表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
軌道衛星基地にて 西暦3147年8月
32/191

去った危機の後始末と発覚した事~佐久間視点~

 会議室に戻ってからが地獄だったと、佐久間は後に述懐する。

 異常収束から六時間後に発覚した、開発部ツクヨミ部署の十年にも及ぶ職務怠慢、二年間にも及ぶ予算の横流しと賄賂受領。調査報告書類が一つ提出される度に、内容を聞いた佐久間は頭を抱える。

 最も厄介だったのは、予算横流しを現幹部の一人が行っていた事だ。

 完璧主義者の女性幹部が職務怠慢を行っていたと知り、佐久間は秘書官から受け取った報告書を読み終えると人目を憚らず、天井を仰いでため息を深く吐いた。

 十月に行う作戦についての打ち合わせも行わなくてはならないと言うのに、寸暇を惜しんで佐久間は必死に書類を捌く。

 かつて佐久間は保管区で、星崎に向かって『運が無いとはこの事を言うのか』などと言ったが、運が無いのは佐久間も同じだった。

 三日目に突入すれば、書類仕事を苦手とする一部の幹部が少々殺気立ち始めた。その筆頭は佐藤大佐だ。殺気の矛先が星崎に向いていないから放置した。

 その日の昼過ぎに松永大佐が大変苛立った様子で開発部ツクヨミ部署に乗り込んだ。不正に関与していた開発部ツクヨミ部署のトップが、図々しくも命乞いをするように通信機経由で佐久間に助けを求めて来た。仕事を増やした人物を助ける佐久間では無く、『自業自得だ。松永大佐の有り難い話を正座して聞け』と突き放した。悲鳴が上がったが無視を決め込んだ。

 四日目になれば、七割近くの地獄が終わった。佐久間は幹部の結束力と仕事の処理速度に有難みを感じつつ、己にも気を使って欲しいとぼやきを漏らし掛けた。

 保管区で起きた異常事態が収束してから五日目となる日に、佐久間は中断していた定例会の続きを兼ねた臨時会議を行う事にした。

 なお、星崎からレポート(ルーズリーフノート)が松永大佐経由で提出されたのは、収束翌日の午前中だった。レポートには『暇な時にお読み下さい』とメモ書きが添付され、差し入れと思しき缶コーヒー(無糖)がおまけでついていた。子供にまで気を使われている事を知り、佐久間は何とも言えない気分になった。コーヒーがほろ苦くて、甘党佐久間の目尻に涙が浮かんだ。後に差し入れは松永大佐からだと知り、意趣返しを疑った。何の意趣返しかは言うまでもない。

 その星崎はレポート提出後から、松永大佐の手伝いを行っていた。鈴村大尉が自身の仕事を興味本位でやらせたら、書類を捌くスピードが恐ろしく速かったらしい。それを聞き付けた松永大佐が自身の仕事を手伝わせたら、三日目の午前中に書類が殆ど終わったそうだ。大変羨ましい事この上ない。

 書類仕事を苦手とする幹部達が星崎の手伝いを所望したが、松永大佐が全て却下した。

 

 

 激務を乗り越えて、異常収束日から五日が過ぎた。

 現在会議室にて臨時の会議を行っている。その最中、佐久間は思った。

 星崎に処罰を与えるのなら、目の前の責任者にも処罰を与えなくてはならない、と。

 それを理解していない責任者――保管区管理総責任者の南雲少佐が、事件を引き起こした星崎にも処罰を与えるべきだと、般若のような顔で強弁している。誰も口を閉ざしたままなのは、判断しかねているのか。あるいは、佐久間に判断を委ねているのか。

 佐久間としては、先日の一件は複数の要因が重なった結果だと思っている為、誰にも処罰を与える気は無かった。

 何故なら、星崎を処罰するのなら、職務怠慢が元で今回の被害を『軽減に導いた』人物にも処罰を与えなくてはならないからだ。



 五日前に第五保管区内にて発生した異常事態が日本支部に与えた影響は大きかった。

 具体的に言うと、歴代の保管区担当者の『十年にも及ぶ職務怠慢』を始めとした、開発部の職務怠慢や不正が多々発覚した。その中でも最優先技術調査対象が、十年間も放置されていた事実は重い。他支部で執拗に研究が進められていた中、日本支部だけが全くの手付かずだった。急かしても調査中と突っぱねられていた。

