新たな来訪者
翌朝。
無人の食堂で独り朝食を食べながら、寝ていた間に端末に届いていた二通のメールを読む。送り主はサイとセタリアだ。
サイは自分が送ったメールを読み、すぐにセタリアに相談したそうだ。
その結果、本日こちらに来る人員は希望通りに、フラガ、セントレア、ベロペロネの三名だ。
カルタが何かと文句を言い募ったらしいけど、こちらの言い分が通り今日は来ない。
セタリアからのメールを読むと、意外にも部品の交換については『ベロペロネの意見を聞いてから検討する』そうだ。正直に言うと、セタリアは検討すらしないと思っていた。
何か奇妙な引っ掛かりを覚えた。でも、状況が良い方向へ向かうのなら良いか。
そう言えば、ディフェンバキア王国へのペナルティはどうなったんだ? 流石にお咎め無しはあり得ない。
サイとアフェルが知らなかった事と、前線基地に改造したあの小惑星の存在を考えると、碌でも無い事にならなければ良いが、こればかりはセタリアに聞かねば分からない。
仮にセタリアに尋ねても、現時点で回答してくれる可能性は低い。
現時点でティスが知っていれば良いんだが、その可能性も低いだろう。
松永大佐への報告は『希望通りの三人が来る』この一点だけで良いか。向こうの事に関して教えた事で、松永大佐が変な事件に巻き込まれるとか、そう言う事態を起こす訳にはいかない。
メールの返信してから、端末を落として食事に集中する。
セントレアとベロペロネの二人が来る。それは良いんだけど、この二人、特にセントレアが駄目だと今後の人選が難しい。
昨日アフェルへの対応を見た限りだと、松永大佐と飯島大佐と佐々木中佐の三名は今のところ大丈夫そうだな。井上中佐はちょっと怪しいけど。
高橋大佐は失言しなければ大丈夫かもしれないが、現時点で最も駄目だ。
その他は、支部長と一条大将に、神崎少佐ぐらいか。
大林少佐は別の方向で怪しい。今になって思い出したが、馬の獣人族のセントレアは『馬娘』に該当する。意図せずに大林少佐のリクエストに応えた形になってしまった。
「TPOは、守るよね?」
「朝っぱらからお前は何を言っているんだ?」
自分の口から漏れた言葉に、対応する声が上がった。
声の主を探すと、食堂の入り口に幾人かが立っていたけど、松永大佐の姿は無い。
集団の先頭に立つのは工藤中将だ。その他の面々は名前を知らない会議の出席者で構成されていたけど、一名だけ、顔も知らない男性がいた。
この時間帯に来るにしては珍しい顔触れだ。
「珍しいですね。松永大佐はまだ来ていませんよ?」
「それに関してはマジで珍しいが、ちゃんと用が有って来たんだ」
「そうですか」
誰に用が有るのかは知らない。自分か松永大佐か、あるいは両方かになるので、確率は三分の一だ。
確率の計算をしたところで、やって来た工藤中将達は朝食を取りにカウンターへ向かった。この行動を見て思うのは、『用が有るのは自分では無く松永大佐の可能性が高い』ぐらいだ。
朝食の残りを平らげ、食器を片付けたところで、工藤中将に呼ばれた。
何だろうと首を傾げたが、行けば判るだろうと暢気に近づいたら、顔を知らない人を紹介された。実に反応に困るが、工藤中将は気づいていない。
「こいつの名は更科翔馬だ。今は少佐だが、人員補充で来月から会議参加する。その時に階級も中佐に変わる」
「ええと……、はい?」
「おい、反応が薄いぞ」
「工藤中将、会議出席者の方の名前を半分も知らないのに、来月から参加する予定の方を紹介されても、どう反応をすれば良いんですか?」
「………………そう言えばそうだったな」
長めの沈黙を挟んでから、工藤中将の顔が盛大に引き攣った。
ちなみに、嘘は言っていない。
会議の出席者の『顔』は覚えたが、名前を知っている人は数えると半分ぐらいだ。
「ねぇ、星崎。紹介を受けたのに名乗らないの? マナー違反よ」
人数を数えていたら、注意の文言と共に草薙中佐に肩を叩かれた。
「? 以前クライン少佐が『試験運用隊の人に名前を尋ねるのはマナー違反』みたいな事を仰っていました。試験運用隊所属が明らかな状態で名乗るのは良くないと判断していましたが、これは他支部限定ですか?」
「……ごめん、忘れていたわ」
