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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
軌道衛星基地にて 西暦3147年8月
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予想外の危機を乗り越えて

 ゆっくりと近づいて来るこの機体――マルス・ドメスティカの最大の特徴は、『女性をエネルギー源の一つとして生きたまま融かして取り込み動く』と言う点にある。そしてエネルギー切れが近いと、周囲にいる女性を襲い取り込むようにプログラムされている。その為、破壊する時に女性がいると真っ先に狙われる。

 この情報を思い出すと、今回の怪奇現象は『エネルギー源となる女性(自分)が近くにいた』から起きたと理解した。そしてあの幽霊は、自分を誘寄せる為の、疑似餌(ルアー)代わりの立体映像だったのだ。正面からじゃないと認識不可能の特殊な映像だから、監視カメラに映らなくて当然だ。

 ……支部長の言う通り、本当に運が無いな、畜生っ!

「支部長!」

 叫び声を聞くと共に、支部長に腕を掴まれ引っ張られ、そのまま出入り口に向かって走る。しかし、残骸を踏み越え、遠回りしながらの移動だからか、二十メートルも無い距離だと言うのに出口は遠い。厄介なのは足止めをするように、残骸が礫のように後ろから飛んで来る事。

『アアァ、タリナイ、タリナイノ……』

 広域語(正確には広域使用語)の女の声で、呟きが聞こえる。融合が中途半端なのか、それとも脳だけが別の何かに浸食されているのか。

 判別出来ないが、それとは別に判明している事が有る。

 このまま自分と一緒にいると、高確率で支部長も狙われる。

 手を掴まれているんだったら振り解くのは簡単だが、現在掴まれているのは腕。それも二の腕。振り解きたくても振り解けん。

「支部長、手を――」

「駄目だ。お前には聞く事が山のように在る」 

 やべぇ。支部長はさっきうっかり喋ったのを聞いていたのか。心なしか、腕を掴む力が強まった。逃がさないと言う意思表示だ。

 どこまで喋って良いのか分からない。でも、自分と一緒にいると危険だと言う根拠だけは教えないと。

「支部長。あれの狙いは、私だけです。一緒にいると危険です」

「何故それが解る?」

 当然の疑問を返される。異常現象が自分の周囲にだけ起きているからだと言っても、手を放してくれなさそう。

「ええと、あれは女性をエネルギー源の一つとして取り込んで動く兵器です。この近辺で該当者は私以外に居ません!」

「何だって? ――うぉっ!?」「わっ!?」

 支部長が振返る事で移動の速度が少し緩んだ直後、正面に残骸が落ちた。思わずたたらを踏み、背後に振り返る。

 マルス・ドメスティカとの彼我の距離は二十メートルも無い。

 そして、胸部ハッチが半分ほど開いており、内部が少しはみ出ている。はみ出ているのは中途半端に解けた人間の手と触手紛いな紐っぽいもの。普通にグロいな。

「うわぁ……」

 でも、そんなグロいだけのものよりも、触手のようなヤバいものが出ている。記憶を探れば、あの触手紛いなものは確か『拘束具』だった気がする。取り込んだ女性が外に出られないように拘束する為のもので、アレで拘束されると接触箇所が融ける。掠っても融ける。おまけに手足に絡みついた時に引っ張ると、手足の先が融解されて断ち切られてしまう。その為、捕まると抵抗が難しい。

 マジでヤバいんだけど、支部長は手を放してくれない。

「何だあれは?」

 振り返った支部長は、マルス・ドメスティカの胸部ハッチからはみ出ている拘束具と、半融け状態の人間の左手を見て、口元を痙攣させた。どう見ても気持ち悪いもんね。

「支部長、あの拘束具に捕まると不味いので、手を放して下さ――っ」

 台詞を遮るように、今度は銃声が響いた。聞き慣れてはいるけど、複数の銃声が同時に響いて反響した。その為、手で耳を押さえないと顔を顰める程の大音量で聞こえる。誰が銃を撃った――待て、どこに在った?

