期末試験の結果~佐久間視点~
軌道衛星基地日本支部、日本支部長執務室。
「……………………そうか、達成したのか」
佐久間は長い沈黙を得て、それだけ呟いた。
現在、高城教官と訓練学校の学長から映像通信で『星崎佳永依の期末試験の結果』の報告を受けている。
佐久間も、まさか本当に、達成するとは思わなかった。
……だって平均九十五点だよ? ほぼ一・二問しか間違えられない状況だと言うのに、星崎佳永依は見事にやってのけた。一体どんな神経をしてんの? しかも、英語に至っては最上級生向けのものだったのに満点を取っていた。何で満点取れんの?
佐久間は乱れた口調で内心でぼやき、目頭を揉んでから言うべき事を言う。
「だが、言い出したのはこちらだ。こちらで勝手に決めて済まないが、星崎の今年の林間学校は免除とする」
『分かりました』
『星崎にもそのように伝えます』
「頼んだ」
その応答を最後に通信は切れた。
佐久間は椅子に深く座り直し、深く息を吐く。
一つの疑問が解消されたは良いが、元より存在した疑問が更に深くなった。
星崎は座学でも手を抜いていた。だが、手を抜く理由が分からない。
「松永大佐、どう思う?」
佐久間は室内にいた幹部の一人に声を掛けた。
「そうですね……」
佐久間から松永大佐と呼ばれた人物は、肩上で切り揃えられたおかっぱに近い髪型の黒髪を少しだけ揺らしてから返答した。髪を揺らした際に耳に掛けられている脇の髪が、一房耳から外れて宙を泳いだ。松永大佐は耳に掛け直してから口を開く。
「手抜きの常習犯。月面基地での情報を得た限りですが、あの言動と言い、随分と別の方向に愉快な子ですね」
「別方向に愉快、か」
「はい」
佐久間の確認に、年齢どころか性別さえも、外見と声だけでは特定不可能な中性的な松永大佐の顔が微笑む。
「愉快そうな子が、あのガーベラと一緒に我が試験運用隊に来る。我が隊は益々、問題児の巣窟と化しそうですね」
「類は友を呼ぶ、と言う奴ではないか。元々そう言う場所だしね」
にべも無い佐久間の返答に、松永大佐は微笑を崩さない。
「支部長。一つお願いが有るのですが宜しいでしょうか?」
「……何だ?」
数秒間の空白を得て、佐久間は眇めそうになった目を一度閉じてから、松永大佐に問い掛ける。
「そこまで警戒しないで下さい。単に、前倒しで顔合わせを行いたいだけです」
「顔合わせ?」
「はい」
目を開いて驚く佐久間。対する松永大佐は微笑を崩さない。
「星崎佳永依を林間学校期間中に、事前の顔合わせとして軌道衛星基地に招きたい」
「林間学校免除の理由を別の場所への呼び出しにすり替え、星崎へ批難が集まらないようにする気か?」
「それも有ります」
「次の襲撃への警戒、にしては期間が短いな」
「期間が短いのは、今の内に我が隊のもの達と交流させようかと」
「交流云々以前に、入隊前にトラウマを植え付ける気か?」
「トラウマとは、何とも酷い言い草ですね」
「酷いも何も。……主にトラウマを与えるのは、松永大佐だろう」
「おや。そんな事は有りませんよ。私はただ『個人面談と言う名の、気が済むまで精神的に甚振るをしている』だけです」
「それがトラウマの元凶だと、一体何度言えば解るんだ。そもそもの話、試験運用隊の不文律を考えると交流も何も無いだろう……」
佐久間は嘘を吐くなと言わんばかりに、通信を終えた直後以上に深く息を吐いた。
「だが、言い分の一つだけは賛同出来る。十月にはアレも有るからな。今回は特別に許可は出す。出すが、連絡は松永大佐が入れるようにしてね」
「それだけで許可が下りるのでしたら、構いません」
「そうか。写真は見るか?」
「先入観を得てしまいそうなので不要です」
「さいか」
疲れ切り椅子に沈んだ佐久間に対して、松永大佐の微笑は欠片も崩れなかった。
その様子を見た室内にいたもの達は皆思った。
――流石、問題児達を矯正するドS。
口に出したら、松永大佐の個別面談で精神をバッキバッキに折られかねない。
故に、松永大佐に対しては、何かを思っても皆貝になる。口を閉ざすだけで火の粉が降りかからないのなら、皆喜んで口を閉ざすだろう。
ある意味勇気の有る面々だった。