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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
怠惰な学校生活 西暦3147年7月中旬~7月31日まで
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夏休みが始まる

 期末試験から二日後。本日は終業式です。

 そう、待ち焦がれた夏休みがついにやって来た!

 林間学校は八月に入ってから始まるので、約二週間はのんびりと過ごせる。逆に期末試験の結果で赤点を取り、補習・再試験対象者になった奴は、林間学校までの貴重な夏休みを満喫する事も出来ずに授業を受ける事になっている。再追試でどうにか補習を免れた先輩は大喜びしていた。

 夏休みの課題が無い事だけが、せめてもの救いだろうね。

 ま、夏休みに突入したと言っても、訓練学校の敷地内からは出られない。



 何故かと言うと、この訓練学校は日本のどこかに存在する無人島(孤島)を丸ごと開拓・改造して造り出されたものなのだ。どんだけ金を掛けたんだよと是非とも突っ込みたい。

 しかもこの無人島、孤島と呼ぶに相応しい島だったりする。孤島と言う呼び名から判るように、周辺には何にもない。加えてこの孤島には、砂浜と呼べる箇所が存在しない。分かり易く簡単に言うと、船で接岸出来る場所が無い。船で海に出ようにも、海に辿り着く為にはまず、崖を上り下りしなくてはならない。

 何この状況? 意味が分からん、と困惑すること請け合いだ。

 要するに、ヘリコプターや小型飛行艇などの『航空移動手段を用いなければ上陸不可能な島』に訓練学校が存在する。伊豆諸島の青ヶ島かよと突っ込みたい。

 学校を作るには広さが足りなさそうに思えるが、そこは地下に穴を掘り、島の周囲の海上に人工的な浮島紛いなものを作れば敷地面積の確保は出来る。

 そうやって場所を確保し、必要な施設などを設置した結果、現在が有る。

 


 訓練学校指定の水着姿(未だに存在した紺色のスクール水着)で背面浮きの要領で海に浮かび、雲一つ無い青空を眺めながら訓練学校が孤島に作られた経緯を簡単に思い出す。

 訓練学校の敷地内から出られないと言っても、フェンスが張り巡らされている訳では無い。物理的に出られないだけだ。根性の有る奴だったら泳いで逃走するかも知れないが、陸地が存在する『進むべき方角』が分からなければ試しようがない。

 自ら鮫の餌になりたいと言う、手の込んだ自殺志願者でもない限りやらないな。

 体勢を立ち泳ぎに変えて、息を大きく吸ってから真下に潜る。

 この孤島近辺の海は結構深い。

 魔法を使って十メートル以上潜った事も在るが、まだ底が見えなかった。こっそりと孤島の岩壁に沿うようにして潜っても底が見えない。どんだけ深いんだか。

 浅瀬と呼べる場所も無い。泳げない金槌には最悪の場所だな。近年大量繁殖した毒海月対策で、遊泳可能水域は直径百メートル水深二メートルに渡りネットが張り巡らされている。このネットのお蔭で沈み続けると言った事は無いが。

 息が続くまで、日差しで視認が出来る程度の深さを泳ぎ続ける。

 ――夏休みが始まってから毎日のように海で泳いでいる。

 月面基地にいた時、非常にだらけた生活をしていた。体が鈍ったとかそんな事は無いんだけど、ゴロゴロしていた時間が多かった。柔軟じゃなくて、筋トレしていればよかったな。

 海面に戻り、一度呼吸してから再び潜水。疲れたら背を下にして海に浮かんで休憩。午前中はこれをずっと繰り返している。

 許可を取れば、海で泳げるのが幸いだな。この学校にもプールは存在する。夏休み期間中の利用も出来るけど、使おうって気が起きないんだよね。特に夏場は許可を取らなくても利用出来ると言う事も在り、大変混雑している。

 対して海は非常に空いている。やっぱり許可を取るのが面倒と言う生徒が多いのだろう。

 日が高くなるにつれ、気温と水温が上昇して行く。海面に戻り、空を見上げて日の位置を確認。大分高い位置に在る。

 そろそろ上がるか。

 左腕に着けている防水仕様の腕時計でも時刻を確認する。もうお昼だ。

 昼食を取る為に、陸地への接岸地点へ泳いで移動した。



 午前中は体力作りの一環として海で泳ぎ、午後はエアコンの利いた部屋でプログラミングの勉強か、お菓子作り。夕方になったら軽くジョギング。夕食後は就寝時間までのんびりと過ごす。お菓子は作り過ぎても、食べたがる先輩や同級生の男子がいるから消費には困らない。

 ……一応、申請すれば訓練用のシミュレーター機で操縦訓練出来るけど高等部の生徒が優先なので、中等部の生徒では基本的に許可は下りない。操縦訓練手段はもう一つ存在するけど、蒸れるから止めた。それに高等部の一部の生徒からシミュレーターの勝負を挑まれるから、シミュレーターを使う機会が完全に無い訳では無い。

 林間学校が始まるまでの夏休みは、毎年こんな生活を送っていた。その林間学校も免除されたから、今年の夏休みはほぼ毎日こんな感じになるだろう。

 そう思っていたとも。七月が終わるまでは。



 夏休みの予定が完全に崩れたのは、七月三十日の夕方。

 ここ最近の日課でジョギング(首にタオル、両手に重り代わりに水道水を入れた五百ミリリットルのペットボトル)に出ようとしたら、高城教官に捕まった。何事かと思うも、職員棟にそのまま連れて行かれる。

「え゛?」

 そして聞かされた内容に、思わず絶句した。

 林間学校が免除されたと思ったら、今度は軌道衛星基地に行け? 何でだよ!?

