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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
私はモブキャラその一の訓練生 西暦3147年6月下旬~7月中旬まで
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トラブル(?)が終わって~佐久間視点~

 月面基地の共用会議室に、各支部が集まり始める前にまで時を遡る。


 ――イタリア支部が日本支部の痴漢被害者と、共用会議室で面会する。


 その情報を聞き付けた他支部は『謝罪するんでしょ? 証人となってあげるよ』と、善意の建前(上から目線の恩の押し売りとも言う)を使い、支部長と数名の幹部と言う構成で共用会議室に出向いた。

 ガーベラのパイロットを知る手掛かりが得られるかもしれない。

 そう意気込んで会議室に集まるも、各支部は見事なまでに出鼻を挫かれた。再び小規模なパニックが起きる。

 日本支部は何もやっていない。現れた日本支部長の佐久間が訓練生の少女を前に出し、

『外野がいる理由は問わないが、イタリア支部長。我が国の訓練生に何の用かね?』 

 共用語(英語)で、そう言った。それだけ、だ。

 痴漢の被害者が訓練生だった。

 この真実は別の意味で強烈だった。訓練生は皆未成年。前に出した訓練生は――日本人が年齢よりも若く見えると言う、各国共通の思い込みを抜きにしても――非常に幼く見えた。訓練学校に入学したてなのかとしか思えない。データベースにアクセスして確認しても、中等部所属の訓練生と言う事実しか表示されず、現在の年齢を知る事は出来なかった。

『あの場に訓練生がいる筈が無い!』

 憲兵部長官が喚く内容通り替え玉が疑われたが、目撃者として現場に教導官がいた為、これが事実と見做された。真偽と当時の更衣室利用者を照会したのがイタリア支部だったと言うのも大きい。

 唸り声を上げながら憲兵長官が引き下がると、今度は『何故訓練生が月面基地にいるのか』と、疑問が当然のように上がった。

 佐久間は戸惑いすら見せずに、立て板に水を流すように回答する。

『半月前の実戦に巻き込まれた訓練生の一人だ』

 誰もが耳を疑う内容だったが、事実なので何も言い返せない。どこの支部も訓練生を実戦に出さないのが決まりだ。訓練生が巻き込まれたら、各支部に連絡が行くようになっている。

 その真相は『支部長の許可無く実戦に駆り出された訓練生の一人』なのだが、ここで語られる事はない。

 知られては困る事実は『支部長の許可無く実戦に駆り出された』と言う点のみ。日本支部の訓練生が実戦に出ていた事実は隠せない為、表向きは『演習中に巻き込まれた』事にしている。実際に演習中に呼び出されたから、どこの支部も疑問に思わなかった。

『訓練学校に戻らず、未だに月面基地にいるのは、実戦に巻き込まれた際の過労で、数日間も寝込んでいたからだ』

 即座に各支部の幹部が医務室の利用履歴を確認する。確かに、数日と言える期間、意識不明だった。

『検査と安静期間を終わり、訓練生を先に訓練学校に戻そうとしたら再び襲撃が発生した。引率の教官は出撃要請を受け、量産機を借りて出撃してしまったので、彼女には兵舎で待機を命じた』

 余りの運の無さに、各支部から同情に満ちた視線が訓練生に集中した。

 定期便に星崎の名前で席が取られていた記録が残っていた事から、各支部はこれを真実と捉えた。佐久間の名でキャンセルされている理由は、安全に帰す為の措置と認識された。

 真実は、完全に偶然の産物だったりする。

 星崎が一人で勝手に定期便の席を取って帰ろうとした。キャンセルはガーベラに乗せる為に佐久間が勝手に行った。

 偶然だとしても教えなければ、こちらにとって都合が良い。佐久間は実情の噛み合いっぷりに高笑いしたいぐらいに喜んだ。

『襲撃後は放置したままにしてしまっていた。これに関してはこちらの落ち度だ。丁度同じ頃に、ガーベラのデータ収集をする必要が出て来た。痴漢騒動前の模擬戦はこのデータ収集の為に行った。訓練生がこれに混ざっていたのは、訓練の一環として模擬戦に出るように私が指示を出したからだ。実戦経験豊富なパイロットとの模擬戦は滅多に出来ないからな』