「緊急装備にはマシンガンしかなかったか?」

 銃声で若干顔を顰めた支部長の呟きを聞いて思い出す。

 ……そう言えば井上中佐を含む五人が、緊急装備を取りに一度保管区から出たっけ。すっかり忘れてた。

「支部長! 早くこちらへ!」

 銃声の合間に、マシンガンを手にした男性陣の一人が叫ぶ。顔の確認何て出来ん。マルス・ドメスティカの拘束具に捕まったらヤバいのだけど、支部長が手を放してくれない。降ってくる残骸や床に散乱している残骸を避けながら少しずつ出口へ移動する。

 マルス・ドメスティカの足止め目的でマシンガンを撃っているみたいだけど、効果は全くと言って良い程に無い。記憶が定かなら、装甲は衝撃に強い鋼のような金属を使用していた筈だ。瞬間的な超高温には弱かったけど。前回破壊した時は、魔法で焼かずに塵に分解したんだっけ。

 余分な事を思い出している場合じゃない。でも、足止めをするのなら、手榴弾か閃光弾が必要だな。

 支部長から離れられないのなら、別手段を探すしかない。どこかに手足が一個もげているだけの機体とかないかな。透視と千里眼を発動させて探す。残骸が礫のように飛び、床に落ち砕けて散らばる中、少し離れた残骸の向こうに片足の無い青紫色の機体を見つけた。

 頭部が割れ、所々に亀裂が入っている。よく見れば胸部が大きく凹み、左肩は拉げている。正直に言うと、見た目だけでは動くか不明な機体だ。

 けれど、記憶が確かなら、あの機体には『簡易自動修復機能』が搭載されていたので、まだ動く筈。

 気になるのは、胸部が凹んでいるだけの『有人操縦機』が残骸扱いされている事か。パイロットはどうしたんだろう?

 透視と千里眼を解除して、少しずつ近づいて来るマルス・ドメスティカを見上げ少しずつ下がる。

 触手のように蠢く拘束具から目が離せない。全長二十メートルになるマルス・ドメスティカの胸部から延びる拘束具は、非常に長かった覚えが有る。かつて破壊すべく相対した時に見た拘束具の長さは、胸部から足元へ垂らし直角に曲げて五メートルぐらいは有った。彼我の距離が二十メートルを切っている今、拘束具の間合いに完全に入っている。にも拘らず蠢いているだけなのは、確実に捕獲する為か。

 取り込んだ女性の脳は生体演算機構の一つに使われない。故にマルス・ドメスティカがこの行動を取る理由は、最初から搭載されている生体演算機構が『学習型』である可能性が高い。それは近づいた方が確実に捕獲出来ると『生体演算機構が学習している』事を示す。

 厄介なと、思っていたら、拘束具が伸びて近くの残骸の一つに絡み付き、残骸の山から引き抜いた。

 一拍の間を置いて、残骸の山が崩れる。厄介な事に、崩れる残骸で拘束具が隠れただけでなく、残骸の山が崩れる先には自分と支部長がいる。

 流石にこれは不味い。残骸で隠れた拘束具から逃げるのは難しい。

 それだけでなく、支部長は未だ自分の腕を掴んだままだ。バラバラに逃げる事は出来ないし、反射的に別方向に動こうとすると、腕を引っ張られる。何度か引っ張られて転びかけたんだけど、支部長はまったく気にしない。腕に跡が残りそうだからそろそろ放して欲しい。

「って、やばい」

 支部長から見えない角度で、残骸の陰から拘束具が伸びる。右腕を掴んでいる支部長の手を強引に引き剥がす。可能な限り距離を取る為に一歩大きく踏み出す。

「待てっ」

 だが、支部長に再度腕を掴まれ引っ張られて、バランスを崩し右足を中心にひっくり返る。支部長は一度手を放して自分を受け止める。そこで、タイミング悪くひっくり返った反動で上がった左足首に拘束具が絡み付いた。予想以上の痛みに歯を食いしばって耐える。

