の質問を佐久間は肯定した。飯島大佐は反発せずに、渋みの有る低い声音を少しだけ高めにして目を細めて頷いた。角刈り頭で厳つい顔つきの為、睨みを利かせている、マフィアもしくは、ヤクザか何かのようにしか見えないが。

 南雲少佐に関しては降格後に異動した事にすれば、説明が省ける。

 自ら敵機に乗り込んで暴走を招き、所属支部の基地へ攻撃を仕掛け、多数の死傷者を出した原因と、事実をそのまま公表すれば、彼女の名誉が傷付く。それに、本人が死亡しており事情聴取も出来ていない。その為、本人の意思で乗り込んだと言う証拠が無く、『日本支部が技術調査名目で人体実験を行った』などと、批判を浴びる事になりかねない。

 ……第三者の証言を使用しても、やらせを疑われるのは、実に嘆かわしい事だ。

 前回の襲撃からそろそろ半月近くが経ち再び敗北しても、各支部の士気はまだ高い。水を差して士気を下げたくない佐久間だった。

「開発部の保管場で技術調査中の敵機が、調査員の不注意で起動し暴走。被害を最小限にする為に、基地から引き離して迅速に破壊した。公表はこれだけで良いだろう。他支部には敵機の、暴走の可能性を伝えて置けば良い」

 佐久間が口にした公表内容は概ね合っている。

 ただ、暴走の原因が『南雲少佐が恣意的に乗り込んだ事』と、死傷者が『左遷された元開発部所属と降格予定の幹部だった』の二点を公表しなければ問題は無いだろう。南雲少佐は保管区管理総責任者だったので、開発部に出入りしていても怪しまれない立場だった。

