投稿一周年記念 その日に思い出した事は ~日生・佐久間視点~
投稿してから一年が経過したので、お蔵入り予定の内容を書いて投稿する事にしました。
自己満足ですが、読んで頂けると嬉しいです。
この話のみ、前後の話と時間軸が違うので、そこだけご了承ください。
西暦三千百四十七年七月一日。
軌道衛星基地ツクヨミの日本支部長秘書課にて。
その日、日生は日本支部長の日程確認でカレンダーを見て、ふと、ある事を思い出した。
……今日は、娘の誕生日だ。
最後に娘の誕生日を祝ったのは、もう五年前の事だ。
あの頃は――いや、支部長の援助で生活が安定した頃から、仕事を優先して、ずっと娘との時間を無下にしていた。
娘から、最後に掛けられた言葉は今でも覚えている。
『どうして、本当の理由を教えてくれないの? どうして何時も、言い訳ばっかりなの?』
娘から、失望に満ちたあの顔と眼差しを向けられた日生は、己がどんな行動を取ったのかを思い出そうとして、止めた。
今生の別れになると聞かされていたから、『最後ぐらいは』と考えていたのに、日生は失敗した。
夫の母によく似た娘を授かり、支部長に保護されるまでの日々は、日生の人生で最も過酷だった。
何を言っても信じて貰えず、証拠を出しても偽造と断じられて、実母と義母が差し向けた男達に追われる数ヶ月間は、箱入り娘だった日生に耐えられるものでは無かった。日生家の親族は誰一人として日生を信じず、助けを拒んだ。一人放置されて、日生は途方に暮れた。
そんな日々の中で唯一の救いは、娘が生後三ヶ月を過ぎていた事か。
娘が誕生して間もない頃だったら、間違い無く母子共に死んでいただろう。
それくらいに、実母と義母が差し向けた男達の行動は苛烈だった。
義父の申し出を受けて、自ら授かる事を選んだ娘を見る度に思ってしまう。
――あと四年、もっと早くに授かっていれば、こうはならなかったのかもしれない。
耐え切れなかった日生は幼い娘に何度も手を上げてしまった。日生は一時、人相を誤魔化す為に眼鏡を掛けていた。娘に手を上げてしまった時も、日生は伊達眼鏡を掛けていた。
二歳になった娘は、日生が伊達眼鏡を掛けている姿を見ると逃げ出すようになった。何もしていないのに、娘に逃げられた日生はショックを受けるよりも怒ってしまった。当然のように娘は泣いた。
これが悪循環の始まりとなり、娘は母親の日生を疎むようになった。この悪循環は最後まで改善されないままとなり、あの別れを迎えてしまった。
日生が母親として娘と過ごした時間は短い。義父の方が長いと断言出来る。母親よりも懐いている事を理由に、共にいる時間を拒んだ事が最大の原因だ。
……やっぱり私は、母親に向いていない。娘を授かる事を選んだのも、あの人がいた事を忘れない為の『思い出作り』だ。佳永依、不出来な母でごめんなさい。もう二度と、母と名乗らないから、元気でいてね。
過去を思い出す度に、日生はそう思っていた。
パイロットになる人生しか歩めない以上、娘の幸せは願えない。あんな仕打ちをしてしまった以上、日生は『己はそんな資格を持ち合わせていない』と判断している。
事実、娘にとっての母親は乳母を兼任してくれた家政婦(支部長が雇った)だ。
日生は家事全般が何一つ出来ない。家政婦は仕事に逃げた日生に『娘と一度、向き合って話し合え』と何度も言った。全てを拒んだのは、日生本人だ。
日生が軽く息を吐いた時、私用のスマートフォンがメールの着信を告げた。スマートフォンの画面に表示されたメールの送り主名を見た日生は、メールの本文を読まずに送り主を受信拒否リストに入れてから、メールを削除した。スマートフォンを仕舞い、仕事に戻る。
……本当、しつこい人達。調べもせずに一方的に絶縁を突き付けてたのは、そっちでしょう。
メールを送って来た相手は日生の母親だった人物だ。
義父に呼ばれて、日生が娘を連れて星崎家の本邸に向かったあの日、母は日生を口汚く罵ってから絶縁を突き付けた。
