朝からトラブル発生
前につんのめるような揺れを感知して目を開く。
周囲を見回せば、懐かしいと感じるコックピット内にいた。全周囲モニターは荒野と荒れた空模様を映しており、機体の装甲に打ち付けられる雨音は激しい。先程感じた揺れは、背後から突風に煽られたものだ。機体に損傷は無い。
操縦桿の配置や形、座席やモニターの形状は、見慣れたアリウムでもガーベラでも無く、何時ぞやかの夢で見た無銘のものですら無い。
覚えている範囲になるが、恐らくパイロット人生で最も長く乗り続けた機体のコックピット内にいる。
その機体の名は『オニキス』と言い、とある機体を魔改造して名付けた、自作機だ。
何故この機体を作り上げたのか。
理由は簡単。テラフォーミングされていない惑星セダムの地表で活動する為に、当時の故国『ルピナス帝国』の首都惑星コルムネアの自宅で作った。機体は初めて乗った、道具入れに容れたまま残っていた無銘の設計図を参考に作り上げようとした。けれども、再現出来る技術には限度が有り、とある機体を魔改造する事にした経緯がある。それでも満足出来る機体だった。
今になって思えば、この時千年近く掛けてロボット開発技術を身に着ける事に躍起になっていたが、肝心のOS関係の勉強はしていなかったのは何故か。ロボットに乗り込んで操縦すると決めた時点で、操縦方法を無銘に近づけたのが原因だったか。それとも、こいつの操縦が近かったせいか。
思い出せないな。
惑星セダムに移住して人生を終えるまでに五千年以上も生きていたし。人生の総年数は三万数千年ちょいだったかな。途中で数えるのを止めたんだよね。
現在、惑星セダムのテラフォーミング活動の一環で、地表で船外活動を行っている真っ最中。コックピットの外は人が活動出来る大気構成をしていない。宇宙空間で活動用の宇宙服に似た防護服を着て外に出ても、雹交じりの酸性雨と人を簡単によろけさせる強烈な突風が絶えず吹き荒れている。その為、ロボットがなければ地表で活動は出来ない。
オニキスのような機体に乗り込み、地表で活動している変わりものは自分だけ。活動と言っても、モニター経由で気になるものを調べたり、調査用に地表の鉱石や資源水の回収作業を行っていたぐらいだ。
そもそも、テラフォーミング活動を行っているのは自分と、帝国において居場所が減りつつある『環境不適合種』の五百近い部族の代表達だ。彼らは帝国の迫害対象と言う訳では無いが、種族的特性からやっかみの対象となっている。
帝国は大部分が『環境不適合吸血種』で構成されており、環境の変化に耐え切れるもの達を忌み嫌う傾向が有った。しかし、年得る毎に環境不適合種の数が減少して行き、遂に人口の割合が逆転した。帝国は元々環境不適合種を中心とした国だったが、突然変異で環境適合種の子供が生まれるようになった結果だ。
周囲の銀河星系国や惑星国家は真逆で、環境不適合種は淘汰される種族として扱われる事が多かった。存える事が出来ず、滅びるのならば仕方が無いと言った感じだ。その流れと『とある事情』から、吸血種だけが生き残っている。
この二つの種族の違いを解り易く例えを挙げるのなら、越冬出来るか否かの違いで解ると思う。
冬を乗り切れるように『寒さに耐性を持てるように、進化した種族』が環境適合種。
冬を乗り切る為に必要な『寒さへの耐性が持てず、進化も出来ない種族』が環境不適合種。
こんな感じかな。簡単に言えば『進化出来ない種族』だろう。
自分は帝国一の長寿種族――神族(平均寿命三万年)で『魔法に似た異能が使える帝国で数少ない種族の一つで、とある一族の末裔』だった事も在り、やっかみ対象外だった。