「~~っ!?」

「星崎!?」

 高温の熱で皮膚が融ける。火傷とも、裂傷とも、これまでに経験したどの痛みとも違う。我慢は出来るが、経験した事の無い痛みに声が漏れる。合皮のショートブーツ越しにも拘らず、融解速度が速い。

 砕けて床に散らばった周囲の残骸から細い金属棒を掴み、拘束具を巻き取るように引き剥がしを試みるが、締め付ける力が思っていた以上に強い。舌を噛まないように気を使いながらの作業だが、金属棒が先に力尽きて折れた。次に掴んだのはノートサイズの金属破片。これに空間を割断する魔法『絶境』を纏わせて振り下ろそうとしたところで、拘束具のたるみが伸びて行く。拘束具のたるみが伸びきったあとに抵抗すると、足から先が融かし切られる恐れがある。

 急いで金属破片を振り下ろそうとしたところで、背後から肩を掴まれて引っ張られた。拘束具が足に深く食い込む。それは融解速度を速める行為だ。

 慌てて肩越しに背後を見れば、支部長がいた。

「支部長!? 放して下さい。足が、持って行かれる」

「少し踏ん張れ! 今――」

 羽交い絞めをするように、支部長は自分の両脇下に腕を差し込んで引っ張ろうとしている。今引っ張るのは非常に不味い。支部長の言葉を遮るように声を上げる。

「切断されるから、放して下さいっ!」

「はっ!? 切断!?」 

 意味を理解したのか、驚きで支部長の動きが止まった一瞬の隙をついて腕を振り解き、絶境を魔法付与した金属破片を拘束具に振り下ろす。空間を割断する魔法を付与した結果、手応えを感じる事無く、スパッと、拘束具の切断に成功した。

 拘束具の先端は切り離されると、融解させる機能が停止する。

 その知識を頼りに両手で素早く、足に絡みついた拘束具の先端を剥がす。念の為、掌に簡易障壁を展開しての作業だったが障壁に異常無く終わった。

「融けて、いるのか……」

 左足首を見た支部長が背後で息を呑んだ。拘束具の先端を適当なところに捨てながら思う。

 無理も無いよね。自分も初めて見た時、滅茶苦茶驚いた覚えが有る。

 魔法で痛覚を遮断してから片膝を着いて、マルス・ドメスティカを見上げると、切れた拘束具の先端が伸びて行く。どうやら自己修復機能は健在らしい。

 再び触手のような動きで拘束具が襲い掛かって来る。

 近くの残骸を拾って投げ付ける。拘束具の先端に残骸を当て、軌道を曲げて転がるようにして避ける。それを何度か繰り返すが、完全に回避は出来ず、先端が腕と脚を何度か掠めた。掠めた部分は左足首と同じように融けて、痛みが走る。

 背後にいた支部長は、どこに隠し持っていたのか、護身用の拳銃を抜き、マルス・ドメスティカに向かって発砲している。全く効果は無いが。

「支部長! 星崎! 伏せろ!」

 野太い声と共に、バシュゥッ、と気の抜けた音が響いた。流石に拘束具から目を離す訳にはいかず、片膝を床に着いたまま体勢を低くし、伏せずに腕で顔を庇う。

 ロケットランチャーか何かをぶっ放したのか、爆音が響き、爆風に煽られる。マルス・ドメスティカの頭部に着弾したらしく、爆煙で視界が遮られて、拘束具の動きが少し鈍った。

 今がチャンス。

 目星を付けていた、青紫色の機体に向かって走り出す。治療もせずに全力疾走したら左足を痛める事になるが、目星の機体に乗り込み次第、魔法で軽く治療すればいい。多少重傷化しても、現代医療ならば魔法に頼らずとも完治は可能。

 皮算用に近い算段で、背後から己を呼ぶ声を無視して、残骸の間を走り抜ける。獲物が遠ざかった事を理解したマルス・ドメスティカが、緩慢な動きで向きを変えて追って来る。記憶の中の動きと比べると、亀に例えたくなる程に非常に遅い。推測の域を出ないが、エネルギー切れが近いんだろう。