『訓練生が模擬戦に参加していたのならば、何故模擬戦をしていた機体に訓練機が混ざっていないのだ?』

 疑問を聞き、訓練生は何故か胡乱な眼で質問者のアメリカ支部長を見た。

『半月前の戦闘で大破に近い状態になり、オーバーホールしている最中だ』

『戦闘は半月前でしょう。幾ら何でも、時間が掛かり過ぎでは無いでしょうか?』

『実戦で使用しない訓練機だ。修理と整備の優先順位は最も低い。他の作業の合間を縫って行っているが、そろそろ終わる予定だ』

 訓練機は各国二線級のものを使用している。一線級の機体であっても、襲撃を受ければ修理と整備にどれ程の手間と時間が掛かるのか。それが理解出来ない人間は幸いな事に室内にはいなかった。

 会議室内が静かになった。パニックは静まったと、そう判断した佐久間はイタリア支部長に再度問う。

『さて、最初の質問に戻るが、イタリア支部長。我が国の訓練生に何の用かね?』

『ぬぐっ』

 有耶無耶にならないかと期待していたのか、再度質問を受けたイタリア支部長は言葉に詰まった。そして、視線を数十秒程度泳がせてから、絞り出すように回答した。他支部からの視線が彼に集中する。

『せ、正式に謝罪を、被害者に済ませていなかった事を思い出したのだ』

『それで、面会を希望したと?』

『そうだ』

 イタリア支部長の言い分に、訓練生へと視線が再び集まる。彼女は不思議そうな顔をしてイタリア支部長を見ている。

『先日の、部下の行動を詫びたい。済まなかった』

 イタリア支部の幹部と思しき男性が前に出て、訓練生にそう言って頭を下げた。

 正規兵――それも支部の幹部――が訓練生に頭を下げる。

 滅多に無い状況に、訓練生も不安げに佐久間を見上げた。

 佐久間が一言日本語で言うと、少しの間を持って訓練生が口を開いた。

『頭を上げて下さい。謝罪は受け取りました。痴漢の現行犯の方々はどうされましたか』

 会議場にいた全員の視線が訓練生に集まった。

 外見の割に随分と大人びた、年齢不相応な対応だ。特に『許す』と言わない当たりが。

 奇妙なものを見たと言わんばかりの顔になって、頭を上げたイタリア支部の幹部は彼女の問いに素直に答える。

『日本支部からの要求通りの処罰で落ち着いた。あの五人はイタリア支部が保有する軌道衛星基地へ異動となり、既に出発した』

『そうでしたか』

 訓練生は感心したような顔をした。

 このやり取りを最後に解散となった。



 解散となり、第三者として参加した各支部の代表達は割り振られた部屋に戻り、『ため息を吐く・頭を抱える・額に手を当てて悩む』の何れかの行動を取った。

 このような行動を取った理由は一つ。ガーベラのパイロットが誰なのか益々判らなくなったからだ。


 余談になるが、フランス支部は佐久間の目論み通りに『訓練生を巻き込んだ事に少しの罪悪感を抱いた』が、執念深くも捜す事だけは止めなかった。


 訓練生と言う想像の埒外の存在と、目撃者にかの機体のテストパイロットを務めた人物が二人もいたと言う、この二点が混迷を深める要因となった。

 元テストパイロット二名と教導官と訓練生。

 この四人の中で『ベテランは誰か?』と問われれば、『元テストパイロットの二名の内、片方』と誰もが答えるだろう。事実、元テストパイロットの佐々木中佐は各支部上層部では『知る人ぞ知る実力者』と言う扱いで、井上中佐はコンビの名相方として有名だった。

 まさかパイロットの経験を保有した転生者(訓練生)がいるなどと、誰も思わないし、想像も付かない。オカルトが科学に敗れた影響だった。

 どこの支部も、真のベテランは『普段から手を抜いている不真面目な訓練生で、落ち零れチームのフォロー役』だとは思わない。

 半月前の一件が無ければ日本支部ですら、星崎佳永依(訓練生)の実態を知る事は無かったのだ。

 その日本支部も星崎佳永依の真実と思惑を知らない。


 能力を隠したまま円満の引退を目指す星崎佳永依と、訓練生が実戦に放り込まれたと言う真実を隠したい日本支部の思惑が、合致した結果だった!