作戦前の出来事を思い出して尋ねると、草薙中佐はバツが悪そうな顔で素直に引き下がった。
他支部限定では無く、所属支部にも当て嵌まるのか。初めて知ったわ。
今になって思うと、中佐コンビとか佐藤大佐とか飯島大佐の四人はどうなんだ? けれど、中佐コンビは月面基地で知り合ったし、佐藤大佐と飯島大佐と知り合った時は訓練学校に帰る可能性が残っていた頃だ。これを考えると、ギリギリセーフかもしれないな。
「星崎? 君、士官学校の卒業生なのか?」
「私は訓練学校ですよ」
「訓練学校!? ……あれ? 何で先々代支部長の名前を知らないの?」
「授業で知るのは今代の支部長です。会うか分からない先々代の支部長の名前を知ってどうするんですか?」
「あー、うん。そうだけど、星崎って名字なの?」
「? ? ? はい」
疑問符を飛ばしてから更科少佐の言葉を肯定した。すると、更科少佐の顔が引き攣った。周辺を見るが、揃いも揃って自分から目を逸らした。全くもって解せぬ。
内心で首を傾げて、改めて大人一同を見ていると、食堂のドアが開閉し、松永大佐がやって来た。その後ろには疲れた顔をした飯島大佐もいる。
松永大佐が現れた事で、食堂内の空気は張り詰めたものになった。そして、当然のように自分が状況説明を求められた。
自分の説明を聞いた松永大佐は、瞑目してから嘆息を零した。飯島大佐は頭を抱えている。
「飯島大佐。紹介は今日の夕方と仰っていましたよね」
「ああ、うん。朝に連れて来るとは思っていなかった」
「つまり工藤中将の独断ですか」
松永大佐の鋭い視線が工藤中将に向かう。視線を受けた工藤中将はムンクの叫びのようなポーズを取った。
「工藤中将。言い訳は会議室で聞きます。星崎は隊長室で割り振った分の仕事を把握して来なさい。それが終わったら今日の予定に移って良い」
「分かりました」
黒いものが滲む迫力の有る笑顔で松永大佐はそう言った。下手に何かを言うと不味い気配も感じる。素直に了解の応答を返して、食堂から去った。
去り際に工藤中将を始めとした、大人組の悲鳴が聞こえた気がした。
けれど、今日はフラガ達がもう一度やって来る日だ。
食堂にいた大人組には悪いが、諦めて貰おう。
隊長室で割り振られた仕事の量と内容を確認し、簡単な予定表を作ってから演習場へ向かった。
移動先の演習場で、オニキスの収納機から小型転移門を取り出して組み立てる。
使用する度に座標の確認や位置調整を行うのは面倒だけど、防犯面を考えると仕方が無い。
日本支部側から何かが起きる事を心配しているのではない。
ロシア支部のような事が起きた時の、侵入経路として利用されない為の対応だ。
端末を起動して、セタリアと通信を繋いだ。
簡単な挨拶を交わし、小型転移門の座標と位置調整を依頼し、調整が終わるまでの間にメールの文章について尋ねた。使用する言葉はルピン語なので、日本支部に属する第三者に聞かれても内容は解らないだろう。
『あ~、それ? サイから報告を受けていた時に届いたから、報告書の一部として見せて貰ったのよ。アゲラタムにそれなりに詳しいクゥが、ベロペロネを呼んで欲しいって余程の事が無いと言わないでしょ? しかも、代役は同じ知識量を持っている奴って指定まであるし。部品については専門家の意見を聞いてから検討しても良いかもしれないって、サイも言っていたから、今日そっちに送り出す事になったのよ。私からお願いしたら、隠居前の最後の仕事として引き受けてくれる事になったのよ』
『隠居する予定だったの?』
『クゥがいなくなってから、四百年近くも経過しているのよ。それだけの時間があれば、多少の人事異動も起きるわよ。修理道具と持てるだけの部品と、抜き取られていた通信機を持って行くって言っていたから、何日かそっちに滞在するかもね』
セタリアの言葉を聞き少し考える。申し出自体はありがたい。
『う~ん。実際に修理して欲しい機体が有るから、それは歓迎したいんだけど、支部長がなんて言うか……』
『ゴリ押ししないの?』
『まだバタバタしているから、相談はしてみる』
こんな軽い調子でセタリアと話し合い、今後を決めて行く。
ルピナス帝国にいた頃もこんな感じだった。
どうする?
