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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
再会と出会い 西暦3147年11月以降

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夜中の再会

 二十二時を過ぎると、軍事基地とは言えツクヨミ内の人気は、日中に比べると大分減る。それでもボイスレコーダーのスイッチを入れてしまった。癖って怖いな。

 人気の少ない通路を歩き、購買部へ向かう。

 移動しながら考える事は、セタリアとの通信時に尋ねた、確認事項についてだ。

 向こうで使っていた道具をこちらで使って良いのか確認を取ったら、『使って良い。変な事に使いたがる奴が多いから預かってて』と言われた。使って良いから置いて行ったのに何でそうなるの? 絶対、何かさせる気だろ。

 そうそう、木箱は空にして、今度来るサイ達に持ち帰って貰わないと。

「あ、いない」

 購買部にはレジ以外に誰もいなかった。買い物籠を手に、商品を手に取る。松永大佐からのリクエスト品の栄養ドリンクも忘れずに買う。

 そして、忘れてはいけないのが痴漢撃退スプレーだ。

 以前購入したものも棚に並んでいたけど、その隣に『悶絶しろ! 新タマ催涙スプレーDX!』と言う商品名のスプレーが並んでいた。

 手に取って表示を見ると、玉ねぎの成分を使った催涙スプレーだ。商品名はともかく、成分表示を見ると真っ当な催涙スプレーだった。

 こんな商品名で売れるのかな? いや、商品の使用目的を考えると売れるのかもしれない。

 このスプレーの隣には『俺の吐息は世界を救う! 進撃焼き肉スプレー!』なんて商品の痴漢撃退スプレーが陳列している。表示を見ると、ニンニク成分を使った痴漢撃退用スプレーだった。

 ……もうちょっと、マシな商品名の候補は無かったのかな?

 他に無いから買うけど、隊長室の机、自室、端末の三ヶ所に一本ずつ用意すれば良いな。

 それぞれの三本セットを手に取り、炭酸ジュースと飴と製菓用の材料を籠に入れてレジで会計を済ませる。レジのおばちゃんは何も言わなかった。会計を済ませた商品を持参した布袋に詰めていく。

「あれ? 星崎? 星崎じゃないか!?」

 袋詰めの手を止めて背後から掛かった声に振り返ると、そこには一昨年度の卒業生の男子の先輩がいた。

 髪を染めていないのに焦げ茶のような色素の薄い短髪、井上中佐並みの長身、それなりに整ったやや中性的な容姿だが、松永大佐と比べると、割と男性的な顔立ちをしているように感じるから不思議だ。

「俺だよ。俺。覚えていないか? 沢城だ」

「……何度名前を聞いても『そんな事よりも』と言って、一度も教えてくれなかったじゃないですか」

「あれ? そうだっけ?」

 首を捻っている。覚えていないのか。

 まぁ、名前を知らないから他の女子にしつこく言われても、逆に呆れられたんだけどね。個人情報を考えなければ、名札のありがたみが懐かしい。そして、名前を知らなくても使える先輩呼びの便利さよ。

 改めて『沢城冬弥(さわしろとうや)』と名前を教えて貰った。

 自分と再会の軽い挨拶を終えた沢城先輩は、何故か大急ぎで買い物を済ませて来た。

 一人になった隙に、自分は袋詰めを終わらせた。

「なぁ、星崎は何でツクヨミにいるんだ?」

 去ろうとしたけど、買い物を済ませて来た沢城先輩が質問ついでに行く手を阻むように自分の隣にやって来た。

「選抜クラスに編入が決まり、授業でここにいます」

「え? 選抜クラスなんて、在ったっけ?」

「九月から選抜クラスが存在する別の学校に転校したんです」

「転校!?」

 仰天した沢城先輩に、六月の半ばに起きた『演習中に発生したトラブルに巻き込まれた』辺りから説明を始めた。流石に、実戦に巻き込まれたとか、飛び級卒業したとか、正式なガーベラのパイロットになったとか、先日の作戦に参加したとか、その辺りの事は言っていない。つーか言えん。

 演習中のトラブルや、チームメイトのその後の辺りで、沢城先輩は血相を変えた。真実はトラブルでは無く、実戦に参加したが正しい。他支部には巻き込まれたと説明したらしいが、詳しい事は知らない。

 自分以外の、チームメイト四人のその後は知らない。松永大佐に聞けば教えてくれるかもしれない。だが、九月に再会した高城教官の様子を考えると、自分は知らない方が良いのかもしれない。

