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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
軌道衛星基地にて 西暦3147年8月
35/191

十年越しの決着~松永視点~

 ガーベラと分かれて、四機のナスタチウムが移動を始めた頃にまで時を遡る。

『敵機、ガーベラを追って指定ポイントへ移動を始めました』

「了解。残り五百メートルで指定ポイントに到着する」

 司令室からの通信を聞き、松永は指定ポイントまでの距離を報告する。十年前の事が、何度も脳裏を過る。唇を噛んで思考から無理矢理追い出す。

『佐藤大佐、松永大佐』

「……優先事項は解っています」

『こちらも同じく』

『そうか』

 佐久間支部長から二名、名を呼ばれた。両名共に呼ばれた意味は理解している。理解しているが故に、苛立ちを感じてしまう。返す応答が素っ気無くなってしまうのも仕方が無い。それを理解する佐久間支部長だからこそ、返答が素っ気無く、咎められる事も無い。

 それは、松永と同じく名を呼ばれた佐藤大佐も同じだ。

 ――因縁の有る敵機が動いている。

 気が逸りそうになる。早くあの敵機を破壊したい。破壊して、部下の仇を取りたい。

 十年前の作戦で松永と佐藤が率いた部隊に、大きな被害を出した敵機が今、こちらに向かっている。

『飯島大佐が動ける奴らを集めている。準備が終わり次第、指定ポイントまで移動し控えるそうだ。無茶な事はするなよ』

 念を押す事を言ってから通信は一方的に途絶えた。応答を聞く気が無い証拠だった。

 けれど、それで良いと、松永は心の中で小さく呟いた。

 無理無茶はする。かの怨敵は、何が何でもここで斃す。

『指定ポイント到着を確認。接敵まで、残り三分』

 松永が心に物騒な誓いを立てていた間に、指定ポイントに到着した。慌てずにナスタチウムを減速させる。向きを変えて、狙撃砲を構え、チャージする。

 狙撃砲のチャージが完了するかと言うところで、実戦装備のガーベラと無手の敵機がカメラで認識可能距離にまで近づいた。接敵までの時間は十数秒だろう。

『ガーベラ、タイミングを合わせろ! カウント、十、九――』

 佐藤大佐のカウントに合わせて、皆で敵機を注視する。

『――三、二、一、撃てっ!!』

 ガーベラが方向を垂直上に転換した。一瞬でガーベラの姿が消え、直後、ナスタチウムに乗る四名は同時に引き金を引いた。

 四つの陽粒子狙撃砲が攻撃を放った――が、

「なっ!?」『防がれた!?』『違う! 反射だ!』『退避!』

 攻撃は、敵機に命中する直前で『見えない何か』にぶつかった。拡散したかのようにも見えたが、一拍後に、放った四つの攻撃がそのまま返って来た。

 四機とも操縦桿を操作するが、反射した砲撃の跳弾速度の方が速い。

 被弾しても機体の損傷を最小限に収めるべく、松永は可能な限りの素早さで自機を操作するが、『機体の反応速度』が間に合わない。

「ちぃっ」

 松永が舌打ちを零して衝撃に備えた瞬間、真上からの砲撃が来た。それは四機のナスタチウムに向かっていた砲撃を、四つ全てほぼ同時に撃ち落とした。

『『『「えっ!?」』』』

 四人揃って何事かと驚くその間も、状況は変わって行く。戻って来たガーベラが敵機に斬り掛かり、四機のナスタチウムから少しずつ引き離し始めた。

『反応速度が前よりも速い』

 高速移動による攻撃を行いながらも、通信機から小さく漏れる、敵機をつぶさに観察する声は星崎のものだ。松永は加勢する為に自機を動かすが、いかんせん、二機の移動速度が速過ぎて、戦闘に混ざれない。それは他の三機も同じだった。特に、佐藤大佐が数度狙撃を行うも、危うくガーベラに当てそうになったので止めた。

『反射にしてはおかしい。拡散する必要あるのか、コレ』

 星崎は冷静にガーベラを操作して、距離を取り砲撃を撃ち込んで回避しては、その様子を観察している。松永は一度深呼吸をして己を落ち着かせ、敵機を観察し、思考を回して、己に出来る事を考える。