↓
現場視て来て。
↓
んじゃ、こっそりと視て来る。
↓
自分がこっそりと視察して戻る。
↓
こうだったよ。
↓
あ、そうなの? なら、クゥが戻って来るまでに考えた案の内のどれかにしましょ。
↓
だったらこれとこれを混ぜた案に、現場の意見を加えよう。
↓
それだとここが難しいから、そこに関してはこっちを採用ね。
こんなノリで法案の大枠を作っていた。内容を詰める作業は議会でやったよ。
三回に一度の頻度で、自分がこっそりと独りで視察に向かった事で、現場の不正が見つかったりもした。
このやり取りは、先代と先々代の皇帝とも行っていた。
懐かしいが、議会で発表する時に見つかった不正も一緒に発表していた。
不正をやっていた奴も議会に参加させて、疲れ果てさせてから捕縛して尋問させるのも何時もの事だった。
かつてのノリで、セタリアと話し合う。
国家重要案件を扱う会話とノリではない。
先々代皇帝は『気を張った状態で重い案件について考えると、悪い方向へ考えがちになり、悪循環に陥りやすいから、気楽なノリで考える。その方が思考が狭まらない』と言っていた。
思考の狭まりを防ぐ為だと主張していたが、ネガティブ思考に陥るよりかは良いだろう。ブレーキ役は議会にいるから、仮にセタリアが好き勝手にやっても、止められる奴はいる。
ベロペロネに依頼する修理の範囲についてセタリアに教えて意見を貰い、ジユを一機だけ使えるようにしているが実戦では未使用だと教えたところで調整が終わり、セタリアとの通信も終わった。
タイミング良く、そこで松永大佐がやって来た。
その後ろには食堂で見た工藤中将を始めとした何人かがいるが、流石に更科少佐の姿はなかった。
傍に来た松永大佐に、今日こっちに誰が来るのかを教える。
「今日こちらに来る整備兵が、部品を持って来ると言っていたので搭乗可能な機体の修理とメンテナンスと通信機の再搭載、保管区で使える部品のチェックを頼みます」
「通信機の再搭載? 通信機をこちらに持って来るのか?」
「先程通信でそう聞きました。実際に使用する際には、一括で起動するように設定しておきます」
松永大佐に報告していた間に小型転移門が起動し、フラガが現れた。
その後ろから現れたのは二人の人物だ。自分以外の大人組は新たな人物の登場に驚いている。
片方は、黒色に近い濃く暗い紫色のウェーブの掛かった髪をボブカットにし、同色のカチューシャを付けた青い瞳の中性的な容姿の人物がハイヒールを履いているにも関わらず、音を立てずに静かに歩いている。こちらは昨日やって来たアフェルと同じく紺色の軍服を身に纏い、片マントを身に着けていた。
もう一人はベリーショートの赤毛と黄色い瞳の筋肉質な男性だ。中背だが、隣の人物に比べると少し背が低い。彼は綺麗に整えられた十センチ程度の三つ編みの顎髭を撫でていて、油汚れが目立つツナギを着ていた。
小型転移門を停止させて三人に近づき、挨拶もそこそこに、緊急で来てくれた二人に話し掛ける。
「二人とも久し振り。来てくれてありがとう」
「久し振りね」「お嬢、久し振りだな」
黒紫の髪の人物はハスキーと言うには少し低めの声で、気だるげな声を出した。隣の赤毛の男性は野太い声で、気さくに声を掛けて来た。
「陛下からの名指しで驚いたが、お嬢がこっちにいるって聞かされた方が一番驚いたぜ」
