宇宙を越えて、食堂で交流
フラガに料理の説明と取り方を教えながら、夕食を選び六人で席に着いて夕食を食べる。
席の位置は、フラガの左右に自分と松永大佐が座り、正面の三人は佐々木中佐を挟み、自分の正面に井上中佐、松永大佐の正面に飯島大佐が座っている。
夕食を取りながら行う会話はアゲラタムのフォーメーションについてだ。
作戦前、松永大佐と中佐コンビは時間を忘れてアゲラタムのフォーメーションについて激論を繰り広げていた。フラガの帰りが明日だと知ると、佐々木中佐は食後に模擬戦がしたいと申し出た。フラガも『どこまで出来るのか知りたい』と即座に了承していた。
この反応を見るに、実際にアゲラタムに搭乗して戦場に出た松永大佐達三人が、ターゲスを撃破した情報をサイ経由でセタリアから聞かされていそうだ。
また、回収した残骸がどうなっているのかも知りたいとフラガが申し出て、今日中に松永大佐経由で支部長に許可を求める事になった。
向こうの宇宙には英語が存在しない為、フラガが首を傾げた際には意味を翻訳して教える。翻訳に関しては、何度か行うと大人四人から行動の説明を求められて『向こうの宇宙には英語が存在しない』と回答した。
夏休み中に松永大佐か飯島大佐には『向こうの宇宙には英語が存在しない』と教えなかったかな? 激務で忘れてしまった可能性が高いけど、一言言えば良いだけと教える手間は無いに等しい。
地球と向こうの宇宙の言語やものの単位の違いについて、フラガを含む五人に簡単に説明した。
翻訳機を使っても、言い方そのものが違うと翻訳し切れないのか。翻訳機の限界を感じるが、普通に話す分には問題は無いように見える。
自動翻訳機の作り直しも視野に入れる必要が有るな。
自分の説明を聞いた五人は『へぇ~』と感心し、以降の会話は単語を選びながら行われた。
食事の殆どを食べた頃、食堂のドアが開いた。来訪者の顔触れを見ると、演習場に残して来た面々だった。フラガが小さなくしゃみをしたので、高橋大佐もいるようだ。
フラガの小さなくしゃみを聞き、皆の視線が高橋大佐に集中した。注目を一身に受けた高橋大佐は大袈裟な反応で驚くも、意を決したような顔で食堂内を進み、料理を取ってこちらの近くに座った。
うん。座っただけだ。
高橋大佐は自分達の近くに座っただけで干渉して来ない。自分の視界の範囲内に座っただけだ。
「根性無し」
高橋大佐の行動を見た松永大佐が一言感想を漏らした。室内にいるほぼ全員が首肯して同意した。高橋大佐の額に青筋が浮かんだが、フォークの柄を握りしめたまま何も言わない。
何しに来たんだろう?
大人達と顔を見合わせたところで、再びドアが開いた。先頭で入って来たのは大林少佐で、その後ろにサイとカルタとアフェルの三人がいた。
大林少佐はサイと軽く話をすると去った。残された三人はそのまま食堂に入った。自分が三人に向かって手を振ると、サイを先頭に近づいて来た。室内にいる面々で唯一三人の顔を知らない高橋大佐はフォークを口に咥えたまま固まっていた。
傍に来たサイとアフェルに支部長と一条大将との対談の結果を尋ねた。すると三人は席に着いてから回答した。自分の左隣がサイで、左斜向かいにアフェル、その隣にカルタが座っている。隣にやって来たアフェルを見た井上中佐はアフェルの頭頂の耳に視線を注いだが、すぐに食事に戻った。
「支部長との対談はどうだった?」
「殆ど確認だけで終わった。急に決まったって事前に聞いていたから、こっちから提案して実際に試して、どうするか話し合って決める感じだな」
「今回の支援は、前例自体が存在しません。こちらが行う支援の良し悪しすら判らない状況です」
「試さないと何も判らないって事? フラガの滞在が延長になるの?」
手探りで行う支援だと言われたので、一泊するフラガの予定が変更されるのか確認を取った。フラガが泊まると聞き、知らない大人達から『え゛っ!?』と驚愕の声が上がった。
けれどもサイは首をゆるゆると振って否定した。
「それは無い。あと二日で諸々の準備を終えて、あそこのアレを潰しに行く」
「作戦に参加予定だから延長は無い」
作戦指揮を担当しそうなサイはともかく、フラガから意外な回答を聞いた。
「あれ? フラガも出撃するの?」