『任意方向への反射は不可能。拡散は油断を誘う為? 何これ? 反射された分の威力が落ちているけど……吸収? 新機能か?』

 バルカンによる攻撃を受けて、攻撃の方角を確認した敵機は、一度見失ったガーベラに向かって行く。ガーベラは接触されないように敵機の装甲に剣を叩き付けて、または蹴り飛ばして追い払う。

 星崎の観察結果を聞きながら松永は思考を回し、すぐに参戦出来るように適度な距離を保つ。

『実弾は防がれない。装甲は硬いが、関節はやや脆い』

 ガーベラは高速で移動し、すれ違い様に敵機の肘に剣を叩き付ける。装甲と違い、それだけで肘からっ先が切り飛ばされた。敵機は、即座に腕を掴んで切り口にくっ付ける。すると、瞬く間に修復されてしまい、元通りに腕が動く。

『修復速度が速い。断面に攻撃は難しい、か』

 星崎が呟いたその言葉を聞き、松永は策を思い付いた。実剣を片手に持たせた自機を突撃させる。

「佐々木と井上は私と共に敵機の撹乱に動け! 星崎は隙を見て敵機の四肢を落とせ! 佐藤大佐!」

『『了解!』』『分かりました』『心得た! 切り落とした箇所は俺に任せろ!』

 四名の返答が返って来る。

 連携の訓練を行なった事は無い。即興で行う連携だが、松永、井上、佐々木の三人は、相手が誰であっても簡単な連携を取れるように訓練を積んでいる。三機同時に敵機の邪魔をして注意を引く。

 一方、連携の訓練を積んでいない星崎はと言うと。一歩下がりチームメンバーのフォロー役を務めていただけあって、三機の連携の隙間への入り方が上手かった。一々合図する必要が無い。

 三機同時に攻撃し、ガーベラが敵機の四肢の一部を切り飛ばし、三機の誰かがそれを更に遠くへと弾き、佐藤が陽粒子狙撃砲で狙い撃って破壊する。

 敵機を少しずつ削るような戦法だ。けれど、切り離された一部は断面を狙わずとも、当てれば破壊可能だった。二十メートル近い敵機が徐々に小さくなって行く。

 ただ、唯一気掛かりは、執拗にガーベラだけを狙う事。

 囮役だった事を差し引いても、女性を取り込んでエネルギー源にするが為に女性を狙う情報を知っていても、異様な執着を松永は感じた。

 松永は気のせいであって欲しいと願った。

『あ、あぁ……痛い、痛い』

 そんな松永の願いを砕くように、女性の聞き覚えの有る声が合唱のように響いた。星崎のような幼さが残る声では無く、成長した女性の声。しかも最も良く聞こえたのは、知っている女性の声だった。

『誰だ?』『えっ!?』『まさかこの声は……』『……誰? 一人じゃない? しかも、日本語?』

 通信機から四者四様の反応が聞こえて来た。

 最後に聞こえて来たのは星崎だが、何故人数と日本語か否かを疑問を抱くのか。その答えは彼女の続きの言葉で知れた。

『数日前と声が違う。別の誰かが取り込まれたのか? おまけに一人じゃない……この声、三人分か?』

 声が違う。別の人間が取り込まれた可能性が浮上した。それも、複数人。

「支部長!」

 松永は、星崎が零した言葉の意味を瞬時に理解すると同時に、司令室の佐久間支部長へ呼び掛けた。

『……確認出来た行方不明者は三名。元開発部所属の女性二名と、南雲少佐だ』

「やっぱりか」

 佐久間からの回答を聞き、松永は苛立ちから歯軋りした。

 通信機から、星崎以外のどよめきが聞こえる。

 敵機に味方が乗っている。捕らえられているのか定かではないが、その事実には攻撃の手を鈍らせるだけの衝撃を持っていた。

 中でも目に見えて、井上中佐の攻撃の手が緩んだ。その瞬間を狙ったように、井上機が敵機に殴り飛ばされた。障害物を排除したにも関わらず、敵機はガーベラに向かわない。残っていた右肘の先を別の何かに変形させた。その形状はナスタチウムが持っている剣に似ていた。

