起きたら五日も過ぎていた
高速で動く銀色の機体。数手数秒先を魔法を使って視ながら、その動きについて行く。
――これは夢か。
意識が途切れる前の戦闘を夢で見るとは……。思うところは在るが、それだけ密度が濃かったと言う事なのだろう。
しかし、今になって思うが、もう少し魔法を使っても良かったのかもしれない。それも高速移動系の。
機体が動く、一挙手一投足の時間を魔法で短縮すれば、もう少しマシだったかもしれない。だがその代わり、変な目で見られただろう。リミッター解除しただけで出来る動作じゃないしね。
そう考えると、未来視系の魔法だけを使う選択肢で良かったのかもしれない。
ぼんやりとそんな事を考えていたら、場面が切り替わった。
宇宙空間から一変して、今度は見覚えの有る荒れた都市に移る。
――懐かしい。
一つ前の人生でいた場所。惑星セダムに存在した、ディフェンバキア王国の首都ランタナ。
元は美しい街並みの王都だったが、度重なる戦争が原因で荒廃し、都市としての最低限の機能しか残っていない。
崩れた城壁に、瓦礫がうず高く積まれた空き地、民家は焼け、避難民が日に日に増えて行く。
これが国家の首都なのだと思うと、修繕すら出来ないこの状況は本当に嘆かわしかった。
夢の中の自分は、この都市を見下ろしている。現在位置は、クリアンサス城のテラスだろう。
「クゥ。本当にやるのかい?」
「仕方ないでしょ。ここまでズタボロなんだもん。それに、利用出来る大気中の自然魔素の量が十分な内にやらないと、もっと困った事になるでしょうね」
「それは、そうなんだけど……」
隣に立つ男と眼下を眺めながら話し込む。『クゥ』と言うのは、過去の別の人物に『ククリでは言い難い』からと短く名乗ったもの。
この男の名は、トリキルティス。自分はティスと呼んでいた。ディフェンバキア王国の国王で、魔法に関しては教え子の一人。
そして珍しい事に、こいつは日本人だった前世の記憶を持つ。元日本人同士だからか、師弟関係を超えて気安い仲になっていた。
今思えば、こいつの前世が元プログラマーだったから、復興が出来たのかもしれない。
「さっさと終わらせるよ」
そう言って隣を見上げる。陽の光を浴びて、僅かに緑色の光沢を放つセミロングの銀の髪。アメジストのような紫色の瞳。それなりに整った容姿をしているが、童顔のせいで青年と言うよりも『十代半ばの少年』に見える。
種族的な分類は長命な『吸血種』なので、こいつはこの外見であるにも拘らず、既に二百年近く生きている。惑星セダムの住民は、吸血種が過半数を占めるので珍しくも無いし、吸血種の国はディフェンバキア王国以外にも多く存在する。
張り合う訳ではないが、こいつの指導役を引き受けた時点で(諸事情在り)自分は、この惑星で生活していただけで五千年以上も生きていた。
「そうだね。……それにしても、転生してもプログラミングを仕事でやる事になるなんて、夢にも思わなかったな」
「その辺は諦めてくれない? 流石のあたしもプログラミング系はやった事が無いんだもん」
「教えるから、マスターして欲しいよ」
「マスターしろって、ティスの場合C言語でしょ? 流石に時間が掛かるよ」
「それでも、多少は覚えてくれ。この星で魔法が使えるのは君だけなんだから」
軽口を叩き合いながら、共に城内へ戻る。
懐かしい過去の記憶。『復興』と言う名の許に色々と好き勝手やった、忙しくも充実した日々。
復興が終わると周りが騒がしくなり、今までのようにいられなくなってしまった。己の血が利用されないよう、ティスとは親友のような間柄を保ったまま、惑星セダムから去った。
去り際に、色々と頼んだがやってくれただろうか。
そんな事を思い出していると、目の前が真っ白になった。
「んぅ、んん~?」
小さく呻き声のようなものを上げながら、目を開く。
視界一杯に広がる白い天井に、ここはどこだろうと思考を回し、解熱剤を貰いに医務室に向かった事を思い出す。
首を動かし左右を見れば、清潔そうな白いシーツと、仕切り代わりのカーテンに、点滴懸架台。
解熱剤を貰おうとした途中で記憶が途切れているから、倒れたと判断して起き上がる。どれぐらい眠っていたのか頭痛がする。頭痛のせいか頭の回りが悪い。
右手で蟀谷を擦りながら起き上がり周囲を見回す。
点滴懸架台の反対側、サイドチェストがベッドの右傍に置いて在り、その上には訓練生用のパイロットスーツとヘルメットと髪紐と、何故か更衣室のロッカーに在る筈の、見た目は学生服にしか見えない(見ただけで訓練生と認識出来るようにどこの国もこのデザインが採用されている)訓練生用の制服が置いて在った。反射的に己の姿を見下ろす。上下黒色の三分袖のTシャツと七分丈スパッツと言う格好。パイロットスーツを着る際のインナーウエアとして支給されているもの。インナーとは言え下着の類では無いから、見られても問題の無い格好だ。
取り合えず制服を着ようと思考を回す。その為には左二の腕の点滴を外す必要が有るけど、医務スタッフを呼び出すコールボタンが枕元に無い。
勝手な行動だが外して仕舞おう。
管を固定するテープに手を伸ばすと同時に、前触れなくカーテンが音を立てて開いた。やって来たのは白衣を肩に引っ掛けた軍医だが、知らない男性だった。
「起きたのか。調子はどうだ?」
「え? えっと、頭痛が酷いぐらいで……」
「そうか。もう少し寝ていろ」
「はぁ」
気の抜けた返事しか出て来ない。
意識が途切れる前に会った軍医は三十代半ばの男性だった。たった今、こちらの返事を待たずにカーテンを閉めて去った軍医は五十歳過ぎの男性。
ここはどこだろう?