「滅多にない規模の作戦だから出る」
「作戦の内容があれだからな。口の堅い奴を中心に参加者を選抜した」
何の作戦を行うのか、知らない日本支部の面々はこちらの会話を興味深そうに見ている。
一方、作戦内容を知っていると思しきカルタとアフェルは頷き、今月二日に行ったセタリアとの通信に居合わせた松永大佐は小さく『ほぅ』と声を漏らした。
松永大佐が漏らした声は小さかったが、五感に優れた獣人族の二人にははっきりと聞こえたらしい。二人の視線が松永大佐に向かい、自分に動いた。
五日前に行ったセタリアとの通信時に居合わせたから知っている人だと回答すれば、二人は納得した。
夕食の残りを平らげ、三人に向き直る。
「三人はご飯食べたの?」
「俺は仕事を片付けながら夜食を食べる予定だ」
「私は少し遅い時間に会食の予定が有るので大丈夫ですよ」
「サイヌアータと同じ予定なので、気にしないで下さい」
食事の有無を尋ねると、サイ、カルタ、アフェルの順で回答を貰った。
しかし、会食の予定が有るのにカルタはこちらに来たのか。遅い時間と言っていたから、会食と言っても相手は同じ諜報部の人間かも知れない。
それにしても、食事を取って来なかったのはフラガだけだったか。元々泊まる予定だったからあえて食べて来なかったんだろう。
サイは何を考えたのか。夕食を食べているフラガに話を振った。
「フラガ。こっちの料理はどうだ?」
「種類が多くて味も良い」
「そんなに種類が多いのか?」
「基地内の食事は、あそこから自分で選ぶ形式だよ。ここ限定で、一日に三回六刻おきに出来上がった料理が届くの」
「へぇ……」
興味を持ったらしいサイに説明する。
食器を片付けるついでにサイをカウンターに案内した。流石に二十人を超す人間で利用したので、料理はほぼ残っていなかった。それでも、サイはどのように利用するのかを知れた事で満足そうだった。
こちらに人員を派遣した際に発生しそうな、生活水準の違いの確認だと思う。貴族出身の奴が割と多いし。
だが、年に数度『三日分の食料と装備を持って、海を母船から三十分泳いで無人島に上陸し、そこで十日間のサバイバル生活を送り、帰りも三十分泳いで母船に帰還する』訓練をこなす、首都防衛支部のドM共が『食の違いで困る』とは思えない。毒蛇の肉を食べ、その毒で痺れても笑う莫迦の集団なのだ。自力で解毒出来るからって、流石にケラケラと笑うのは神経を疑うぞ。
ちなみに、不参加の権利を持っていそうなサイもこの訓練に参加している。サイは莫迦と違いこの手の事はやらないが、フラガがたまにやるんだよね。
食器を食洗機に入れていると、隣にいたサイが小さく声を上げた。
「あ、そうだ。……リチア。お前、帝国内での地位を教えていなかっただろ。さっきの対談時に教えたら、スゲェ驚かれた」
少し腰を屈めたサイがそんな事を言った。サイ(とフラガとアフェルも)の身長は佐々木中佐並みだが、腰を屈める必要は無いと思う。発言内容は内緒話にする必要も無い事だ。
「証明出来ない地位は言っても信じて貰えないよ」
「確かにその通りだが、『証明出来ないけど』って前置きと一緒に『一応』言っておけよ」
サイは自分の意見に同意するも、続いた言葉に『一応』を付けた。サイから見ても『一応』が付くのなら、益々言わなくても良いと思う。下手に地位の高い相手が己の下にいたら、色々と困りそうだと思うし。
それに、地位の高い相手と砕けた口調で会話をしていれば、『地位の高い人間だ』って、自ずと気づくよ。
「あのさ。皇帝と敬語無しで話をする奴の地位って低いと思う?」
「……思わないな。その時点で『気づけ』って事か。陛下も同じ事を言いそうだな」
「地位を明かす必要は今のところ無いし、下手に高いと逆に警戒されるよ。そこそこ地位は高いと思わせておけば、変に頼られる事も無い。何より、何でもかんでもあたし頼りじゃ、日本支部の為にならないし、セタリアからの評価も下がる」
「それもそうか」
自分の意見を聞いたサイはあっさりと引き下がった。
これ以上の質問は無いと判断した時、皿を乗せたトレーを持ったフラガがやって来た。
フラガから食器の返却方法についての質問を受けたので、一枚の皿を使って説明を行う。変に技術が進んだ向こうの宇宙と違うので、フラガは微妙に戸惑った。けれど、操作自体は簡単なのですぐに覚えた。