 ここまでは想定内だ。餓死寸前の肉食獣の目の前で、負傷した獲物が逃げたら追いかけるのは当然だろう。

 でもね。

「支部長。一緒だと危険ですよ」

 自分のすぐ後ろを追走する支部長に忠告を送る。支部長は今年で五十歳になったって聞いたんだけど、何故全力疾走している自分に追い付けるのか。不思議だ。 

「状況が解、決されな、ければ、どこ、にいようが、危険だ」

 支部長の息が上がっているけど、大丈夫なのかな? 今は自分の心配をした方が良いんだけど。

 残骸の山を登り、青紫色の機体の首元に取り付き、人間で言うところの左鎖骨辺りを調べる。自分が持つ記憶が確かなら、この辺りに外部からハッチを開けるレバーが在った。

「星崎。こいつは動かないぞ」

「いえ、記憶が確かなら、こいつはまだ動きます」

「記憶って、何時の記憶だ?」

「……前世?」

「こんな時に、何を言い出すんだ……。って!?」

 言ってはいけない事を口走ったが、探していたスイッチカバーが見つかった。カバーを手前に引き開けてレバーを九十度下に回すと、コックピットに入る為のハッチが動いた。

「動いただと!?」

 お約束の台詞を吐いて仰天する支部長の手を引く。マルス・ドメスティカはすぐそこまで迫って来ている。拘束具がこちらに伸びるよりも前にハッチが開いた。

 支部長と共に目星を付けていた機体の薄暗いコックピットに転がり込む。間一髪でハッチを閉め、大型バイクの座席に似た騎乗型の操縦席に跨る。同時に衝撃がコックピットを襲った。コックピットが定位置に降下中だったので、慌ててシートにしがみ付いて転げ落ちるのを防ぐ。しがみ付いた際に両腕に力を込めたからか、表面が焼け爛れた両腕が痛んだ。

「しつこいな」

 痛みに顔を顰めてぼやきながらも、上体を起こして覚えている手順通りに、両脇の操作盤のスイッチを次々に押して起動準備に取り掛かる。

「星崎。壊れているようにしか見えないが、本当に動くのか?」

「簡易自動修復機能が搭載されている筈なので、欠損が有ろうとも動きます。それに、燃料も残っている筈です」

 外から来る攻撃を完全に無視して準備を進める。この機体は非常に頑丈なのだ。操縦も装備も癖が無いのである意味使い易いし、何より操縦経験時間が最も長い。

 最後のロック解除に、正面やや下に存在する二つのLの字型の操縦桿(長い方が内側)を掌を上にして掴んで限界まで手前に引き、内に九十度回転させ、操縦桿を縦にして再び押し込む。カチッと綺麗に嵌る手ごたえを感じた。

 すると、薄暗かったコックピット内が一気に明るくなった。操縦席と操作盤が在るだけのシンプルなコックピットだ。明かりが灯ったが、肝心のモニターは黒いまま。一度押し込んだ操縦桿を再び引っ張り、軽く肘を曲げる程度の長さにまで伸ばす。そしたら再び内側に倒して(元の状態から半回転させた状態)シートの両脇の接合部に接続。これが最後の起動操作となり、モニターが白く染まる。

『起動準備完了』『燃料残量満杯。炉石異常無し』『左膝より下欠損。自己修復不可能』『左腕。自己修復済。駆動可能』『生体演算機構破損につき無人運用不可能。有人操縦へと移行します』『主撮影機修復完了』『副撮影機起動』『全周囲画面起動』『長剣砲使用可能』『飛翔器使用可能』

 大量の黒字の文章(広域語)が次々に、白く発光するモニターに表示されては消えて行く。その中に『生体演算機構』の文字が有る事に気づき、口の中に苦いものを感じた。



 生体演算機構は、この機体に今も攻撃を加え続けているマルス・ドメスティカと同じく違法技術の一つだ。材料に五歳児から十歳児までの『子供の脳』を必要とする為、違法指定された経歴が在る。本来は脳機能に障害を持った患者の為に開発された医療技術なのだが、何をどうしたら犯罪に使われるようになってしまったのか。

