捕縛と説明。明らかになった事
移動しながらフラガとセントレアに幻術を掛けて、フラガの耳と尻尾を隠し、二人が日本支部の制服を着ているように見せた。試験運用隊隊舎に戻り、一度、三人で演習場に向かった。
「……」
「本命はここだったみたいね」
セントレアの言葉通り、演習場にはカラフルな髪色の七名が小型転移門の周辺に集まっていた。起動させる事も出来ずに頭を抱えている。
自分は深くため息を吐いた。こっちには気づいていないし、もう良いな。
「フラガ」
「連絡頼んだ。セントレア、行くぞ」
「ええ、行きましょう」
名前を呼べば、フラガは打てば響く対応でセントレアに指示を出した。そのまま二人で、七人の許へ駆けた。
さして間を置かずに、打撃音と苦悶に満ちた声が聞こえるが、無視してスマホを操作した。
『――状況は判った。憲兵部のものがそちらに向かっている。七人が全員そこにいるんだな?』
「はい。全員気絶していますが、拘束しますか?」
自分が松永大佐に報告していた間に、フラガとセントレアの手で七人は気絶した。二人の許へ移動中に、演習場の床の上に伸びている七人を拘束するか尋ねる。
『いや、気絶しているのなら不要だ』
「空き部屋かトイレに、閉じ込めますか?」
流石に侵入者を演習場に放置したままは不味いと思い、松永大佐に提案をしたら、別の人から回答が来た。
『割り込みするわ。神崎よ。星崎ちゃん。気絶しているのなら、何もしないでそのまま放置で良いわ。ウチの部下がそっちにつく前に色々と片付けちゃいなさい』
「はい、分かりました――って、ちょっとフラガ! 脚の関節を砕くんじゃない!」
神崎少佐に返事を返した直後、視界の隅でフラガが大きく足を振り上げた。フラガの行動の意味に気づき、自分は慌てて駆け寄り止めた。
止められたフラガはキョトンとした顔で小首を傾げた。
「逃走防止やらないの?」
「憲兵部の人が放置で良いって言っているから待ちなさい。セントレアもやらないの」
「随分と手緩いわね」
「他所には他所の決まりと都合が存在するから止めなさい」
セントレアがこっそりと、フラガと同じ行動を取ろうとしたのでこちらも止める。何と言われようが、駄目なものは駄目だ。
「男を去勢した人数四桁記録持ちに、そんな事を言われる日が来るとは思わなかったわ」
「何の記録だよ!? そこまでの人数をやった覚えは無いからね。瓦礫で生き埋めにした人数の総計が五桁に行っているの確実だけど、そっちの記録は覚えが無い」
セントレアから解せぬと言わんばかりに、変な事を言われた。
なお、そんな不名誉な記録を保持した覚えは無い。
犯罪者の逃走防止として、建物を爆破して瓦礫に生き埋めにした事は何度かやったけど、男を去勢した人数四桁はマジで覚えが無い。それ以前に、誰が計測したんだよ? 喪服淑女の会か?
