何故か、ぐだぐだになる
セタリアが去り、向こう側からの操作で小型転移門は停止した。自分も端末を経由して小型転移門を停止させる操作を行い、オニキスとのエネルギー供給も止め、新しく魂魄認証式のロックを掛ける。
残された四人には事前に仕事が割り振られているのか、慌てる素振りを一切見せずにサイ、アフェル、フラガ、カルタの順番で自己紹介を始めた。
今更感が残る四人の自己紹介だけど、時間制限が有る皇帝のセタリアを優先しなくてはならない。
セタリアの時間制約を感じ取った支部長が何も言わずに四人の自己紹介に応じ、他の面々も何も言わない支部長に倣った。
四人の自己紹介が終わり、サイとアフェルが支部長と一条大将の二人と対談を行う為に、隊長室へ移動を始めた。カルタにセタリアから差し入れで貰った来客用の茶缶を渡し、四人と同行する大林少佐がお茶を淹れに一緒に行くと教えた。茶缶を受け取ったカルタは急いで大林少佐に接触し、一緒に演習場から去った。
一人残されたフラガは自分の袖を引っ張った。フラガに用件を尋ねると、アゲラタムに関するいくつかの質問を受けた。松永大佐を呼び寄せて、フラガの質問に対応する。
フラガが言うには『人員の派遣は行っても良い事になった。でも、搭乗する機体は日本支部が調達したものを修理して使う方が技術流出も防げるのでは?』と言う流れになったらしい。操縦技術は相対したら真似されるからしょうがないと判断したのか。それとも自分がいるからか、あるいはその両方かもしれない。
でもね。パイロットが増えても、肝心の機体が無ければ意味が無い。
フラガに『修理した機体はここにある分だけ』と教える。すると、フラガは半眼になった。
「何の冗談? 作戦に投入したって聞いたけど……」
「実際に作戦で使用したのは三機だけだよ。操縦者も作戦時の配置と搭乗する機体をアゲラタムに変更して、短期間の集中訓練で実戦に出たんだよ」
「正気?」
「正気だよ。作戦で基地を出発する七日ぐらい前になって、正式投入が決まったの」
「……連絡が遅かったのか」
セタリアとの通信が十月の半ばだった。その為、作戦直前なのに配置換えを始めとした変更が行われた。
実際にアゲラタムに搭乗して出撃した三人をフラガに紹介した。この場にいると思っていなかったのか、フラガは目を瞬かせて驚いた。
フラガが質問で口を開こうとした時、佐々木中佐から質問が飛んだ。質問の内容を聞くと、フラガの立ち位置が判らないらしい。他の大人一同を見回すと、皆同意するように頷いた。
サイと違い、フラガには明確な肩書が無い。強いて言うのならサイの側近その一になる。
「そうですね。……防衛軍で例えると、先程支部長と共にここから移動した二人の内の片方、サイヌアータは日本支部長とほぼ同じ地位にいます。こちらのフラガリアは幹部では無い、支部長の側近の一人です。階級は防衛軍の中佐か大佐相当です」
『え゛っ!?』
自分とフラガ以外の大人一同がギョッとした。多分だけど、外見年齢と役職が噛み合わないからこの反応を示すんだろうね。四人揃って二十代後半にしか見えないけど、実際の年齢はサイとカルタで五桁、フラガで四桁になり、アフェルはまだ三桁だったかな?