「本当、皇室もそうだけど、あの家の先祖返りには常識が通用しないのね」
「セントレア。お嬢が一般常識に忠実じゃねぇから、解決した案件がごまんとあんだぞ」
「そんなんだから、非常識がまかり通って、常識が塗り替えられるのね」
「お嬢も言っていただろ。『常識は知らない内に浸透している』って」
「だからって、一日に何度も常識を覆される身にもなって欲しいわ。付いて行ける陛下と首都防衛支部の連中は本当に異常ね」
「異常じゃなくて、優秀って言え。何とかと紙一重だがな」
「ベロペロネ。アンタも結構アレな事を言っているわよ」
目の前で行われるセントレアとベロペロネのやり取りを眺めて、肩越しに背後を見た。
松永大佐はフラガに話し掛けていた。対応も普段と変わりないので、松永大佐は問題無いだろう。
問題は工藤中将を始めとした、日本支部の他の面々だ。ベロペロネはともかく、比較的真面な方のセントレアが駄目なのは流石に厳しい。
「あの髪が紫色っぽい方って、男か?」「いや、男にしては声が高過ぎだろ」「でも、女性にしては声が低すぎるわよ」「ん~、喉仏も見えねぇし、女か?」「女にしては胸が……何でも無いです」「ハイヒールを履いているから、女で良いでしょ」
日本支部の面々は、飯島大佐まで混ざって、セントレアが男か女かを議論していた。ベロペロネは完全に無視されている。
これはある意味良い傾向かも知れないが、何とも言えない。
前後で盛り上がっているが、先にベロペロネに修理を依頼しよう。
セントレアと盛り上がっているところ悪いが、割って入りベロペロネに声を掛けた。そのまま二人を修理予定のアゲラタムの許へ案内する。
「操縦室に貫通痕。乗っていた奴は良く無事だったな」
松永大佐が先月の作戦時に搭乗していた機体を、簡単に点検したベロペロネの第一声はこれだった。
「持って来た修理部品で対応可能だ。今後も使うんだったら、一回精密検査した方が良いな。特に、こいつの駆動系は全部交換だ」
「色違いだけど、見た感じはそうでもなさそうに見えるのに?」
赤いアゲラタムを見て首を捻ったセントレアはアゲラタムの操縦もこなす人材だが、整備関係は最低限の知識しか持ち合わせていない。
ベロペロネもそれは理解しているので、セントレアでも解りやすいように言葉を足した。
「セントレア。騙し騙し使っている部品が古過ぎるんだよ。耐久年数的にはもう少し持つが、戦闘中に駄目になる可能性が高い」
「……一体、どんな部品を使っているの?」
「戦闘でぶっ壊した残骸から引っこ抜いている」
セントレアが抱いた疑問に、自分が簡潔に答えた。セントレアは自分の回答を聞いてベロペロネの言葉を正しく理解した。
「それじゃ、そう言われても仕方ないわね」
「そうだ。提案の一つの、新品との交換はある意味良いかもしれねぇ」
セントレアが自身の言葉を理解した事に満足げに頷き、ベロペロネは通信機を搭載する為にアゲラタムのコックピットに入った。
「星崎。機体を見せた結果はどうだった?」
セントレアと共にベロペロネを見送った直後、フラガを伴った松永大佐が歩み寄って来た。他の日本支部の面々は、別の議論を始めていた。
セントレアが松永大佐を見て少し警戒したので、腕を軽く叩いて落ち着かせる。
松永大佐にセントレアを紹介してから、報告を行う。
「専門家が言うには、松永大佐が乗っていた機体の駆動系は全部交換対象です。このままだと、戦闘中に支障をきたすと意見を貰いました」