疑問が湧くが、軍医の指示通りに横になる。
戦艦内の医務室にいた筈なのに、どうなっている?
思考を巡らせるが答えは出て来ない。
それから暫くして。ドタドタと、騒々しく走っているような音が聞こえて来た。一体誰だろう。走ってはいけないのは学校の廊下だけではないと思うんだが。
……それにしても、頭が痛い。
寝過ぎによる頭痛だと思うが、あの戦闘で脳を酷使した後遺症じゃないよね?
鑑定魔法で一回調べて見るか。自分の体の調子を見るだけなら、鑑定プレートを使わなくても結果を知る事は出来るし。目を閉じ、鑑定魔法で体の状態を調べようとしたところで、カーテンが再び音を立てて開いた。音に驚いて目を開く。
「星崎!」
今度は誰かと思えば、やって来たのはチーム専属の男性教官――高城俊郎教官だった。その後ろには先程の軍医もいる。
ちなみに、星崎と言うのは今の自分の名前だ。正確には『星崎佳永依』だ。
起き上がろうとしたら軍医に制止された。指示に従うと、軍医が白衣のポケットから取り出したコントローラーらしきものを操作し始めた途端、ベッドが動いた。昇降機能付きベッドだったのか、ベッドボード無しで上体を起こした体勢になる。やる事はやったと軍医が去ったところを見計らい、高城教官に用件を訊ねる。
「教官、どうしました?」
「どうしたもこうしたも無いだろう! お前、あれから五日も眠ったままだったんだぞ!」
ベッドに寄り掛かったまま首を傾げて問えば、高城教官の口から予想外の回答が飛び出した。
「え゛」
想像もしなかった返答に、口元が引き攣ったのが判った。
五日も眠っていたのか。そりゃあ、頭痛もする筈。頭痛の原因が判明すると同時に、ここがどこなのかも判った。
あの戦闘から五日も経っているのなら、ここは月面基地か地球の訓練学校が存在する島か。軌道衛星基地も存在するが、演習終了後に月面基地を経由して地球の訓練学校に戻る予定だったので、軌道衛星基地ではないのは確かだ。
「ええと、ここはどこですか?」
「月面基地だ。あの戦闘に訓練生のお前達を出したからな。日本支部への報告も兼ねている」
「チームの先輩方は?」
「……一足先に地球に降りた」
「降りた? 演習は?」
「中止だ。そんなものをやっている状況ではない」
そんなものって。演習って大事だよね?
その後も自分の独り言に近いブツ切り質問に高城教官は律儀に答えてくれた。しかし、普段ならば自分で考えろと、突き放されそうな質問にも返答してくれた高城教官を『何時もと対応が違うなー』と、まじまじと見てしまう。
「教官。何時もと対応が違いますが、どうしました?」
「こんな状態になってまで、気にするのはそこか!?」
思わず尋ねたら、頭を抱えた教官から盛大なツッコミを受けた。
だってさ、根性理論主義者の典型的な体育会系の教師が妙に気を使ってくれるって、『何か変なものでも食べました?』って聞きたくならないか? 鬼の霍乱かって思うじゃない。意味は違うけど。
「はぁ……何時も通りのマイペースっぷりだな」
深いため息と共に呆れられてしまった。
そこまで呆れる事かと思わなくも無いが、目を覚まして訊ねる事でも無い、か?
「まぁいい。今はそんな事よりも、お前に知らせる事が在る」
咳払いを一つ零して、教官が姿勢を正した。
真面目な内容だなと察し、こちらも態度を正す。
「知らせだが、その前に――訓練機で良く生き残った。お前が敵大将機の相手をしてくれたお蔭で、撤退戦は成功した」
サラッと、とんでもない情報が出て来た。
あの銀色、大将機だったの!?
