やる事を終わらせて、一人帰還した
空気を読んだ松永大佐が戻って来るなり、ベロペロネが別行動を取っている理由について尋ねて来た。
それは、セントレアの逆鱗に触れない話題を選んだとも言う。
ベロペロネが保管区で行っている作業内容を松永大佐に報告した。専門家でもどこまで出来るかを見る機会なので、事後報告になったが許可は下りた。松永大佐もベロペロネに可能かどうか尋ねたかった事らしい。
作業の内容次第では、ベロペロネはお昼前に向こうに戻る可能性も告げた。その際、追加の人員を連れて来る可能性も忘れずに伝える。
次に残骸回収に向かう担当の工藤中将に『傷の少ない奴を探すのは難しいだろうから、残骸が沢山欲しい』と伝えて欲しいと頼んだ。これはベロペロネにも確認を取った事だ。『数が欲しい』も、『沢山欲しい』と同じだ。ベロペロネがどう言ったかも報告して、『沢山』と言い換えた事に納得して貰った。
支部長に許可を求める事になりそうな案件を、松永大佐に報告していると、憲兵部の対応が終わったと連絡が入った。
松永大佐が中佐コンビを連れて移動する直前に、昨日サイから『皆で食べろ』と貰ったクッキーを持って行くようにお願いした。
「ドイツ支部から貰った分が残っているから、それは午後に持って行く」
松永大佐のそんな言葉と共に、断られた。てか、ドイツ支部から貰ったお菓子まだ残っているのか。
大量に残るようなら、フラガとセントレアに『味見をさせてから』持ち帰らせる事も検討しないとだな。激甘だけど、二人の口に合えば良いな。
味覚感覚に違いは無いから、ちょっと心配だ。
「ねぇ、ちょっといい?」
松永大佐達と食堂で別れた直後、セントレアは自分の肩を掴んだ。それも、肩に指を食い込ませるぐらいに力を込めている。
「さっき、私、すっごく失礼な事を言われたんだけど」
「事実。諦めろ」
フラガの突っ込みを無視したセントレアは、目が笑っていない笑顔を自分に向けた。
「ねぇ、貴女も『色香が無い』って言われたのに、どうして平然としているの?」
「セントレア。あたしの今の比較対象は、常にセタリアなんだよ? セタリアと比べられて来たあたしが、一々反応すると思う?」
セントレアに突き付けられた無情な現実に対して、自分の非情な現実を教えた。
妖艶な美女としか言いようの無い外見を保有するセタリアの隣に立っていたのだ。そんなセタリアと比べられるんだぜ。嫌がらせと虐めを通り越して、公開処刑レベルだ。反応していたら、セタリアと一緒にいられない。
「う゛っ、それは……」
セントレアは自分の反論を受けて目を泳がせた。ついでのように自分の肩を掴む力も緩んだので、セントレアの手を払い落とした。
「それにねー。あたしは背が低いから、胸が多少有っても子供っぽく見える。何より転生した今の体は成長期だから、更に子供に見えるの。だから、あたしに色香なんて、そもそも存在しない」
「神族理不尽って言いたいけど、比較対象が悪いせいで、貴女は自己評価が低かったわね」
「しかも、人によってはあたしを見ただけで顔を引き攣らせて逃げるの。こんな状況で『色気が有る』だの、『色香が有る』だの言われても、お世辞にしかならないっての」
自分の行いは広く知れ渡っている。そのせいか、帝城内で自分の顔を見るなり顔を引き攣らせるものがいた。そう言う奴に限って、何かやっているから捕まえて締めると色々と自首するのだ。
「無残。セントレアよりも悪い状況」
「フラガそれ以上言ったら、怒るよ」
紛う事無き事実だが、面と向かって言われると腹が立つ。でも、発言者のフラガに手は上げない。こいつは殴っても喜ぶだけのドMだ。怒るべきところで悦ばせてはいけない。
