差し入れにお礼を
松永大佐に対して誤解を生まないように否定したところで、忘れていた事を思い出した。うん、すっかり忘れていたよ。
「あ、そうだ。サイ。差し入れありがとう。葡萄の果実水、美味しかったよ」
「差し入れ? 俺、リチアにものを送った覚えは無いぞ?」
「んん? ティス経由で届いたんだけど、違うの?」
忘れているのかと思い、洗って回収したが廃棄を忘れてしまったワインボトルと同封のメッセージカードを取り出してサイに見せる。
「これの三本組を貰ったんだけど……。これを書いた覚えは無い?」
「あん? ……あー、そう言えば、あの野郎に代理で葡萄酒の購入を頼まれたな。珍しい頼みだったし、飲む日が大分先だったから、度数の低い奴と熟成状態が選べる奴を何本か買って送ったが、手紙は書いていない……って、やっぱりか、あの野郎!!」
一枚のメッセージカードを見たサイが急に憤った。
サイにどう言う事か説明を要求すると、メッセージカードを書いたのはティスだった。筆跡は記憶のサイのものと一致するんだけど、本人が言うには違うらしい。
もしやと思って、大人一同に消費して貰う予定のお酒の事も聞くがこちらも同じだった。
サイの婚約者でも在るカルタに二枚のメッセージカードを見せると、『筆圧が違う』と回答が来た。
……いや、判らねぇよ。
「私が見た限りですが、サイの筆圧は普通の人と比べると強いです。これのように柔らかい紙に文字を書くと、裏に跡が出来ます」
「確かに裏面に跡が無い」
カルタに言われてから二枚のメッセージカードの裏を見る。文字を書く際に出来る凹凸が無かった。
顔を見合わせて、どうなっているのかサイと話し合い、今になって食い違いが発覚した。
「何であの時、どこにいるって聞いて来たの?」
「こっちにいた間、事後報告ばっかりだった奴が言うな! 極秘命令だって居場所を知らせないであちこちフラフラとして、滅多な事じゃ陛下にすら連絡を入れなかっただろ。それに、あの時は本当に何も知らなかったんだよ」
「言い訳苦しくない?」
「何も知らなかった俺にどう言い訳しろとっ!?」
サイが頭を乱雑に掻いた。
訳の分からない状況だが、ティスの嫌がらせとセタリアの放置が運悪く重なった結果と言う事だけは判った。貧乏くじを引いたか、理不尽を押し付けられた結果だな。
相変わらず運が無い。
いや、確認しないで優先順位を下げて忘れた自分も悪いか。あの頃はターゲスを見つけて『どうなっているの!?』って状況だったし。何より、すっかり忘れていた。
サイに同情していた間に、カルタがワインボトルを観察していた。
「これ安物ですよね? トリキルティス王に頼まれたのに、何で安物を購入したんですか?」
「誰が飲むか知らなかったんだよ。リチアに渡すって知っていたら、もうちょい良い奴を買ったぜ」
カルタとサイのやり取りを聞き、日本支部組が『アレで安物なの!?』と慄き始めた。
「微妙に安物。嫌がらせを考えるからこうなる」
「しかも、恩の押し売りですね」
フラガとカルタから指摘を受けて、サイは額に青筋を浮かべた。
「いや、恩じゃなくて、嫌がらせの間違いだろ!」
「何を言い出すんですか? 騙されたとは言え、サイが購入したものが送られているんですよ。少しは喜んだらどうです」
「……どう喜べって言うんだよ」
サイの目が据わり、声が低くなった。サイの視線を真っ向から受け止めるカルタは、声すら掛けて貰えなかった事が不満なのか、拗ねるように口を尖らせる。
「私なんか何の連絡も無かったのに」
「そもそも、属国とは言え一国の王に安物を送る方が問題」
「フラガの言う通りですよ。これは、トリキルティス王はサイの行動を完全に読んでいますね」
ティスの事を『お見事』と褒めたカルタは自分に向き直った。
「それで、どれを最初に飲んだんですか? トリキルティス王からのものですか?」
「いや、最初に飲んだのはコレだよ」
カルタが観察していたワインボトルを指差した。自分の回答を聞き、何故かサイはドヤ顔になった。
「……策士が策に溺れた」
「サイの行動だけを読んだ結果ですか。お労しいですが、余計な事を考えた結果ですね」
「うん。擁護出来ない、哀れな自滅」
フラガとカルタは頷き合っている。自分は意味が解らず首を傾げた。
「ティスに連絡入れる?」
「是非とも入れてくれ。あの野郎に苦情を入れたい」
ドヤ顔から一転して、サイは笑顔で額に青筋を浮かべた。