神族は長寿が災いして、人口が帝国で最も少ない種族となっており、自分が産まれた時点で本家一族の人口は百人を切り、自分が惑星セダムをテラフォーミングして一時移住すると決めた時点で、十数人にまで減少していた。女が良く産まれる種族なのにどうしてだろね。
帝国では大事にされていたと思う。
帝国の技術は遠未来の創作SF物語を連想させる程に進んでいたけど、魔法は――特に自分の魔法はその先を行く事も在り、一族から先祖返りである事が原因でどれ程忌み嫌われていても、皇帝セタリア――厳密には三代に亘って皇帝・皇族と付き合いが在った――に家での扱いを知られ、気に入られて手厚く保護を受けた。
けどね。セタリアは異様に粘着質だった。初めて会った時に皇太子だと気づかずに叩き潰しちゃったのが原因だ。向こうが喧嘩を吹っかけて来たのが悪いんだけど。
セタリアの性格は絵に描いたような『狂犬・戦闘狂』って感じだが、見た目はアイオライトに似た青い髪と瞳で浅黒い肌のモデル体型の長身美女なんだよね。両性具持ちだから性別は無いんだけど。
何度も押し倒されそうになって逃亡したんだよね。
見た目だけが女に押し倒されて喜ぶ趣味は無いし、体をべたべた触りながら『愛人にならない?』と誘って来たあの顔はまさに雄の顔だった。
惑星セダムに逃亡出来て本当に良かった。セタリア経由の仕事は無くならなかったが。
この時、帝国内で環境不適合種への物理的なやっかみが酷くなっていた。『彼らには少し離れたところに移って貰うのが平和的な解決策だ』と進言が皇帝以外にも受け入れられ、予算を大量に貰った。進言者だから自分が総責任者になったけど、セタリアから物理的にも距離が取れるのならばと、喜んで受け入れたんだよね。
同星団内の惑星でテラフォーミングすれば移住出来そうな惑星を見つけて、早々に行動を始めた。
最初は一人で向かった。テラフォーミング期間が短く済むように魔法を駆使して下準備を終わらせた。
そして、テラフォーミングが終わり移住となると、想定以上の、大勢の移住希望者が出てセタリアと二人で驚いたっけ。
ガクンと機体が揺れて、視界が真っ暗になった。
聞き慣れたアラーム音に目を覚ます。
「――ぁ、夢か」
惑星セダムで終えた前世の記憶。何故夢に見るのか。
「分からないなぁ」
何故、今になって夢で過去を見るのか。記憶を取り戻してから二年以上が経過するが、この二年間で一度も過去を夢で見た事は無い。夢で過去を見るようになったのは、あの銀色の敵機と戦闘してからだ。
考えても答えは出ない。ベッドから身を起こし、未だにアラーム音を鳴らしているスマホを操作して、アラーム音を止める。
時刻は七時。食堂が混まない時間帯を狙ってこの時間に起きている。登校時間は遅刻しない程度に遅くしている。過去の人生の、貴族時代の学生生活での嫌な経験が元で、このような時間配分となっている。
全く以て嫌な経験である。
ベッドから降りて洗面台で顔を洗い、鏡を見ずに寝癖の付いた髪を梳かし髪紐を使って首の後ろで一本に纏める。
寝巻にしている体操服から制服に着替えて、一階の食堂に向かう。
今日から呼び出し内容っぽい事をやるみたいだ。確りと食べよう。命令書には『夏休み期間中はツクヨミの試験運用隊のところにいろ(意訳)』としか書かれていなかったけどね。ガーベラ絡みじゃなければいいんだけど、そうはならないよなぁ。ちょっと憂鬱だ。
向かった食堂は混雑していなかった。混雑どころか、利用している平隊員の姿が無く、厨房に料理人の姿すら見えない。
三十人は余裕で利用出来そうな広さを誇る、試験運用隊の食堂を利用しているのは……たったの二名。
片方は松永大佐。もう片方は丸刈り頭の知らない大柄な男性。黒く日焼けしているので、高校球児が年を取ったようにも見える。
この二人が、長テーブルの対面に座り、喋りながら朝食を取っていた。
どうなっている?