 保管区管理総責任者は後任にする予定の人間を補佐官として傍に置き、何時でも役職を引き渡せるようにするのが通例で決まりだった。

 その為、前任者から役職を行き継いだ南雲少佐も、前任者がいた時は補佐官だった。二年前に前任者が不慮で事故死した為、彼女が地位を引き継いだ。

 問題無く引き継いだまでは良かったが、その後の行動が問題だった。

 先ず、後任予定の補佐官の育成を放棄している。

 これに関しては、二年前から何度か『決まったか』と尋ねたが、『選定中です』としか返答が返って来なかった。

 次に、保管区の管理業務を御座なりにしていた。

 これは十年も前から続いていたらしいが、南雲少佐は二年前に職務を引き継いでいるので、言い逃れは不可能だ。

 止めに、開発部ツクヨミ部署に口止め料として賄賂を流していた。

 口止め料の賄賂は保管区に使用される予算だった。行っていたのは、過去の責任者の中では南雲少佐だけだった。開発部のトップが入れ替わった一年前から行われていた。今一件で開発部ツクヨミ部署にも調査の手が入った。一斉摘発でツクヨミ部署から去る事になった人間が少なかった事と、本国の開発部に関りが無かった事がせめてもの救いである。



「南雲少佐。星崎に処罰を与えるのなら、今回の事で色々と発覚した君の職務怠慢と不正について、君にも色々と責任を取って貰わなくてはならないんだが、理解しているのかね? 保管区管理総責任者殿」

「そ、それは……」

 忘れていたのか、理解していなかったのか。口篭もった南雲少佐の顔から血の気が引いて行く。

「個人的に今回の事は複数の要因が重なった結果だと思っている。変えられない過去について『たられば』で議論しても結果は変わらん。寧ろ、現場にいたのがあの面子で良かったとも思っている」

 どう言う事かと南雲少佐を始めとした、幹部の殆どが疑問を抱いたが、誰も口にせず、佐久間の次の言葉を待った。

「緊急調査で判明した事だが、あの敵機は女性を生きたまま取り込みエネルギー源に転換する機能を持っていた」

「えっ!?」

 佐久間は、星崎から得た情報を調査結果として開示した。その情報を聞き、南雲少佐を含む女性幹部全員がギョッとし、男性幹部は顔を顰めた。

 生きた人間を取り込んでエネルギー源に転換する。人権や尊厳を考えると、何をどうすればこんな悍ましい技術を作り出す事が出来るのか。星崎が言うには開発者は死んでいるそうだ。生死に関わらず、佐久間は開発者を殴りたくなった。

 佐久間はそんな事を思いながら、血の気が失せた白い顔をした南雲少佐を見やる。

「南雲少佐。君が職務として第五保管区に入ったら、星崎の代わりに君が襲われる事になっていただろうな」

「……え?」

 理解と想像が出来なかったのか。南雲少佐が呆けた顔をした。一方、佐久間の言葉の意味を正確に理解した他の幹部は眉間に皴を作った。

「共に技術調査で保管区に入るのは戦闘訓練を受けていない研究者だけだな。その面子だけで第五保管区に入り、今回暴れたあの敵機が起動したら、己の身に何が起きるか、そしてどうなっていたか想像出来るから、星崎にも処罰を求めているんだろうな? 君が『職務に忠実では無かった』から、『今回の被害が最小限』で済んだ。そして、今ここで職務怠慢と不正の件で『口頭による厳重注意すら受けていない』んだ。ここまで言えば解るな」

 南雲少佐は何も言い返せず、口をパクパクと動かし沈黙した。

 職務を忠実にこなしていたら、星崎の代わりに襲われていたのは南雲少佐だった可能性は高い。仮に、命からがら脱出しても、事件を引き起こしたとして、過失として処罰される。予知予見出来なかったにも拘らずだ。