松永大佐に許可を取ってから、端末を起動させた。端末を操作してティスと通信を繋ぐ。五コールで通信は繋がり、爽やかな笑顔を浮かべたティスが電子画面に映った。
『やぁ。こんな時間に通信とは珍しいね』
けれども、自分が応答を返すよりも前に、割り込んで来たサイが低い声を上げた。
「おう、久し振りだな」
『……何で君がいるんだい?』
ティスは笑顔を保ったまま、蟀谷の辺りを一瞬だけ痙攣させた。
「ウチの陛下の付き添いだ。今後の打ち合わせとかもやる為に来ている」
『聞いていないなぁ』
「だろうな」
画面越しに二人が笑顔で睨み合っている。相変わらず仲が悪い二人だ。
二人の話題は差し入れ品に移った。サイがティスに騙したのかと文句を言っている。ティスは『自分が飲むとは言っていないよ? 勘違いしたそっちが悪いんじゃない』と笑顔で言い逃れをしている。しかし、自分が最初に飲んだ品がサイが購入したものだった事を知り、ティスは悔しそうな顔になった。
自分を除くと最も見慣れているカルタとフラガは『またか』みたいな顔で二人のやり取りを見ていた。アフェルは興味を失くしたのか、マグカップに残ったコーヒーを堪能していた。
一方、日本支部組は『止めなくて良いの?』と顔を見合わせてから、自分を見る大人が続出した。二人の言い合いはガス抜きを兼ねている。少し放置したままで良い、適当なところで止めると、大人達を宥めた。自分の回答を聞いた大人達は食器を片付けたりし始めた。変なところで順応性が高いな。
大人達が落ち着いたのを確認してから、自分は冷めたコーヒーを啜り、数年振りの見慣れた光景を眺める。
懐かしい光景だけど、今後の予定に会食を控えているカルタがいるのでそろそろ止めよう。
サイとティスの間に割って入った。先に興奮しているサイを落ち着かせて、ティスには先月の作戦時に起きた無断行動について口にすると黙らせる。
作戦時の無断行動についてはサイは知らず、ティスに胡乱気な視線を向けた。
探られたくない失態への言及から逃れる為か。ティスは曖昧な笑みを浮かべた。
『それはまた今度。仕事が残っているから失礼するね』
そんな言葉を残して、ティスは通信を切った。
「逃げたなあの野郎」
「うん、逃げたね」
サイの言葉に同意してから、端末を操作してブラックアウトした空中ディスプレイを閉じた。
ティスを下がらせる言葉となった『作戦時の無断行動』の内容について、サイとアフェルから質問が来たけど、『セタリアが知らないようなら教える』と言って、ここでの回答を控えた。
と言うか、ここで暴露して良い内容では無い。セタリアからの依頼で汚れ役を引き受けたとは言え、ここでディフェンバキア王国の評価を悪くする必要も無い。
暗に『知っている筈のセタリアに聞け』と言って回答を拒んだ。
サイとアフェルは怪訝な顔もせずに、素直に引き下がってくれた。自力で調べて知りそうなカルタと、政治的取引の気配を感じ取ったフラガの二人は黙っていた。
サイとアフェルの二人が作戦時に起きた事を知らないって事は、セタリアがあえて教えなかったか、別の形でディフェンバキア王国に責任を追及するんだろう。
他の可能性も十分に考えられるけど、セタリアの腹の内は本人に直接聞かなければ分からない。
考えても解らないので、ティスから貰った酒瓶を全部出した。日本支部組の誰かが悲鳴を上げているけど、一本持ち帰らせよう。
酒好きからは文句を言われたが、ビールの樽が何個も存在する事を口にして、『飲み切れないでしょう』と言って諦めて貰った。
しかし、サイとアフェルは辞退した。意味不明な事に、これを飲むと後々面倒な事になると言っていた。今になって発覚した事実だが、これらの購入者はティスだったね。
逆に『そろそろ帰る』と立ち上がったサイから、ジュース(葡萄と蜜柑に似た味の柑橘)二本と、よく買いに行っていた洋菓子店のお菓子(ロールケーキ、チョコレートタルト、レモンに似た味の柑橘のタルト、大量のクッキー)を貰った。
サイに礼を言ってから受け取り、クッキー以外を冷蔵庫に仕舞う為に厨房へ行って戻った。
クッキーを出した際に『これは皆で食べろ』とサイが発言した。その瞬間、視界の隅で佐藤大佐の目付きが変わった。そう言えば甘いもの好きだったね。これには女性陣も嬉しそうな顔をしている。
「うぅ~、事前に知っていれば私も差し入れを持って来たのに」
「元々呼ばれていない奴が何を言ってんだ? それ以前に、買いに行っただけで勘付くとかあり得ねぇって」
「ふふ~ん。その辺りは、幼馴染の勘ですね」