『「井上!」』『くそ』 

 井上中佐と敵機の距離は近く、松永と佐々木中佐が割って入ろうにも間に合わない。佐藤大佐は砲撃しようと構えたが、ナスタチウムの陽粒子砲では防がれるだけなのは実証済みだ。

 ……打つ手が無くとも、最後まで諦めない。十年前のあの時と同じように。

「くそっ」

 悪態を吐き、間に合えとバーニアを全開にする。

『井上中佐ぁ! しっつ、れい、します!』

 悲壮感溢れる状況だと言うのに、恐ろしく場違いな口調の台詞が響いた。直後、バーニアを全開にしてやって来たガーベラが、松永の眼前で井上機の胸部にドロップキックを叩き込んだ。

 ……松永の目には『蹴りを叩き込んだ』と言うよりも、踏み台にするように、思いっきり『踏んだ』ように見えた。位置がコックピットよりも上だったのは、可能な限りの気遣いだったのか。それとも、コックピットの『カバーを踏み砕く』と咄嗟に判断したからか。真相は本人に聞かねば分からない。

 ガーベラから叩き込まれた蹴りの衝撃に、井上中佐が『ぐえっ』と息が押し出しされたような悲鳴を上げた。井上機は敵機に殴られた時以上に、盛大に吹き飛ばされた。松永は慌てて自機の操作を行い、吹き飛ばされた井上機をどうにか受け止める。

 先程の台詞は、どうやら蹴り飛ばす事を示していたようだ。

 ガーベラは蹴った反動を利用して、直角に飛翔。敵機の攻撃から逃れた。

「井上、大丈夫か?」

『ど、どうにか……』

 敵機がガーベラを追い駆け、更に佐々木機が二機を追うのを視界の隅に捉えながら、松永は井上中佐の安否の確認をする。返って来た応答は消え入りそうな程に弱々しかった。

『待て星崎! コックピットを狙うな! 南雲が……』

『救助するにしろ、戦闘を終了させるにしろ、破壊しなければ終わりません』

『だが!』

『ここで破壊に失敗すれば、どこに行くか判りません。取り込まれたのか、取り込まれに行ったのか知りませんが、どの道破壊するしかありません』

 通信機から流れる、動揺に満ちた佐々木中佐と、訓練生とは思えない程に沈着冷静な星崎の会話を聞いたからか、司令室にいる佐久間支部長が通信に割って入った。松永の耳には佐久間支部長が発する、微かな歯軋りの音が聞こえた。

『全機に通達する。その敵機をこの場で完全に破壊しろ』

『支部長!?』

 佐久間支部長からの通達に、佐々木中佐が悲鳴のような声を上げた。

『現場救助者からの事情聴取で、南雲少佐が二名と共に、自ら敵機に近づいた事が判明した。よって、南雲少佐と二名の救助は不可能と見做す』

『支部長。事実か?』

 これまで無言で通信を聞いていた佐藤大佐が、驚愕に満ちた声で支部長に問う。

『事実だ。南雲少佐は、あの敵機を乗りこなせないか試したいと言い出し、自ら乗り込んだ。共に取り込まれた二名は少佐の協力者だった』

『そんなっ!?』『くそっ』『そ、そんな……』

 佐々木中佐と佐藤大佐が無念と言わんばかりに声を上げる。井上中佐は唖然とし、松永は怒りが抑え込めず、手元のモニターを拳で叩いた。

『支部長。確認ですが、この敵機の技術調査の予定は有りますか?』

 場違いな程に落ち着き払い、冷静に敵機と剣を交えている星崎が、感情の読み取れない冷えた声音で佐久間支部長に確認を取る。

『予定は無い。技術調査名目で保管区に再び残せば、第二・第三の被害者が出るかもしれん。この場で完全に破壊しろ』

『了解』

『星崎!?』

 冷え切った声で応答を返す星崎に、井上中佐が咎めるような声を上げた。

『南雲少佐は自ら乗り込んだ。既に死傷者が出ている以上、情状酌量の余地は無い! それに、取り込まれた三名を思うのなら、早急に葬り去ってやるしかないっ。それが三人にくれてやれる、最後の慈悲だ』

