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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
軌道衛星基地にて 西暦3147年8月
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戦いが終わって

 密度の濃い戦闘が終了し、やっと、格納庫に戻って来られた。ガーベラのコックピットから出て通路に降り立つ。

 時計で時刻を確認すると、想像より時間が経過していなかった。体感的にはめっちゃ長かったんだけど、思っていた以上に短時間の戦闘だった。

 その短時間中に、滅多にやらない高速直角軌道を描く操縦を行った事が原因だろう。ふわふわした感覚が有り、真っ直ぐに歩けない。軽度の眩暈か三半規管の異常か。目が回った時に耳を引っ張るとまっすぐに歩ける。そのうろ覚えの雑学を思い出して、ヘルメットを脱いで耳を引っ張ったが、効果は得られなかった。ヘルメットを再び被り、手摺に掴まりながら移動を始めて思い出す。耳を引っ張りながら歩かないと効果が無いんだった。はっはっはー……はぁ。

 そんなどうでも良い雑学を思い出し、格納庫に収容された四機のナスタチウムを――特に、松永大佐が乗っていた機体を見る。

 ……まぁ、こんな状態の自分よりも、松永大佐の方が重症だろうけど。

 固定されたナスタチウムのコックピットから、松永大佐が這うように出て来た。自力で出て来たので多少の余力は残っていたんだろうけど、立ち上がれずに膝を着いた。思いっきり加速した時の負担が大きかったんだろう。

 少し遅れてコックピットから出て来た中佐コンビが、慌てて松永大佐に駆け寄って肩を貸し、そのまま移動を始めた。医務室に向かったんだな。

 自分も医務室に向かおう。手摺に掴まり、千鳥足でゆっくりと移動を始めると背後から声が掛かった。

「星崎、どうした?」

「ふぇ? 佐藤大佐?」

 振返ると、やって来たのは佐藤大佐だけど、残念な子を見るような目で自分を見ている。

「真っ直ぐに、歩けないだけです。少し歩けば、多分、慣れます」

「……そうか」

 佐藤大佐の視線が、残念な子を見るものから、何かしらの症状が出た負傷兵を見るものに切り替わる。

 質問は終わったと見做し、再び千鳥足で移動を開始すると、またも声を掛けられた。今度は何? と、振り返ったら、大股で近付いて来た大佐の肩に担がれた。

「ちょわっ、た、大佐!?」

 仲間を担いだりするイメージの無い人に、同意も無く担がれて思わずジタバタと暴れる。

「暴れるな。医務室に向かうのだろう? なら、俺が担いだ方が早い。松永の容体も確認せねばならんしな」

「…………分かりました」

 その通りなので何とも言えず、礼を言い、そのまま大人しく運ばれる事にした。

 歩幅が広いせいか、自分が移動するよりも幾分早くに医務室へ着いた。佐藤大佐の肩に担がれた自分を見て、三名分の驚きの声が上がる。佐藤大佐の肩から降ろされて、椅子に座らされる。ふわっとした感覚はまだ抜けていないどころか、肩に担がれて縦に揺れた事で少し症状が悪化して来た。

 軍医に『ふらふらしてまっすぐ歩けない。軽い乗り物酔いに似ているけど吐き気は無い』と自覚症状を告げながらヘルメットを脱ぐ。簡易眩暈検査を受けると軽度の眩暈有りと診断された。