カルタは悔しそうに唸っていたのに、胸を張ってそう言った。
いや、普通に怖いと思うぞ。一応婚約者同士だから、浮気を疑って動いたとも取れるし。
微妙な空気になる前に、アフェルも『帰りましょう』と声を上げた。
フラガはこのまま泊まるんだけど、松永大佐の『部屋は用意した』の発言を聞き、ピシッと動きを止めた。 ……流石に今回は駄目だろう。
硬直したフラガを見て、最初に思った事はこれだった。
獣人族の中でも、先祖返りものだけが『獣化』と呼ぶ能力を持つ。
文字通りの能力で、一時的に任意で『獣の姿に変身』出来る能力だ。
獣化は練習を重ねる事で、衣服を着たままでも獣化が可能となり、人の姿に戻る時には衣服を着たままで戻れる。以前、一度だけフラガに『衣服はどうなっているのか』と尋ねたが、本人も『解らない』と回答した。端末に仕舞っていないのなら、本当にどうなっているんだろうね? 先祖返りの知り合いはフラガ以外にいないので分からないままだ。獣化した状態でも人語による会話は可能だ。
そんな先祖返りのフラガは狼の獣人族なので、一時的に狼の姿に変身可能だ。
その見た目は毛ぶくれした赤い瞳を持つウルフドッグに近いが、全高が自分の身長並みに有るので、自分が乗れるぐらいに大きい。この状態でもフラガは自分を乗せたまま歩く事も走る事も可能だ。
毛は触るとぬいぐるみ並みにふわふわなので、獣化したフラガを一度抱き枕にした。たった一度で味を占めたのか、以降のフラガは獣化した状態で毛皮を天日干ししてから近づいて来るようになった。
その学習能力は別のところで活かせよ。
頭痛を覚えて、蟀谷を軽く揉んでから『時と場所を選べ』と言うべく口を開いたが、フラガの行動の方が速かった。
一瞬の間の突然の出来事に、食堂に声無き絶叫が響き渡った。
何が起きたのか確認するまでもない。
獣化したフラガが目の前にお座り状態でいた。尻尾はぶんぶん振られている。狼になったフラガが自分の膝に前足を乗せようとした時、それを阻むようにサイがフラガの首を片手で掴んで持ち上げた。
上半身を持ち上げられたフラガは不服そうに鳴いたけど、額に青筋を浮かべているサイはフラガの抗議を無視した。フラガを持ち上げているサイの腕は震えていない。異能を使っている気配も無いので、単純な腕力でフラガを持ち上げている事になる。サイは未だに筋トレを行っているとしか思えない。
「何強請ってんだクソ犬。お前には狼の誇りが残っていないのか?」
「認めた人物に従う本能だけは残っていますよ」
「本能の事を言ってんじゃねぇ! 狼の獣人として、大事なものを失くしているって言ってんだよ!」
冷静なアフェルの指摘を受けて、怒鳴り返したサイは獣化したままのフラガを肩に担いだ。フラガを担ぐサイの動作に衰えを感じないから、未だに筋トレをやっているのか。
「部屋を用意してくれたのに悪いが、流石に問題を引き起こす奴を置いて行く訳にはいかない。このまま連れて帰る。明日もう一度連絡をくれ。その時にこいつを送り出す」
「サイ、帰る前に模擬戦やって行ってよ。ご飯を食べたあとにやろうって話になっていたの」
「模擬戦? アゲラタムでやんのか?」
「そうだよ。フラガも『現時点でどこまで出来るのか見たい』って承諾していた」
「……そうだったのか」
フラガの意見に賛同したのか、サイは少し考え込んだ。事後承諾して貰う松永大佐には悪いが、この状況ではサイに模擬戦を受けて貰った方が良い。
サイから『模擬戦の相手を誰が務めるのか?』と質問を受けた。『先月の作戦時に実戦でアゲラタムを操縦した人』だと自分が回答すると、サイは興味を持った。アフェルとカルタも興味を持ったのか、サイに模擬戦を受けろと言い出した。
個人的には、このままサイに模擬戦を行って貰いたい。
サイが模擬戦を行っている間、獣化したフラガの背中に乗って頭を撫でてやれば、フラガも少しは落ち着くだろう。フラガの代わりに模擬戦を行っているサイには悪いけどね。
考えを纏め終えたのか、あるいは興味が勝ったのか。サイは模擬戦を受ける事にした。
サイの回答を聞いてから、無言だった松永大佐に向き直り、両手を合わせて頭を下げた。
「気にするな。予定が繰り上がっただけだ。観戦希望者もいるだろうし、録画して明日の会議で佐久間支部長にも見せた方が今後の参考になる」
ありがたい事に、松永大佐は手をひらひらと振りながらそう言ってくれた。
それじゃあ演習場へ移動しようと、椅子から立ち上がった時、ずっと無言だった高橋大佐が口を開いた。