「言いたい事は解る。支部長も考えていなかったそうだ。だがな。ガーベラを保有していた試験運用隊の隊長がお前に会ってみたいと、急に言い出したんだ。今年の林間学校が免除された事も知っていたし。……毎日海で泳いでジョギングするよりかは、行った方が良いぞ。色んな意味で後生の為になる」

 拒否権の無い要請だな。それよりも、『後生の為になる』ってどう言う意味?

「八月一日の九時にここを出発する。それまでに荷物を纏めろ」

 出発は明後日。命令書が有るから拒否権無し。急過ぎるわ。

「……分かりました」

 それだけ言って、職員棟から出る。ジョギングを中止して寮へと戻る道すがら、ふと疑問が湧いた。

「何で、月面基地にいた頃でも無く、軌道衛星基地にいた時でも無くて、今なの?」

 そう。約半月前まで軌道衛星基地にいた。それよりも前に、二十日近くも月面基地にいた。

 会おうと思えば何時でも会えたのに、何故今になって会いたがるのか。

「分からん」

 考えたが分からない。上の人間の考えって、考えに至った事情と経緯を知っていないと、たまに解らないんだよね。

 てか、試験運用隊の隊長って誰だっけ? 

 記憶を探るが、思い出せない。『思い出せない=多分知らない』の図式が浮かび上がり、真夏だと言うのに何故か寒気を感じた。

「調べるか」

 調べよう。調べた方が良い。何だかそんな気がして来た。調べる方法は有るから問題無し。

 寮部屋に到着すると、タオルはそのまま、両手のペットボトルは冷蔵庫に放り込み、ノートパソコンを起動させ、ネットに繋ぐ。

 訓練生の身で閲覧出来る、日本支部の情報はたかが知れている。

 逆を言えば、訓練生や他支部などに『知られても困らない情報が公表されている』と言う事でもある。

 その、知られても困らない情報に、試験運用隊の隊長名が含まれていれば良いのだが……。

「流石に無い、か……」

 そもそも公表されている情報の中に、試験運用隊の名が無かった。

 これはいよいよ、魔法を使った諜報活動をする時が来たかな?

 試験運用隊。

 こう書くと、何を運用するのか微妙に判り難いが、要は『テストパイロット部隊』だ。他支部に漏れたら困る機密情報を知る機会も有る。情報の漏洩を防ぐ為にも、『隊長以下所属兵の身元が流出→所属兵を拉致して尋問→情報漏洩』のコンボは避けたいのだろう。

 素人でもこの流れが思い付くのだ。上層部だったら、他にも危惧する事が思い付けるだろう。

 これを考えると、月面基地で起きた痴漢騒動の原因も想像出来るし、支部長からの問い掛けにも納得出来る。

「もしかして、そう言う事なのか」

 誰が言ったか分からないが、確かこう言っていたよな。

『出来ないと何度言えば解る』って。

 あれは自分が訓練生だから言っているのかと思っていたが、今になって思うと情報漏洩対策として会わせられないって事だったんじゃ。

 過ぎた事だし、真相は分からないが。

 ただ、支部長からの問い掛けは忘れてはならない気がする。

『何故通信をした?』

 あれは『戦闘中にそんな余裕が有ったのか』ではなく、『自ら情報漏洩をするような行動を何故取ったのか』と言う事だったのではないか?

 それを考えると、よく叱責されなかったな。

 あの時、通信に応えてしまった機体の所属支部はフランスだから、当面はフランス支部に近づかない方が良いな。

 明後日の行き先は日本支部が保有する軌道衛星基地だけど。

「う~ん。嫌な事に気づいちゃったな」

 思わず唸る。本当に、気づかなきゃ良かったよ。でも、気づかなかったら、嫌な展開になりそう。

 痴漢騒動に関しては結果オーライだろうけど、これからはそうはならないだろうなー。

 憂鬱な気分になるが、共用会議室での面会を思い出す。あの時の日本支部長の行動を見るに、ある程度の隠蔽工作は行なってくれているのだろう。

 軽く息を吐いてから、ノートパソコンを落とす。

 不確定な未来よりも、確実にやって来る未来の対策を取ろう。具体的に言うと、明後日の準備とか。

 先ずは、持って行くものリストを作るとしますか。

 そう考えてメモ紙とペンを用意する。

 月面基地での退屈な日々の教訓を忘れない内に、持って行くものリストの一番上にノートパソコンと書いた。

 そして、命令書を何度も読んで少ない私物の中から荷物を吟味した。道具入れに入れるものとボストンバッグに入れるもので分け、ほぼ一日で荷物を纏めた。

 

 翌日八月一日に、再び宇宙に上がった。

 何も起きなきゃいいな。


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