 ついでに肩に担がれて揺れた事で、症状が悪化していると判断された。佐藤大佐は軍医から目を逸らした。中佐コンビは呆れた視線を佐藤大佐に送る。

 パイロットスーツの上半身部分を脱いで、袖の部分を腰に巻き付けて、軍医の触診を受ける。

「脈拍に問題無いが、戦闘の疲労が濃いな。点滴を受ければ症状は落ち着くだろう。終わったら精密検査だな」

 そう言って軍医は立ち上がると、点滴の準備を始めた。

「やれやれ。……佐々木、井上。松永はどうした?」

「体調脈拍類に異常は有りませんが、精密検査を受ける前にしっかり休めと診断されて、そこのベッドで点滴を受けて寝ています」

 井上中佐が指さした先には、仕切りのカーテンで隠れたベッドが在った。ちなみに、ベッドは三つ在るので、自分が使う分を心配する必要は無い。

 大人勢の会話が聞こえたからか、仕切りのカーテン越しに松永大佐の声が響いた。

「全員、来たのか?」

「松永大佐? お、起きても大丈夫なのですか?」

 井上中佐が腰を浮かした。寝ていると聞いたのに、何故起きている? 疲労困憊が丸判りな声音だが、大丈夫なのか。

「起き上がっている訳では無い。単に、目が冴えて寝付けていないだけだ」

「そうだったのか。済まんな、邪魔して」

「済まんと言うのなら、支部長への報告は、佐藤大佐が行って下さい」

「……藪蛇だったか」

 佐藤大佐が渋いものを食べたかのような顔をする。そんなに報告が嫌なのか。

「単純に、佐藤大佐は面倒臭がりなだけだ」

「そうでしたか」

 松永大佐からカーテン越しに呆れた声で解説が来た。何故理解出来たんだろうと思わなくも無いが、誰もが一度は抱く疑問なのかもしれない。

 軍医に呼ばれて椅子から立ち上がるが、いざ歩こうとしたら足が縺れ掛けたので再び座った。ここで転ぶのは不味いだろうと言う判断である。慎重に再び立ち上がったら、猫を掴んで持ち上げるように、佐々木中佐に運ばれてしまった。

「すみません」

「気にするな」

「佐藤大佐が担いで来た時点で、気づくべきだったな」

 ベッドに下ろされ、小さくなって謝ると、井上中佐に頭を撫でられた。佐々木中佐は気にするなと笑う。

 佐藤大佐は仏頂面になった。どうやら症状悪化について気にしているようだ。

 軍医が点滴の懸架台とヘルメットを持って来た。ベッド下の籠に受け取ったヘルメットと脱いで畳んだパイロットスーツを入れる。

「星崎。お前には恥じらいと言うものが無いのか?」

「? 眠っていた間に脱がされた経験が有りますので……。それに、下着格好になっている訳でも有りませんし」

「いや、そうなんだが。そうなんだけど」

 訳の分からない事を言って頭を抱える井上中佐。裸になった訳でも無いのに、何を言っているんだ? そもそも、支給品のインナーウエアは体操服に近いデザインで、見られても問題の無いものとなっている。

「眠っていた間にって、星崎、それは何時の話だ?」

「最初の実戦を終えたあとです。医務室に解熱剤を貰いに行ったら、そこで倒れました」

「医務室に担ぎ込まれたのではなく、自分の足で医務室に行ったのか」

 佐々木中佐の質問に答えたら、佐藤大佐と一緒に呆れられた。

 何がおかしいんだろう?

 自分の疑問は解決されなかった。

 佐藤大佐は、中佐コンビを連れて医務室から去った。三人で支部長へ報告に行くそうだ。軍医に追い出されるように去ったのは、ご愛嬌と言う奴なのだろう。深くは突っ込まん。井上中佐は『逃してはならん』と言わんばかりの顔をした、佐藤大佐に首根っこを掴まれていた。

 横になり、点滴を受ける。カーテンで仕切られた天井を眺める時間も無く、眠気がやって来た。

 良く寝れそうだと思い、目を閉じて、そのまま気絶するように入眠しました。


 ※※※※※※


 人が去り、静かになった医務室のベッドに横たわったまま、松永は天井を見上げる。

 ――終わった。一矢報いた。部下の仇を取った。

 休息を求める体は鉛のように重いが、十年越しに事を成した感情が強く、目は冴えて、眠気は一向にやって来ない。

 隣のベッドから安らかな寝息がカーテン越しに聞こえる。松永と同じく、点滴を受けている星崎は疲労から眠ったようだ。

 星崎佳永依。何も知らずに多くの事をやってのけた少女。未だに不明な個所が多い訓練生。

 一部幹部から問題児のように思われているが、この少女の場合は『問題に引き寄せられている』と言うべきだろう。

 そして、発生した問題は、彼女が関わる事で綺麗に解決している。

 ガーベラにしろ、先の戦闘で破壊した敵機にしろ。大人であり、正規兵の自分達だけでは解決出来なかった。

「本当に、何故、今なんだ……」

 口にしても意味の無い、本音が松永の口から小さく漏れた。

 何故、今になって、現れた?

 もっと早くに、十年前のあの頃に、いて欲しかった。

 変えられない過去を思い、深く息を吐く。どれ程思っても、詮無き事だ。

 でも、星崎に一度聞いてみたい。

 変えられない過去を思った時、星崎ならどうするのか、と。

 小さく欠伸を漏らす。漸く眠気がやって来た。

 仕切りのカーテンで見えないが、隣のベッドに視線を動かす。眠っている星崎は自分が成した事の大きさに気づいていない。

 ただ、終わった事に安堵しているだけだ。

 それが、たったそれだけの事が松永にとって羨ましく思えた。羨ましいからこそ思う。彼女の在り方について。

 松永は羨望を断つように、目を閉じて眠気に身を任せた。

「星崎。何故お前は実力を隠すんだ……」

 松永が完全に眠りに落ちる直前に、口から無意識に漏れた疑問に、返答は無かった。


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