 過失罪と言うのは、予知可能な危険を回避出来なかったから罪に問うのであって、予知予見出来なかった事まで罪に問うてはならない。

 少なくとも、佐久間はそう考えている。

 今回は『彼女の職務怠慢が功を成し、被害が最小限になった』と言う、実に矛盾したような結果になっている。簡単に言えば、『サボタージュしたら最良の結果を引き寄せた』で合っているだろう。怪我の功名では無いのは確かだが。

「それに、星崎をツクヨミに呼び出したのは松永大佐で、許可を出したのは私だ。松永大佐が呼び出し許可を求めず、私が許可を出さなければ、起きなかったかもしれない。星崎が我々の目に付くようにならなければと、そんな有り得たかもしれない可能性を理由に、今回の事件を招いた要因となったものを処罰してはキリが無いぞ。そこまで行くと、そもそもの原因に村上大尉の名を上げなくてはならん」

 佐久間の視界の隅で、名を挙げられた松永大佐が大変良い笑顔を浮かべた。周囲が慌てて目を逸らしている。佐久間も『視線を向けてはならない。意識してはならない』と、己に言い聞かせてから続きを言う。

「様々な要因が元で事件が起きる可能性が有った中では、今回の被害は『理想的に最小限だった』と言える。負傷者が一人出た以外の損害はほぼ無いに等しい」

 被害が最小限だった要因に『南雲少佐が職務に忠実で無かった』事も含まれる。仮の話、彼女が『職務に忠実だったら被害が甚大だった』可能性が有った。

 その可能性に比べて、今回の被害はどうだろうか。

 負傷者は星崎一人だけ。その他の被害は、第五保管区の壁や床と保管していた残骸に傷が付いた程度。暴れた敵機は破壊処分対象と見做している為含めない。

「今回は判断の匙加減が難しい。故に、処罰対象者は無しとする」

 南雲少佐が安堵から胸を撫で下ろしたが、佐久間の言葉には続きが有った。

「だが、今後の対応を疎かにする訳にはいかん。南雲少佐は引継ぎの対応マニュアルを直ちに最優先で作れ。役職の続投は追って沙汰を下す。後任候補には松永大佐を考えているがね」

「っ、……分かりました」

「支部長からの指名ならば、引き受けましょう」

 南雲少佐は不満と屈辱を感じているのか、歯軋りしながらも返答した。一方、後任候補に指名された松永は飄々と返答する。対照的な二人に、室内にいた全員がこれからの未来に不安を感じた。

 緊急会議はこれで終わったが、佐久間は三十分後に、松永大佐を支部長室に呼び出した。会議終了と同時に三十分後に来いと指示を出していただけだ。

 秘書官達は出払っているので、二人っきりになる。松永大佐が用事を訊ねて来る前に佐久間は口を開いて、決定事項だけを述べた。

「ガーベラの稼働データ収集は一時中断。先日運良く操縦出来た敵機の試験操縦を明日辺りに行う。演習場への搬入は終わっているから、操縦方法は星崎に聞け」

「支部長。その発言では、あの時操縦していたのは星崎だったと、言っているようなものですが」

「事実その通りだからな。星崎がコックピット内のあちこちを叩いて、操縦桿を弄っていたら起動した」

「……星崎も星崎で、一体何をしているんだ」

 松永大佐は額に手を当てて天井を仰いだ。絵に描いたように呆れている。

 けれどこれは、佐久間の暈した発言にも問題が有る。

 厳密に言うと星崎の行動は、『起動させる為のスイッチを正確に押し、操縦桿を手前に引いて、九十度回転させてから押し戻す事で、掛かっていたロックを外した』が正しい。現時点では、彼女との約束で暈した表現しか使えないが。

「ペダルが片方だけでも問題の無い操縦システムだったから、あの時操縦出来たのかもしれんな」

「フットペダルが片方だけでも動く? どうやって操縦したのですか?」

「後ろから見ていたが、さっぱり分からなかった。操縦席がバイクのような形をしていたが」

 操縦席も座席型ではなく、大型バイクの座席のような形をしていた。モニターも違っていた。コックピットの内壁が全てモニターで、佐久間は体験型のゲームに迷いこんだような錯覚を覚えた。