「小型転移門を片付け――いや、全員廊下に出しちゃうか」
片付けるには時間が足りないと判断し、未だに繋がったままのスマホ経由で、神崎少佐に一言告げる。
「済みません、神崎少佐。七名を廊下に積み上げるので回収お願いします」
『色々と言いたいけど、分ったわ』
通話は向こうから切れた。
スマホをポケットに仕舞い、重力魔法で床の上に伸びている七名を運搬し、出入り口から廊下が無人である事を確認してから、乱雑に積み上げた。
程なくして、憲兵部の人がやって来た。神崎少佐から『協力者の手で積み上げた七名を捕縛せよ』と指示を受けていたそうで、自分に奇特な視線が向けられる事は無かった。
心の中で神崎少佐に頭を下げて、憲兵部の人達を見送り、再び松永大佐に『引き渡した』と連絡を入れた。
『今そちらに向かっている。演習場内で待っていろ』
自分の応答を待たずに、松永大佐はそれだけ言うなり通話を切った。
松永大佐がこっちに来るのならば、指示通りに演習場内で待っていよう。二人にも引き渡した事を教えないとだし。再び演習場に入り、二人の許へ戻る。ついでに二人に掛けていた幻術も解いた。
七名の引き渡し完了と、ここの管理責任者の松永大佐がこちらに向かっている事を二人に教えて、数分後。七人が集中的に調査していた小型転移門に不具合が無いかを調べて、オニキスの収納機に仕舞った。
作業を行っていた間に、松永大佐が演習場にやって来た。その後ろには佐々木中佐と井上中佐もいた。
三人と合流し、中佐コンビに対してセントレアを紹介した。互いの紹介が終わり、フラガとセントレアに礼を言った松永大佐から侵入者の情報を貰う事になったが、食堂へ移動してからとなった。
移動途中、フラガは侵入者の情報が届く速度が速い事を気にしたが、食堂に到着してから知らされた情報提供者の立場を知ってすぐに納得した。
対して、自分とセントレアは素直に呆れた。
全員に飲み物が行き渡り、松永大佐と中佐コンビ、自分とフラガとセントレアの三人に別れて対面で席に着いてから自分は感想を零した。
「……他所の『副』支部長は随分と苦労しているんですね」
「その通りだから何とも言えん。まぁ、こちらに情報を流したは良いが、気づくのが遅くなったと詫びを貰った。それぞれの『支部長の進退』だが、それぞれの副支部長が今回の一件を使い、正式に辞職に追い込むそうだ。マスメディアに情報を流して、徹底的に追い込むらしい。ついでに要らない馬鹿も追い出すそうだ」
笑顔の松永大佐が口にした『それぞれの支部長の進退の予定』を聞き、自分は思わずギョッとした。
「作戦成功後なのに、防衛軍特大のスキャンダルじゃないですか!? アメリカ支部とイギリス支部は大丈夫なんですか?」
今回の侵入者は、恐ろしい事にアメリカ支部とイギリス支部からやって来た。それぞれの副支部長が動きを察知してこちらに教えてくれたのだ。
「後任はそれぞれの副支部長が目を付けていた政治家を宛がうらしい。今後の日本支部との関係構築は副支部長級に限定される可能性が高い」
「それって、今後行われるかもしれない交流会には、参加しないって事ですか?」
「それは今後の状況次第だな。そもそも、交流会が行われるかも怪しい」
「交流会?」
ずっと黙って自分と松永大佐の話を聞いていたセントレアが、思わずと言った感じで声を上げた。その場にいた全員の視線を集め――フラガに至っては睨んでいた――た事で、セントレアは謝罪の言葉を口にした。
「いや、構わない。交流会は十何年も行われていなくて、参加経験者はこの中では私だけだ」
「意外。横の繋がりを軽視している?」
「副支部長級での交流は続いていたが、支部長級には馬鹿な派遣政治屋が多くてな……」
フラガが耳を動かして興味を示したが、松永大佐の返答を聞き同情に満ちた労いの視線を送った。
それに以前に松永大佐。眉間を揉みながら言う発言じゃないと思う。いや、擁護出来ないのは事実だけど。
「松永大佐、交流会で何をやっていたのか覚えていますか?」
話題を変える為か、それとも重くなった空気を読んでか。佐々木中佐が交流会の内容について松永大佐に尋ねた。その隣の井上中佐が呆れているから、多分純粋に気になっただけだろう。
「困った事に、食材争奪戦の障害物競走をやっていた覚えしかない」
松永大佐の意外な回答に、フラガが興味を持ってしまった。個人的には『食材争奪戦』が気になったが、その前にフラガを止めなくてはならない。
「障害物競走?」