『畜生っ』『やるしかないのか』『くそぅっ』

 佐久間支部長の断腸の思いを聞き、松永は突き付けられた『救助不可能』の、割り切れない現実に悪態を吐く。

「他に、方法は無いのか」

 松永は『他に方法が有れば』と希望を口にするが、支部長である佐久間の決定は絶対だ。

 例え味方が囚われているとは言え、あの敵機は十年前に日本支部に多大な被害を出した怨敵だ。松永の部下もあの敵機の手に掛かっている。その事実を思い出し、松永は鉛を飲んだ気分になった。状況的にも、自身の立場的にも、割り切るしかない。

 松永は操縦桿を握り直し、敵機から声が聞こえる前と同じ役割分担で攻撃を繰り出す。だが先とは違い、今の敵機は武器を持っている。

 剣を振り下ろしても弾かれ、逆に切り掛かられ、先程よりも手間取る。

『ぐぁっ!?』

 剣の腹で叩くような敵機の一撃が、佐々木機のコックピットに直撃して派手に吹き飛ぶ。

『中佐!』

 間を置かずに飛んで来たガーベラが、横から掻っ攫うように佐々木機を回収して、敵機の追撃から逃れる。

 だが、敵機が取った次の行動は追い駆けるものでは無かった。敵機の腹部の装甲の一部に砲台を思わせる穴が開いた。

「っ! 不味い。全機、敵機から離れろ!」

 敵機の行動に総毛立った松永は指示を飛ばし、自機を操作して可能な限り敵機から距離を取る。

 忘れもしない。あの動きは、十年前に幾つもの味方機を撃ち落とした攻撃が来る前触れだ。

『うわっ』『ちぃ』

 敵機の腹部から、陽粒子砲の弾丸に似た攻撃が放たれた。複数の弾丸が弾幕のようにランダムで広範囲に撃ち出される為、その軌道は読み難い。攻撃範囲から逃れる以外に、回避方法は思い付かなかった。

『拡散砲? 乱戦でも無いのにっ』

 そんな中、佐々木機を適当なところでポイ捨てするように解放したガーベラが、剣を構えて逆に弾幕に飛び込んだ。止める間は無かったが、ガーベラは自機に当たる弾丸のみを正確に叩き落として、一瞬の停滞も無く、前に進む。

 自殺行為としか思えないが、ガーベラは攻撃を完全に叩き落して突破した。よく見れば、使用している剣はかつて星崎が戦利品のように持ち帰ったものだ。現在の日本支部で使用されている剣で、こんな事は出来ない。だがそれでも、突撃するのはいかがなものか。

「度胸が有ると言うか、何と言うべきか」

 ガーベラの特攻を見て、松永は口の端を曲げて若干呆れた声を出した。

 コックピットのモニターに、曲芸のような動きを以って、剣で敵機の胸部から上を切り裂いたガーベラが映し出された。人間で例えると、胸の中央を剣で突き刺してから左鎖骨に向かって切り上げるような動きだった。敵機から合唱のような悲鳴が上がる。

『ああああああ!』

 攻撃は確かに敵機に届いたが、連撃は叩き込めない。叩き込む間に修復されてしまう。何より、耳障りな悲鳴が響く。

『時間差攻撃じゃないと、流石にこれ以上はキツイな……』

 追い縋る敵機の攻撃を捌きながら、星崎はぼやいた。

 無理も無い。ガーベラはパイロットに移動するだけで負担を掛ける機体だ。これ以上の長時間戦闘は、いかに乗りこなせているとは言え、彼女にとっても厳しいものになる。

 その時、松永の視界の隅で、ガーベラに盛大に振り回された筈の、佐々木機が正常に動いているのを見た。

「! そうだ。あの手があったか」

 その様子を見て、松永はとある稼働データを思い出す。実際に体験したのは井上中佐だが、その時にガーベラが出した速度を思い出した。

 データを取ってから十日以上も経過しているが、未だに検証すらしていない。だが、非常に興味を惹く結果に、松永は個人的にガーベラとナスタチウムの重力制御機の製造年月日を確認した。