「操縦席から違うのですか。これは本格的に調査が必要ですね。開発部から何人かは来ますか?」

「いや、向こうもバタバタしているだろうから声は掛けん。代わりに誰かに声を掛けるのも良いな」

「声を掛けるのなら、星崎と顔見知りが良いでしょうか?」

「その辺りは任せる。ただし、口の堅い奴が良いな」

「分かりました。では、佐藤大佐、佐々木中佐、井上中佐辺りに声を掛けます」

「頼んだぞ」

 追加で簡単な打ち合わせを行い、佐久間が時間の合間を縫って作った計画書を受け取った松永大佐は支部長室から退室した。

 疲労が濃いのか、佐久間は口から深く息を吐いた。

 定例会議を一時中断し、保管区で発生した異常を終わらせ、今日で五日が経過した。

 この五日間で、佐久間が保有する情報は完全に更新された。恐らくだが、一名を除いた誰よりも情報を持っているだろう。除いた一名とは星崎の事だ。

 執務机の鍵付きの引き出しから、一冊のルーズリーフノートを取り出す。ノートを開くと、手書きの文字で大量の情報が書き記されていた。

 このノートを書いたのは星崎佳永依だ。

 心の整理が終わっておらず、佐久間に口止めを要求する代わりに、五日前に動いた二種の敵機の情報を『覚えている範囲で簡単に纏めた』ものだ。

 そう、簡単に纏めたもの。ノートを書いた人物はそう言った。

 だが、これを読んだ佐久間からすると、情報量が多過ぎる。装甲に使用されている素材の特徴まで書き記す必要が有るのかと思ってしまう。でも、今後の作戦を考えるに当たり、敵機の弱点が判るのは良い事だと己を納得させた。

「しかし、多いな……」

 口から漏れるのはボヤキだ。

 情報を得られるのは良いんだけど、『使用されている技術』まで簡単に書かれているのは何故でしょうかね?

 星崎が言っていた前世とやらで、どんな事をすれば、どんな立場にいれば、ここまでの情報を得る事が出来るのだろうか。星崎の前世がどんな立場にいたのかが気になる。技術方面にやたらと詳し過ぎる。職業が技術者か研究者だったのだろうか。本人に訊ねたくなった。

 パタンと、ノートを閉じて引き出しに仕舞い鍵を掛ける。

 これ以上考えても詮が無い。情報が得られただけで良しとしよう。

 そう考えて、気分転換に自分でコーヒーを淹れようと席から立った。

 ただの現実逃避である事は言うまでもない。


 ※※※※※※


 佐久間が現実逃避を始めた頃、無人の会議室でとある女性幹部が頭を掻き毟り、鬱憤を晴らすようにテーブルに拳を下ろした。そんな事をしても鬱憤は紛れる事は無い。逆に、拳が訴える痛みで顔を顰める。

 親指の爪を噛みながら、今後を思う。

「忌々しい。訓練生の分際で……」

 訓練生、星崎佳永依の愛想の無い顔を思い出し、南雲梨央は怒りで顔を歪める。このままでは階級の降格の可能性が有る。

 エリート意識の高い彼女からすると、今の状況は屈辱的だった。

 ――常に己が一番でなければ満足出来ない。

 それは南雲梨央の、訓練生時代からの渇望で、悪癖だった。

 柊学園に入学する前から持っていた、記憶を失くしてもなお、消える事の無い欲望。

 起死回生の一手を考えるも、妙案は浮かばない。

「せめて、私の方が優秀だと証明出来れば、どうにかっ――あっ」

 僅かな可能性に縋るように、とある方法を思い付く。

 賭けと言うのも烏滸がましい程に、成功の可能性は低いが――達成出来れば見返せる。何より、あの訓練生を排除出来る。

 醜い笑みを浮かべて、南雲は会議室から出た。


 そして、日本支部と星崎佳永依の未来を決める事件が起きる事になるが、その事を知る人間はいない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