「フラガ。内容が同じでもルールが違うから、完全に別物だと思うよ」
「私も同意見ね。首都防衛支部の連中が日々の訓練でやっている障害物競走は、絶対に、常人向けじゃない。常人にやらせたら、確実に死人が出るわよ」
「……出るの?」
「そこは否定出来ない。本来なら、死人が出てもおかしくない訓練だし」
「首都防衛支部の連中は、上から末端まで、支部長以外は頭のおかしい連中しかいないものね」
セントレアのあんまりな物言いに、疑問を抱いた井上中佐が口を開いた。
「あれ? セントレア? はフラガと同じ所属じゃないのか?」
「ん? さっき所属まで――言っていなかったわね。臨時で呼ばれたけど、私の所属は近衛よ。主な職務は皇室に属する方々の護衛ね」
「皇室の護衛って、星崎、呼んでも大丈夫なのか?」
「事前に皇帝から許可を得ているので大丈夫ですよ。許可が下りないとこっちに来れないですよ」
「それはそうだけど、人選理由は何だ?」
許可を取っているのならば良いが、わざわざ別の所属の人間を呼ぶ必要は無い。
井上中佐の言いたい事はこれだと思う。でもね。
「昨日、疲れ切った顔をしていたじゃないですか。飯島大佐も『濃い』って言っていたのを忘れたんですか?」
「確かに飯島大佐がそんな事を言っていた覚えはあるけど、だからってな……」
「いいえ。昨日の状況を聞いて同情したわ。水で割っていない度数の高い蒸留酒を、無理矢理一気飲みさせられたようなものじゃない。よく『疲れた』だけで済ませられたわね」
セントレアのフォローになっていない言い分に、井上中佐は顔を引き攣らせた。隣の佐々木中佐は何とも言えない顔をしている。
「この際だから、佐々木中佐と井上中佐にお尋ねします。フラガとセントレアの二人で、どちらが話しやすいですか?」
「「それは」」
中佐コンビの目が泳いだ。一瞬、二人の視線がセントレアに向かったのを松永大佐は見逃さなかった。
「その反応を見れば分かる。そう言う事だ。気を遣わせたも同然だな」
「松永大佐。今後の人選の基準を作る為ですよ」
理由が存在すると、訂正を入れた。
徐々に歓談ノリの空気になって来たので、松永大佐に会議の進捗状況について尋ねた。
今のところは問題無く進行していたそうだが、会議の真っ最中に侵入者の情報が入ってしまった。
支部長は会議を一時中断して、大林少佐と神崎少佐を始めとした担当者は緊急の対応に追われている。
松永大佐は中佐コンビを連れて、演習場と自分達の安否確認を直接行う為にここに来た。
支部長の方から未確認の侵入者の有無と捕縛した侵入者への対応が終わるまで、ここで待機するようにも言われていたと、追加情報も聞かされた。
これだと、大人三人が会議に戻るのは当面先だな。
そう思いながら、セントレアと『何時も通りの態度で歓談している』中佐コンビを見て会話内容を聞いて、『あれ?』首を捻った。
フラガをチラッと見ると困惑していた。松永大佐は関わりたくないのか、明後日の方向を見ている。
ここは正直に尋ねようと思い、会話の切れ間を狙って割って入った。
「あれ? 佐々木中佐と井上中佐は、セントレアの性別を見ただけで、判断出来るんですか?」
「ん? 出来るぞ。訓練学校を卒業した女子と雰囲気が似ているだろ?」
「佐々木の言う通りだ。女だからと言う理由で侮って来る士官学校卒を見返すんだって突撃する、男勝りと言うか、血の気が多いと言うか、『女としての色香が無い』と言うか、そう言うところが似ている」
井上中佐の直後、セントレアの背後で雷鳴が轟いた。
同時に自分は『セントレアがオネェですら無く、ただの男と間違えられ続けた』理由に辿り着いた気がする。
……そうか。女としての大事なものが足りなかったのか。
「訓練学校卒の女に限定しなくても、パイロットの女って、体形からして『ぱっと見で丸いな』ぐらいに、女っぽさが少ない。化粧は汗を掻くからしょうがないとしても、男に対して空気が刺々しい」
中佐コンビは言いたい放題言った。プルプルと震えているセントレアには気づいていない。
「成程。それで水着になっても男に間違われられたのか」
長年の疑問の回答を得たフラガは、『そうだったのか!』と素直に感心していた。
一方、女として致命的な事を指摘されたセントレアは『虚無』の表情を浮かべていた。
松永大佐もフォローの言葉が思い付かないのか、飲み物のお代わりを淹れに席を立った。
自分もフォローの言葉が何も思い付かないので、セントレアの肩を叩いて慰めた。
 