「アフェランドラは皇帝セタリアの――国家元首の護衛兼側近の一人です。カルタマスは国家が保有する諜報部に所属しています」
『え゛ぇっ!?』
大人一同は驚愕の声を上げた。
「あのメイドさん、諜報部の人だったの!?」「驚くところが違うだろっ!?」
飯島大佐の突っ込み通りなので自分も頷いた。
「カルタの家は諜報が家業なんです」
「スゲェ家業だな。でも何でメイド服を着ているんだ?」
「本人の趣味です」
そうとしか言えん。あれでも伯爵家の当主なんだけどね。やっぱり幼少期のお家騒動が原因で変わっちゃったのかなぁ。
さて、フラガの立ち位置は教えた。改めて、フラガに疑問点が無いか尋ねた。同時に、遠くからドアの開閉音と絶叫が聞こえた。
「お前らここに――って、いぬぅ!? 誰だお前っ!?」
声の主は高橋大佐だった。隣のフラガは何の臭いを感じ取ったのか、小さくくしゃみをした。こう言う時、鼻が利く犬と狼系の獣人族は大変だね。
大人一同は、今になってやって来た高橋大佐を見て呆れた。
「高橋……。お前、今になって来たのかよ。会議は終わっちまったぞ。それよりも、シャワーを浴びるだけで一時間以上も何をやっていたんだ?」
「松永に掛けられた催涙スプレーの臭いが中々落ちなくて、姫川に何度も確認して貰ったんだ」
「姫川も災難だったな」
「つぅか、高橋。もう少し早くに来れたら、褐色巨乳の美女皇帝が拝めたのに」
「褐色巨乳の美女皇帝? お前は何を言っているんだ? 女の皇帝だったら『女帝』だ。それよりも、そこの頭に犬の耳を付けた奴は誰なんだ!?」
犬では無く『狼』なんだが、大差無いと言われる可能性が有るので突っ込まん。
セタリアがやって来た時現場にいなかった高橋大佐は、怪訝そうな顔でこちらに近づいて来るなり、すぐにフラガに視線を向けて指差した。
説明を面倒に感じ、どうするか考える前に松永大佐を見上げた。自分と視線が合った松永大佐はイイ笑顔で、『明日、会議の前に支部長に聞け』と支部長に丸投げした。
支部長に丸投げして良いものか判断に困り、飯島大佐を見たら首肯していた。
「松永の言う通り、明日支部長に聞け」
「何でだよ!? そこの野郎の名前も聞いちゃいけないってのか!?」
「フラガリア――フラガって言うらしい」
飯島大佐がフラガの名前を略さないで高橋大佐に教えてしまった。
慌てた自分が『フラガ』だと訂正するよりも先に、高橋大佐は余計な事を言った。
「あぁ? フラガリア? 顔も少しそうだけど女みたいな名前だな」
高橋大佐はそのまま豪快に品無く笑った。
直後、フラガから放たれた怒気で空気が凍り付いた。
フラガの肩を叩いて落ち着かせるが、自分と会うまで仮面を付けて生活する程のコンプレックスを笑われたのだ。簡単には落ち着かない。中性的な容姿の松永大佐と比べると、フラガの容姿は『少し女顔に見える』が、大分男性的だ。
フラガの怒りを感じ取った高橋大佐は肩をビクつかせた。他の面々は、フラガの静かな怒りを感じ取り、殆どの人がそろりと一歩下がった。一歩下がらなかった松永大佐の顔は、何故か少し引き攣っていた。
「お、おい、過剰に反応すんなって」
「高橋大佐、コンプレックスが刺激される事を笑いながら言われて、怒らない人っていますか?」
「……いないな」
自分が言動について指摘すると、高橋大佐は目を泳がせた。反応を見て、今になってフラガが激怒している事に気づいたんだろう。
フラガも割とイイ性格をしているから、簡単には許さない。こいつは自分の前では『ドM』だが、他人に対して『ドS』の対応を取る。
フラガは自分を人形のように抱き抱えた。そのまま、アゲラタムが待機している場所にまで歩き出す。その道中で、フラガから幾つかの質問を受ける。時折、背後から『おーい』と言う声が何度も聞こえるけど、フラガは全部無視した。
