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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
再会と出会い 西暦3147年11月以降
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演習場で行う飲み会と会議の行方

 時間は流れて、十九時半が過ぎた。

 会議が未だに終わらないのか、松永大佐が戻って来ない。

 一人で夕食を済ませて、製菓材料の残量を確認する。一条大将が月面基地に向かうと聞いたので、差し入れ用として、パウンドケーキを作る事にしたのだ。


 技術が進んだ昨今、除菌・滅菌技術は非常に進歩していた。技術進歩のお陰で、搭乗一時間前までに申請すれば、密室の機内に手作りの食品を持ち込んでも良いようになっている。

 大抵の人は申請を面倒臭がって市販品を持ち込む。


 残りの材料で作れるだけのパウンドケーキを焼き、余った材料で簡単なクッキーを焼く準備をする。

 大量に出来上がったが、食べる人数が多いので問題は無いだろう。

 仮に無理だったら、サイに送れば良いか。残飯処理を頼んでいるようで心苦しいけど。

 ちゃんとした差し入れの返礼品は、サイが食べ慣れたものが良いよね。流石に、侯爵令息のサイに下手なものは贈れない。

 これはセタリアにも言える。けれど、セタリアは無類の酒好きなので、何を来れば良いのかと悩まずに済む。支部長に代理購入をお願いして、ブランデーかウィスキーの詰め合わせセットを入手すれば済む。

 サイは赤ん坊(生後三ヶ月)の頃から知っているけど、数年間の時間を空けてから、今みたいな付き合いになっている。サイは成人しているから、ここは無難にお酒を贈れば良いんだけど、何故か自分の手作り品を食べたがるんだよね。

 この辺はティスと同じだ。ティスの場合は、単純に見慣れた料理を食べたがっただけだ。忘れがちになるけど、ティスは転生者で元日本人なのだ。しかも、関西方面の出身だったのか粉もの料理のこだわりが強かった。お好み焼きに挽肉を使うのは、一体どこの地方なんだか。

 購入品よりも手作り品の方が喜ばれる――そんな理由が在るので、返礼品には悩む。

 どうせ作るのなら出来立てを渡したいが、二人分を作って渡すのは不可能だ。

 まず、カルタが欲しがり、その次にセタリアを始めとした面々も欲しがる。最終的に作る量は考えたくない。

 こっちにサイとティスだけ招いて提供するしかないか? いや、ティスはリクエスト品を聞いて贈れば良いか。生鮮食品でなければ、問題は無いだろう。

 シリコン製のゴムベラでクッキーの生地を練りながら、差し入れの返礼品について考えた。



 そして、お菓子を作っていると時間の流れは速く、気づけば二十一時前だった。

 会議は、まだ終わらないのか?

 昨日は十八時に終わった。日勤の就労時間終了時刻は大体十八時なので、三時間も長引いている事になる。

 食堂に並ぶ食事は、配達終了から四時間が経過すると回収される。

 簡単な夜食を作って置いた方が良いかなと考え始めると同時に、食堂のドアが動いて松永大佐がやって来た。その後ろには会議の出席者が揃っており、一条大将の姿は無い。

 厨房から顔を出し、疲れ切った顔をしてカウンターにやって来た松永大佐に声を掛ける。『一条大将は月面基地に向けて既に出発したのか』と松永大佐に尋ねたら、厨房内に移動してから意外な事を聞かされた。

「会議の延長が無くなった。明日の会議は、一時間早くに始めて、終わりを三時間延長する」

「大丈夫なんですか?」

「一条大将が月面基地に行きたくないと駄々をこねた結果だ。酒は渡さんでいい。その菓子の山は何だ?」

 ……五十代の男性が駄々をこねるってどんな状況だよ。

 喉元にまで出て来た言葉を飲み込んで、松永大佐を見上げて回答する。

「差し入れ用に作りました。まだ熱いので、触らないで下さい」

「出来立てか。なら、明日の会議の休憩用に……いや、終わってからだな」

 粗熱が取れていない菓子に手を伸ばした松永大佐を止めた。百八十度の高温設定のオーブンで焼いたお菓子に触れると、火傷を負う恐れがある。

 粗熱が取れていない事を知って手を引込めた松永大佐に、禁酒命令を受けた五人の扱いについて尋ねる。

「禁酒命令を受けていた五人だが、予定通りにビールを一杯飲ませたら演習場から追い出す」

 松永大佐。『帰らせる』から、『追い出す』に変わっているけど、良いのか?

 元々、お酒は作戦成功のお祝いで飲む予定だったから、流石に『飲ませない』っている選択肢が無いだけかもしれない。

 松永大佐は夕食を取って来ると言って、カウンターへ移動した。



 一時間後。

 夕食とをった面々は演習場で酒盛りをしていた。

 麦酒の樽は、既に半分が消費されている。

 支部長と一条大将は、サイとティスから貰ったお酒(リキュール氷入り)をロックグラスで二杯飲んだだけで帰った。

 一条大将が食堂でお酒を二杯飲んでから帰る際、松永大佐を始めとした会議出席者達の冷たい視線が一条大将の背中に刺さった。一条大将はその視線から逃げるように食堂から去った。

 支部長はもう一杯飲みたそうにしていたけど、一条大将に引き摺られるように連れて行かれた。

 禁酒命令を受けた五人の内、三人男性陣はジョッキでは無く、何を思ったのかバケツを持って来た。バケツを見た松永大佐と飯島大佐と工藤中将の三人が、それぞれの頭を取り上げたバケツで叩いた。

