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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
新しい変化 西暦3147年12月

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交流会午前第二競技 ~佐久間視点~

 競技時間中に使用する待機場は陸上競技会場の二階に位置し、スコール対策で運動場に面したところにだけ窓ガラスが張られている。雨除けの窓硝子が張られたテラスのよう場所だ。

 そんな場所で、佐久間はテレビに映る中継映像を見ずに、大林少佐が淹れたお茶を啜った。

 参加者が星崎である時点で、結果は決まっている。

 何より、開催を提起したフランス支部から事前にルールの通達が無かった。一位でゴールした時のご褒美は既に通達した。星崎は何が何でも一位を目指す筈だ。 

 ……事前にルールの通達が無く、問い合わせても『連絡が来ていない? 通達を忘れたかな?』と回答は得られなかった。これはもう、ルールは守らなくても良いだろう。

 事前にルールを通達すると言う事は、『必ず守って欲しいルールが存在する』事他ならない。そして、通達が無かったと言う事は、『必ず守って欲しいルールが存在しない』のだと、佐久間は解釈した。

 この解釈内容は星崎にも伝えた。伝えた上で『一位が取れたら、他所の支部の抗議はこっちでどうにかする』とも伝えた。

 ……守るべきルールが存在しないのなら、ルールは無視して良いよね。こっちはルールについて問い合わせをしたのに、回答が得られなかったんだし。

 佐久間はそう解釈していた。訓練学校学長の如月も同じ見解を口にしたので、佐久間は解釈を変えない。

 ルール無用なら、星崎はルールのグレーゾーンを突きながら一位を狙うだろう。

「支部長、テレビを見なくても良いんですか?」

「だって星崎が出るんだぞ? どう考えても結果は決まっているだろう」

「……それはそうですけど」

 この中で唯一、星崎の事を心配しているのは井上中佐だけだ。

 井上中佐は佐久間と同じく、テレビを見ずにコーヒーを飲んでいる松永大佐を見た。その横には星崎から預かったケースが鎮座していた。

「松永大佐も、テレビを見ないんですか?」

「これに関しては私も佐久間支部長と同意見だ。事前にルールの通達が無かった以上、我々はこの競技で守るべきルールを星崎に教える事は出来ない。順守するルールが存在しないのなら、我々にとっても好都合だ」

