夏の風物詩、幽霊と遭遇し迷子になる
八月七日の午前中。部屋に籠って、これまでに紙に書き出した内容を見比べる。
ツクヨミに来た時点での、手持ちの情報は少なく、知らない事と調べる事が多かった。
可能な範囲で調べたが、得られた情報は少ない、と言うのも烏滸がましい程に無い。十年前の大規模作戦についても忘れずに調べたが、困った事が起きて全く情報が得られなかった。
理由は簡単で、マスメディアに情報が一切齎されていなかった。その為、ネット上に情報が一切存在しなかった。ハッキング技術が無いと、これ以上は調べられないだろう。個人的には、マスメディアに公開された情報が知りたかった。
極秘で大規模作戦を行ったのか。それとも、誰かに消されてしまったのか。逆に謎が深まった。
ここまで来ると、当事者か、誰かに聞かないと分からない。
敵に関する情報は皆無。百年ぐらい前に突然やって来た程度しか分からない。破壊して回収した敵の機体をバラして調べているみたいだけど、情報や技術が何も得られていないらしい。
一回で良いから是非とも見たいところだが、保管場所がどこか分からない。
時計を見ると、正午過ぎたばかり。
昼食を食べに食堂へ向かい、無人の食堂でご飯を食べながら今後どうするかを考える。妙案が出ないので、散歩がてらに試験運用隊の区画を歩き回る事にした。初日以降、一度も区画内を歩いていない事を思い出したからだ。格納庫を中心に歩いて見るか。
今度はうっかり迷子にならないように、地図を見ながら格納庫に向かって歩く。
「……あれ?」
道が何時もと微妙に変わっていた為、スマホの地図を見て確認しながら歩いたのに、気づけば迷子になっていた。
「ここ、どこ? ……え?」
立ち止まり、迷子になった時のお決まりの台詞を呟いて左右を見回す。何時からドジっ子属性が付いたのだろうか?
こう言う時は来た道を戻れば良いのかもしれない。そう思って背後に振り返る。だが通路は無く、代わりに壁が在った。
「えぇー、何で……スイッチどこ?」
スマホをポケットに仕舞い、壁をペタペタと触って、何かしらのスイッチカバーを探すが見つからない。 どうしようと頭を抱えて、誰かに呼ばれたような気がして背後に振り返る。
「――」
元の進行方向に変化が出現した。
今世になって初めて見る『半透明の人間』に思わず息を呑む。
象牙のように白い肌と、大腿部にまで長く伸びた見覚えの有る青菫色に似た青い髪。その髪で正面の大部分が隠されているので顔すら見えない。その状態でも判るのは、この半透明の人間が一糸纏わぬ姿である事。足元は裸足で、髪の隙間から本来ならば衣類で隠れているところまでもが見える。
男女の違いすらも判別しがたいが、髪の隙間から見えた部位から判断するに女性だ。その半透明の人間、いや、幽霊(?)に歩いて近づく。近づいて分かったが、意外と背が高い。下から顔を覗き込むが、髪で見えない。幽霊の肩に手を伸ばす。
「あ、って、ちょ、どこに行くの!?」
触れるか否かと言うギリギリのところで、幽霊は正面を向いたまま後ろに下がった。そのまま滑るように下がって行き、角を左に曲がった。
空を掻いた手をそのままに、幽霊を見送る。
……これって、ついて来いって奴だよね?
何て言うか、オカルト系お決まりイベントみたいだ。背後に通路は無く、行ける道は前方のみ。
ポケットからスマホを取り出して操作し地図を表示させるが、
「圏外? 帰りの目印……無いか」
圏外の表示と共に地図は画面に映らなかった。圏外なので通信も不可能で、GPS機能も使えない。止めと言わんばかりに、天井付近に監視カメラすら見当たらず、通路に目印となるようなものすら存在しない。
進まないと戻れないって奴かもしれないな。そう思って肩を落とす。
諦めて通路を奥へ進み、十字路を左に曲がると、幽霊は自分を待っていたかのようにそこに佇んでいた。自分の姿を確認するとまた奥へ滑るように移動する。
スマホのカメラを起動させて素早く写真を一枚撮る。
「うん、撮れた」
画面には映っていたので、試しに撮ってみた。青い髪の半透明の人間が確かに映っている。画像を保存してからあとを追う。
己の足音だけが響く通路。自分をどこかへ誘う幽霊。
まさにオカルトイベントだ。
八月だからって、こんなところでホラー系イベントに遭遇しなくても良いと思う。そう思わずにはいられず、歩調を早めて幽霊を追った。
幽霊を追い駆けて通路を進む。早歩き程度の速度なので、まだ疲れてはいないが、結構な距離を歩いている。
気分転換に散歩に出たら、迷子になって、幽霊に遭遇する。散々だな!
