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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
再会と出会い 西暦3147年11月

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眠気が飛ぶ変化

 朝。欠伸を噛み殺しながら廊下を歩く。七時に起きて顔を洗うも、疲労が溜まっていたのか眠気が残っている。

 この調子では、朝食の前に濃い目のコーヒーを飲んで眠気を覚まさないと仕事にならない。

 食堂への道を歩きながらそんな事を考える。だが、一足先に食堂で朝食を取っていた松永大佐を見て、驚きの余り眠気が飛んだ。

 朝の挨拶をしながら、もう一度、松永大佐の髪型を確認する。

 先ず、全体的に髪の長さが短い。特徴的だった脇の髪が無くなっている。

 脇の髪が無くなった事で、おかっぱから短髪へ、髪型がショートヘアに変わっている! 髪型が変わっただけで松永大佐が男っぽく見える。不思議な感覚だ。

「星崎、そこまで驚く事か?」

 目を丸くして驚いていると、松永大佐から不満の声が上がった。よく見ると、松永大佐の口元が痙攣している。心外な事に、どうやら自分は驚かないと思われていた模様。解せぬ。

「いえ、作戦開始前だったら解ります。作戦終了後に断髪する意味は、何ですか?」

「色々と区切りが付いたから、気分変えとして切っただけだ。鏡を見ながら自分で切ったが、時間がある時に、飯島大佐に頼んで調整して貰う」

 基地内に散髪屋が出店しているのに、髪の切り揃える事を飯島大佐に頼るのか。

「カットしてくれるお店は、基地内に在りますよ?」

「あそこは利用出来ん。日中に利用するとスタッフが煩いし、遅い時間には開いていない」

「……そうですか」

 松永大佐が自分で髪を切っている理由の一端が何となく見えた。

 そうか。利用した事は無いが、基地内の散髪屋に女性スタッフがいるのか。んで、誰が松永大佐の担当するかで、スタッフが揉めると。

 本当に松永大佐って、変なところで苦労しているんだね。

「散髪で思い出したが、星崎は髪を切らないのか?」

「髪を切って貰うのに慣れていないのと、一つにしないと髪が広がりやすいので切れないです」

 心の中で『定期的に髪を切るのが面倒臭い』と付け加える。髪が伸びるのは自然現象だし、髪の長さを短いままで維持するには、定期的に切る必要が有る。

 鋏を持った人間が後ろに立つ事にトラウマが有る身としては、散髪屋に行くのはハードルが高い。故に、髪は伸ばしたままにしている。

 それでも、毛先十センチ程度はたまにに切っている。毛先は痛みやすいからね。

 散髪に行かない理由を告げると、松永大佐は『お前もか』みたいな顔をした。

 微妙な沈黙が下りた。仕切り直しとして、一言断りを入れてから朝食を取りにカウンターへ向かう。松永大佐の過去に何が起きたか知らないけど、『苦労人だなぁ』としか言葉が浮かんで来ない。

 朝食を手に戻り、松永大佐の正面に座ると今日の業務連絡を貰った。

「佐久間支部長が今日の昼過ぎに、ツクヨミに戻って来る。だが、佐久間支部長でなければ決裁出来ない書類が溜まっている。佐久間支部長にはそちらを優先的に処理して貰う。直接見せながらの説明の方が良いだろうから、演習場に置いている物品の報告は十八時以降に行う。今日もそれまでは、次の定例会議で使う資料作成を行ってくれ」

「分かりました」

 返事を返しながら荷物の中身を思い返す。

 そう言えば、荷物の中に端末が混ざっていた。報告書にしない方が良いかもしれないな。特に、転移門とか。それに、大林少佐に手伝って欲しい事も有る。

 今日の業務終了後の方が何かと都合が良いと、改めて結論を出し朝食を食べる事に専念した。



 そして、松永大佐の髪は昼食時にやって来た飯島大佐(松永大佐を見て少し驚いていた)の手で丁寧に散髪し直された。散髪は空き部屋で行われたが、松永大佐の髪を切る手つきが妙に手馴れていたので、飯島大佐が母親みたいに見えた。

 今になって思うが、松永大佐は自分に散髪を依頼しなかった。女性スタッフとのトラブルが原因による、トラウマか?

