歴史的な邂逅と再会
髪を染めない限り、地球ではまず見る事の無い『青い髪を持った人間』が登場した。
その容貌と体形が人目を引く程に整っているので、黙っていれば『人形』だと思うだろう。身長は百八十センチを超える長身なのに、ハイヒールを履いているので迫力が有る。
誰の発言か『メロン双丘!? 詰めてんの?』と呟きも聞こえた。直後に打撃音と小さな悲鳴も聞こえた。
自分以外の日本支部の面々は突然現れた人物を見て、驚きの余り動きを止めている。
セタリアと直接言葉を交わした支部長ですら、口を半開きにしたままで硬直している。
こちらの反応を見たセタリアは何故か首を傾げた。
「あら? どうしたのよ?」
「いや、どうしたも、こうしたも……。予定に無い人が来たら普通は驚くでしょう」
「つまり吃驚させる事には成功したのね」
セタリアはとっておきの悪戯が成功させた子供のような反応を見せた。
満面の笑みを浮かべたセタリアの反応を見て思う。
……こんなドッキリはいらねぇ。今になって気づいたが、自動翻訳機を身に着けているのか、セタリアの言葉は日本語で聞こえた。
それよりも、セタリアは一人で来たのか? セタリアはアゲラタムと生身でやり合える程度に強いから、必ずしも護衛が要るって訳じゃないけど護衛はどこだ?
セタリアに護衛の有無を尋ねようとしたら、先に質問が来た。セタリアの視線の先には神崎少佐がいた。
「あら? 宇宙漢女連盟が先に進出していたの?」
「進出していないよ。偶然のそっくりさん」
「……凄い偶然ね」
目を丸くしたセタリアが素で驚いている。この場で気にする事では無いと思うが、セタリアの護衛役が来るまでの時間稼ぎになりそうだ。少し話をして時間を引き延ばすか。
「あっ!? くっそ……。いないと思えば、先に行っていやがった!」
そう決めた直後、悪態と一緒に慌てた複数の足音が聞こえて来た。確り日本語で聞こえたので、声から来る面々も自動翻訳機を身に着けていそうだ。
遅れて登場したのは、サイとフラガとアフェルの三人だった。
サイとフラガは青色、アフェルは濃紺色の片マントをそれぞれ身に着けていた。三人とも腰に剣を帯びていないが、マントの下に短剣を隠し持っていそうだ。
背後から『……うわぁ、何だアレ?』とか、『どうせならケモ耳娘が良かったわぁ』とか、『松永と甲乙付け難い奴が実在したのかよ』などが聞こえて来た。誰が何を言ったかは判らない。
視界の隅で何かが一瞬動いた気がしたので背後に振り返る。
「むぐっ!?」
「きゃ~、久し振りですぅ~!」
振り返ると同時に顔に何かが押し付けられて、そのまま力一杯抱きしめられた。ご機嫌な声と共にそのまま頭頂をすりすりされる。
「んん~、背後が取れるかと思ったんですけど……。そんな事よりも少し縮みました?」
身を少し捻って顔を上げると、これまた予定に無い人物――と言うよりも来ちゃいけない人がいた。
「カルタまで来たの?」
「はい、来ましたよ。いやぁ~、久し振りです」
つり気味の黄色い目を弓にしているオレンジの髪の女性こと、カルタがそこにいた。諜報が仕事の人が来ると面倒なのに、誰が許可を出したんだ?