日生が何度説明しても、証拠を見せても信じず、調べもせずに己が産んだ子供を殺そうとしたあの母親だった人物は、図々しい事に真実を知るなり『やり直そう。このままだと家が没落してしまう。助けて』と何度もメールを送って来る。
日生に同じ文章を送って来る人間は他にもいる。日生家の親族一同が、日生がメールアドレスを変更しても、受信を拒否しても、十年以上ほぼ毎日のように誰かしら一人が日生にメールを送って来る。
あの日、日生を一方的に見捨てて絶縁を宣言した人達が――日生に助けを求めている。
何て、滑稽な事か。同時に、親族の駄目なところだけが似てしまった己を罵る。
日生は思わず嗤笑を零してしまいそうになるが、今は仕事中なので堪える。代わりに頭を振って思考から追い出し、日生は仕事に集中した。
※※※※※※
一方、佐久間もカレンダーが視界に入った瞬間に『今日は星崎佳永依の誕生日だ』と思い出した。
昔を思い出した佐久間は少しの間過去に浸った。
懐かしい。幼い子供は可愛いと聞くが、確かにそうだった。
佐久間が思い出したのは、当時五歳だった星崎の姿だ。
何故この頃なのかと言うと、この頃の星崎は佐久間の事を勘違いしていた。
まぁ、五歳児が誤解してしまうのも無理は無いだろう。
周りの家族には父親と母親が揃っていて、佐久間はたまに顔を出して日生と娘の星崎の安否確認を直接見て行っていた。母子の誕生日に、佐久間はお祝いをしていた。
この頃の星崎は佐久間の事を『仕事で一緒にいられない父親』だと勘違いしていた。
幼い子供ならではの勘違いだ。
佐久間は、星崎が赤ん坊の頃に『ファファ(多分パパ)』と、少し成長した頃に『おとーしゃん』と舌足らずで呼ばれた事が有るが、やんわりと『違うよ』と間違いを訂正していた。発声が確りして来た頃には『お父さん』とも呼ばれた。
……やっぱり父親と勘違いされるのは、日生の代わりに星崎を抱っこしてあやしていた事が原因なのか?
佐久間が日生を保護した時、母子共に心身ボロボロだった。佐久間は己が持つ権力とコネクションをフルに使い、二人をスウェーデンの病院に入院させた。二人を国外へ移動させる際、戸籍も弄ったが、日本国内で生活が可能になった時に戻した。
わざわざ海外の病院に入院させる必要は無いと思われるが、二人を狙うもの達から物理的に距離を取っていた方が良いと判断しての行動だ。実際、距離を取った事で日生の回復は目覚ましかった。
それに、二人を海外に移した事で、先々代支部長との面会も叶った。
先々代支部長は孫娘を抱いて非常に喜んでいた。
予想以上の喜びようをみて疑問を抱いた佐久間が尋ねると、星崎家は男児が良く生まれる家系で女児は滅多に生まれないらしい。
事実、先々代支部長の孫は男児二人だけだった。
滅多に生まれて来ない孫娘が訓練生となる。その事実に一瞬でも憐れみを覚えた佐久間は悪くないと思う。
たった一人の孫娘は本家と分家の誰よりも高い能力を持っており、訓練生になる未来が無ければ、星崎家の次期当主に指名されていたと、分家当主が口を揃えて断言する程だった。
「支部長」
「何だ?」
秘書官の一人に名を呼ばれて、佐久間は意識を現在に戻した。
現在、佐久間が忙しい原因は、たった今思い出していた星崎だ。これまで大人の都合で振り回されていた事への意趣返しかもしれない。
交通事故で性格に変化が出ていると報告を受けているが、流石に変わり過ぎだ。
佐久間は仕事に意識を切り替えた。
そして、星崎の性格が変わった『本当の理由』を佐久間が知るのは、まだ二ヶ月近くも先の事だ。
主人公の誕生日の日に投稿したから、同じ日に投稿しようと計画しました。
本編の五十三話、八月に主人公が大林と初めて会った時に、一瞬だけ思い出した正体は日生です。トラウマとして残っていましたが、本人はすぐに忘れました。
日生としては思い出さないのは良い事かもしれません。ちなみに主人公の記憶が戻る予定はありません。
そして佐久間は、ジェフリーと松永に知られたら理不尽な八つ当たりを受けます。佐久間もそれを理解しているので言いません。