引き返そうにも道は覚えていない。転移魔法を使えば何時でも戻れるからね。使って誰かに見られたら説明が大変だから、使えないのが欠点。戻れないも同然だね。最終手段として残すしかない。どこに監視カメラが有るのか、見ただけでは全く分からない。魔法で空間にあるものを感知把握すればいいんだけど、流石に五十センチ以下の複数のカメラを探すのは手間だ。
カメラを気にするのなら、幻術で姿を消すしかない。手間だけど、手段は有るのさ。何の言い訳だろうね、もう!
セルフ突っ込みをしながらも、歩みは止めない。何度目か分からないト字の道を右に曲がり、幽霊を見つけては奥へ進む。
「どこに案内してんの……?」
地図で確認した限りだが、試験運用隊の区画は迷路のような造りになっている。けれども、試験運用隊の所属隊員の大まかな人数は知らないが、ここに来るまで誰にも会わないのは不自然だ。何て言うか、誰にも遭遇しないように、通路が予め制限されているような気がする。
もしくは、普段から人のいないところに――それも、地図上で立ち入り禁止となっている区画へ誘導されているのか。
T字路を左に曲がって前へ進むが、奥は行き止まりだった。
「へ?」
けれど、幽霊が壁の向こう側に消えるとドアがスライドして開いた。壁だと思ったらドアだった模様。予想外な出来事に歩いていた足も止まった。
引き返したいが、肝心の道を覚えていない。先に進まないと戻れない気もする。
それに、あの幽霊の髪には見覚えが有るのが、どうしても気になる。
あの幽霊は、前世でそれなりに仲の良かったセタリアと同じ髪色をしている。血筋的に縁の有る人間か、偶然の可能性も考えられるけど、気になる。
転生してからどの程度の時間が経過しているのか不明だが、セタリアの実子では無いのは確かだ。あいつは一万年振りに両性具持ちとして生まれたから、皇帝の地位に就く羽目になった奴で、皇帝に選ばれたその代償として子供が作れない体となっている。
一つの体に使用不可能な男女の性器が両方入っている、そう言えば解るだろうか。
二つの性器が入っているからか、それとも別の原因が有るのか、その体を持って産まれたセタリアは子供が得られない。髪の毛を始めとした体の一部や細胞を卵子や精子に加工して人工授精を行ったが、全て失敗した。これは歴代の皇帝に即位した全員に言える事で、遺伝子的なものと捉えられている。
皇帝が直系の子孫を残さなくて良いのかと、疑問は当然のように湧く。
皇族そのものが一種族で一族なので血筋的にも、問題無いとされている。単純明快に、皇帝に誰の子供を宛てがうかで『内輪揉めを起こす』可能性を消しているから受け入れられている(セタリア談)そうだ。初めて聞いた時には訳が分からなかったけど、話を聞くに後者の利点が強いのだろう。派閥争いからの、骨肉の争いを皇族が行うと、国そのものが混乱しかねないし。皇帝の親になっても、大した権力が与えられないから、誰も執着しないのも大きい。
それにセタリアには、同母兄弟姉妹、従兄弟姉妹、再従兄弟姉妹が数十人もいる。多分セタリアの次の皇帝は、彼らの子供か孫の中の誰かになる。
一万年に一人程度の割合で『セタリアと同じ特徴を持った子供が産まれる』から、次期皇帝の選定に手間が掛かる訳でも無いしね。皇族は全員、一万五千年程度の寿命持ちだったし。
ルピナス帝国にいた時に、皇帝本人から聞かされた知識を思い出す。
一末の不安は『酒の席での話だった』事。しかも、セタリアが飲んでいたのは『穀類蒸留酒と果実蒸留酒を混ぜて作る、カクテル紛いの、恐ろしく度数の高い酒』だった。
ほら吹き話の可能性を考えたが、皇族にしか知らされない情報の一つだったので、裏取り出来なかった。どこまで信じて良いか判断出来ん。
「……でも今は、関係無い、よね」
余分な事を思い出した。最近よく思い出すなぁ。
状況を終わらせる為にも先に進もう。