想定外の危機が去る~佐久間視点~
「自動修復機能起動の兆し無し。中枢破壊完了。……ふぅ、終わったか。ぃっ」
星崎の言葉通りに、戦闘は速やかに終わった。戦闘らしい事はしていないが、破壊活動は速やかに終わった。
佐久間は見た事の無いコックピットの空きスペースで、事の成り行きを見守っていた。加速時に体に掛かる慣性は感じなかった。これは星崎の操縦が上手いと言うよりも、コックピットに慣性を完全中和する機能が備わっていると佐久間は判断した。加速しているのに重力を全く感じないので、『正面に落ちている』ように感じた。
まさか、優先順位の低い調査対象の敵機の性能が、ここまで高性能だったとは。そして、調査報告書が未だに上がっていない事を思い出して、佐久間は頭を抱えた。
上体を起こして肩の力を抜いた星崎が小さく声を上げた。恐らく気が抜けた事で忘れていた負傷箇所の痛みを感じるようになったのだろう。
大丈夫かと、声を掛けるところだが、佐久間は躊躇った。
何も知らない・教えられていない筈の訓練生が、慣れた手つきで敵機を起動させ、操縦した。これだけでも十分衝撃的な事実だが、他にも見逃せない事実が有る。
敵機の名を知っており、且つ、その特性と能力を把握していた。
何故知っているのか。防衛軍が総力を挙げて調べても、何一つとして判明していないのに。
是非とも教えて欲しいところだが、眼前で頭を抱えている星崎を見ると『これがイレギュラーな状況』と思えて来るから不思議だ。教えを乞うても、星崎が把握している範囲でしか知る事は出来ない可能性が有る。
「星崎。お前が敵機を見た時に『全て破壊した』と言っていたな。あれは、どう言う意味なんだ?」
何と声を掛ければ良いのか悩んだ佐久間は、星崎に問いを投げ掛けた。
問いの回答は返って来ず、星崎の肩がピクリと揺れた。
「何故、お前が知っている。お前は一体、何者なんだ……」
佐久間の口から続いて出た言葉は『問い掛け』と言うよりも、『独白』に近い響きが有った。星崎は沈黙したままだったが、不意に警告音と共にモニター上を何かが駆け抜けた。
「何だ?」
「? ……松永大佐? 中佐達もいる」
星崎と二人してモニターの隅を見ると、彼女の言葉通りに銃器を持った幹部達がいた。彼らの無事を知り佐久間が安堵していると、星崎が何かの操作を始めた。
「支部長。心の整理が着くまで、ここで見た事の他言は控えてくれませんか?」
「心の整理?」
背後の佐久間へ振り返らずに、星崎はそんな事を言いだした。内容が口止めと思えなかった為、佐久間は星崎に意味を問う。
「準備とも言いますが。あとで、マルス・ドメスティカとこの機体の情報を簡単に纏めたレポートを提出します」
敵機の情報は欲しいので、レポートは有り難く頂こうと佐久間は内心で思い、同時に心の整理の意味を考える。星崎は心の準備とも言った。何に対する心の準備なのか。ガーベラの操縦が出来る星崎を、今失うのは大きな痛手となる。十月に他国との共同作戦を控えている今、彼女に出奔されては困る。
佐久間は星崎に確認を取る。
「心の整理が着いたらどうする気だ?」
「そうですね……荒唐無稽と言われる話を、支部長がどこまで信じてくれるかで決めます」
どんな荒唐無稽な話を聞かされるのか。佐久間は僅かに恐怖を覚えたが、クッションとして今聞けた事で良しとした。
「ままならんものだな」
星崎が操作を終えると同時にコックピットが暗くなり、無音で上昇し、ハッチが開いた。
ハッチの開閉音で佐久間の呟きは掻き消された為、星崎の耳には届かなかった。自身の無事を知らせる事を先決とし、佐久間がハッチから出て顔を見せると、全員が驚きの声を上げた。
「支部長!?」「ご無事ですか!?」
