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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
新しい変化 西暦3147年12月

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215/219

交流会・昼休憩

 お昼。学校の調理室を連想させる、幾つものアイランドキッチン(オーブンレンジはテーブルの下部、冷凍冷蔵庫は床下)が並んだ大きな部屋で昼食を作る。

 事前に調理用機械で、食材を一口サイズに切り、野菜に火を通し、肉に塩胡椒で下味(揚げる肉には衣付き)を付けて、魚介類は下処理済み(白身魚は三枚に下ろし済みで、骨は全部取り除き済み。その他は一口サイズにカット済み)の状態で持って来たので、最も時間が掛かる下拵えの工程が省けた状態だ。

 そして、今回作る料理の殆どが煮込み料理なのだ。時間は掛かるが、煮込んでいる間は手隙となる。

 煮込んでいる間に、トンカツ、ハムカツ、フライ二種類(白身魚と冷凍のジャガイモ)をフライヤーを使い油で揚げる。

 メイン料理とデザートを作り終えたら卵が余ったので、温玉も作る事にした。放置するだけなので、手間は掛からない。


 ちなみに、ビーフシチューを作る際に赤ワインを出したら『ワインは飲むもので在って、料理に使うもんじゃねぇ! だから寄越せ!!』と、フランス支部の面々が絡んで来た。

 松永大佐が鞭を振り回して追い払いに掛かったが、諦めの悪い一名が突撃して来た。けれども、待ち構えていた武藤教官に捕まり、尻を引っぱたかれて、痛みで床の上をのた打ち回った。

 その隙に、赤ワインを全て寸胴鍋に注いだ。

 絶望の悲鳴がフランス支部以外からも聞こえたが、無視した。

 白身魚に付ける衣を作る時にビール缶を出したら、イギリス支部とドイツ支部の面々が騒いだ。その騒いだうちの一名に、松永大佐が振り回す鞭が頭部に当たり撃沈した。その様子を見てか、他の面々はそっと口を閉ざした。


 食欲を刺激する香辛料の匂いを周囲に振りまいているので、ケータリング(お湯で作るカップスープ付き)を食べている他支部からの視線は鋭い。

 マオ少佐の提案で白身魚のフライを油で揚げ、タルタルソースとモルトビネガーを掛けて味見をした。

 シーフードカレーにトッピングとして合うかの確認なので、味見で合っている。

 イギリス支部から高周波に似た声が聞こえたけど、全員で無視した。

 なお、少し離れたところでロシア支部の面々が各々好きなボルシチを作って、和気藹々としている。他支部と違い、ロシア支部だけほのぼのとしている。


  四つの寸胴鍋に、甘口カレー、ドライカレー、ビーフシチュー、シーフードカレーの四種類が、小鍋二つ分ぐらいの大きさの鍋に井上中佐希望の激辛カレーがそれぞれ出来上がった。

 トッピング四種類(トンカツ、ハムカツ、白身魚のフライ、ジャガイモ)も揚げた。

 パンはバゲット、食パン(六枚切り)、ロールパンの三種だ。

 チーズはモッツァレラチーズ、チェダーチーズ、カマンベールチーズ、クリームチーズ、マスカルポーネチーズの五種類だ。後半二つのチーズは明らかにトッピング用ではない。砂糖、生クリーム、卵、チーズが多めに用意されていたので、多分これでデザートを作れと言う事なんだろう。

 クリームチーズを使ったイタリアンプリンを大至急作ったよ。材料を混ぜて、湯煎焼きするだけだから、手間は掛からなかった。

 マスカルポーネチーズは話し合った結果、ティラミス風のボウルケーキを作った。冷蔵庫でチーズが固まるまで待とう。

 バゲットが在るから、バターのようにパンにそのまま塗って食べても良いけど、マスカルポーネチーズの量が多かった。

 足りないココアパウダーはロシア支部と交渉して入手した。ドライカレーと交換したよ。



 自分は出来上がったビーフシチューを、一口大に千切ったロールパンと一緒に食べる。右隣に座るのは松永大佐だが、左隣に座るのはサイだ。

 支部長は別室にて、他の支部長達と会食中だ。支部長はビーフシチューを持ち込んでいたから、食事でマウントを取るつもりなのかもしれない。大林少佐は支部長と一緒だ。

 如月学長と武藤教官も出来上がるまではここにいたけど、支部長同様に別室で会食の為に移動した。

 四人は『デザートを食べに戻るから、必ず残して置いてね』と言っていた。デザートを食べる気でいるのならば、早々に戻って来て欲しいわ。

 