あと『エロ系メイド!?』と驚いているのは誰だ。
疑問を解消する前に、自分に抱き着くついでのカルタの行為を止めさせる事を優先しよう。
「ねぇ、カルタ。どこを撫で回しているの?」
「おっとすみません」
自分の尻を撫で回していたカルタの手が離れた。再会早々にセクハラをかますところを見ると、カルタは色んな意味で変わっていないんだろうな。
これがサイの婚約者だから何とも言えない。不憫な事に、サイの女難の影は消えていないようだ。
未だに抱き着いたまま離れようとしないカルタの手から抜けようとしたが、腕に力が込められた。
「カルタ。そろそろ放して」
「もうちょっと良いじゃないですか~」
「……いや、状況が進まないから放して」
カルタの手から逃れようとしたが、カルタは体を左右に揺らして押し退ける力を逃がした。
久し振りなのは解るが、何時までもこの状況は駄目だろう。
どうにかして逃げ出そうと藻掻いていると、今度は背後から持ち上げられた。そのまま首筋をすりすりされて、鼻が鳴る音を聞いた。鼻が鳴るのは、匂いを嗅ぐ行為だ。やって来た面子で、匂いを気にする男は一人しかいない。
「久し振り」
「……とりあえずありがとう」
再度すりすりされてから、左肩にひょいっと乗せられた。肩に乗せられた事で、白い髪と頭に生えた三角の耳が見えた。視線を背後に落とすと、ふさふさの白い毛並みの狼の尻尾が見えた。
自分を取り上げられたカルタが抗議の声を上げる。
「フラガ! ズルいですよ」
カルタよ、何がズルいんだ? 抗議を受けたフラガは平淡な声でカルタに短く返した。
「今それどころじゃない。陛下が優先」
「カルタ、フラガの言う通りだ。それよりも、初っ端から何やってるんだよ!?」
「今は陛下を優先して下さい。僅かな時間を捻出する為に、私がどれだけ苦労したと思っているんですか?」
男三人から逆に抗議を受けたカルタは口を尖らせた。黒いものが滲み出ているアフェルを見ても、カルタは態度を変えなかった。どれ程時間が経過しても変わらない厚顔っぷりだ。
「えぇ~、せっかく許可を取ったのに」
「何でそんな許可をわざわざ取りに行くんだよ!?」
「……陛下も要らん事に許可を出さないで下さい。向こう五十日は休暇無しです」
「それって割と何時もの事じゃない?」
……二年数ヶ月前までだったら見慣れたやり取りなのに、懐かしく感じる。六月――いや、八月以降より、色々と起きていたからか、それとも先日の作戦の影響か。純粋に懐かしいと思ってしまった。
フラガに一声掛けて床に下ろして貰い、支部長を呼んでからセタリアに近づいた。
時間を作って来たと言う事は支部長と直接喋り、支部長の為人か、何かを判断する為だろう。その何かは、今後の支援形式の可能性が高い。
支部長とセタリアは互いに歩み寄った。ドッキリが成功した事で満足したのか、セタリアは外交モードで支部長と向き合っている。
「こうして会うのは初めてましてね。ルピナス帝国十八代目の皇帝セタリアよ」
「国連防衛軍五代目日本支部長、佐久間樹だ。ルピナス帝国の皇帝陛下、直接会えて光栄だ」
セタリアは支部長の対応を見て微笑んでいる。あ、セタリアが支部長に握手を求めたから『合格』らしい。
支部長は握手を求められると思っていなかったのか、少し驚きを見せたが素直に応じた。
ここに、ルピナス帝国の皇帝と日本支部長が固い握手を交わした。
歴史的な瞬間だけど、その前の『ぐだぐだ』がなければもう少し感動的だったな。カルタはなんて惜しい事をしたんだ。いや、許可を出したのはセタリアだったな。
しかし、こうして見ると支部長って背が低いな。ハイヒールを履いているとは言え、セタリアの方が頭一つ分近くも背が高い。
握手を終えた二人はそのまま立ち話に入った。
「渡した端末がどうなったのか、尋ねても良いかしら?」
「一人だけ、条件を満たす御仁がいる。日程の都合で未だに会えていないが、その御仁に渡す予定だ」
「ふぅん。残りの三人は今後の状況次第になりそうね。正直に言うと、長を除いて一人もいないと思っていたから、ちょっと意外だわ」
「……あの評価点数ではそう言われても仕方が無い」