「公表内容の推敲はあとでも出来る。佐藤大佐、ナスタチウム四機とガーベラの損傷具合は解るか?」

 佐久間は話題を変える為に、佐藤大佐に問い掛けた。

「松永搭乗のナスタチウムとガーベラは、一度オーバーホールした方が良いでしょう。佐々木と井上が搭乗した機体は、点検の結果次第で決めれば良いかと思います」

 佐藤大佐は戦闘中の事を思い出しながら回答した。

「ふむ。オーバーホールが必要そうな機体が四機。たった一機を破壊するだけにここまで労力を掛けてしまうのが、我が支部の現状か」

「仕方ないでしょう。技術調査が殆ど行われていなかったのですから」

「そうだな。オーバーホールを行うのなら、ガーベラのデータ収集は暫く無しだな」

 飯島大佐の指摘通り、ここ十日間で発覚した不正内容を思い出して、佐久間は内心でげんなりとした。

 佐藤大佐に随伴していた佐々木中佐と井上中佐に、改めて労いの言葉を掛けてから退室の許可を出して見送った佐久間は、室内に残った二人に簡単な相談が有ると切り出した。

 相談内容を正しく推測した飯島大佐が目を眇めた。

「星崎訓練生の事ですか?」

「そうだ。二人にはそれぞれの視点からの、感想が聞きたい」

 感想を求められた二名はどちらから先に口にするか、一度無言で顔を見合わせ、頷いた飯島大佐から感想を述べた。

「気になったのは、訓練生にしては『冷静過ぎる』点でしょうな」

「飯島に同じく。あれは冷静過ぎる。いかに南雲が誰だか知らなくとも、味方が捕まっていると知れば、佐々木や井上のように動揺ぐらいはするものでしょう」

「開発部の馬鹿のやらかしと判断していた可能性は有ると思うか?」

「あぁ、可能性と言わずに、そう判断していそうですな。暢気な割に、妙なところで冷めている。切り替えが早いと言うか、割り切りが良過ぎる」

「佐藤。俺には、そのようには見えない」

「飯島。痴漢騒動時のイタリア支部へ、星崎の塩対応を忘れたのか?」

「……そうだったな。外見と中身が擬態レベルで噛み合っていない奴だったな」

「見た以上に暢気なところも在るな。今回の襲撃が起きた際、振動で紙コップの中身を膝に零さんように気をつけていたしな。揺れが治まったら飲み干していた」

「それは暢気過ぎると言うより、マイペースが過ぎるだろう!」

 飯島大佐の突っ込みに、佐久間は彼女絡みの、一つの報告を思い出した。

「そう言えば高城教官も、『どのような状況下でも冷静且つ、マイペースに事を進める』と報告書に書いていたな」

「冷静とマイペースは一緒に使われる単語では無いと思います」

「全くだ」

 三人揃って顔を見合わせてから、ため息を零して遠い目をする。

 接触機会を増やしても、未だに性格が掴めない、見た目と中身が不一致の少女は難敵だった。

「他は、狙撃の腕が妙に良い事か。飛んで来る砲弾を撃ち落とすのは、流石の俺でも難しいぞ」

「それに、動体視力と度胸も異常だな。佐藤、お前に出来ない理由が、年齢では無い事は知っているから、少しは殺気を抑えろ」

 微妙に殺気立って飯島大佐に宥められる佐藤大佐を眺めつつ、佐久間も感想を口にした。

「最も異常なのは『戦闘に慣れ過ぎている』事だな。ガーベラに搭乗しての模擬戦回数は二十を越しているが、実戦に出た回数は今回を含めてまだ三回だ」

 佐久間の感覚では『実戦に出た場数の数は経験の数』だと思っている。

 実戦でたったの三回はまだ『初心者枠』に含まれる。その初心者がベテランと変わらない実力を披露している。これがどれ程、常軌を逸している事か。時間の経過と共に色褪せるどころか、逆にその異常っぷりが浮き彫りとなっている。

「今になって思い出したが、星崎が初実戦で搭乗していたのは、アリウムだったな」

 その最たる逸脱っぷりの証拠を、佐久間は思い出した。

「機体の性能差で完全に負けている、訓練機のアリウムに搭乗して、敵の大将機とやり合う。しかも片腕を落として、戦利品を持ち帰っている」

「あの時は撤退戦と防衛戦に成功した事で浮ついておりましたが、今になって冷静に思い返すと、最早、異常を通り越しています」

「実戦慣れした俺でも、同じ事をやれと言われたら不可能と返します」

「せめてもの救いは、本人が、『何が異常かを理解している』事でしょう」

「手抜きは異常さを隠す為か?」

 飯島大佐が佐藤大佐に、『星崎の手抜き癖の理由』は何かと問うが、緩く頭を振られた。

「分からん。訓練学校の現状を聞くに、星崎は『目立つ事は可能な限り避ける』を行動方針にしている可能性が有ります。どうしても行動方針が守れない時には、初実戦の時のように実力を隠さずに行動するようですが」