 事前相談すらなく、綺麗なまでに合致した。故に、怪しまれる事も無く、疑われる事も無かった。片方が訓練生だった事も多大に影響している。

 ここまで来ると、もはや『奇跡的』と称するしかない。

 

 

 面会終了から一時間後。

 支部長の執務室に呼び出された日本支部幹部達は面会時の顛末を聞き、額か鳩尾に手を当てた。手を当てていないのは佐久間に同行した三名のみ。

 佐久間が期待した通りの結末に終わった事は喜ばしいが、他支部を思うと素直に喜べない、と言った感じだ。

「さて、他支部が混乱している今の内に色々と決めるとしよう」

 佐久間の台詞に、数名の幹部が『鬼か』と言わんばかりの視線を向けた。口にしないだけマシとも言う。

 幹部から向けられた視線を全て無視して佐久間は口を開き、決定事項を述べる。

「五日後に星崎を訓練学校に戻すが、佐々木中佐が搭乗する戦艦でガーベラと大体の修理が六割方完了したアリウムと一緒に移動して貰う。表向きは定期便の予約を取る手間省きと言う事にして置く」

 定期便は各国共用と言う事も在り、チケットが非常に取り難い。希望日時のチケットを入手するのなら、最低でも十日以上前から準備するのが通例だ。以前、星崎が十二時間後に出発する定期便のチケットを入手出来たのは、偶然にもキャンセルが発生したからだった。

「軌道衛星基地にて、星崎が乗る事を前提としたガーベラの微調整を行う。表向きは手伝いだ。微調整終了後に地球に降ろし、訓練学校に戻す」

 佐久間はここで、口を閉ざした。

 幹部達が己の発言を理解したのかを確認するように見回して、再び口を開いた。

「今になって思い出したが、訓練学校はそろそろ夏休みを迎えるな」

 世間話をするように、佐久間はそんな事を言いだした。

 急な話題転換に誰一人として驚かない。嵐の前の静けさを感じ取り、面倒事の直撃を避ける為に、誰もが貝になった。

「星崎は月面基地(ここ)にいて、期末試験を受けていないな。色々と巻き込んだから多少の報酬が有っても良いだろう。これから受ける期末試験の平均九十五点以上だったら、林間学校免除とする。高城教官。星崎にそう伝えてくれ」

「分かりましたが、……本っ当に、よろしいのですか?」

 佐久間の思いもよらない発言に、高城教官は『教師として』の確認を取る。

「今回に限りだ。それに、飛び級卒業が確定しているのだ。成績の良し悪しの把握はした方が良いだろう?」

「飛び級させても問題無い程度に学業を修めているか見る、と言う意味で合っていますか?」

 現代では、義務教育範囲の一般教養を中学三年生の夏までに学び終える。一般の学校ならば夏休み中に今後の進路を決めるのだが、訓練学校は中高一貫校なのでその必要は無い。高等部では英語の授業と軍事規律を始めとした事を学ぶ。星崎はその都度教える事になるだろう。

「そんなところだ。佐々木中佐から、面白い報告を貰ったからな」

 佐久間の発言に、『どんな報告をしたんだ?』と室内にいた全員の視線が佐々木中佐に集まる。

「全員知っているだろうが、俺はガーベラに搭乗した星崎と模擬戦を行った。その際に感じた事を支部長に報告した」

 彼が星崎と模擬戦をして感じた事。支部長に報告する程の事なのかと疑問に思いつつ、皆続きの言葉を待った。

「俺が星崎と模擬戦をする事を決めた理由は、星崎が大人へ不信感を本当に抱いているのかを見る為だ。食事時に観察したがそのような態度が見られなかったが、高城が言うには模擬戦をすれば解ると言われた。初めは互いにキンレンカに搭乗して行う予定だったが、支部長よりガーベラの戦闘データを取りたいと要望を受け、搭乗する機体をガーベラとナスタチウムに変更した」