 真相は闇の中だ。 

 十五時の休憩時に、ドイツ副支部長から届いたお茶菓子を食べた。ドイツのお菓子と聞いて、バウムクーヘンとシュトレンを思い浮かべたが、知っているものと知らないものが届いた。

 現在の日付が十一月に入ったばかりだからと言う事で、クリスマスの時期に販売されるシュトレンとレープクーヘン(見た目は一口サイズの丸いクッキー)の季節限定のお菓子二種類。

 バウムクーヘン、マルチパン(見た目は一口サイズの丸パン)、シュペクラティウス(見た目は型抜きクッキー)、シュネーバル(見た目はスノーボールクッキーに似ている)、アプフェルシュトゥルーデル(見た目はカットされたロールパイ)などのお菓子が箱に入っていた。

 シュトレンとバウムクーヘンしか知らなかったのでちょっと新鮮だ。

 付属の説明書を読みながら、松永大佐と一緒に頂いた。大量に届いたので明日も食べる。松永大佐の判断で、支部長には分けないらしい。



 時間は流れて十八時半。

 支部長と一条大将と大林少佐の三名が、試験運用隊が保有する演習場にやって来た。

 昨日と同じく、飯島大佐と中佐コンビも来ている。今日分の仕事を終わらせた松永大佐は演習場の管理者として同席している。飯島大佐以外の五人も、松永大佐の髪が短くなった事に驚いていた。一体何年あの髪型を維持していたんだろう。

 疑問はさて置き、昨日いなかった三人は演習場に置いて在る、非常に不釣り合いな物品の数々を見て怪訝な表情を浮かべて、演習場に馴染んでいるようで場違い感を放つオニキスに視線を移した。

 飯島大佐もオニキスに注目していたが、それは支部長も同じだった。

「う~む。色々と聞きたいが、今月の定例会議まで待ってと言った私が破る訳には行かない。星崎、質問のリストを作って渡すから定例会議の日に提出してくれ」

 支部長の台詞を聞き、質問したかったと思しき他の六人の視線が鋭くなる。

「私の質問と重複している可能性が有る。当日に見る資料と私から見た疑問の回答で、質問の数が減るかも知れない。時間は有限だから、有効に活用しよう……ね?」

 支部長。『ね?』じゃないと思うんだけど。

 微妙な空気が漂い始めたので、払拭する為にも届いた品(私物含む)の扱いについて尋ねた。

 回答は『次の定例会議で決める』だった。

 個数に限りが有るから、話し合って決めるのは良い事だ。ただし、話し合いは『肉体言語』ではなく、キチンとした『言葉』で行われて欲しい。

 でも不思議な事に、支部長だけは無傷で逃走している姿しか思い浮かばない。同様に松永大佐も笑顔で無事な姿しか想像出来ない。何故でしょうね?

 届いた私物は一度松永大佐に見せたあとでなら、使用して良いとの事だった。

 支部長は木製のコンテナをマジマジと観察してから呟く。

「それにしても、……何故、木製のコンテナに入っているんだ?」

「恐らくですが、金属加工技術を見せたくないだけかと」

 確かに、向こうの宇宙の金属加工技術は地球の技術とは比べ物にならないぐらいに発達している。

 しかし、技術を見せたくないと言う理由だけで、『木製』のコンテナを用意する事はしない。

 理由の一つである可能性も高いが……、これは自分への対策だろう。 

 要するに『コンテナの材料で変なものを作られたら困る!』って事だ。同時に『無断で変なものを作るな』と言う、セタリアからの忠告的な意味も含まれている。

 実際に何かを作る時は、セタリアに一報入れれば良いな。

 心の中で対策を決めてから変な質問を受ける前に、自分の回答に首を傾げて顔を見合わせている大人組の中の一人、大林少佐に声を掛ける。

「大林少佐。十分だけの暇な時間は作れますか?」

「十分? 構わないけど、何か手伝って欲しいの?」

 よっしゃ。大林少佐から言質が取れた。同時に他の大人組の気を引く事に成功した自分は、端末からクローゼットを取り出し簡単に説明する。

 虚空からクローゼットが登場する光景を見た支部長が大口を開けて驚いた。一条大将は口を横に開いて固まり、大林少佐は『えっ?』と声を上げて動きを止めた。仕舞う様子を見ていた残りの面々も顔が引き攣る。

 クローゼット内に『試着するように』と書かれた張り紙と、向こうの衣装が入っていた事を説明し、『一人で着るのがちょっと大変だから手を借りたい』と大林少佐に改めてお願いした。

 大林少佐は『向こうの衣装が見れるの!? 一時間でも二時間でも手伝うわよ』と目を輝かせた。

「試着って、何を着るんだ?」

「式典用の服です」

 大林少佐とは対照的な事に、残りの男性陣は衣装類に興味が無い模様。身嗜みは整えても、ファッションに気を遣いそうな面々では無いからね。質問して来た一条大将ですら、式典用の服と回答したら興味を失った。