敵機の右膝の上を経由して床に降りる。男性幹部達が駆け寄って来た。
「見ての通り私は無事だ。状況を報告しろ」
佐久間の無事を知ると幹部達は安堵の表情を浮かべた。それも一瞬の出来事ですぐに表情を引き締めると次々に報告をして行く。
報告を聞き終えた佐久間は指示を出して行き、未だにコックピットにいる星崎を呼んだ。やや遅れて返事が返って来たが、佐久間はここで大事な事を忘れていた。
星崎はのろのろとした動きで慎重に、佐久間と同じ要領で自力で床に降り立った。
改めて星崎の全身を見て、余りにも痛々しい姿に一度見ていた佐久間も、他の幹部達と同じく表情を変えて言葉を失った。
手足の所々に火傷らしき怪我を負っている。皮膚は爛れて融けた服の隙間から赤い部分が覗いている。最も重傷なのは紐のようなものが絡み付かれた左足で、骨と思しき白い部分が融けたショートブーツの隙間から覗いている。左足を気にしているのか、右足を軸に立っている。
だが、火傷と明言出来ないのは、ブーツと衣類に焼け焦げ跡が無いからだ。焦げ跡が無い代わりに、融けて肌に張り付いている。負傷箇所から血が流れていないどころか、滲んですらいないのが、せめてもの救いか。
松永大佐が幹部を代表して星崎と問答し、星崎の右腕を手に取って観察する。松永大佐の目付きが徐々に険しくなって行く。見た目以上に重症なのだろう。彼は左手で後ろにいた佐々木中佐にハンドサインを送った。ハンドサインを受け取った佐々木中佐は素早く星崎の背後に回り込み、足を掬い上げるように横抱きに抱き上げた。
「……腕よりも左足の方が重傷だな。骨が見えているぞ」
「痺れて来たのでちょっと感覚が無いです」
「そう言った類は早急に言うべき事だろう。全く、誰があれを動かしていたんだか……。佐々木中佐、ウチの隊の医務室に運んでくれ」
「分かりました」
「え?」
呆れの混じった嘆息を星崎以外の皆で零し、松永大佐は佐々木中佐に指示を飛ばした。指示を受けた佐々木中佐が、呆けた顔になった星崎を抱えたまま走って行った。松永大佐は走り去った佐々木中佐の背を見送らず、見たものの背筋が凍らせるような笑みを浮かべた。その場にいた全員が震え上がる。室内温度が二十度に保たれているにも拘らず、佐久間に至っては松永大佐の背後で吹き荒れるブリザードを幻視した。
「さて、佐久間支部長。言い残す事は有りますか?」
「辞世の句ではあるまいし、そんな事を訊くな」
松永大佐から向けられた『黙ってないでさっさと吐け』と言わんばかりの笑顔に佐久間は、言い返す声が震えぬようにするだけで手一杯だった。
星崎の左足負傷の原因が佐久間に有ると、松永大佐には言えない。見られていたかも知れないが。
「ゴホン。会議室に残っている幹部達の事を忘れていないか? 今ここでお前達だけに報告しては二度手間になる」
佐久間は取り繕うように咳払いをしてから、幹部達を見回した。幹部達は胡乱な眼差しを佐久間に送った。
「それに、至急の調査対象が見つかった。全体への報告はそれが終わってからでも遅くは無い」
全員が何か言いたげな顔になったが、佐久間の指示内容を聞くと納得顔になった。そして、復活した通信機を使い、会議室に残った幹部達にも指示を出す。
保管区から出る前に、佐久間は一度振り返った。
視線の先には、頭部と胸部が破壊されたマルス・ドメスティカと呼ばれた黄緑色の機体と、傍で片膝を着いた青紫色の機体。
未知の技術で造られた、これから色々と知る事になる二つの機体。
これから日本支部は大きく変わって行く。
それが、明るいものか、暗いものかは、佐久間にも分からない。けれど、確実にやって来る未来の一つは解る。
書類仕事に忙殺される事だけは避けられない。
気の重い未来に、心が折れない事だけを佐久間は祈り、保管区から去った。