食器の返却が終わったフラガの興味は、少し離れたところに設置されているコーヒーメーカーに移った。
意外な事に、向こうの宇宙には『コーヒー系』の飲料が無い。
コーヒーの淹れ方とほぼ同じ工程を踏む飲み物は存在するが、味は地球で言うところの『麦茶』に近く、カフェインは含まれていない。ちなみに名称は『焙煎茶』だ。
この焙煎茶は飲むサプリメント――簡単に言うと『健康茶』の扱いを受けている。これの愛飲者は健康に気を遣う人だけだ。
サイとフラガにコーヒーについて教えた。すると、サイが再び小さく声を上げた。
「リチア。その『こーひー』ってのは、一般的って言うか、広く飲まれているのか?」
「そうだよ。眠気覚ましの効果を持つ成分が入っているから、夕方以降に飲むと夜に眠れなくなったりする。他には飲み過ぎると胃腸が荒れるから、大量に飲まない方が良い。一杯飲んだだけで胃が荒れる人とかもいるけど、そう言う人はこの乳製品を入れて飲む。香りは焙煎しているから良いけど、味は苦みと酸味が有るから、人によっては砂糖を始めとした甘味料を入れて飲む」
簡単な説明をしながら一杯のブラックコーヒーを淹れ、カウンターから味見用のスプーンを取って来て、二人に渡した。取って来たスプーンは五つだ。カルタとアフェルも興味を示すだろうから、味見用のスプーンは必要だ。
味見用のスプーンを受け取った二人は、スプーンを使いブラックコーヒーの味見をした。
事前に苦いと言ったからか、二人の味見は恐る恐ると言った感じだった。
スプーンを使い、少量のブラックコーヒーを口に運んだ二人は……口の中で広がった苦みに顔を顰めた。やっぱり口に合わなかったか。カルタに茶缶を渡して正解だったな。
「……想像以上に苦いな」
「香りが良いのに、味が残念。あと、酸味を感じない」
「焙煎にも三段階が存在して、浅煎りだと酸味を感じるよ。ここのは深煎りだから、苦めかな」
コーヒーメーカーにセットされているコーヒー豆の種類を確認してから、二人に回答しブラックコーヒーに砂糖とミルクを入れる。スプーンを使って砂糖とミルクを混ぜて、ブラックコーヒーの色がコーヒーブラウンになる様子を二人に見せる。スプーンで良く掻き混ぜたら、サイとフラガが持っているスプーンに味見程度に少量を注ぐ。
二人は少量のコーヒーを注いだスプーンを口に含んだ。砂糖とミルク入りのコーヒーを味見した二人は、『これなら飲めそう』と感想を口にした。
「さっきの対談で、普段城で来客用に使われている茶が出て来た」
唐突に、サイは険しい顔をして腕を組み、そんな事を言った。
訳が分からず、フラガと一緒に首を傾げて続きの言葉を待った。
「あの時は飲み慣れたもんが出て来たから普通に飲んだが、こっちに無い筈の来客用の茶が出て来るのはおかしい。――リチア、あの茶はどこで手に入れたんだ?」
「あれはディセントラ経由で、セタリアから差し入れとして貰ったの」
茶缶の入手経路を教えると、サイは表情を和らげた。フラガはサイの言いたい事を理解したのか、傾けていた頭を元に戻した。
「貰ったって、差し入れって事はリチアが飲めって渡されたんだろ? 気を遣わなくても良いんだぜ」
「ねぇ、サイ。事前情報無しで、コーヒーが出されたらどう思う?」
「……色が黒いから勘違いしそうだな」
サイは目を逸らしてから回答した。その回答を聞き、自分の判断は間違っていなかったと確信する。
第一印象は重要と言うか、いきなり黒い飲みものが出て来たら『歓迎されていない』と、サイとアフェルに誤解を与えかねない。
その誤解が後々面倒な事の引き金になっては困る。
支部長と一条大将の心臓には悪いが、ここは耐えて貰おう。フラガが帰ったら、差し入れを作って勘弁して貰おう。
今後の予定を決めたところで、後ろから声が掛かった。誰かと思えば、松永大佐だった。
自分が代表して松永大佐に対応すると、どうやら何時までもコーヒーメーカーの前にいる事を怪しんだようだ。怪しんだと言うのは『毎日使っているコーヒーメーカーが壊れたのか?』と言う心配の方で、内緒話を怪しんだのでは無い。