 お昼ご飯を食べながら行う会話は第三競技についてだが、中佐コンビは欠食児のようにカレーを食べているので、自分と松永大佐とマオ少佐とサイの四人の会話には加わっていない。二人がカレーをお代わりする度に、他支部から高周波が聞こえて来る。

 流石にお昼時ぐらいは母国語で喋っても良いらしく、あちこちから英語以外の言葉が聞こえて来る。

「訓練内容がこっちと違うと聞いていたが、最下位から六人をごぼう抜きする脚力は、どうやったら身に付くんだ?」

「毎日全力疾走していれば、自然と身に付くんじゃないのか?」

「サイ、……確かにその通りだけど、回答になっていないよ」

「星崎。認めるか否定するかどちらかにしろ」

 会話で判るだろうか?

 第三競技のリレーのアンカーはサイだった。

 何故サイがアンカーになったのかは不明だが、結果としてはこれが功を成した。


 リレー第三走者のマオ少佐が結託した他支部から妨害を受けて転倒し、二位から最下位に転落した。

 トップとの距離が大分開いてしまったから、ここからの挽回は不可能と思われた。

 けれども、六十キロの装備を背負っていたからか、他支部のアンカーの動きは鈍かった。

 対するサイは、ちょっと重いだけの荷物(主に獣化したフラガ)を背負って走る事が多かったからか。それとも首都防衛支部の伝統訓練その一、『自身の体重の三倍の重さの装備を背負って、地雷原を疾走。後ろからアゲラタムの掃射付き』を、支部長になった今でも欠かさずに行っているのか。

 サイは軽快な走りを見せて六人をごぼう抜きしただけでなく、二位と二十秒以上も差をつけて一位でゴールした。

 思わず見入る程の、見事な逆転劇だった。実況のシャウトが煩かった。

 第三競技終了後。

 他支部のアンカーは全員、膝から崩れ落ちて四つん這いになった。 


 お昼を食べ進めながら、松永大佐を中心に、午後の予想を立てる。

「今のところ、日本支部が独走している。午後の妨害は酷くなるだろうな」

「それに関して、異論は無いな。ホシザキは午後も一人で動くなよ。見た目で真っ先に狙われるのはお前だからな」

「マオ少佐。目に見える護身用品として、もう一つ有る鞭を剥き出しで持ち歩いても良いですか?」

「何でそんなもんを二つも持って来たんだよ!?」

 ギョッとしたマオ少佐の叫びを聞いてか。それともお代わりのタイミングと重なっただけか。

 カレー皿を手に立ち上がった中佐コンビが口を開いた。

「星崎。痴漢撃退用のスプレーを持って来ていただろう。それを使えば良いんじゃないか?」

「あー、先月高橋大佐相手に使ったスプレーか。あの人並みにしぶとい人はあんまりいないから、そっちの方が有効そうじゃないか?」

「却下だ。スプレーが空になったタイミングを狙われるぞ」

 中佐コンビの提案を、シーフードカレー(三杯目)を食べる松永大佐が却下した。

 ここで二杯目のドライカレーを完食したサイが提案する。

「痴漢用の奴が使えないのなら、ハリセンはどうだ? 金属板か何かを仕込んである奴だろ? 当たりどころが悪いと骨が折れるのが欠点だけど、静電気が溜まると雷撃が放てる。雷撃の威力調整は可能だから、楽に気絶させられるぞ」

「いや、気絶が前提って、それはそれでどうなんだ!?」

「木剣は当たりどころが悪いと死ぬぞ? ハリセンも結構な威力が有るが、威力調整が可能だ」

「……ハリセンで放てる雷撃の最大威力はどれぐらいだ?」

「落雷級だな」

「大差がねぇ……」

 マオ少佐は自分が護身用品として持って来た品々の威力を知って慄いた。

 ごめん、マオ少佐。鞭はもう一つ有るんだよ。でもこっちを使ったら『バラバラ殺人事件』が発生しかねないから、封印するしかない。根棒として使う予定だったけど。

 制服下に隠し持っているスタンスティックを、目に見える形で持ち歩いた方が良いかな?