 確認した事で得られた情報を思い出し、松永は一つの仮説を立て――策を立てた。

 問題は誰が担当するか。

 この戦闘中に実経験した佐々木中佐に、もう一度体験させて駄目にする訳にはいかない。 

 ここは経験者の井上中佐に託すべきか。

 いや、想像する負荷を考えるのならば、立案者の己がやるべきだろう。

「星崎は私と合流! 佐々木と井上は可能な限り足止めをしろ!」

『『了解』』『今行きます』『松永、何をする気だ!?』

 三人分の応答を掻き消すような声量で佐藤大佐が叫ぶ。移動を始めたガーベラに敵機が追い縋るが、佐々木機と井上機が邪魔をする。

「星崎は合流次第使っている剣を寄こせ。そしてガーベラで私を運べ」

『運ぶ? ……二日、データ収集初日の、井上中佐の時のようにですか?』

「そうだ。合図したら放し減速しろ。こちらで敵機の首を落とす。ガーベラは首を撃ち落とせ。佐藤大佐は切り口に狙撃を」

『分担は理解したが、お前は大丈夫なのか!?』

「仮説の一つですが、理論上は行けるでしょう」

 佐藤大佐と問答している間にガーベラがやって来た。松永はナスタチウムの腰に手にしていた剣を固定し、ガーベラが手にしていた剣を受け取る。

『松永大佐。途中で気絶だけはしないで下さいよ』

『気絶如きで済む訳無いだろう! 松永、お前正気か!!』

 星崎のぼやきに佐藤大佐が絶叫する。松永としては、脳筋に正気か否かを問われるとは思わなかった。けれど、他に策が思い浮かばない。

 そのやり取りの間に、ガーベラが松永が乗るナスタチウムの背後に回り、脇に手を入れて後ろから抱き着くような状態になる。

「正気ですよ。他に策が浮かびませんので」

『……まったく、死ぬなよ!』

「これでは死ねませんね。星崎!」

『策は理解しましたが、どうなっても知りませんよ』

 ため息交じりの星崎からの応答の直後、ガーベラが齎す加速による慣性で、松永の体はシートに押し付けられた。

「ぐっ」

 肺の息が強制的に排出され、呻き声が出た。通信機から気遣うように名を呼ばれる。

『大佐』

「構うな! バーニアを全開にしろ!」

『了解』

 応答の直後、体に掛かる負荷が更に増加した。松永は歯を食い縛って耐え、ゆっくりと息を深く吸った。


 ――松永が立てた仮説は、ガーベラの重力制御機が『ナスタチウムのものよりも劣っている』と言うもの。

 機体の製造年月日が違えど、重力制御機の性能に違いが有る筈が無い。かつてガーベラに搭乗した松永はそう考えていた。

 けれども、ガーベラの稼働データ収集初日の最後に、何の役に立つか分からない実験を行った。

 それは、ガーベラに特設ケージを装備させ、ケージに井上が乗るナスタチウムを収容して高速移動すると言うもの。要は高速運搬を行い、ガーベラ以外の搭乗者の状態を確認すると言う内容だ。

 この時にガーベラが出した最高速度は、十年前に井上中佐が搭乗し、負傷したあの時と同じ速度だった。けれども、井上中佐は軽度の眩暈と筋肉痛を引き起こしただけで、体への異常は見当たらなかった。ほぼ無傷と言っても良い。

 この結果から松永は、『ナスタチウムの重力制御機の方が、ガーベラよりも優秀では無いか』と考えた。


 ガーベラがバーニアを全開にした事により、敵機との距離はあっと言う間に縮まって行く。松永の体に掛かる負荷はナスタチウムを操縦する時よりも何倍も増している。だが、十年前のテスト操縦の時に比べれば、まだ耐えられる。あの時松永は呼吸すら出来なかった。

 敵機のとの彼我の距離から残り時間を逆算し、名を呼ぶ事で星崎に合図を送る。

「星崎!」

『離します』

 ガーベラが運搬していた松永機から手を放す。松永はナスタチウムのバーニアを全開にして更に速度を上げた。

 松永は過剰な重力負荷に意識が遠のき掛けた。咄嗟に唇を噛み、齎される痛みで意識を保つ。震え始めた操縦桿を握る手に力を込めて、松永は操縦を行う。


 十年前、この敵機に部下を殺された。十年が経過した今、同僚がこの敵機に囚われている。

 敵機を斃す事は部下の仇を取る事になるが、それは仲間を助けずに殺す事と同義だ。

 松永は佐久間支部長の言葉を思い出す。

『取り込まれた三名を思うのなら、早急に葬り去ってやるしかないっ。それが三人にくれてやれる、最後の慈悲だ』

 彼とて一度は救助出来ないかと考えた筈だ。しかし、現実は不可能だった。仲間を思うのなら、佐久間支部長の言葉が正しい。頭で理解しても、感情は納得はしない。でもそれは、皆同じだ。 