 


『アゲラタム起動します』

 最後に流れた文章が消えると同時にモニターが切り替わる。機体の全長差でカメラが胸部に当たったからか、マルス・ドメスティカの胸部がドアップで映し出された。ドアップで映し出された為、胸部の見たくも無い悍ましい部分まで見える。

「……何だ、あれは」

 背後から、支部長の生唾を飲み込む音が聞こえて来た。

 無理も無いか。自分も、二度と見る事は無いと思っていた部分が映し出されているのだから。

 モニターに映っているのは、マルス・ドメスティカのコックピットに当たる部分の内部だ。

 だが、その内部は酸鼻を極めた有様になっている。

 触手のようなもので拘束された全裸の女性の体は、大部分が融けていて、所々に骨のような白い部分が見え、腹部からは細長いピンク色の臓器がはみ出ている。拘束具に絡まり、僅かに残る青い髪。両脚は融けて骨だけが残っている。右腕全体は皮膚が爛れて筋肉が見える。四肢で皮膚が辛うじて残っているのは左手だけ。頭部の殆どが融けて混ざり、顔の輪郭や目・鼻・口などのパーツすら判別不可能となっている。

「悍ましい」

「吐かないで下さいよ。あれの本来の用途は、純粋な医療技術だったんですけどね。……開発者は死んで、関連資料や設計図も処分した筈なのに、何で残っているんだか」

 操縦桿を握り直す。アゲラタムの操縦方法は難しくないが、操縦席が座席型ではなく、騎乗型なので普段と体勢が違う事だけが心配だった。

 それでも、この状況を乗り切る為には、操縦するしかないんだけどね。その前に支部長から、最終確認を取る。

「支部長、周囲への被害はどこまでが許容範囲内ですか?」

「そんな事は気にするな。どの道アレがここを出て暴れたら、基地への被害は甚大なものになる。今は仕留める事だけを考えろ」

「了解。引き剥がしてから、中枢を叩きます」

 良し。言質は取った。これで周囲の被害は気にしなくても良いだろう。

 大型バイクに乗るように、左右の操縦桿を握り、上体はシートに寝そべるような姿勢を取る。無事な右足はペダルに乗せて、自転車のサドルの高さを変えるような感覚で、丁度良い高さにまで下に落とし固定する。これで両足分の高さ調整が同時に行われた。負傷した左足は、アゲラタムの左足が欠損している以上、使わないのでペダルに乗せる程度にする。

 さぁ、戦闘開始だ。

 ペダルを思いっきり踏み込む。アゲラタムのバーニアを吹かし、マルス・ドメスティカの背面の壁に向かって突撃する。壁に叩き付けられた衝撃で、マルス・ドメスティカの拘束が緩む。拘束が緩んだ瞬間を狙って背後にバーニアを吹かして下がり、左腰の長剣砲を右手で抜いた。

 長剣砲は、剣の切っ先が二又に割れた変わった形状をしている。二又の中心はレンズ状の鉱石が取り付けられていた。今回はこの砲の機能は使わない。

 マルス・ドメスティカは、アゲラタムを再度拘束しようと近づいて来た。後ろに下がって拘束具から逃れ、その内何本かは切り捨てる。

『――、――ッ』 

 声にならない高音の悲鳴が、アゲラタムの通信機経由で響き、鼓膜に突き刺さった。聞くに堪えない苦しみの声に、怒りが湧く。二度と聞く事は無いと思っていただけに、湧き上がる怒りは強い。

 心の中で『ごめん』と謝ってから、両手で剣を握って担ぐように振り上げ、再度バーニアを吹かせて接近。への字を描くような動きで飛翔し、胸部に向けて剣を振り下ろした。剣がめり込み、胸部は一撃で簡単に砕けた。だが、マルス・ドメスティカの動きは止まらない。

