幽霊と合流と予想外の遭遇
再び歩を進めていると、背後から複数の足音が聞こえて来た。
今更だが、誰だか分からないので確認する必要が有る。作業員の可能性も有るし。再び足を止めて振り返ると、意外な一団がいて驚く。
「あれ? 佐々木中佐? ……えっ!? 支部長達まで!?」
先頭を走っているのは、佐々木中佐だった。その後ろには、支部長を始めとした男性陣がいる。よく見れば、松永大佐や井上中佐に、佐藤大佐までもが混じっている。自分の真横で、急ブレーキを掛けて停止した佐々木中佐に肩を掴まれる。
「はぁ、合流出来たな」
「? あの……」
「説明はする。待て」
「そうですか」
佐々木中佐が一体どれだけの距離を走ったか知らないが、息は上がっていないし汗一つ掻いていない。
見た目の割に肺活量(?)と体力(?)が凄いなーなどと、暢気な感想を抱いていると少し遅れて支部長達が到着。人数を数えたら、支部長を含めて十二人だった。
どうやって立ち入り禁止保管区に入ったのかと、咎めるような口調の松永大佐の質問を口火に怒涛の質問タイムとなった。
「私も信じがたいのですが、見た儘を申し上げます」
と前置きをしてから回答を始める。
「格納庫に向かったら、道がいつもと変わっていて、気づけば迷子になった?」
「いや、格納庫までの道が変っていたって、そんな事が起きる訳無いだろう?」
「青い髪の、半透明の人間?」
「しかも、女性で裸足?」
黙って会話を聞いている支部長以外の皆さんは混乱した。
つーか、監視カメラがどこかに設置されていたのか。質問の前置きに『監視カメラの映像で見ていた』って言っていたし。
壁に埋まっていたのかなと考え始めると、支部長が写真を見せろと言い出した。
何の写真かと一瞬考えたが、監視カメラで自分の行動を見ていて写真を要求したのだから、試し撮りして保存した画像の事だろうと当たりを付ける。
ポケットからスマホを取り出して操作する。画面の上端の『圏外』表示は直っていない。まだ使えないのかと落胆する。画面に画像を表示してから、両手で支部長にスマホを差し出した。
「何と、面妖な」
支部長が画像を見た第一声はそれだった。
異論は無いのか、同じ感想を抱いたのか、他の感想を誰も言わない。そんな事よりも、ホラー系が苦手なのか、井上中佐の顔から血の気が引いている事が気になった。現代でもホラー映画が作られているから、その影響かな?
どうでも良い事に意識を向けている間に、支部長は自前の通信機(見た目はスマホ)でどこかに指示を出している。
自分のスマホは圏外で使えないのに、何故使えているんだろう。
『現在通路に異常は有りませんが、外部から操作した痕跡が残っています』
全員に聞こえる音量に操作したのか、どこかからの報告を聞いた男性陣全員は視線を奥に向けた。釣られて自分も奥を見る。
「件の幽霊が、あの先に入って行ったのか」
「はい。ドアの向こうに消えたら、自動でドアが開きました」
「……何が起きているんだ?」
支部長の独り言に補足を加えると、支部長は渋い顔になって黙り込む。
「あの、質問をしても良いですか?」
一々沈黙が降りると話しが進まないので、質問の許可を求める。許可があっさりと下りたので、今更過ぎるが、大事な質問を口にする。
「何が保管されている場所なのですか?」
松永大佐からの質問にもあった通り、ここは立ち入り禁止の『保管区』らしい。
保管区とは、何かを保管する為の場所で、しかも立ち入り禁止となっている。何を保管しているのか知らないが、立ち入りを禁じる――その対象は恐らく一般兵だろう――程の何かがこの先に在る。
異変の原因もこの先に在りそうなので是非とも教えて欲しい。けれど、支部長は回答に躊躇いを見せた。おいおい。どんだけ機密度が高いんだよ。
『アァ――、アアアアアアアアアア!』
女の声と思しき甲高い悲鳴が脳内に響き、奇妙な揺れを感じた。自分以外の全員がギョッとして音源を探し始める。
ちなみに、自分が音源を探さなかったのには、ちゃんとした理由が有る。
この音源はドアの先で合っている。だが、声の響き方が久しく使っていない念話に似ている。もう少し詳しく言うと、他人の脳波に同調して『脳内に直接響かせる』科学技術を使った念話に近い。響かせると言う方法を取っているからか、音源の方角が何となく判断出来るので、念話に近いようで違うものとなっている。使用者は主に暗殺者や間諜などだが、元々は声帯を失った人に使われる医療技術で、一時的に会話をする為のものだった。