「そう言えば『手を抜く場所が理解出来ている』と佐々木中佐も言っていたな」

 佐久間は『手抜き』の単語から、月面基地で行われた星崎と佐々木中佐の模擬戦を思い出した。その報告内容も。

「支部長。差し支えなければ、佐々木からの報告内容をお尋ねしても良いですか」

 飯島大佐からの申し出に、佐久間は少しだけ悩んだが、今後の判断材料が必要となると考えて了承した。

 佐々木中佐からの報告内容を二人に開示する。二人揃って気にした点は同じだった。

「言われて見れば確かにそうだ」

「訓練学校で、しかも中等部で、リミッター解除を含めた、あんな操縦方法を教えたりはしないぞ。最低でも高等部の三年になってからだ」

「佐々木の言う通り、一体どこであの操縦技術を習得したんだ?」

 眼前で唸る二名から視線を外し、佐久間は十日前の、星崎と交わした会話を思い返す。


『星崎。こいつは動かないぞ』

『いえ、記憶が確かなら、こいつはまだ動きます』

『記憶って、何時の記憶だ?』

『……前世?』

『こんな時に、何を言い出すんだ……』


 恐らくだが、この時に星崎がポロッと零した『前世』と言う単語が全てを繋げる気がする。

 前世の記憶を持っている。

 ファンタジー系の創作話でよく使われる文言だが、本当に持っている人間に出会うとは思ってもいなかった。

 そして、もう一つの星崎との会話を思い出す。


『支部長。心の整理が着くまで、ここで見た事の他言は控えてくれませんか?』

『心の整理?』

『準備とも言いますが。あとで、マルス・ドメスティカとこの機体の情報を簡単に纏めたレポートを提出します』

『心の整理が着いたらどうする気だ?』

『そうですね……荒唐無稽と言われる話を、支部長がどこまで信じてくれるかで決めます』


 心の整理が着いた頃に、どんな荒唐無稽な話を聞かされるのか。

 地獄の激務ですっかり忘れていた事を思い出し、佐久間は今になって背中に冷や汗を掻いた。

「支部長?」「急に唸ってどうしたのですか?」

 思い出さなきゃ良かったと、佐久間が後悔していたら飯島大佐が怪訝そうな顔をした。

「あ、済まん。十日前に第五保管区で、敵機のコックピットに乗り込んだ時の、星崎とのやり取りを思い出してな」

 佐久間は無意識に唸っていたらしい。素直に謝り、二人に言い訳をした。

 そんな佐久間の言い訳を聞いた二人の反応は真逆だった。

 現場にいた佐藤大佐は『そんな事も在ったな』と言わんばかりの顔で遠い目をした。

 一方、現場に出向かず会議室で後方支援の手伝いをしていた飯島大佐は、星崎と佐久間が敵機のコックピットに乗り込んだ事を知らなかったのか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まった。

 そこまで驚く事かと思いつつ、皆に報告したか思い出せなかった佐久間は、佐藤大佐に確認を取る。

「十日前の一件は、運良く動かせた敵機を用いて停止に追い込んだんだが……。佐藤大佐、他の幹部は知らないんだったか?」

「現場にいた十一名は目撃しているので知っていますが、会議室に残った連中は監視カメラも通信機も起動しない状況でしたので、暴れていた敵機を『停止に追い込んだ』事しか知りません」

「あぁー、詳細を教える予定を、すっかり忘れていたな」

 あちゃ~、と言った具合に佐久間は頭を抱える。

 保管区に入ったあとになって通信機が停止した。監視カメラは動いていそうだと思っていたが、終わったあとになって調べると動いていなかった。調べたのは佐久間本人である。

「あの青紫色の敵機を、あの時操縦したのは星崎だったのは想像出来ます」

「佐藤大佐は五日前から始まった試験操縦に参加していたな」

 五日前の会議終了後に松永大佐が参加させる人員の名に、佐藤大佐が入っている事を思い出した。入っていなければ、先の戦闘開始前に試験運用隊にいないのだが。

「待って下さい! 星崎に、敵機の操縦が出来たのですか!?」

 硬直から復活した飯島大佐の問いに、佐久間が短く肯定すると、彼は泡を食った顔で捲くし立てる。

「我々がUAに襲撃されるようになってから、既に百年近くも経過します。ですが、どこの支部も、誰一人として、起動すら出来ず、操縦も出来なかった! にも拘らず、操縦出来たと言う事は、まさか星崎は――」