「アゲラタムが赤い。何で?」
「赤く塗装しないと、味方から誤射されかねないって判断されたの。一緒に行動する機体と同じ色にすれば、味方機だと思うでしょ?」
「ジユが黒い理由は何?」
「ジユは回収した時点で黒く塗られていたよ」
「ここで塗り直しも、外見弄りもしていない?」
「どっちもやっていないよ。回収した残骸を使って修理するしかないから、今後もう少し見た目が変わる奴が出て来るかも知れないけど」
「残骸が残っているの?」
「別のところに保管されているよ。見に行くのなら、支部長の許可が必要かな」
「新品の部品送って貰う? それとも交換を頼む?」
「それは流石に無理だと思う。今後の情勢次第では、交換は出来るかも知れないけど。あ、乗るのは駄目」
「操縦室に変化は無い?」
「通信機が無いだけで、操縦室内はそのままだよ。操縦席は適性の問題で二種類使っているし、一括起動に設定したけど」
「通信機の代わりに何が搭載されていたの?」
「生体演算機構だよ。学習型か見ていないけど、可能な限り抜き取って廃棄して貰ったよ」
「投入された数だけ、生体演算機構が存在した事になるのか」
「重力石は劣化品と通常品質の二種類を見たから、操縦前に一度見た方が良いかもね」
「……重力石の劣化品は、基本的に使用されない筈。無人機運用だから、そのまま投入されたのか」
「多分そうでしょうね……。フラガ、落ち着いたでしょ? そろそろ下ろして」
「くしゅん。臭いのが近くにいるからヤダ」
「臭いって、何だよ!!」
高橋大佐が大声で叫んだが、フラガは無視した。いい加減下ろして欲しい自分は、フラガの顔を軽く叩いて下ろして貰う。その間も、フラガは何度かくしゃみを飛ばした。
「消臭剤の臭いがする。ニンニクと唐辛子と玉ねぎの臭いが染み付いているから、混ざって臭くなっている」
「そんな事まで判るのかよ!?」
消臭目的で消臭剤を浴びたのかよ。そりゃあ、臭うわね。しかも、逆効果になっている。これはフラガだから判明した事だけど、姫川少佐はOKを出したって高橋大佐は言っていたから、常人では判らない事だ。
高橋大佐が己の臭いを嗅いでいる。匂いを嗅ぎ取れなかった高橋大佐は首を捻った。そして、一体何を考えたのか、松永大佐に抗議し始めた。
「松永! 臭いが染み付いた責任を取れ!」
「隔離部屋に運ばれた際にすぐにシャワーを浴びなかったそちらの落ち度でしょう」
「シャワーを浴びたら、会議に間に合わねぇだろ!?」
「徹夜すれば間に合います」
「お前は鬼か!?」
「この程度の事で鬼呼ばわりしないで下さい」
松永大佐は笑顔で言い切った。言い返された高橋大佐は不満気だけど、松永大佐の言う通りだ。その証拠に他の面々も頷き、高橋大佐に向かって『お前が悪い』と言い始めた。高橋大佐は文句を言い返す。
そのやり取りを眺め、こちらに意識が向いていない事を確認してからフラガに確認を取る。
「フラガ。ご飯は食べて来た?」
「まだ食べてない」
「そうだったの。松永大佐、晩御飯を一緒に食べても良いですか?」
フラガの回答を聞いてから、松永大佐の傍にまで移動し許可を求めた。
「そうだな。……交流を深める意味では、良いかもしれないな」
松永大佐は少し考えてから許可を出した。交流が深まるかはともかく、交流は出来るだろう。松永大佐に連れられて、三人で移動を始めた。自分達三人の移動に気づいた飯島大佐と中佐コンビに、神崎少佐もくっ付いて来た。
フラガは神崎少佐を見るなり『連盟の人?』と小さく呟いた。すぐに『そっくりさんで違う』と訂正する。
セタリアもそうだが、やっぱり似ているんだな。
神崎少佐には時間を見つけて自分から説明しよう。気を悪くしなければ良いんだけど。
途中で神崎少佐と別れて、自分達六人は食堂に入った。
他の面々が食堂にやって来たのは、それから大分あとだった。