この技術は帝国や他の国家でも使われていたもの。
それを思い出したからか、井上中佐を見たからか、驚きはしたが慌てはしなかった。
「ひ、ひぃ、ゆ、ゆゆゆゆ、ゆれ、ゆう、ううう、ゆゆ、幽霊っ!?」
「……新手のラップですか?」
井上中佐が青い顔で震え上がった。そして歯の根が合わないのか、半泣きでラップ口調になっている。そんな井上中佐の姿を見ると『そこまで驚くものなの?』と逆に呆れた。
「違うからなっ!? ラップじゃないからなっ!? つか、何でお前は冷静なんだよ!?」
井上中佐に肩を掴まれ前後に揺さぶられ、共に呆れ返った周囲から残念な子を見るような視線を貰う。けれど自分は、周囲の切り替えの早さに呆れた。本当は感心すべきだと思うけど。
自分の肩から手を放し、突っ込みで息は上がったが、顔色はマシになった井上中佐を支部長が宥めて通信機に呼び掛ける。
「井上中佐、少し落ち着け。橘、今の声はそちらでも聞こえたか?」
『はい。確かに、聞こえました。正直、己の耳を疑いました』
「本格的に異常が発生しているな」
支部長の顔が険しいものになる。それは周囲も同じだ。真面目に『オカルト現象か!?』と考え始めていそうな皆さんには悪いが、現象のカラクリを知っている自分からすると、何とも言えない。『オカルトじゃなくて、純粋な科学技術だよ』とは……到底、言えない。広域設定なのねとしか思わなかった。
何故知っているのかとか、自分の事情を含めて、色々と説明しなくてはならない。個人事情優先で悪いが、気安く話せる仲でも無いし、話して協力を要請するような緊急事態でも無い。そこまで罪悪感が有ると言う訳でも無いし、何より、そこまでする必要が有るように見えない。
これからどうするのか、先の質問の回答は貰えるのかと支部長を見る。
「星崎。これから見るものは一級守秘義務ものだ。分かったな」
「はい。分かりました」
支部長の徐に言われた言葉に驚きを隠して返答する。
この先の保管区は、一級守秘級のものが保管されているのか。何かヤバそうな空気がするな。
支部長は男性陣を見回してから奥へ進むと言い出した。原因を解明するまで、戻る気は無さそうだね。
黙ってあとをついて行く。室内に足を踏み入れたら自動で電気が点き、何故か自分以外の全員に動揺が広がる。もしかして、手動で点けるタイプだったのか?
そんな疑問は脇に置き、保管区内を見る。やや乱雑に積み上げられているが、通路と思しき空間は確保されている。
その乱雑に積み上げられているものに注目した。何となく、見覚えが有る気がした。あれは何だと記憶を探り、一ヶ月近くも前に戦った相手だと気付いた。
……ここ『一回で良いから是非とも見たい』と思っていた、敵機残骸の保管場所だ!
やべぇ。フラグを立てていたよ。
通路を歩いていると、次の異常が発生した。背後を振り返って入り口からの距離を測る。うわぁ、二十メートルも進んでねぇ。
異常は支部長の通信機に発生していた。ノイズ音が数秒漏れると、急に電源が落ちた。それは他の面子も同じだ。慌てて再起動操作を行っているが、無反応らしく、皆顔を顰め見合わせている。
「一度退室するぞ」
支部長はこれ以上進むのはヤバいと判断した。個人的にはもう遅い気がする。
『――――』
そう思った直後、狼の遠吠えに似た音が響いた。ここまで来れば音源は分かるが、新たな別の疑問が湧く。
自分の記憶が正しければ、この音は『起動音』だった筈。それも、大型ロボット系の起動音だ。
「いた」
疑問を脇に置き、視線を巡らせたら探しものはすぐに見つかった。例の幽霊である。他の全員も同じ方向を見て驚く。
「ひぃっ」
そんな中、幽霊を見た井上中佐がお約束のように悲鳴を上げた。男性陣の中には、愕然として『マジかよ』と声を漏らしているものもいた。
気持ちは解らなくはない
幽霊と起動音。一体何の関係が有るのか。
答えは得られず、幽霊は自分をどこかへ誘うように道中の残骸をすり抜けて奥へ行き、見えなくなった。
あとを追おうとしたが、背後から肩を掴まれた。誰が掴んでいるのか確認の為に振り返ったら、指示を飛ばしていた支部長だった。
「五人保管区から出て、緊急装備を取って来い。内一人は会議室と連絡を取り、調査結果を聞いて来い。残りは周囲で異変が起きていないか見て来い」
『了解』