松永大佐に『向こうの宇宙にはコーヒー系の飲料が無い』事を教えて、実際にコーヒーを淹れて味見をして貰っていたと説明した。けれど、松永大佐には飲み慣れたものが存在しない事を説明しても、いまいちピンと来ないらしい。松永大佐は顎に手を添えたまま考え込んだ。
松永大佐の長考の気配を感じ取ったのか、サイが対談中に出されたお茶について自分に質問をしていた事を明かした。その回答を聞いた松永大佐は納得を得たのか、顎に添えていた手を下ろした。
ブラックコーヒーを淹れて松永大佐に渡し、使ったスプーンを片付けて、自分はマグカップと、味見用の二本のスプーンを手にサイとフラガを連れて席に戻った。
アフェルとカルタは閑談していたが、二人の視線は自分が持つマグカップに集まった。虎の獣人族のアフェルは鼻が利く。アフェルは鼻に届いたコーヒーの香りに少し不思議そうな顔をした。
案の定、こっちにも焙煎茶があるのかと聞いて来た。
カルタは好奇心旺盛なので、単純な興味からマグカップを見ているだけだった。だが、アフェルが口にした焙煎茶を聞き、『こんなところに健康茶が用意されているのか』と目を丸くした。
カルタの勘違いを正す為、アフェルとカルタの二人に、サイとフラガにも行ったコーヒーなる飲みものについて説明した。
味見用のスプーンを二人に渡し、砂糖とミルクを入れたあとだが、コーヒーの味見をして貰った。その味の感想は真逆だった。
「ちょっと苦いですね」
「そうですか? 香りの余韻が良いですね。何も入れていないものを一度飲んでみたいです」
カルタが苦いと言うのは予想の範囲内だ。
だが、アフェルがブラックコーヒーを飲んでみたいと言うのは意外だった。アフェルが好む飲みものは何だったかと思い出し、辛口のワインだった事を思い出す。
味見で使ったスプーンを片付けるついでに、アフェルにブラックコーヒーを一杯淹れようと決めて席を立った。ブラックコーヒーを淹れて戻り、アフェルに差し出す。
カルタが味見がしたいと言ったけど、先程よりも苦い事を教えるとすぐに諦めた。
「色はともかく、香りと苦みが丁度良いです」
アフェルはブラックコーヒーを笑顔で飲んでいる。そんなアフェルを味見した三人は珍獣を見るような目で見ていた。
「アフェル。俺も味見をしたが、結構苦かったぞ?」
「その苦みが丁度良いです」
味見程度に飲んだブラックコーヒーの味を思い出したサイは、アフェルを珍獣を見るような目で見た。
アフェルの隣に座るカルタが何かを思い出して声を上げた。
「あー、アフェルは渋みを楽しむお茶とかが好きでしたね。多分、それと同じような感覚なんでしょう?」
「そうですよ。酸味が感じられるものも飲んでみたいですが、飲み過ぎになりそうですね」
「流石にこの時間に二杯目を飲むのは止めた方が良いよ。眠気覚まし効果のある、カフェインって名前のコーヒーの成分が体から抜けるのに、うろ覚えだけど最低でも五時間以上は掛かるって聞いた」
余程ブラックコーヒーが気に入ったのか、アフェルが二杯目を求めた。
けれども、コーヒーには眠気覚まし効果を持つカフェインが大量に含まれている。うろ覚えの知識と一緒に、アフェルに二杯目は控えるように言うと、彼はあっさりと引き下がった。睡眠時間に影響を与えてまで飲みたい欲求は無いようだ。
一方、自分の隣でコーヒーに関する情報を聞いていたフラガから質問が来た。フラガの視線は砂糖とミルクを入れたコーヒーにに注がれている。
「夕方以降は飲まない方が良い奴?」
「カフェインに強い体質の人もいるけど、夜に眠れなくなるから夕方以降に飲む人は少ないかな?」
へぇー、と四人は声を上げて感心し、何かを思い出したカルタが、ぽんっと、手を叩いた。
「カフェインって、アレですよね? たまに『徹夜のお供のカフェインが、エナドリが欲しい』って言っていたアレですか?」
「カルタもよく覚えていたね。それだよ」
ルピナス帝国にいた頃は仕事都合で良く徹夜をしていた。十日十晩完徹する事がザラだった。一日二日ならば平気だが、流石に十日以上も徹夜をする際には『コーヒー飲みたい』とよく口にしていた。
向こうの宇宙でカフェインが含まれている飲料は発酵茶(見た目と味は紅茶)だけだった。カフェインが含まれていると言っても、その量は微々たるものだった。お腹がタプタプになるぐらいに飲んでも、コーヒー並みのカフェインを得る事は出来ない。