 ――これで、終わらす。

 声に出せない思いを乗せて、ナスタチウムは剣を振り翳した。

 ナスタチウムは速度を殺す事無く、すれ違い様に敵機を切り裂いた。切り裂いた範囲は頭部では無く、右の首の根元から左の脇に向かっての範囲だ。それでも、数秒間の切り離しに成功した。松永機は速度を殺さずにそのまま敵機から離れた。しかし、バーニアを停止させ逆噴射を掛けるも、減速も停止も出来ずに慣性の速度のまま飛翔を続けてしまう。停止しない松永機に、異常を感知した井上機と佐々木機が体当たりするように受け止めた。

 けれども、受け止めた際の衝撃は思っていた以上に強かった。井上機と佐々木機がバーニアを小刻みに吹かし、時間を掛けて三機は縺れるように停止した。

 一方、胴体の一部を切り離された敵機は、修復の為に残った腕を伸ばした。だがそれを阻止するように、やや遅れてやって来たガーベラが、切り離した部分を蹴り飛ばした。頭部が飛んで行った方向へ無理矢理直角転進したガーベラは、再度移動しながら陽粒子砲をチャージしてから至近距離で放ち、頭部を完全に破壊する。

『こいつで終わりだぁ!』

 残った胴体部の断面に向かって、佐藤大佐が陽粒子狙撃砲を放った。

 ガーベラが頭部を破壊したあとだからか、見えない何かで防がれる事も無かった。狙いは寸分違わず断面に着弾し、そのまま貫通。

 一拍の間を置いて、敵機が爆散した。

 沈黙が降りた。宇宙空間を漂う、爆散して僅かに残った敵機の破片を、現場にいた五名は固唾を飲んで見つめた。松永も荒く息を整えながら見つめる。

『敵機の復活の兆し無し。完全破壊を確認』

 静寂を破るように、佐久間支部長が司令室で行われた調査結果を告げる。

『戦闘、終了だ! ご苦労だったな。全機、帰還し、休息を取れ』

『『『『「了解」』』』』

 戦闘終了の宣言と同時に下された帰還命令に、全員で応答を返す。

『勝った。……勝てたんだな、俺達!』『そうだぞ井上!』

 はしゃぐ声が通信機から響く。

『お前ら……気持ちは解るが、はしゃぐのは帰還してからにしろ』

『『あ、済みません』』

『帰還するぞ。松永は無事か?』

 佐藤大佐は、年長者として井上中佐と佐々木中佐を注意するも、声音の喜びは隠し切れていない。

「どうにか無事です」

『そうか。星崎は……大丈夫っぽいな』

 松永が佐藤大佐の呼びかけに答えた直後、僅かに揺れを感じると同時に、モニターに映る光景がゆっくりと流れ始めた。

『このまま運びます』

 宣言通りに星崎はガーベラで、再び松永機の運搬を始める。

「ふぅ……すまないな」

『無茶をしたので、支部長への詳細な報告と、私と松永大佐はやたらと数の多い精密検査を受ける事になりそうですね』

「……確かに、必要だな」

 憂鬱そうな星崎の言葉に、松永も忘れていた『戦後処理』を思い出してげんなりとした。

『あー、すっかり忘れていたな……』『どう報告すれば良いでしょうか?』『見た儘を報告するにしても難しいぞ』『ふぅむ。支部長に根掘り葉掘り聞かれそうだ』『よし井上、お前だけが頼りだ!』『何でだよ!?』『そうなるな』『大佐まで何を言い出すんですか!?』

 通信機から同僚達の愉快な会話が聞こえて来る。

 全員が生き残っているからこそ出来る会話に、松永は小さく失笑を零した。


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