十一人の声が綺麗に揃い、指名されていないのに綺麗にばらけて動く。保管区から出て行った五人に井上中佐が混じっている。そんなにホラーが駄目なのかね。
そこまで駄目なら帰れよ。
そう言いたいけど、幹部クラスの一人だから帰れないんだね。同情するわ。
十一名を見送ると支部長は自分の肩から手を離した。
「星崎。今更だが、何故格納庫に向かった? 今日は非番と聞いたぞ」
支部長の問い掛けを聞き、背中を嫌な汗が流れた気がした。あと、非番と聞いて訓練生扱いされていないなぁと思う。
「格納庫の周囲の道を覚えようとしただけです」
「道を覚える?」
「はい。初日以降、試験運用隊の区画内の決まった道以外をほぼ知らない事を、今日になって思い出しまして。格納庫の周辺の道だけでも覚えようと、格納庫に向かいました」
ちょっと苦しい言い訳だけど、『散歩に出たら道に迷って、立ち入り禁止の区画に入っちゃいました』とは流石に言えん。『卒業後、配属の隊舎や基地の道は自分で歩いて覚えろ』と授業でも言っていたから、怪しまれない……筈。散歩に出たと言わなければ多分大丈夫だろう。そもそも、散歩に出ようと思ったのは、初日以降試験運用隊の区画内を殆ど歩いていない事を思い出したからだし。
こう言ってはアレだが、内心で言い訳を重ねていると怪しまれないか微妙に心配になって来た。
「運が無いとはこの事を言うのか……」
残念な子を見るような目で自分を見てから、支部長は呆れたような顔をした。
そして、支部長がため息を吐く為に口を横に開いた直後、床が一際大きく揺れた。震度で言うと六強ぐらいか? 常人なら立っていられないような強い縦揺れだ。これぐらいの縦揺れなら、膝のクッションを使う事で自分は立っていられるけど、隣にいる支部長は常人なのだ。変な目で見られないように、転倒防止の振りをして床に片膝を着く。ついでに床に掌を押し付けて、揺れの規則性などを調べる。揺れは妙に規則正しく縦に揺れて強かった。ここが宇宙空間に存在する軌道衛星基地でなければ『地震』と勘違いしそうだ。
周囲では残骸が音を立てて崩れ床に散乱する。通路に足の踏み場が無い状態だ。残骸が散乱する音に交じって、調査の為に保管区内各所に散らばっていた面々の動揺に満ちた呼び合う声が聞こえて来る。残骸は高さ三メートル程に積み上げられていたが、仕切られた範囲から出て通路の邪魔にならないようになっていた。今は崩れて散らばっているけど。舞い上がる埃を吸わないように、口元に手で隠す。
「ここは軌道衛星基地だから、地震は起きない筈。何この振動? 規則正しく近づいて来るから……ん? 近づく……足音か?」
規則正しい揺れが何か考えていたところで別の音に気づく。残骸が散らばる音に交じって、別の音を耳が拾ったのだ。注意深く音を聞くと、音がしてから揺れが発生し、双方共に徐々に大きくなる。
まるで近づいてくるようだと思い、『足音か?』と連想で得たイメージを口から零す。
足音を連想したのなら、震源が見える筈と周囲を見回して探していると、残骸の向こうから『震源と音源』がやって来た。
完全に予想外の、しかし『見覚えの有る』やや暗い黄緑色の『それ』を見上げて、思わず呆然とする。
『アアァ……』
それは少し前に聞こえた悲鳴と同じ声を発していた。その声で、やって来たものの情報が脳内に溢れる。
「……馬鹿な。十年前に破壊された筈だぞ」
支部長の言葉を聞き、帝国にいた時にこれを自分の手で破壊した時の事を思い出した。
とある兵器開発者の思い付きで創られた、何のブラックジョークかと頭を抱えた事件を引き起こした生体融合式兵器。その兵器の名が口から零れる。
「マルス・ドメスティカ……。噓でしょ? クフェア達と全部破壊したのに、何で違法機体が残っているの!?」
かつてルピナス帝国にいた時に、他国で起きた事件に協力した際に全てこの手で破壊した。設計図などの関連物も全て処分した。銀河星間検事連盟(通称銀検連盟)所属の調査官で、当時の協力者のクフェア(男)に全て処分されたかどうか確認も取った。開発者は『捕まるのなら自爆する』と言って、自らマルスシリーズと融合した。マルスシリーズとの融合はある意味自殺するに等しい。開発者が搭乗した機体を破壊したあとにコックピットから引きずり出して死亡確認を行ったが、体の大部分が内部の機械部品と融け合った状態で死んでいた。
開発者は死んでいるし、設計図も全て処分したので存在しない。
それなのに、どうして、今ここに存在する!?