「つまり、匙を投げたって事か」

「マオ少佐違うぞ。投げたのは匙ではなく『賽』だ。賽が投げられた以上、我々に出来る事は、待つだけだ」

「もうどうしようのねぇところにまで来ているって事か。阿鼻叫喚の地獄絵図にならなきゃ良いな」

「ははは。それは無理だろう」

 テレビから、スタートの合図となる破裂音が聞こえた。

 ……遂に始まったか。全支部よ。怨むのならルールを通達しなかったフランス支部を怨め。

『交流会訓練生の部、今、競技会場からスタートしました! おおっと、スタート早々に妨害か!? 日本支部、身を低くして妨害をあっさりと潜り抜けた!』

 実況を聞いた佐久間はテーブルについている全員と顔を見合わせた。

「妨害をしたって事は、妨害を受ける覚悟が有るんだろうな」

「サイヌアータ殿、それは無いぞ」

「無いの!? やられたらやり返すのが常識だろ? 何でやり返されないって思っているんだ?」

「オツムの問題だね」

「……救いようが無いな」

「言わないでくれ」

 悲しい現実について指摘された間も、競技は進む。 

『最初の五十メートル走にて妨害が発生しましたが、その後、妨害は発生しないまま競技が進行します』

 たかが一度の妨害で、交流会は中止にならない。この程度の妨害で中止になるようなら、そもそも交流会は開催されない。

『五十メートル走の先頭組が、次の競技ゾーンに到着しました! 続く競技は崖登り! 高さ五メートルの崖を己の身体能力だけで登って貰います』

「随分と楽な競技だな」

 実況の競技解説を聞いたサイヌアータ殿が拍子抜けした顔になった。

「そうなのか? 小柄なホシザキじゃ、一番不利だろ」

「逆だ。あの崖をよく見ろ。登りやすくする為なんだろうが、傾斜している。それに、中央を通れば簡単に追い越せる」

「あの崖の中央は脆く作られている。だから、どこの支部も中央は通るなと教えるんだ」

「そうだったのか。でも、誰も通らないのなら、あいつはそこを狙うだろうな。多少足場が悪いだけで、走るのを止めないと言うか、止まれない奴だったからな。次で逆転する」

「何か凄い事を言われたな」

 サイヌアータ殿の回答を聞き、会話をしていたマオ少佐以外の全員も何とも言えない顔になった。

『な、何と言う事だ! 日本支部、脆い崖の中央を、坂道を駆け上るように、五メートルの崖を踏破した!? そのままトップに躍り出たぁっ!!』

 興奮した実況が聞こえると同時に、あちこちから何かを吹き出す音が聞こえた。

 佐久間を始めとした、日本支部のテーブルに着くものは音の正体について気にしない。

「本当に逆転しちゃったね」

「だから言っただろう。他の奴がチンタラと崖を登っている間に、差が開くな」

 その後は、サイヌアータ殿の予測通りになった。

『日本支部、続いて長さ五メートルの梯子橋を走って踏破! 本来ならば、移動中の落下を防ぐ為に、梯子を登るようにして移動します!』

「ルールの通知って、本当に大切なんだな」

「佐々木、しみじみと言うな」

 井上中佐の突っ込みに皆が頷いた。

『梯子橋の次は、ロープを使って壁伝いに降下します』

 実況の競技解説を聞いたサイヌアータ殿がポツリと呟く。

「そのまま普通に飛び降りそうだな」

「私の心臓に悪いからそれは止めて欲しいな。――あ」

 佐久間がテレビに視線を移した瞬間、星崎が握っていたロープが途中から切れた。実況も『ロープが切れた』と絶叫した。突然の事態に、待機場内は騒然とする。

 だが、そんな中でフランス支部長だけは拳を握って喜んでいた。けれども、その喜びは束の間だった。

 映像の中の星崎は真下を確認すると、着地先を真下から変更する為に、壁を蹴り、横に――移動先の地面へ跳んだ。

 壁を蹴って跳んだ星崎は地面に対して斜め上から、足先から地面に着いたが、衝撃は逃がせない。足への衝撃を逃がす為か、足先が地面に着くなり、受け身の飛び込み前転から普通の前転を三度も繰り返して、着地の衝撃を逃がしつつ前進した。

 三度の前転から起き上がった星崎は『何事も無かったかのよう』に、クラウチングスタートの要領で走り出した。

 騒然としていた待機場内は、星崎の行動に度肝を抜かれたのか、皆揃って唖然としている。

 佐久間は色々と無視して大林少佐に声を掛けた。

「大林少佐」

「カメラのハッキングが出来ました。ロープに切れ込みを入れている行動が撮影されていましたので、録画しました」

「ナイスだ。今後、フランス支部を強請る時の材料にしよう」

 発言をした直後、佐久間に呆れた視線が集中した。呆れたマオ少佐が懸念を口にする。

「強請る前に、ルールについて文句は言われないのか?」

「問い合わせても教えてくれなかったフランス支部が悪い。以上」

「その言い訳は通じますか?」

「通じる通じないの問題では無い。証拠をもって認めさせれば良いのだよ」

 佐久間が井上中佐にそう回答すれば、サイヌアータ殿も話に乗った。

「あそこの弱みが欲しいんなら、ウチも協力するぞ。楽な仕事だからやりたいって奴が多かったし」

「……フランス支部の内部調査がそんなに楽なのか」

「技術の差云々以前に、ザル過ぎて話にならねぇ」

 サイヌアータ殿からの辛辣な評価を聞き、佐久間を含めた聞き手全員が『辛辣過ぎる』と慄いた。

『五十メートル先の次の競技は『動く地雷原』です! 五秒毎に位置を変える地雷原を踏破して貰います!』

「これまた、随分と簡単だな」

 競技の解説を聞き、サイヌアータ殿は『簡単だ』と感想を漏らした。

「五つ数えたら地雷の位置が変わるんだぞ。どこが簡単なんだよ?」

「ウチの支部では、訓練の一環で普通にやっているぞ。しかも、地雷の位置は常に変わるおまけ付きだ」

「「「うわぁ……」」」

 常に位置が変わる地雷原を想像したのか。佐々木中佐と井上中佐とマオ少佐の三人が震え上がった。

 直後、実況が声を上げた。

『何と言う事だ日本支部! 兎が跳ねるように的確に地雷を避けて、あっさりと踏破した!!』

「あら、可愛いわね。次回は星崎にウサミミカチューシャを付けて競技に臨んで欲しいわ」

 どんな時でもブレない大林少佐は、場違いな感想を口にしていた。大林少佐の希望通りに星崎がカチューシャを装着したら、他支部は挑発だと受け取り激怒する。

『日本支部が動く地雷原を踏破すると同時に、アメリカ支部とロシア支部が梯子橋を踏破しました! だが、圧倒的なまでに差が開いている現状で、果たして日本支部に追い付けるのか!?』