隊長の松永大佐が食事を取る時間帯を他の隊員が気を使って避けているのか。それとも、松永隊長が使用を控えろと指示を出しているのか。
どっちにしろ、副隊長の鈴村大尉すらいないのだから、ここは使用を控えるか。戦略的撤退だ。断じて、逃亡では無い。ここまで三十秒と経っていない。大佐達は気づいていない。直線距離は五メートル以上有るし。
くるりと背を向け、
「っ!?」
小さな風切り音を耳が拾った。その場から飛び退き、ドア横の壁に背を着けて周囲を警戒する。
飛び退いてから一拍の間を持って、ドアにナイフが突き刺さった。
ナイフと言っても、サバイバルナイフや投擲用のナイフでは無く、フォークと共に使う食器のナイフだ。ただし、切れ味が良いのか金属製のドアに突き刺さっている。どうなってんのこれ? などと思いながら見つめていたら重力に引かれて、カランと、金属特有の甲高い音を立ててナイフが床に落ちた。落ちた時の音は静かだった食堂に異様なまでに響いた。実際の戦場でもここまで響かないだろう。
「ほう。耳が良いな」
「佐藤大佐。始末書ものなので、あとで提出して下さいね。それと星崎。食事に来たのなら、私達に気を使わずに食べなさい」
「……お邪魔になりませんか?」
どこに突っ込めば良いのか分からず、また――今知ったけど――相手が大佐である事と他に誰もいない事から『会議の邪魔しちゃ不味くない?』と松永大佐に視線を向けて尋ねた。
「ははは。訓練生が気にする事はではないよ」
朝っぱらから艶麗な笑みを浮かべている松永大佐だが、笑みから黒い何かが滲み出ているように見える。
「……分かりました」
ここは従った方が良いだろう。下手に刺激すると不味い気がする。色々と。
床に落ちたナイフを拾い、食器の回収口(自動食器洗い機の投入口)に入れてからトレーを取り、カウンターに並んだ朝食の主菜と副菜が盛られた皿を見る。ご飯と汁物は自分で器に盛るのが決まりなのか、大小様々な茶碗とお椀と丼が置かれて在った。丼が有るのは高城教官や佐々木中佐みたいな大食い系がいるからだろう。あと、サンドイッチ用のパンと具材も有った。今日は和食系にしようと箸を取る。
ご飯と味噌汁(豆腐と油揚げと葱)、鶏肉の蒸し焼きに大根おろしポン酢掛け、出汁巻き卵、最後にサラダとしてキャベツと海藻と玉葱とコーンを取りワサビドレッシングを掛ける。
量が多い気がするけど、食べ切れるだろう。多分。
どこに座るかと食堂内を眺めていたら、松永大佐が非常に良い笑顔で手招きをした。死神の誘いに見えるのは気のせいでしょうか?
上官だから拒否権は無い。昨日鈴村大尉から、今日の十時に格納庫へ向かえと言われていた。それに関する話だと、思いたい。
トレーを持ったまま近づけば、松永大佐は自身の左隣の席を叩いた。ここに座れと言う事だろう。大変嫌な予感がするが仕方が無い。斜向かいの人に名乗ってから、隣失礼しますと、一声掛けてから座った。
しかし、朝食が食べられる空気じゃなかった。
「……」
何故なら、斜向かいに座る(確か)佐藤大佐が無言のまま自分を見つめて来た。それはもう『穴が開くように』と言う表現がしっくりと来るぐらいに。
そして、先程投擲されたナイフは佐藤大佐のカトラリーだった。朝っぱらから何で三段ステーキ肉を食べているんでしょうかね。ちなみに松永大佐はサンドイッチとスープだった。見た目通りの食事内容だ。
ナイフとフォークを手に無言で自分を見つめる佐藤大佐。無言で食事を進める松永大佐。
「あの」
「……」
「何か御用ですか?」
食事が始められない状況を打開すべく、佐藤大佐に一声掛けて見たが無反応。このままだと食事が冷めてしまう。
「……何でもない」
非常に長い沈黙のあとに、佐藤大佐はそれだけ言ってステーキ肉をナイフで切り分け、フォークを使って口に運び始めた。
「そうですか」
何なのこの人?
今朝見た夢もそうだが、訳が分からん事が多過ぎる。
考える時間を得る為に、朝食を平らげる事だけを考えた。十時まで残り三時間を切っているのだ。可能な限りのハイペースで食べた。
食後のお茶は無しにして、部屋に戻ってから冷蔵庫の麦茶を飲もう。皿を下げる時に、同じタイミングで食べ終えた大佐達の皿も一緒に回収口に持って行く事で、食堂から離脱した。松永大佐の隣に座らされたけど、連絡が有るのかと思ったのに会話は一切無かった。
正直に言って、食べた気がしない。過去の人生でお偉いさんとの会食経験が無ければ、胃痛を覚えたな。
食堂を出て、間借りしている部屋に戻る。
「はぁ~……」
ドアを施錠したら一気に気が抜けて、へたり込むように、その場に座り込んでしまった。ついでに深く息を吐く。
朝食を取っただけなのに、何故か疲れた。
スマホを取り出して現在時刻を確認する。あと十分ちょっとで八時になる。
今後の予定は、十時に格納庫に向かえば良いが、事前に何かしらの説明が有るかも知れないから、三十分前――九時半頃に格納庫に着けば良いだろう。九時前後に更衣室に向かいパイロットスーツに着替えて、待機室か休憩室で時間を潰せば良い。
「お茶飲も」
冷蔵庫から麦茶用の冷水ボトル(二リットル)を取り出す。コップは洗面台に歯磨き・うがい用と飲用の二種を置いているので、飲用を取って来る。洗面台から持って来た飲用コップに麦茶を注いで飲む。
ここから更衣室まで、歩いて十分程度の時間が掛かる。
移動までの一時間弱の時間を、部屋で過ごす事にした。