 自分が持ち歩く護身用品について話し合っていると、ゲルト大佐がロシア支部の知らない士官を連れてやって来た。知らない士官の手には、二つの小鍋が有る。

 何用かと松永大佐が対応する。

 隠し味に何も使用していないノーマルなボルシチと、シーフードカレーの交換のお願いだった。

 男性陣五人が結構な量を食べたけど、寸胴鍋で作ったせいか、まだ残っている。仮に残っても、午後の休憩時間に食べても良いそうだ。最悪、鍋を持ち帰れば良いそうだ。

 ボルシチと交換で、シーフードカレーを入手したゲルト大佐は去った。


 ゲルト大佐が去ってから数分もしない内に、ハルマン大佐とブラウン大佐がやって来た。

 二人は揃って、深皿を両手で捧げ持つようにして『恵んで下さい』と自分に言った。自分の右隣には松永大佐がいる。

 松永大佐の鞭が唸り、二人は追い返された。

 ……それにしても、松永大佐は妙に鞭の扱いに慣れているな。どこで鞭の使い方を覚えたんだ? 

 自分の疑問に答えは無い。

 そして、鞭を装備した松永大佐がいて、二人の大佐が追い返されたにも拘らず、今度は『カレーを分けろ』とロシア支部を除いた他支部の面々が叫んだ。

 午前の競技中に受けた妨害を理由に、松永大佐が他支部の要求を却下した。

 そしたら……他支部は分かりやすく仲間割れを起こした。

 松永大佐が鞭を振り回して、『他所でやれ!』と追い返した。

 離れたところのロシア支部は我関せずと言った様子で、和気藹々とお昼ご飯を食べている。

 そんなロシア支部に目を付けた一部のもの達は、ボルシチを分けて貰おうと向かった。だが、分けて貰ったボルシチを一口食べて、絶望の表情を浮かべるものが続出した。

 どうやら、味噌とココアパウダー入りのボルシチが当たったらしい。

 分かりやすく『不味い』と苦情を入れて、ロシア支部でその料理を作った当人の怒りを買っていた。怒っている人は士官ではなく、将官の制服を着ている。今後大丈夫なのかね?

 不味いと言ったもの達に同情の視線が集まっていたけど、ケータリングで我慢出来なかった一点が悪いのかもしれない。



 そうこうしている内に、ボウルケーキが良い感じに固まった。

 ボウルケーキは直径二十センチの耐熱ガラスのボウルを使用して作った。マスカルポーネチーズがやたらと多かったので、五個も作ったよ。

 佐々木中佐と井上中佐は一個ずつ、サイとマオ少佐と松永大佐は四分の一で良いと希望を聞いている。ここにいない四人は四分の一サイズで、いや、二ホールのボウルケーキを三等分にして、自分と大林少佐で半分ずつにすれば、丁度良く五個のボウルケーキを食べ切る事が出来る。

 イタリアンプリンは十等分すれば良い。

 デザートを取り分けて皆で食べていると、丁度良いタイミングで支部長と大林少佐が戻って来た。宣言通りにデザートを食べに来たらしい。

 他支部の面々はギョッとして、慌てて各々の席に戻った。他支部の将官に喧嘩は売れても、流石に支部長に喧嘩を売る度胸は無いらしい。

 自分は支部長と大林少佐に、切り分けたティラミス風のボウルケーキとイタリアンプリンを渡した。

「ココアパウダーは準備した材料に含まれていなかった筈だが、どこで調達したのかね?」

「ロシア支部と交渉して分けて貰いました」

 支部長はティラミス風のボウルケーキを見て、心底不思議そうな顔をしたが、松永大佐の回答を聞き納得顔になった。

 支部長は他支部からの嫉妬に満ちた視線を無視して、三分の一の大きさに切り分けられたケーキを一口食べ始めた。大林少佐は支部長同様に、半分の大きさのボウルケーキを食べている。