「……なぁ、星崎」
高橋大佐は室内にいる面々――カルタ以外の女性陣は険しい顔をしている――一の視線を一身に集めたが、視線に気づいていないのか発言を止めなかった。
「顔の良い野郎と随分と仲良いな。何だ? 唾を付けて来たから仲が良いのか?」
高橋大佐の意味不明な発言の直後、室内の空気が凍った。カルタ以外の女性陣の顔が能面のようになったけど、高橋大佐は気づいていない。
どうするか考えたが、その前に疑問を解消しよう。
「高橋大佐、質問しても良いですか?」
「おう、何だ?」
「『唾付け』? 唾を付けるってどういう意味ですか?」
抱いた疑問についての回答を発言者に求めた。次の瞬間、打撃音が響き、高橋大佐が潰れた蛙のような悲鳴を上げた。
「子供に向かって何を言い出すのよ!?」「邪推にも程度ってもんがあんだろ! 程度ってもんがよぉ!」「おんめぇは何時になったら学習すんの!?」「要、警棒を貸して。私も尻を引っ叩く」「おう、使ったら俺にも貸せ」
日本支部組は一気に騒々しくなった。高橋大佐が床の上で伸びているが、誰も助け起こさない。
一方、カルタがサイに詰め寄っていた。
「ちょっと、サイ! 散々仕事を押し付けて勉強する時間を奪っていたツケがここで来ましたよ!? どうするんですか!」
「俺のせいにするな! 先代もトリキルティスの野郎もやっていたし、そもそも女に向かってこんな事を言う野郎が出て来るとは思わねぇだろ!? それ以前に、女に向かって言う台詞じゃない」
サイの反論を聞き、日本支部組(床の上で伸びている高橋大佐以外)は『その通り』だと同意を示した。
カルタはサイの反論を聞いて不服そうな顔をするも、サイに『女への気遣いとして考えろ。男が女に向かって言う台詞じゃないだろ』と言われて黙った。アフェルは笑顔で成り行きを見物していた。フラガも興味が無いのか、サイに担がれたまま大人しくしている。
カルタを黙らせたサイは心配そうに自分を見下ろした。
「リチア、こんな事を言う野郎と一緒に仕事をしてて大丈夫なのか?」
「高橋大佐と一緒に仕事をした事は無いよ。今日は月に一度の会議の日で、会議室から一番近い食堂がここだから、会議出席者の高橋大佐はここに食事を取りに来ただけだよ」
「……そうなの?」
「そうだよ」
肯定するとサイは目を丸くした。
高橋大佐と一緒に行う仕事は、作戦か、襲撃への対応になるので、変な事を自分に言う余裕が無い。書類仕事の手伝いは松永大佐が却下しそうだから、引き受ける日は来ないだろうね。
「伸びている人と一緒に仕事していないのなら、普段のお仕事は何をやっているんですか?」
「最近は書類仕事が中心だよ。最近は会議で使う資料を作っていたよ」
「「「「え?」」」」
カルタの質問に回答したら、サイ、カルタ、アフェルの動きが止まり、フラガの尻尾がピーンと立った。
「書類仕事? ルピナス帝国にいた頃の、通常時の何割ぐらいの仕事をしていたんですか?」
「う~ん。一割以下? 繁忙期で一割かな?」
前世と今世の仕事量を比べて回答した結果、食堂内に重い沈黙が下りた。
「お前時間を持て余しているだろ。何やって時間を潰しているんだ? 首都防衛支部みたいに強襲訓練の計画でも立てているのか?」
強襲訓練と言うのは、奇襲対応力を高める為に『先輩が後輩(もしくは新人)を襲撃する』首都防衛支部伝統の訓練の事だ。襲撃する側が自分か皇帝(歴代の皇帝は前線指揮訓練として行う)だったりするパターンも存在する。
ちなみにこれをやった次の日には、五割の確率で異動希望者が出る、非常にハードな訓練だ。
何しろ、『死人と建物への被害が出なければ過激にやっても良い』ので、アゲラタムが何十機ぶっ壊れても良い訓練だ。
整備兵側も『激務時の体調とスケジュールの調整と管理のやり方』を体得させる機会になる。仕事をやりながら眠くなりにくい徹夜のやり方などを、先輩が後輩(もしくは新人)に教える。
「流石に日本支部で強襲訓練は出来ないよ。仕事の手伝いか、アゲラタムの修理をやっているよ」
「あぁ、そっちがあったか」
アゲラタムの修理を挙げたら、サイは勝手に納得した。本当はお菓子を作ったりしているんだが、それは言わなくても良い事だ。
これ以上何かを言われない内に、佐々木中佐に『先に演習場に行きます』と一声掛けてから、サイの背中を押して食堂から出た。カルタとアフェルもくっ付いて来る。フラガはサイの肩に担がれたままだ。デカい犬なのに重くないのかしら?