 世の中には知らない方が良い時も存在する。あの四人に関しても『知らない方が良い』に該当する筈。だから、あの四人について尋ねる機会は二度と無いだろう。

 八月にツクヨミに来たと言えば、『夏休みなのに訓練生がツクヨミに来ていると、噂を聞いた。あれは星崎だったのか』と感心された。

 噂云々は確かに聞いた。松永大佐から正規兵用の制服を渡された時に、そんな事を聞かされた。

 そして夏休み中に転校が決まり、そのまま転校先へ移動する事になった。現在、授業の一環でツクヨミの試験運用隊にいるとまで説明し、最後に階級章について聞かれた。

 階級に関しては、松永大佐から『トラブルを避ける為』と言われていたから、そのまま言った。

「……俺、まだ少尉なのに、もう追い越されているのか」

 この先輩の階級は、まだ少尉だった。卒業してから二年も経過していないんだから、昇進は無理だよ。

 トラブル除けとは言え、あっさりと階級を追い越されてか。沢城先輩は心底悔しそうな顔をしてる。

 シミュレーターの対戦で知ったが、この先輩は小手先の技を、僅か三回か、四回で見切る。他の先輩は、最低でも六回は掛かってしまう。加えて、要領は頭抜けて良いし、身に付きそうだと判断した事をすぐに覚えてしまう。

 卒業式前に行った、最後のシミュレーター対決は勝利したけど、それなりに苦戦した。

 ……そう言えば、沢城先輩から教えて貰った『リミッター解除方法』のお陰で、六月のクォーツとの一戦をどうにか乗り切れたんだっけ。

 お礼を言いたいけど、事実を話さないとだから、言えないんだよなぁ。

「くそぅ、何時か追い付いて見せる!」

 妙なやる気を漲らせてから、沢城先輩は購入したものを袋に詰めた。

 終わりと見做して今度こそ去ろうとしたが、何故か先輩に手を掴まれた。

「星崎。今月の六日から、先月実行した作戦の参加者を労う縁日っぽいものが開催されるんだけど――」

「トラブルに巻き込まれるから行っちゃ駄目って言われました」

「ぐふっ」

 言葉を先取りして回答したら、自分の手を離した沢城先輩は膝を付いて四つん這いになった。そのまま床をペシペシと叩いて悔しがっている。

 作戦開始前に『出歩きを控えて』とは言われたが、『トラブルに巻き込まれるから行っちゃ駄目』とは、言われていない。でも、言葉の意味を考えると、トラブルを警戒してだと思う。

 ここで何かに気づいたのか。沢城先輩は、がばっと、勢いよく顔を上げた。

「星崎。それは、誰に言われたんだ? 試験運用隊の隊長か?」

「いいえ。別の女性の方から言われました」

「えぇ、そんな……」

 質問に回答しただけで、沢城先輩が深く絶望し、再び床を叩いている。

 今は自分達以外に誰もいないから良いけど、新たにやって来た買いもの客が見たらどう思われるか想像に難くない。その証拠にレジにいるおばちゃんの目が鋭くなっている。

 試験運用隊の隊長に一度聞くと言って、沢城先輩を立たせた。鋭かったおばちゃんの目が元に戻った。

 メールアドレスの交換をするか尋ねたが、沢城先輩は顔を赤くし、目を泳がせて『そ、それは階級が追い付いてからが、良いな』の言葉と一緒に断られた。連絡を取る手段が無いんだが、どうするか。

「やっぱり、まだいたのか」

 タイミングが良いのか悪いのか。松永大佐が現れた。そういや、松永大佐に頼まれたものを買ったな。

「戻りが遅いから様子を見に来た。ただの買いもので、こんなに遅い時間まで何をしているんだ?」

「卒業生に会いました」

「……卒業生?」

 松永大佐は怪訝そうな表情を浮かべてから、自分の後ろにいる沢城先輩を見た。沢城先輩は大佐階級の人が突然現れた事に驚いて、直立不動で固まった。

「一昨年度の首席卒業生だった先輩です。買いものをしていたら、たまたま会いました」

「そうだったのか。だが、消灯時間が迫っている。隊舎にそろそろ戻れ」

「分かりました」

 ちらっと沢城先輩を見たが、固まったまま動かない。沢城先輩に一声掛けて、松永大佐と一緒に購買部を出た。暫し無言で歩き、隊長室にまで戻った。

 松永大佐に代理購入した栄養ドリンクを渡し、立て替えた分の電子マネーを受け取る。そして、長話をした事情説明の為に、何時もの癖で持ち歩いていたボイスレコーダーを提出した。

「縁日モドキか。行きたいのか?」

「先月に控えて欲しいと言われましたし、会議の資料作りがまだ終わっていないので、止めようかと思っています」

「行く行かないは自由だから良いが、飯島大佐経由で連絡を入れる。今日はもう休め」

「はい」

 未だにシャワーを浴びていないのに、時刻はもうすぐ二十三時になる。ここは素直に頷いた。

 松永大佐に一言挨拶してから自室へ戻った。


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