五日が経過したけど、新たな厄介事の気配
十一時、現在、試験運用隊の医務室で軍医の診察を受けている。
「五日前と比べて腕も足も大分治ったな。これなら、杖無しで普通に生活しても問題は無い。ただし、無理だけはするな。隊長にはこちらから連絡を入れる」
「分かりました。お願いします」
以前の検査結果と見比べた結果、問題無しの判断を貰った。ついでに新しい制服とブーツを貰い、借りていたブーツを返却する。
松葉杖も返却し、一週間後にもう一度来るようにと言葉を貰う。軍医に礼を言ってから、足取り軽く部屋に向かう。
しっかし、杖無しで歩くのは楽で良いな。
そんな感想を抱いて、人気が無いと言うか、無人の隊舎の廊下を歩いて部屋に戻った。ドアを施錠してから荷物を机の上に置き、ベッドにダイブする。
「ふぅ……」
仰向けになって、今後について考える。
今後と言っても、目下最大の悩みの種となっている、近日中に支部長に話す内容の事だけど。
どこまで話すか考える。中途半端に教える訳にはいかないんだけど、理解し難くなる内容と化しそうだ。
「シンプルに考えるべきだよね」
こう言うのは難しく考えると良くない。ややこしくなる。
シンプルに、短く、一文一行で言うと――どんな説明になる?
「前世の知識です。……改めて口にすると、頭の治療を受けろと言われる台詞だよね」
既に支部長に向けて言ったけど。緊急事態だったから、突っ込まれる暇も無く、終息後にレポートを提出したので、細かい追及は今のところ無い。
証拠の提示は出来るけど、スパイ扱いされかねないから、どこまで教えて良いのか分からない。
なお、証拠の提示は操縦と翻訳をすれば良いだけなので、非常に簡単だ。
「馬鹿正直に細かく話す必要は無い。簡単にざっくりで良いよね」
聞く側に混乱を齎しても意味は無い。『そう言う状況だ』と理解して貰えれば良い。理解が得られなかったら去れば良いだけだしね。
個人的に調べたい事が有るから、それでもいい。
それに、既に言ったではないか。
『そうですね……荒唐無稽と言われる話を、支部長がどこまで信じてくれるかで決めます』
あの時、支部長が何と言い返したかは聞こえなかったが、言った通りにすれば、それで良いのだ。
そう考えると、気が幾分楽になり、空腹を訴える音が鳴った。気が抜けたから鳴ったと思いたい。
時計を見ると、時刻は正午を過ぎていた。
ベッドから起き上がり、制服を正規兵のものに着替えてから、空腹を満たしに食堂へ向かう事にした。
今日も無人の食堂で、一人食事を取る。
そう言えば、一昨日まで書類仕事の手伝いを行っていたけど、訓練生の身でやって大丈夫だったのかな。今更だけど。
食後のデザート代わりに砂糖とミルク多めのコーヒーを飲む。
軌道衛星基地こと、ツクヨミに来てからそろそろ八月の中旬半ばに入る。地球の訓練学校では林間学校がまだ続いている。去年・一昨年は林間学校が嫌だった。でも今年は、林間学校に参加した方がマシだった。内容は記憶から削除したので覚えていないけど。
ツクヨミに来てからの日々を思い出す。
ガーベラの試験操縦。四日も行った。
二度目の非番の日に、迷子から幽霊を目撃して、マルス・ドメスティカに襲われ、負傷した。支部長に引っ張られて。
アゲラタムを運良く見つけて――と言うか、運良く在ったから、起動させて操縦し、マルス・ドメスティカを迎撃。
この時に負傷して全治四日となった。
非番(?)は延び、作成したレポートを松永大佐経由――提出に行くと報告に行ったら、大佐に取り上げられた――で提出後どうするか考えながら昼食を取った。そこで、久し振りに会った鈴村大尉に捉まり、簡単な近況報告をしたら『暇ならやって見るか?』と副隊長室に連れて行かれ、書類仕事を手伝った。
これが不味かった。