演習場へ向かう道中、アフェルからアルテミシアについての情報を貰った。アフェルより詳細を纏めた報告書が存在すると聞いたので、それも一緒に貰った。
そして、三十分後。
準備と説明をしてから演習場で行われた佐々木中佐とサイの模擬戦は……サイの圧勝だった。
単純に操縦経験の差で勝敗が決まったと思われる。それを知らない観戦者(食堂にいた高橋大佐以外の日本支部組)からすると。純粋な実力差が勝敗を決めたと思うだろう。
実を言うと、サイのアゲラタムの操縦時間は自分よりも長い。自分は何か遭った時にアゲラタムが操縦出来れば良い程度にしか、操縦訓練を受けなかった。
ぶっちゃけると、大気圏内で戦闘を行う場合、魔法を使いながら戦った方が早くに終わらせる事が出来た。
だから、たまに『アゲラタムに乗っていない方が強いんじゃないか?』と言われたよ。
自分は予定通りにフラガの頭を撫でながら観戦した。フラガを撫でているところを、アゲラタムから降りたサイに見られたけど、何も言われなかった。これでフラガの溜飲が下がるのなら安いと判断したのか。
アゲラタムを指定の位置に戻したら、四人は遂にルピナス帝国に帰る事になる。
「次に会う機会が有ったら、絶対に呼んで下さいね」
「それはセタリアか、サイに言いなさい」
帰り際、呼ばれず無理矢理割り込んで来たカルタはむくれながら念を押して来た。
カルタは口を尖らせるも、小型転移門が起動したとアフェルから知らせが入るなり自分に抱き着いて来た。
「はぁ~、もう少しいたかったです」
カルタは自分をぬいぐるみのように抱きかかえ、自分の顔に口を尖らせて伸ばした。
「お前はどさくさに紛れて何をやっているんだ!?」
カルタの唇が自分の頬に届く寸前になって気づいたのか。サイがカルタの首根っこを掴んで持ち上げた。その姿は、先程食堂で持ち上げられたフラガと似ていた。
「サイ! どうして邪魔をするんですか!?」
「お前は時と場所と場合を考えて行動しろ」
サイは抗議の声を上げるカルタを右肩に担いだ。肩に担がれたカルタが思いっ切り暴れているけど、サイは無視して、未だに獣化を解いていないフラガを空いている左肩に担ぐ。
「最後の最後まで騒々しくて悪いな。次に連れて来る奴はもう少し大人しい奴にする」
両肩にメイドと狼を担いだサイが小型転移門を通る前に自分に頭を下げた。
「それって、鬼畜・ドS系しかいないじゃない。己の欲求に忠実じゃなければ、大丈夫でしょ」
「可能性でものを語るな。陛下に対談の結果を報告する時に、中古品と交換出来ないか相談してみる」
「本当? 修理すれば使える機体が八機しかないから、骨格部品だけでも欲しいんだよね」
「……人員派遣の壁になりそうだな。その辺も陛下と相談してみる」
サイに切実な現実を教えてお願いした。
アフェルが小型転移門を通過する前に、空にした人工木製の木箱の持ち帰りをお願いした。木箱が転送されて次々と消えて行き、四人が通過する番になった。
一人一人と言葉を交わし、四人は小型転移門の向こう側へ消えた。
小型転移門を停止させ、パワードスーツに乗り込んで片付けて、オニキスの収納機に仕舞った。
 