撤退戦成功の功労者として褒められた事よりも、その事実に驚いた。
「お前がズタボロにした訓練機だが、今回に限り始末書は無しだ」
すっかり忘れていた事を思い出して内心焦ったが、続いた『始末書無し』の言葉にホッとする。
不可抗力だとしても、演習中に訓練機の装備品を無くしたり、損壊させると始末書の提出を求められる。これが命令と言うか義務だから本当に嫌なんだよね。
「ほぼ大破に近いが、今回の戦績と緊急要請に応えた事での特別処遇だ。それだけは忘れるなよ」
「……はい」
あとに続いた言葉にやっぱりかと思ってしまう。
「お前が眠っている間に、精密検査も済ませた。異常は見つからなかったが、最低でもあと四十八時間は安静にする事。点滴が終わったら、兵舎に移動しろ。荷物はベッドの下に全て置いて在る。支部長と面会は有るが、それは向こうの日程調整が済んだら追って連絡をする」
「分かりました」
教官の言葉に返事を返す。知らぬ間に精密検査まで行われたのか。でも、異常無しなら良いか。荷物は支給のボストンバッグに入れっぱなしだったから、そのまま運ばれたのだろう。何時も首から下げている道具入れは、パイロットスーツを着るから宝物庫に入れた。
ちなみに、技術が進んだ今、玄関口の端末を操作すれば割り振られた部屋の場所を知る事が出来るので、今ここで教官から兵舎の部屋の場所を聞く必要はない。
療養後に日本支部長と作戦指揮官と面会が有るみたいだが、今考えても仕方が無い。追加の連絡もあとから来るみたいだし。穏便に済めば良い。
知らせと言うか指示を言い終えると、今度は教官からの質問が飛んで来た。
「望遠カメラで戦闘は見ていたが、コックピットへの横の斬撃はどう対処したんだ?」
「自動操縦で後ろに下がらせつつ、片手でシートベルトを外して、フットペダル当たりの隙間に体を捻じ込んだだけです」
「……よくそんな判断が出来たな」
真面目に答えたのに、何故か呆れられた。
時間が経過した今だからこそ思うが、普通はシートベルトを外してコックピット内を移動したりしないな。あの時は『ここで死ぬと、このあとが面倒だから』と、常識を忘れて行動した。生き延びたからこんな事が思えるんだろうね。
この質問を最後に、教官は医務室から去った。
入れ替わりにやって来た軍医の手で、ベッドは元の状態に戻された。
点滴が終わるまで、天井を眺めながらこれからの事を思う。
うっかり行動してしまったが、訓練生と言う立場を利用して逃げるしかないかな。
モブキャラとして無難にやり過ごしたいのに。何であんな敵に遭遇してしまうんだか。
ため息を零しても状況は変わらない。
どうやって逃げ切るか、ぼんやりと考え続けた。
そして、点滴が終わると制服を着こみ、荷物を持って早々に兵舎へ移動する事になった。用が無いならさっさと行けと、言わんばかりに医務室から追い出されたからだ。サボタージュ精神が見え隠れする対応には本当に呆れる。これが軍医で良いのかと思ってしまうが、業務に支障がないのなら文句を言ってもしょうがない。
ボストンバッグと支給品のスマホのアプリで表示した案内図を手に、月面基地内を移動する。
すれ違う正規兵は『何故ここに訓練生がいる?』と疑問顔をして去る。基本的にこの基地には訓練生は殆どいない。大体の訓練は地球で行っているし、ここは最前線に最も近い基地でも在る。色んな国の正規兵が駐在しているからか、正規兵の服装は所属国家ごとに違っている為、すれ違う正規兵の服装はばらばらだった。それでも、一目で軍服と判るデザインなので、学生服に見える訓練生の制服格好の自分は非常に浮く。
最前線に放り出される訓練生はそういない……いないんだけど。何の因果か、五日前に前線に向かう羽目になった。運の無さを嘆けば良いのか判断が難しい。
到着した兵舎(日本支部用)の玄関口で端末を操作しながら嘆き、指定された一階の部屋に向かう。
「個室?」
意外な事に、指定された部屋は個室だった。教官が気を使ってくれたのか、空きがここだけだったのか不明だが、個室(割と広い)なのは純粋にありがたい。顔も知らない正規兵との同室は嫌だしね。
ドアに鍵を掛け、ボストンバッグを床に置き、ベッドに寝転がる。移動中、嫌になる程に視線が集中し、妙なひそひそ話が聞こえて来た。その気疲れが出て来たのかベッドの上で、ぐで~と、伸びてしまう。
四十八時間は安静にしろと言われているし、報告書の提出も求められていない。時間的に少し仮眠と言わずに、睡眠を取っても良いだろう。
スマホを操作してアラームをセット。制服を脱ぎ、インナーウエアのままベッドで眠る事にした。