 何故、戦闘データ収集の方がおまけ扱いなのかと、井上中佐と同じ疑問を抱き顔に出ていたが誰一人口にしなかった。

「判明した事の一つに、『普段から手を抜いている』が挙げられる。俺の技量を完全に見切って、ギリギリ下になる程度に手を抜かれた。この手抜き加減が実に見事でな、俺も五回以上も鍔迫り合ってやっと判った」

 破顔一笑しての報告だったが、余りの内容に流石の幹部達でも理解するのに時間が掛かった。

「佐々木中佐の報告を聞き、星崎の座学関係の成績を調べた。平均点の上下に関わらず、常に八十点前後の点数を維持していた。誤差も五点以内。ここまで来ると逆に器用過ぎる」

 佐久間から補足が入り、幹部一同は渋い顔になった。同時に『そこまでするのか?』を疑問が顔に出る。

「星崎はどう言う訳か、常に『実力を隠す立ち回り』をしている。隠し方が実に巧妙でな、証拠は無いが、座学も手を抜いている可能性が有ると踏んでいる」

「では、先の林間学校免除の条件は、手抜きをしているか見る為ですか?」

「そうだ。全ての科目で常に八十点前後の点数しか取っていない生徒が、ネイティブスピーカーと変わらない英語を喋る。おかしいと思わなかったか?」

 言われれば、確かにおかしい。

 防衛軍の公用語が英語になっている事から、訓練学校でも英語の授業には力が入れられている。余程、英語が得意でもない限り、あそこまで流暢に英語を操れるものなのか。日本支部正規兵の訓練学校の卒業生の中には、六年間訓練学校に通っても、たどたどしい日常会話しか喋れないものもいる。日本支部の基地内では日本語が使われている為、困る事は無い。

 それを考慮すると、二年強の勉強期間で完璧なのは逆に異常だ。他支部との会話に、違和感無く混ざっていた事も在り、誰も疑問にすら思わなかった。

「最も違和感を覚えたのは、星崎とフランス兵の通信だ。『戦闘中に公用語を使う余裕が有るのか』とな。星崎も公用語で会話をしたと言っていなかったしな」

 見落としていた事実に幹部達は唖然とした。

「イタリア支部とのリアルタイム通信も、私に合わせて途中から英語を使用していた。一時間前の面会時も難なく英語を使っていたな」

 余りにも自然に使用されていた為、誰も疑問に思わなかった。周りに合わせて使用されていたので、不自然さも無かった。

「英語のみで、この完璧っぷりだ。全ての科目で手を抜いているのは確かだ。更に、実技においても手を抜いている。フォロー役をやっていたとは言え。訓練時と実戦時で動きが全く違うからな」

 佐久間の言葉に、星崎の演習時と実戦時の映像を見比べた事のある佐々木中佐を始めとした幹部は『確かに』と納得の表情をした。

 納得の行かない幹部は当然いるが、『映像を見比べて見ろ。一目瞭然だ』と提案されて黙る。

「時間は有限だ。他の案件もサクサク決めるとしようか」

 佐久間は手を叩き、場の空気を換えるついでに己に意識を集めた。その内心では『他の案件も殆ど星崎絡みだがな』と独り言ちた。

 そして、始まった会議は何度か紛糾したが、佐久間がどうにか終了させた。



 殆どの幹部が疲労困憊の状態で部屋に帰ったのは言うまでも無い。高城教官に至っては市販の胃薬と頭痛薬を飲んだが組み合わせが悪かったのか、吐いて丸一日医務室のお世話になった。

 色々と仕事を終えた佐久間は日生を連れて、早々に軌道衛星基地へ移動した。避難したとも言う。 

 

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