「そこまでだ。落ち着け」

 そこから先は言わせる訳にはいかないと、佐久間は飯島大佐の言葉に被せるように言葉を発した。

「ですが!?」

「飯島大佐。君の言いたい事は解る。星崎もそう思われる事を承知で、あの機体を操縦した。そうでなければ、心の整理が着くまで他言は控えてくれとは言わん」

「……星崎がそんな事を言ったのですか?」

 頭が少し冷えたのか、飯島大佐は確認を取る。

「そうだ」

「心の整理が着いたら、星崎がどうするつもりか。何か言っていましたか?」

 飯島大佐と違いそこまで思考を巡らせなかったのか、佐藤大佐は飯島大佐の動転した様子に眉を顰めた。眉を顰めたその分だけ彼は冷静に佐久間に質問する。

「言っていたぞ。『荒唐無稽と言われる話を、支部長がどこまで信じてくれるかで決めます』とな」

「荒唐無稽?」

「支部長。その言い方では、まるで自身がスパイだと、正体を明かしているとも取れます」

 佐藤大佐は怪訝そうな顔で気になる単語を口にし、飯島大佐は尤もな事を指摘した。

「そうとも聞こえるかもしれん。だが、どれだけ調べても星崎は白だ。そもそも、訓練生に紛れて何の意味が有る?」

「次代の状況を調べる為、でしょうか?」

 指摘された事を、佐久間も一度は思った。だが、訓練生に紛れて行動する事で得られるものを連想すると、星崎の行動には矛盾箇所が多過ぎる。

「機体性能に圧倒的な差が有るのにか? 開発部ならまだ理解出来るが、隔離された訓練学校で、六年間も過ごして一体何の情報が得られる? 二人には悪いが、入学前にどのような処置を受けるか、身を以って体験しているだろう?」

 佐久間が幾つかの点を指摘すると、納得したのか二人は黙った。

 星崎の行動の意味が分からない。時間と労力が見合っていない。スパイにしては矛盾が多過ぎる。

「スパイの可能性はほぼ無いだろう。先の戦闘中に、星崎は奇妙な事を呟いていたからな」

 先程の戦闘中の会話を、実は佐久間も司令室で聞いていた。

「敵機が陽粒子砲を弾く様子を見て、新機能かと呟いていた。スパイなら何故、十年も前に破壊された味方機の情報を知らんのだ?」

「……それを言われると、確かにそうですな」

「味方なら知っていて当然の情報を知らない。敵が複数勢力で構成されている可能性を考えても、スパイが知らないのは奇妙だ」

「それにな。星崎は十日前に奇妙な事を色々と言っていた。その内容を考えると、星崎=スパイの可能性は低いどころか無い。事実無根だろう」

 佐久間は二人に話す事で整理された情報から、『全ての点を繋ぐ線は存在する』と改めて確信を得た。

 全てを繋ぐ線の正体は『前世の記憶』だと、佐久間は思っている。だがそんな都合の良過ぎる事が起きるのかと思うからこそ、佐久間は信じ切れない。

 星崎も信じて貰えないと思っているから、『どこまで信じてくれるかで決める』と、十日前のあの時に言ったのだろう。

「星崎に関しては、心の整理が着くまで我々が待てばいい。だが、敵と作戦予定日は待ってくれない。正式な『飛び級卒業と試験運用隊に所属』の通達は今月中に行う。必要な書類はそれまでに作れば良いな」

 佐久間は決定を口にしたが、現在の日付は八月の中旬。末日までは半月近くもある計算だが、溜まっている仕事と書類の山を考えると……とっても厳しい。

「このまま訓練生でいさせる必要は無いが、そこは松永大佐と話し合って決めるか、こちらで決めるか」

「試験運用隊の所属にするのなら、松永に知らせる必要が有りますな」

「受ける精密検査の数は以前に比べれば少ないだろうから、そこまで時間は掛からんだろう。……まだ昼だから、夕方には終わるか」

 佐久間が室内の壁掛け時計に視線を移せば、時計は十二時半ばを過ぎた事を示していた。その事実に佐藤大佐も驚く。

「余りの密度に時間感覚が狂っていましたが、まだこんな時間だったのか」

「あんな濃密な戦闘を行えば、感覚など狂うだろう。見ていてハラハラしたぞ」

「そいつは……悪かったな」

「気にするな。あの敵機では仕方が無い」

「慰めにならん」

 二人で同時に顔を見合わせて、これまた同時に疲れ切ったようにため息を吐いた。気持ちは解ると佐久間も内心で頷く。

 少人数(内一名は訓練生)であのような戦闘は、普通行わない。例外極まりない戦闘だ。

「一旦、ここまでにするか。二人とも食事を取って休め。松永大佐と星崎の精密検査は十八時までに終わるだろうから、それまでゆっくりと出来る」

 気疲れを感じた佐久間は中断を決めた。自身の腹の減り具合からも、中断した方が良いと判断した。

 昼食を取って来いと二人を退室させ、佐久間は椅子に深く身を沈めた。

 半月と言う短い時間で行う、大量の書類仕事の山を思い、佐久間の口から細長く吐息が漏れた。


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