支部長が心底残念そうに言った。十年間の評価点数が三・一点だった事を引き摺っているのか。そして、残り三人って事は、一つは支部長所持で良いのか。明日にでも、支部長の個別登録を行うか。
ここで、端末の時計表示を見ていたアフェルが口を開いた。
「陛下。そろそろ時間です」
「もう時間なの? なら、ここまでね。以降はまた通信での話し合いになるわ」
「交渉可能で支援が得られるのなら、通信でも構わない。だが、今回のような時間が取れるのもまた良いものだった。何時かまた会いたいものだ」
支部長の返答を聞いて、セタリアは目を細めたれど、何も言わなかった。その代わりに、セタリアは自分に向き直った。
「状況が完全に落ち着いたら、一度こっちに来なさい」
「……何で?」
セタリアの発言の意味が解らず、素で聞き返してしまった。素で聞き返したにも拘らず、セタリアの機嫌に変化は無い。その代わりに、セタリアは面倒臭げな空気を纏った。
「何でって、アンタがいるなら出せって言う輩がいたのよ」
「それって、誰?」
「ニゲラって名前のヤッカ族の男、覚えていない?」
「ヤッカ族? あの一つ目の戦闘民族でニゲラ……。あっ、宇宙海賊の頭領だった青髪のアイツの事?」
該当する人物を一人だけ思い出した。戦闘民族で知られるヤッカ族は、住まう星の過酷な環境に耐えられるように進化した環境適合種の一つ目の種族で、驚異的な再生能力を保有している。再生能力の高さを活かし、極限まで己の体を鍛えて、種族全体で傭兵的な事をしている。種族全体が一つの部族のように形成されており、傭兵業は『家業』のように認識されていた。
ただ進化の過程で、何時しかヤッカ族には『男児』しか産まれなくなり、女性はいなくなった。これは他種族の女性との間に子供を儲けても同じだ。純血のヤッカ族は存在せず、母親は必ず他種族の女性となる。女児が誕生したら、必ず母親と同じ種族で産まれて来る。ちなみに、産まれた男児に母親の影響が完全に無いと言う訳では無い。
話題のあの男は宇宙海賊の頭領だった。傭兵業では強くなれない云々と言い出し、何故か宇宙海賊になっていた、よく分からない男だった。戦闘民族の癖に話してみると理知的な男だったのに、宇宙海賊になっていた。
ニゲラとの出会いの場はディフェンバキア王国だ。けれどもその当時、自分は虫の居所が悪くて、出会って早々にマジでぶん殴り、地面に埋まった前衛芸術品にした。
しぶとく復活したニゲラだったが、『六回ほど』肉片から全身を再生した事で力尽きた。七回目に体の下半分を潰し、再生が追い付かずそのまま果てた筈だ。誰が回収したんだか。
全身を潰さずに、範囲を下半身のみに止めた理由は『本人確認が難しくなったら仕事が滞る』と、ニゲラを肉片にする事六回目の直後に気づいたからだ。虫の居所が悪かったとは言え、気づくのが遅過ぎた。
「うん、そいつよ。何を考えたのか知らないけど、今のアイツはアルテミシアに所属しているのよ」
「あの戦闘狂がアルテミシアにいるの? それ以前に、まだ生きていたの? 六回も肉片から復活して、七回目で下半身が潰れたのに?」
六度も肉片から復活したの辺りで、傍で聞いていた支部長がドン引きした。現場で目撃した自分と、報告書に添付されていた記録映像を見たセタリアは、グロい映像に耐性を保有しているので平然としている。
人間が肉片から復活した光景を思い出したのか。セタリアは感心していた。
「その辺は流石ヤッカ族ね。あの状態でも復活するって本当に凄いわ。……今回ティファが相手だから、念の為にアルテミシアと接触したのよ。元々動きも有ったし。いざ接触したらニゲラがいて、本当に吃驚したわ」
「それは普通に吃驚するでしょう。それにしても、宇宙海賊から義賊に転職って……」
「まぁ、何を考えているのか知らないけど、言わないであげなさい。アルテミシアとの交渉は、今のところ『手出ししない・接触しない』で落ち着いているわ」
「横やりが無いだけマシって事?」
「そうなるわ。詳しい事はアフェルに聞きなさい」
またねと、セタリアは手を振ると小型転移門を通って去った。