ごっちゃになっていた書類(薄いタブレットみたいな見た目の電子ペーパー)の山を『優先処理別』にちゃっちゃと振り分け――過去の経験上、この手の書類の山は、内容と優先順位ごとに分ければ、あっと言う間に片づいてしまう。書類の内容は報告書の類ばかりだったが、書式が違うのを始めとした再提出ものばかりだった――て書類の山を崩し、それで終わりとなった。掛かった時間は二時間程度。部屋に戻ろうとしたら、松永大佐がやって来た。
何をしているのか質問を受けて素直に答えたら、今度は隊長室に連れて行かれて、書類仕事を手伝った。時間的には二十時間程度だけど、副隊長室以上に鎮座していた書類山脈は無事に消えた。
何故か手伝い中に佐藤大佐がやって来て、消えた書類山脈があった机を見て『手伝いが欲しい』と言われたけど、松永大佐が却下した。そして、どこから漏れたのか――多分佐藤大佐経由だろうけど――他からも『手伝いを!』と所望されたけど、松永大佐が全て却下した。
長距離を歩いたら、足の回復が遅れる可能性が有るからと。気遣いはありがたいけど、暇なんだよね。
一昨日までの日々を思い出し、コーヒーを飲む。お代わりしつつのんびりとした。ふと時計を見れば、一時間も経過していた。残りを飲み干して部屋に戻るかと考えていたら、松永大佐がやって来た。スープとサンドイッチを乗せたトレーを持っているから昼食を取りに来たんだろう。
それは解るけど、近くに来る必要は有るのか。そう思っていたら、業務連絡が来た。診察内容の報告も聞いたそうだ。
松永大佐から業務連絡を聞いて、自分は思わず目を丸くした。
アゲラタムが格納庫に搬入された? しかも、明日稼働データ収集を兼ねた試験操縦を行う? 片足が欠損したままだけど、重力下でも問題無く起動するか、実験する小さな演習場を試験運用隊は保有しているらしい。試験操縦はそこで行うそうだ。あと、ガーベラの稼働データ収集は一時中断だってさ。
マジで? そう思わず聞き返してしまいそうになった。
格納庫にアゲラタムを見に行こうかと思ったけど、『格納庫へは一人で行くな』と厳命されてしまった。五日前の事を言っているのが解るから、何も言えない。
明日の九時に食堂で合流し、一緒に向かう事になった。
それと稼働データ収集だが、ガーベラの時とは違い開発部から人は来ず、代わりに佐藤大佐と中佐コンビが来るそうだ。豪華な面子だが、上層部の決定だ。理由を教えてくれるとは思っていない。上級階級の人が来るのは機密保持の為だろう。そう言う事だと納得しよう。
物分かり良く、『分かりました』とだけ答えた。
今日も昨日と同じく、部屋に籠っていよう。隊舎内にトレーニングルームが在るんだけど、利用は出来ない。明日に備えて安静にしていよう。
※※※※※※
とある密室にその二人の男女がいた。
外見年齢の差を考えると、男女の逢引には見えない。父娘に見える程の年齢差が有る。
何より、二人揃って醜悪な表情を浮かべ、瞳を憎悪で濁らせていた。
会話をしている男性の肩書は『元』開発部ツクヨミ部署代表で、女性は南雲梨央だ。
綿密な打ち合わせをしてから、時間を空けて交互に部屋から出て行った。
「今に見ていなさい。私の方が……」
南雲は般若か幽鬼と見紛う顔で無人の廊下を歩いて行った。
その背中を見つめている人物に気づかないまま。
「報告は以上になります」
「そうか。手間を掛けたな。大林少佐」
「いえ。それが仕事ですので」
大林と呼ばれた眼鏡を掛けた女性は一礼してから退室した。
人払いをした執務室で、佐久間は瞑目して報告内容を反芻する。
南雲少佐に反省心が見られるのなら、役職の続投を考えていただけに……実に頭の痛い報告内容だった。何を企んでいるのやら。
同時に、星崎の今後が決まったも同然に思えて、頭痛を感じた佐久間は蟀谷を揉んだ。