「不可能だな」

 松永大佐が実況の疑問を一刀両断した。同じテーブルに着くものは誰も否定しない。

『さぁ、日本支部が次に挑む競技内容は『揺れる浮島ゾーンを渡り対岸へ移動』になります! 滑りやすく、僅かな振動でよく揺れる浮島を日本支部はどう攻略するか!?』

 実況が興奮気味に叫ぶ。反対に待機場は『一位は譲るしかないのか』と諦めた空気で満ちている。 

 映像の中の星崎は、飛び込み前転を繰り返して浮島から浮島へ移り、一瞬の停滞も無く、対岸へ渡った。

『何と言う事だ! 日本支部、一瞬たりとも動きを止める事無く対岸へ渡り切ったっ!! これで残る競技は一つだけだ!』

 実況が叫ぶ度に、待機場の空気が重くなる。特にフランス支部長は悔しそうな顔で歯軋りをしている。

 映像の中の星崎は、ゴールが待つ会場に戻って来た。

 

『最後の競技は借り物競争です! 日本支部が引いた借り物のお題は――所属する支部長の所持品です!』


 実況の解説を聞いて、佐久間は思わず吹いた。幸いにも、お茶を飲んでいなかったので、周辺に被害は出ていない。

 だが、佐久間が吹いて一瞬呆然とした瞬間、大林少佐が佐久間が掛けていたサングラスを奪い取った。佐久間が驚く隙も無く、大林少佐はサングラスを松永大佐に投げ渡した。

 松永大佐は受け取ったサングラスを手に移動しようとしたが、ハンカチを取り出した如月学長が止めた。

「そのまま投げるよりも、ハンカチで包んで投げた方がよく飛ぶぞ」

 如月学長は松永大佐を止めるどころか、『これを使って飛距離を伸ばせ』と言い出した。如月学長からの進言を受け入れた松永大佐は、ハンカチで佐久間のサングラスを包んだ。

 松永大佐がサングラスをハンカチで包み終えるまでの僅かな時間に、佐々木中佐と井上中佐が会場の窓を開けに走った。二人の行動を妨害すべく、他支部のものが何人か立ち上がったが、黒い般若を背負った武藤教官に睨まれるなり俯いて、静かに腰を下ろした。

 妨害者はいなくなった。

 他所の支部長が『動け!』と怒鳴り散らすも、般若を背負った武藤教官に睨まれた瞬間、顔を青褪めさせて黙った。

 佐久間は改めて、般若の恐ろしさを知った気分になった。

「意味の良し悪しはともかく、連携が取れているって良い事だな」

「……ソウダネ」

 開け放たれた窓から、松永大佐が星崎に呼び掛けてから、スリングショットの要領で佐久間のサングラスを投げた。佐久間のサングラスが宙を飛び、慌てて落下地点に移動した星崎が地面に落ちる寸前のところでキャッチした。

 星崎はハンカチに包まれたサングラスを手にゴールインした。

 実況も星崎がゴールした事で興奮したのか、シャウト交じりの声を上げている。それ以前に、物品が誰のものなのか確認しなくて良いのかね?

「本当に一位でゴールしたな」

「だから言っただろう。ま、これだけ他の奴を引き離したんだ。待ち時間の方が長い。気楽に待とうぜ」

 サイヌアータ殿の言葉通りに待ち時間は長かった。

 殆どの走者が地雷原の踏破に時間を掛けていた。星崎の異常っぷりが際立つ。いや、サイヌアータ殿の発言を考えると、彼も出来そうだ。


 

 星崎がゴールしてから二十分近くも遅れて、ドイツ支部の訓練生が二位でゴールした。

 地雷原踏破で二位以下の順位が大きく入れ替わった結果だ。

 なお、最下位は妨害を受けたフランス支部の訓練生だった。



 競技が終わり、サングラスを手に駆け寄って来た星崎に抱き付かれて、佐久間は松永大佐から背筋が凍る冷たい視線を貰った。

 松永大佐のご機嫌取りで、第三競技にはサイヌアータ殿が出場する事になった。

 出場を快諾してくれたサイヌアータ殿に、佐久間は心から感謝した。

 

 

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