だから、拳を握って我慢した。
二人を連れて保管区へ戻ると、ベロペロネは作業をほぼ終わらせていた。
ほぼ完成したと思われる『傷の無いアゲラタム』が一機だけ、床の上で片膝を突いた待機状態で開けた場所にいた。ベロペロネはその傍で休憩を取っていた。
流石の一言に尽きる。
ベロペロネと合流し、侵入者の後始末について教えた。事の顛末を聞いたベロペロネは腕を組み、五秒ほど瞑目した。
「上が馬鹿な政治家だと、下は苦労するな」
五秒ほど考えたベロペロネの感想はこれだった。
自分も似たような感想を抱いたので聞き流し、事後報告になったが組み立ての許可が下りた事をベロペロネに教え、作業結果を尋ねた。
「不満だらけだが、一応完成した。細かい不具合は実際に使わないと分からんが、動きに問題は無い」
「動くんだったらそれで良い。実戦で使うのは赤くした奴だし」
「……さいか」
悟ったような顔をしたベロペロネを無視して、組み上がったばかりのアゲラタムに近づいて触れ、自分の宝物庫に仕舞った。
「お嬢!」
ベロペロネがギョッとしたような声を上げたけど、彼を見ないで回答する。
「演習場に持って行く為だよ。そう言えば、使える部品は見つかったよね?」
「耐久性に心配は有るが見つかった。けどよぅ、お嬢が持って行く事はねぇだろ」
「昨日、異能の説明をしていないと聞かされた」
フラガの余計な言葉を聞き、自分は内心でため息を吐いた。フラガを見上げようとしたが、ギョッとしたベロペロネとセントレアが視界に入った。
「お嬢!? 本当かよ!?」
「本当だよ。でも、話していない事をそろそろ教えないと駄目そうな時期に差し掛かって来た。信頼関係は崩すのは簡単だけど、築くのは難しいからね」
「こっちには異能が無いと聞いた」
「フラガの言う通り、この星の人は異能を持たない。見せたら忌避されるかもしれない」
言葉を一度切り、深呼吸をしてから『でもね』と続ける。
「今の状況を、アレがこの星系のどこかにいるって事を考えると、討ってから考えて、悩んだ方が良い。アレの特性を考えると、こっちの宇宙で戦った方が勝率も高いしね」
「……その結果、どうなるとか考えているんでしょうね?」
「いいや。直面した方が、後腐れも未練も無く、諦められる」
セントレアの問いに『否』と首を振った。
先に考えてから行動すると、逆に身動きが取れなくなるかもしれない。
それに、その状況に直面した時の方が『普段から抱いているもの』を出してくれそうな気がする。試している訳では無いが、普段から見せないように気を遣われているかを知る事も出来る。
特に、接触時間が最も長い松永大佐の反応次第では、今後の行動を決めなくてはならない。
急に行動を変えたとしても、セタリアとフラガが日本支部の面々の反応をつぶさに観察しているところを何度も見ている。あの行動を取ったと言う事は、色々と疑っていると言う事だ。
疑いを晴らすには、突発的な状況下で出て来た本音しかない。
……そう言っても、セントレアは納得しないだろうなぁ。
セントレアを納得させる必要は無いから言わないけどね。
さて、アゲラタムの組み立てが終わった。展開していた時間の流れを変える結界を解除する。
ベロペロネに保管区で他にやりたい事の有無をたずねた。無いなら、三人を連れて演習場へ向おう。ベロペロネの回答を待つ間に、他のやる事を思い出す。
松永大佐には『八機に通信機の搭載が終わったら保管区へ移動』と言ったのに、一度忘れた前科が有る。バタバタしていると、保管区に移動する前みたいに忘れてしまいかねない。
ど忘れをした原因は、気が抜けたからかもしれない。でも、この状況で気が抜けるかな?