 高橋大佐ですら、持参品がジョッキとおつまみだったのに何をしているんだ。

 残り二人の女性陣はジョッキの代わりに大きめのロックグラスを持って来て、『別のお酒が飲みたい』と自分に要求して、氷室中将に怒られていた。

 結局、五人は麦酒を一杯だけ飲んで帰った。

 麦酒と言っても、普通の麦酒では無い。一国の王が好む麦酒が安物である筈が無い。五人は麦酒を一口飲むなり、『これまでに飲んだ酒の中で一番美味しい』と驚愕していた。

 地球で言うところの『最高級ビールに相当する酒』なのだ。庶民向けのお酒と比べてはいけない。ビール(麦酒)だけど、そこそこ格式の高いパーティーに出せるような一杯なのだ。

 本日はそんなお酒を浴びるように飲んでも良いからか、麦酒だけが消費される。

 他のお酒は工藤中将、氷室中将、飯島大佐と佐藤大佐の四人が静かに消費していた。

 佐藤大佐がビール系を飲まない事に驚いたよ。果実酒系が好きと聞き、『そう言えば甘党だったな』と感想を抱いた。

 意外なの事に、飯島大佐が好む酒はリキュールだった。現在、氷室中将と一緒にリキュールを飲んでいる。

 工藤中将はチーズを肴に度数の低い赤ワインを飲んでいた。ロゼと白も出したのに、工藤中将は赤ワインだけ飲んでいた。

 酒盛りが行われている中、松永大佐だけが一滴も飲酒していない。遅れてやって来た大林少佐と神崎少佐もロゼと白のワインを飲んでいるのに、飲酒もせずにモニター室から持って来たと思しき椅子に座って監督している松永大佐は目立つ。

 松永大佐に誰も手を付けていない米酒を勧めたが、『酒は飲まない主義だ』と断られた。

 ……このまま松永大佐が一滴もお酒を飲まずにでいるのなら、明日支部長に提出予定の報告書と提案書の内容の一部を先に話すか。

 少し考えてから、フラガとセントレアが帰還した直後に、サイと話し合った内容の二点を松永大佐に報告した。重要な二点、日本支部の時間で明日の十時に作戦が実行される事と、昼間の侵入者の一件を考えて今後の往来や連絡のやり取りを定期的にする提案を、松永大佐に話す。

 報告書と提案書は既に作成済みなので、支部長に提出するだけの状態になっている事も併せて報告する。

「明日の十時にもう一つの転移門が破壊されるのか。吉報が聞けると良いな」

 松永大佐の機嫌が目に見えて良い。

 長年、地球に脅威を齎していたものが短期間の間に二つも無くなるのだ。機嫌が良くなるのは当然か。

 明日の十時、日本支部では会議が行われている。昼休みに吉報を皆に伝える事が出来たら良いと思うのは、自分も同じだ。

「首都防衛支部が中心になって動くので、失敗は無いと思います」

 厳密には『失敗出来ない』なんだが、それは言わなくても良いだろう。

「前々から思っていたんだが、『防衛支部』が動くのか?」 

「松永大佐、進んで他国に侵略しない意思表示として、防衛支部を名乗っているだけです。必要ならば、攻め込みますよ。変に覚悟が決まっているものが、やたらと多いので、やり返しとして攻め込みに行くと敵国が滅びるまで止まらないんです」

 向こうの宇宙の軍事的な均衡は保たれている。

 均衡が保たれていると言う事は、それだけ平和だと言う事だ。

 そんな割と平和な国で、軍人になる。

 国家の理念と言うか方針が『侵略は許さない。死の刃を向けられたら、必ず報復せよ。必ず討ち取ち、討ち滅ぼせ。でも、報復以外で侵略はしない』と、割と物騒なのだ。

 日本の歴史を知るティスに至っては、ルピナス帝国の理念を知るなり『金と教育が行き届いた薩摩武士か?』と、感想を漏らした。

「星崎から見て、今回の作戦はどうなると思う?」

「一方的な蹂躙になる可能性が高いです。この手の作戦は余り計画されないので、一部が羽目を外します」

「……そうか」

 意見を求められて回答したのに、松永大佐は自分の回答を聞くなり遠い目をした。解せぬ。

 咳払いをした松永大佐が、定期連絡の方に話題を変えた。

 日本支部にとって有益な事を話し合った方が良いと判断したか。ここで話し合ったら、明日の会議の議題に上がりそうだな。

 どの道、松永大佐経由で今日中に、報告書と提案書を支部長に提出する予定だった。会議で松永大佐が提案するか、支部長が提案するかの違いになるだけだから、大差は無いか。

 サイがセタリアにも進言すると言っていた事を明かしていたからか、松永大佐に報告書と提案書が見たいと言われた。

 思わず『今からですか?』と確認を取っちゃったよ。

「明日の会議で確実に決める為だ。修正箇所が有るのならば、今日中に修正して支部長に回した方が良い」

「……明日の会議は、四時間延長で終わりますか?」

「それは……、どうだろうな」

 松永大佐。そこは目を逸らさないではっきりと『終わる』と言って欲しいんだけど。

 明日の会議は大丈夫かな? 麦酒を鯨飲(げいいん)している人が一杯いるのに。



 翌日。

 自分の心配は見事に的中し、予定通りに会議が一日延びた。 

 二日酔いに苦しんでいる人がいないところは、『見事』しか言えないけど、会議が延長したら意味が無いよ。

 自分が提出した書類が原因かもしれないけど、提案書の内容は他支部の様子を見てから決めても問題の無いものだから、急ぎで決める必要は無い。

 セタリアや、サイの意見を聞いてから決めても問題は無いし、提案書にもそう一文を入れた。

 それでも、会議の議題の一つに上がった理由は支部長が意見を求めた結果だ。

 あ、自分が作った差し入れのお菓子は綺麗に無くなった。明日の午後分が欲しいと支部長からリクエストを貰った。材料費は会議延長の原因となった一条大将に請求する事で決まった。


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