「あら? 材料が足りていないと言っていたけど、ココアパウダーがアクセントになって美味しいわね」

 大林少佐は余裕綽々の表情でケーキの感想まで述べている。

 支部長は無言で食べ進めて、ボウルケーキを早々に完食した。続いて支部長はイタリアンプリンに手を伸ばす。周囲から悲鳴が聞こえる。支部長は無視した。大林少佐も全く同じだ。

 如月学長と武藤教官が戻って来ないが、二人の取り分は切り分けて冷蔵庫に仕舞っている。

 自分が暢気にボウルケーキを食べていると、遠くから『手が滑ったー』と棒読み台詞が聞こえて来た。そのセリフから一拍遅れて、空気を裂く鋭い音が聞こえた。


 直後、イタリアンプリンをスプーンで食べていたサイの手が動いた。


 サイは食べる手を止めて、飛んで来た『何か』を見ずにスプーンの背を使って真上に弾き、丁度良い高さにまで落ちて来た『何か』をスプーンの背を使って撃ち出した。

 一拍遅れて、『ぎぃぁあああああああっ!?』と悲鳴が上がった。

 だが日本支部では、デザートを食べる手を止めるものはいない。

 再び空気を裂いて何かが飛来して来た。けれども、サイが食べる手を止めないまま、飛来した何かを掴んで、飛んで来た方向へ投げ返した。

 一拍遅れて、二つの何かがぶつかる重い音が『二種類』も調理室内に響いた。

 室内に沈黙が下り、カランと、軽い何かが床上に落ちる音が残響のように響いた。



 重い沈黙が下りた調理室に、如月学長と武藤教官がデザートを食べにやって来た。冷蔵庫から切り分けたボウルケーキを取り出して、二人にもデザートを出した。

 デザートを食べた二人から感想を貰う。

「おっ? 聞いていた通りに美味しいな」

「うむ。有り合わせとは思えない味だ。美味いぞ」

「お口に合って良かったです。交渉でココアパウダーが入手出来たのが大きいですね」

 謙遜では無い。事実だ。やっぱり、ティラミスにはココアパウダーが必要だ。

 二人に『松永大佐がロシア支部と交渉してくれた』と教えたら、何故か怪訝な顔をされた。

 ロシア支部がココアパウダーを所有していた理由について教えると、如月学長から意外な質問が来た。

「ビーフシチューには隠し味で八丁味噌を入れるレシピがあると聞いたけど、交渉して得たのはココアパウダーだけかい?」

「はい。今回はデミグラスソースの缶詰を用意して貰えたので、入れていないです」

「そうだったのか」

 如月学長は感心したような顔をした。どことなく如月学長が残念そうに見えるのは、八丁味噌入りのビーフシチューの方が好みなのかもしれない。


 如月学長の言葉通り、ビーフシチューの隠し味として『八丁味噌を使うレシピ』が存在する。ネットでビーフシチューのレシピを検索すると、八丁味噌を使用したレシピが大量にヒットする。

 八丁味噌の他に、ビーフシチューの隠し味として『蜂蜜やウスターソース』を使ったレシピも存在する。これらは日本人の味覚に合うように作られたレシピだと思うので、驚きはしなかった。

 如月学長には『デミグラスソース缶を用意して貰えたから使っていない』と回答したけど、マオ少佐が食べ慣れていない味になると思うので今回は使用を控えた。

 十年近くもヨーロッパ支部にいた人に、日本人向けに改良された洋食を出す度胸は流石に無い。

 それに、ロシア支部が保有している味噌が、必ずしも八丁味噌であるとは限らない。

 確実に存在するものだけを、交渉で得るべきだ。


「それにしても、ボルシチに味噌を入れるのか。独創的かつ、斬新な味付けになりそうだな」

「ゲルト大佐も『独創的な味』と仰っていましたね」

「……あのお人好しは食べたのか」

 武藤教官は驚いた。

 ゲルト大佐を『お人好し』呼ばわりしているけど、武藤教官は付き合いが有るのかな? 交流会にも参加経験が有るぐらいだから、交流が有ってもおかしくは無い。

 聞いてみたいけど、もうすぐお昼の時間が終わる。

 午前があんな状態だったので、午後にも不安しかない。


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