念の為に、保管区内で写真撮影を行っていたフラガと、セントレアにも尋ねた。
二人からの返事は『無し』だった。
ベロペロネからは抜き取った生体演算機構の後始末について聞かれた。
抜き取ったあとの廃棄処分については支部長に丸投げして、その後どうなったかは自分も知らない。ベロペロネには素直に『支部長に聞かないと分からない』と回答する。
案の定、三人には呆れられた。
「何で知らねぇんだよ」
「三ヶ月近くも前の事だし、そもそも、あの頃は今みたいになるなんて思ってもいなかった」
三人には言えないが、あの頃はルピナス帝国の関与を疑っていた。
自分の回答を聞き、ベロペロネは呆れの色を濃くした。
「だからってよぅ。丸投げしたんなら、最終確認ぐらいはしろや」
「支部長に報告するついでに聞くけど、何で今になって気にするの?」
「燃え残りの灰か、何かが残ってんなら、ウチの国には弔い場が在るだろ? そこに持って行こうかと思っただけだ」
ベロペロネが言った弔い場とは、地球で言うところ、名も無き人用の『共同墓地』に近い。慰霊碑とかも設置されているから、どちらかと言うと『慰霊墓所』と表現すべきかもしれない。
ちなみに自分は行った事が無い。『そこに弔いの花を持って行くのなら、代わりに持って行く。そこに弔う人を減らす為の仕事をしてくれ』と言われて、行く機会は悉く潰された。
「あー、在ったね。一度も行った事が無いからすっかり忘れていたよ」
「何で行った事がねぇのか聞きてぇが、お嬢の一日を考えると行く暇は無いか」
「うん。行くなら、弔う人を減らす為の仕事をしてくれって言われた」
「……確かにそれは、お嬢が言われそうな台詞だな」
「昼夜問わずに行こうとしても言われるからさ、結局一度も行けなかったんだよね」
そう。自分は一度も行けなかった。
一方、セタリアが行った事が無いのは体面的に問題が有るので、公式行事の一つとして何度も慰霊碑に花を手向けている。
何度か、セタリアに一緒に持って行ってと頼んだりもした。
「お嬢、悪かったな」
「事実だから良いよ」
きまりの悪そうな顔でベロペロネは謝罪の言葉を口にした。
ベロペロネが知らなかったとしても、忘れていた事と、慰霊碑に手を合わせた事すら無いのは事実だ。
気にしていないと返して、手を叩いて湿っぽくなった空気を強引に変える。
保管区でやる事の有無を改めて確認し、三人を連れて演習場に向かった。
演習場に戻り、組み立てたアゲラタムを宝物庫から出した。これで三個小隊分が揃った事になる。実際に運用するには人を揃えて、教育をする必要が有る。
ベロペロネと協力して、松永大佐が乗っていた機体の修理と駆動系の部品交換を行った。
「こいつで暫くは持つ。だが、荒い操縦は控えるように言っておけ」
「もう少し力を抜けって言えば良いんでしょ?」
「そうだ」
自分の回答を聞き、ベロペロネは満足げに頷いた。そして、『帰る』と言い出した。
「この手の報告はさっさとやるに限る。持って帰るもんは回収したからな」
「何を持って帰るの?」
「炉石と重力石を一個ずつだ」
ベロペロネの回答を聞き、その二つの大きさを思い出した。
炉石は五十センチぐらいの大きさの人工石を特殊な装置で覆っているが、それでも一メートル程度の大きさしかない。ロボットの動力源としては破格の小ささだ。
重力石は自分の掌に乗るほどの小さな石だ。
どちらも地球の技術では解析不可能で。収納機に入る大きさだ。持って帰ってどうするのか知らないが、日本支部が利用する事は技術的にも出来ない。
互いの上司への報告事項を確認し合い、再び出した小型転移門でベロペロネはルピナス帝国に帰った。
ベロペロネを見送り、小型転移門を仕舞ってからスマホで時間を確認すると、十二時を過ぎていた。
昼食を食べようと誘い、二人を連れて食堂へ向かった。
午後の会議室で、高橋大佐が『失言王』なる不名誉な称号を得る一件が起きるのだが、この時は知らなかった。