「そうか。百年前から集めた残骸だからな。部品交換だけで実戦に耐えている現状だけでも、ある意味マシか」
「駆動系の交換は人手がいる。ベロペロネは後日人手を連れて来るの?」
ベロペロネとの会話内容を報告すれば、松永大佐は感心し、フラガは別の事を気にした。
「そこ? ベロペロネは再搭載する通信機以外にも、セタリアが通信で『部品を可能な限り持って行く』みたいな事を言っていたよ。この分だと、こっちに滞在してでもやるかもしれない」
フラガが抱いた疑問にセタリアの推測を教えれば、納得顔になった。
逆に松永大佐は顎に手を添えて考え込んだ。
「修理に関しては歓迎すべき点だが、佐久間支部長にも報告が必要だな。……保管区に連れて行くのは今日見えた三人だけで合っているな?」
「はい。八機に通信機を搭載し終えたら、保管区に連れて行きます」
「会議まで余裕はあるな。整備側の代表とも少し話をして見たい」
「呼びますか?」
「いや、通信機を搭載するだけだろう? 作業が終わるまでここで待つ」
松永大佐はそう言うなり、自身が乗っていたアゲラタムを見上げた。やっぱり、実際に操縦した機体ともなれば、思い入れが有るんだろう。リベンジの作戦が成功した時の機体だし。
松永大佐と一緒にアゲラタムを見上げていたら、隣にいたセントレアに小突かれた。
「ねぇ、この人は?」
「こっちでの直属の上官」
「あぁ、そうなの」
小声で簡潔に回答したら、セントレアはそれだけで納得した。
多分だけど、自分が敬語で喋っている点が気になったんだろう。
公私を使い分けて、公の場では敬語を使っているからマナーに儀礼官には見逃されているけど、自分は現皇帝(ルビ:セタリア)に対して、普段はため口なんだよね。
立場はセタリアと同じぐらいだが、自分の事を知るものからすると『皇帝の後ろ盾扱い』されている。
そんな自分が敬語を使って喋る相手ともなれば、興味を持つのは当然だろう。
フラガも興味を抱いていたのか、耳が小刻みに動いている。獣人族は五感が優れているから、今の会話を聞き取ったのだろう。
暫し待っていると、ベロペロネが下りて来た。
「お嬢。搭載は終わったぜ。こいつに乗っていた奴の顔が見たいが、まだやる事があっから後回しだな」
「どうして顔が見たいの?」
ベロペロネの作業終了の知らせと共に、予想外の要望が飛び出した。
「操縦が荒過ぎる。雑って言うよりも、勢いが余り過ぎだ。高い汎用性を誇るアゲラタムは繊細な作業も可能なんだ。もう少し力を抜いて操縦しねぇと、駆動系に通常以上の負担が掛かる」
「付け焼刃同然での作戦参加だったから、操縦の荒さは仕方が無いと思うけど」
「何の冗談だと笑い飛ばしてぇが、陛下が一枚噛んでいる以上、常識はどっかに置き去りにされているな。ま、この操縦の荒さで良く生き残ったなと言ってやりてぇところだが、粗が目立つ。対人戦闘だったら、多分生き残れねぇな」
ベロペロネが出した評価を聞き、搭乗者だった松永大佐の口元が僅かに痙攣した。
「……そこまで判るものなのか?」
「俺ぁ、今まで整備一筋で生きていた。色んなひよっこ共を見て来たから、大体は判る」
少しだけ『もしもの可能性』を考えたのか、松永大佐はベロペロネに確認を取った。ベロペロネは髭を撫でながらその可能性を切り捨てた。