 理由は簡単だ。胸部はコックピットでは無く、囚われた女性はパイロットですらない。一つの『生体部品扱い』なのだ。事実、この機体は無人機と認識されていた。

 剣を胸部に振り下ろしたのは、ただの介錯だ。残った片足で後ろに一歩跳んでしつこい拘束具から逃れ、ついでに剣を胸部から離す。再度バーニアを吹かして近づき、剣を振り上げて演算機構の中枢である頭部を胴体から切り離し、素早く向きを変えて床に転がった頭部にも剣を振り下ろす。

 厄介な事に、マルス・ドメスティカは頭部が切り離されても、遠隔操作可能なのだ。しかも、頭部を掴んで再度乗せるだけで、自動修復機構が元通りに直してしまう。故に切り飛ばして真っ二つにする必要が有った。

 頭部が真っ二つに破壊された事で、マルス・ドメスティカは動きが完全に停止し、尻餅を着いて背後の壁に凭れるような形で、轟音を立てて倒れた。

 アゲラタムに片膝を着くような姿勢を取らせて、マルス・ドメスティカの動きを観察する。何時でも攻撃が加えられるように剣を構える事も忘れない。

「自動修復機能起動の兆し無し。中枢破壊完了、か。……ふぅ、終わったか。ぃっ」

 マルス・ドメスティカの再起動の兆しが無い事を確認してから、上体を起こして肩の力を抜く。気を抜いたら負傷箇所が痛みを訴えた。

 戦闘らしい事はしていないけど、破壊は終わった。エネルギー切れが近かったのか、あるいは別の要素が存在したのか、動きが緩慢で助かった。

 しかし、どうしよう。支部長の目の前で、技術調査名目で保管されていた敵機の操縦をしてしまった。緊急事態だからしょうがないんだけど。

 オカルトがお遊び扱いされている現代では、『ファンタジー』なものは受け入れられないだろう。これは本格的に雲隠れを検討しなくてはならない。

 戦闘に勝ったと言うのに、前途多難な暗い未来を予感して頭を抱えた。

 支部長から二つ程質問を受けたけど、答えられない。どう答えれば良いのか悩んでいると、警告音が鳴り、モニター上をロックオンマーカーが走った。

「何だ?」

「? ……松永大佐? 中佐達もいる」

 ロックオンマーカーが捉えたのは銃を持った松永大佐達の姿だ。手に持っているものが『武器』と認識されたから、敵判定を受けたのか。操作盤のスイッチを操作して、ロックオンマーカーを消す。

 停止操作と起動ロック操作を行いながら、マルス・ドメスティカを退けた事で、今までに一度も考えなかった未来が迫る気配を感じた。

 背後へ振り返らずに、支部長に口止めを試みる。

「支部長。心の整理が着くまで、ここで見た事の他言は控えてくれませんか?」

「心の整理?」

「準備とも言いますが。あとで、マルス・ドメスティカとこの機体の情報を簡単に纏めたレポートを提出します」

「心の整理が着いたらどうする気だ?」

「そうですね……荒唐無稽と言われる話を、支部長がどこまで信じてくれるかで決めます」

 偽らざる本音を告げて、操作盤のスイッチを押す。乗り込んだ時とは逆に座席が揺れを感じさせない程の無音駆動で上昇し、コックピットのハッチが音を立てて開放される。開放音に紛れて支部長の返答は聞こえなかったが、気にはならなかった。

「支部長!?」「ご無事ですか!?」

「私は無事だ。状況を報告しろ」

 支部長がハッチから顔を出し、コックピットから出て行った。アゲラタムの全長は、ナスタチウムやガーベラに比べるとやや小柄で、十二メートル程度。例に挙げた二機の全長と三メートル程度の差しかない。片膝を着いた駐機体勢を取っているから、どうにか降りる事が出来たんだろう。多分。

 コックピットの外から男性陣と互いに安否確認の声が行き交い、情報を交換し合う声が響く。

 その声を聞き流して、自分の両腕を見る。マルス・ドメスティカの拘束具が一度絡み付いた部位は融け爛れたままだ。

 このまま治癒魔法で治してしまいたいけど、説明が面倒極まりないので当初の予定を変更して我慢する。全てを話す心の準備も出来ていないしね。

 軽く息を吐いていると、外から自分を呼ぶ声が聞こえて来た。のろのろとした動きでハッチから顔を出して返事をする。コックピットから床までの距離は思っていた以上に無かった。建物二階分ぐらいの高さだな。飛び降りれる高さだけど、心配させない為にもアゲラタムの右膝を経由して床に降りるか。