無いなら作ろうの精神でカフェインの代用品(当初の名称は略して『カフェ代』だったが、その効果から『完徹薬』の名称で広まった)は作った。完徹薬の材料に興奮剤を使っているので多用は出来なかった。
完徹薬の効果は『ティースプーン山盛り一杯を飲料(種類は問わない)に溶かして誰かに飲ませると、三日三晩は馬車馬のように扱き使える。最長で九日九晩まで使用可能だが、十日目は丸一日休ませなくてはならない』と言うものだ。サボり癖のある部下を扱き使う時や、仕事の締め切りが迫っている時などの事情で、それなりの数の利用希望者がいた。
先代の皇帝は、自ら淹れた茶を部下に無理矢理飲ませて扱き使っていた。完徹薬の摂取量は守っていたけど、先代の皇帝が最も使っていた。
完徹薬は指先に付く程度の極少量を舐めるだけなら、眠気が飛んでスッキリとする一品だ。
「星崎。向こうではコーヒーを飲む習慣が無いのか?」
自分達のやり取りを見てか。興味を持った佐々木中佐から質問が来た。井上中佐は止めようとしたけど、止める前に佐々木中佐が言葉を発していた。松永大佐からも佐々木中佐と同じ質問を受けたけど、聞こえていたか分からないので面倒臭がらずに回答する。
「……佐々木中佐。そもそも向こうの宇宙にコーヒー自体が存在しません。淹れる工程が似たお茶は存在しますが、味は豆茶に近く、健康茶として扱われています」
「え!? そんな事が、……まさか、あり得るのか?」
「そのまさかですね。そもそもコーヒーは、コーヒー豆を食べた山羊が夜遅くになっても元気でいた様子を見た山羊の持ち主が修道院の院長に話して、以降、修道院で眠気覚ましとして飲まれたのが始まりですよ?」
大袈裟に驚く佐々木中佐に、諸説が存在するコーヒーのうろ覚えの知識(他にも諸説が何個か存在するらしいが、これ以外は知らん)を教えると、佐々木中佐以外の大人からも『へぇ~』と感心されてしまった。
日常的に飲んでいる飲料の起源について、考える人や調べる人は少ないだろうね。たまたま知った自分は、衝撃の余り、今になっても覚えているだけだ。
「へぇ、探せば似たような経緯で飲まれている茶が存在しそうだな」
「サイ、そんなお茶を探してどうするんですか?」
「カルタ、半目になるなよ。単純に飲み比べがしたいと思っただけだ」
「眠気覚ましなら完徹薬で十分でしょう? 完徹薬を溶かしたお茶を一杯飲むだけで、三日三晩完徹可能と言う、優れものですよ」
「アレには興奮剤が入っているから、あんまり飲みたくない」
サイとカルタの会話内容を聞いて、日本支部の大人組がドン引きした。
その中でも、高橋大佐と佐藤大佐に、佐々木中佐の三名は顔を青くして震えている。その他で青い顔をしている人は、書類仕事を苦手としているのかもしれないな。
そんな中、サイとカルタの会話を聞いてイイ笑顔を浮かべた人がいた。
「星崎。その薬は手元に有るのか?」
「有りますが、……松永大佐、誰に使うんですか?」
一人でイイ笑顔を浮かべていたのは松永大佐だ。ヤバい気配を感じ取ったのか、室内にいる面々の視線が松永大佐に集まり、その正面に座る飯島大佐の顔色が変わった。
「佐久間支部長だ。最近、仕事が少し滞っているらしい」
「松永、支部長に怪しい薬を盛るのは止めろ。マジで止めろ。星崎も絶対に渡すな」
飯島大佐は真顔で『止めろ』と二回も言った。釘を刺すように言われたにも拘らず、松永大佐の笑顔は崩れない。あちこちから小声で『うわぁ~……』と声が上がる。
支部長に同情してか、松永大佐の鬼畜言動に対して引いているのか、それは判らない。
そんな日本支部組の反応を見たルピナス帝国組の四人は、揃って『こっちにも似たようなのがいるのか』みたいな顔をしていた。
見慣れた性格を持っていると思しき人がいると言うのは良いかもしれないが、流石に『鬼畜系』の人が見慣れているってのはどうなんだろう?
いや、変態の統率役として必要なのは解っているんだけど。
「同じ穴の――」
「違う」
フラガが零した疑問を食い気味に否定すると、『違うの?』とルピナス帝国組の四人は首を傾げた。
残念だが、違うのだ。松永大佐はアフェルとタメを張るほどの鬼畜では無い。
そこだけはルピナス帝国組の四人に対して、明確に否定した。