松永大佐は短く『そうか』とだけ言って引き下がった。空気が重くなる前に話題を切り替える。
「ベロペロネ。使える機体はここにある分だけなんだけど、通信機は何個持って来たの?」
「多めに十個を持って来た。しっかし、ここにある分しか使いもんにならねぇのか」
「損傷が比較的少ない奴を、継ぎ接ぎする要領で修理したんだけど、ここにある分しか調達出来なかった」
「お嬢が修理してこの状態じゃ、本当に部品がねぇんだな。陛下から意見が欲しいと言われた時は、何の冗談かと思ったが、現物を見ると意見を求められてもしょうがねぇな」
ベロペロネは髭を撫でていた手で頭を掻いた。想像以上に悪い状況だった事に呆れている。
「それじゃ、保管区に行ったら卒倒しそうだね」
「保管区?」
どこだ? と、首を捻ったベロペロネに松永大佐が補足説明を行う。
「技術調査名目で回収した残骸を保管している区画だ。それよりも、この三人を連れて行くんだな?」
「そうですが、どうしました?」
何だろう? 松永大佐にしては歯切れの悪い言い方だ。ベロペロネの酷評を引き摺っているのか?
だが、松永大佐から出て来た言葉は自分の予想とは違うものだった。
「いや、残り八機にも通信機は搭載されるのか?」
「おう、そのつもりで来たから、やって行くぜ。ついでに手持ちの部品で修理もやっておくが、ジユがあんのは意外だったな。鋳潰し前提で持って行ける分だけの部品を持って帰れるのか?」
「それに関しては問題は無いだろうが、持ち帰る備品をこちらにも教えてくれ」
松永大佐はそれだけ言うなり、会議室へ向かうと言って演習場から去ろうとした。寸前で引き留めて、松永大佐に三人を食堂へ連れて行く許可を取った。
……どうしたんだろうね?
まさかだけど、ベロペロネの酷評がそんなにショックだったのか? 付け焼刃でここまで出来る人は、ルピナス帝国でも少ないんだけどなぁ。
後日。
松永大佐に確認を取ったら、操縦面で困っていた部分を正確に言い当てられて驚いていただけだった。
本当かと疑いはしたが、操縦の荒さは事実なので何も言えなかった。
松永大佐が何かを議論していた面々を連れて演習場から去った。
飯島大佐達は一度もこちらに近づかなかったけど、ずっとセントレアが男か女かで議論を続けていたのか?
確かに、セントレアの容姿は中性的だが、性別は『女性』である。身長は女性にしては高めだけど、女性だよ。ハイヒールを履いているにも拘らず、井上中佐よりも低い身長だ。これは間違いない。
だが、ビキニタイプの水着を着ていたのにも関わらず、『男性と間違えられた』経験を持つセントレアの胸囲は、非常に薄い。掴めるか掴めないかのギリギリで、派手に動いても揺れない大きさだ。
しかも、軍服の胸下辺りに影が出来ないので、体格で性別判断は困難を極める。
セントレアは女性にしては声『も』低過ぎる為、『喋っても』男性と間違えられてしまう。
一応、アクセサリーらしきものとして、セントレアはカチューシャを身に付けているが、髪色と同色なのでぱっと見では判らない。そもそも、このカチューシャは頭部の耳を隠す為に身に付けているものだ。
ボブカットの髪とカチューシャで判らないが、セントレアは『馬の獣人族』の女性だ。そう、大林少佐が希望していた『馬娘』だ。馬の獣人族の女性なので、間違ってはいない。
セントレアから不審な目で見られる前に、三人を連れて保管区へ向かった。