 右足を使って慎重に降りて床に立ったら、支部長だけでなく他の男性陣までもが顔色を変えた。

「星崎。……その火傷はどうした?」

「? 火傷、ですか?」

 代表して口を開いたのは、口元を僅かに痙攣させた松永大佐だった。質問を受けて改めて両腕を見る。制服自体は焦げている訳では無いが、両腕両足を中心に所々が融けて纏わり着いている。融けた制服の隙間からは爛れた皮膚が覗き、赤い部分が見える。

 ……どこからどう見ても火傷にしか見えないな。

「あー、暴れていた敵機から伸びている、あの紐みたいなものが絡みついたり掠った時に、こうなりました」

 機能停止したマルス・ドメスティカの胸部から伸びている紐っぽいものを指さして答える。すると、松永大佐は額に手を当てた。

「いや、こうなりましたって……痛みは無いのか?」

 痛みと問われて思い出す。左足だけ魔法で痛覚を遮断していたな。適当に誤魔化そう。

「一応、我慢出来る範囲です」

「そうは見えん。一度見せろ」

 近づいて来た松永大佐が自分の右腕を手に取り患部を診る。袖を捲くらないなどの火傷に対する禁止行動――実際に火傷を負った時に行うと、皮膚も捲れて悪化させてしまう――を取っているので、火傷と認識されているのだろう。松永大佐の目付きが徐々に険しくなって行く。そして不意に、下から掬い上げるように、左足が外側になるように抱き上げられた。タイミングよく右腕が解放される。誰に抱き上げられたのか首を巡らせて確認すると、佐々木中佐だった。その視線は鋭く負傷部位に注がれている。

「……左足が最も重傷だな。骨が見えている。痛みは無いのか?」

「痺れて来たので感覚がもう、殆ど無いです」

 実は魔法で痛覚を遮断しているが、そんな事実は言えない。視線を逸らして回答すれば、松永大佐だけでなくその場にいた全員が、呆れたと言わんばかりに嘆息を零した。

「そう言った類は早急に言うべき事だろう。全く、誰があれを動かしていたんだか……。佐々木中佐、ウチの隊の医務室に運んでくれ」

「分かりました」

「え?」

 松永大佐の指示を受けた佐々木中佐は、自分を抱きかかえたまま走り出した。ちょっと呆然とした隙に、佐々木中佐は保管区から走って出てしまった。

「あの……」

「動くな。俺が抱えて走った方が早い」

「……すみません」

「悪いと思っているのなら、黙って治療を受けろ」

「……はい」

 自力で治療出来ますとは言えない。こう言うところに不便を感じる。

 そのまま大人しく、試験運用隊の医務室に運ばれて治療を受けた。軍医の小父さんが負傷箇所の手足を見て滅茶苦茶驚いていた。普通の怪我じゃないからね。複数の検査を受けてから、皮膚の再生速度を速める薬を塗って湿布し上から包帯を巻く事になった。加えて、移動の際には松葉杖を使えと渡される。

 骨内部の神経にまで達しておらず、現代医療技術がそれなりに高いお蔭で、治療後に全治四日と診断され、五日後に再診となった。

 再診日に、拘束具に融かされたブーツと制服は改めて支給される事になった。それまでは訓練生の制服で過ごすんだけど『ブーツの代わりを持っていない。購買部で手に入るか』と尋ねたら、医務室の予備分を借りた。処分は専用のダストボックスが存在し、そこに入れれば良いらしい。そのダストボックスの場所が医務室なんだけどね。早々に着替えて戻るか。

 退室後に佐々木中佐に礼を言って別れ、個室への帰りの道中に、『自力で治したい。不便過ぎる』と、内心で嘆いてしまった。

 


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