 クローゼットを端末の収納機に仕舞い、興味津々の大林少佐を連れて試着の為に自室へ向かった。



 結論から言うと、問題無く着れた。ただし、体格が合わないのか、少し空間が出来た。ベルトで締めれば良いので問題は無い。

 でも、余りにも豪華な衣装だったので手伝ってくれた大林少佐がちょっと引いていた。更にクローゼットのドレスを見て、大林少佐の顔は引き攣った。

 向こうで仕立てたドレスだから、一着で豪邸が二軒も買える。服の金額は言わない方が良いな。

 大林少佐の希望でドレスも着たけど、ウエスト辺りは少し詰めないと駄目だった。靴と手袋のサイズは少し大きい程度だったけど問題無く着用出来た。

 実際に着る日が来ない事を祈るばかりだ。

 大林少佐からの感想は『随分と派手ね』と短かった。派手と言うか、金が掛かっているだけだよ。

 この衣装を作る前、自分は『もう少し質素で良い』と何度も言ったんだけど、流石に式典と祭典で着用するものだからと却下された。着用する人物の意見が全く反映されなかった衣装だ。

 試着した衣装をクローゼットに戻し、端末に仕舞う。これでセタリアと通信出来る。

「ねぇ星崎。その端末の表記文字は変更可能なの?」

「日本語表示は無理ですが、可能ですよ。向こうの宇宙で使用されている言語は地球と同じぐらいに多いので、必然的に端末でも表記可能な言語が増えたって感じです。昔は広域語と言う、地球で言うところの英語と同じ扱いを受けていた言語だけでした」

「広域語?」

「大昔に使用されていた統一言語です。過去に統一言語として扱われていたからか、現在でも使用されている地域数が多く、多国語が使えなくても広域語が使えれば海外旅行をしても意思疎通に困らない。そんな扱いの言語です」

「ふぅん。確かに英語みたいな扱いね。その広域語の勉強って難しいの?」

「英語に比べれば簡単ですよ」

「そうなの? 何か意外ね」

 大林少佐が目を丸くした。

 比較対象が英語なので簡単に思えてしまうけど、広域語もそれなりの難易度を誇る。日本語並みの自由度を誇る言語なので、一部からは『英語の方が簡単だ』と思われるかもしれない。

 それにしても端末の文字を気にするって事は、大林少佐も端末が欲しいのかな? でも、五つしかないんだよね。追加で何個か送って貰おうかな?

「大林少佐、端末に興味が有るのですか?」

「端末よりも、収納機能に興味が有るわね。ある程度の情報管理はスマホで十分だけど、荷物に関してはウエストポーチに入るような小さいものしか持ち運べないから、端末の収納機能が羨ましいわ」

 大林少佐の言い分は解らなくもないので頷いた。

 

 現代のスマホは空中ディスプレイと空中タッチパネルの投影とかも可能なのだ。画面の大きさと誤タッチから解放されている。

 代わりに、空中ディスプレイは周辺の人にも画面の内容が見えてしまう、個人情報の扱いに関する欠点が存在する。

 個人情報を気にする人は画面が小さいままで使用する。もしくは、空中ディスプレイを使用する為だけに、トイレの個室のような周囲が壁で囲まれている小さい部屋へ移動している。

 技術が進歩しても良し悪しは残るんだね。

 戦闘機にも空中ディスプレイと空中タッチパネルは導入されているけど、戦闘中に使う機会は無い。戦闘中では、確実に押したかどうか手応えが無いから判らないし、何より視線を外す事が出来ない。結果として搭乗したままでの待機中にしか使用しなくなった。


 向こうの宇宙では端末と収納機は一体化しており、別々に分かれていない。分けるにしても『収納から出し入れする操作』が必要になってしまい、分ける必要性が無くなってしまった。

 自分が保有する道具入れを作っても良いが、作れるのも使えるのも自分だけだ。音声操作式にすれば自分以外の人でも使えるが、作れるのは自分だけだ。

 セタリアに音声操作式の収納機の有無を聞いてみるか。端末が存在するから、誰かが面白半分で作って広めても、すぐに淘汰されて残っていない可能性が高い。それでも、聞いてみる価値は有るだろう。

 階下へ移動しながら端末の操作と広域語について大林少佐と簡単に話し、食堂の前で別れた。

 食堂には松永大佐だけがいた。飯島大佐と中佐コンビは次の定例会議で使う書類や資料を作る為に帰ったそうだ。

 夕食を食べながら、松永大佐から会議前日の六日までの予定を教えて貰う。

「縁日モドキは六日からなんですか?」

「そうだ。八日まで行われるが、定例会議の期間は九日までだ。購買部で何かを買うのなら四日までが良いな。四日以降は混雑するが、それでも深夜に利用した方が空いているな」

「購買部って何時まで開いていましたっけ?」

「購買部は二十三時半まで開いていた筈だが……。そう言えば、星崎はツクヨミ内で訓練学校の卒業生と会ったか?」

 松永大佐に問われて、記憶を探った。今になって気づいたが、一度も会っていない。仮に遭遇しても、顔を知っているのは一昨年度と去年度の卒業生だけだ。

「一度も会っていませんね」

「なら良いが、仮に会ったら『選抜クラスの授業でいる』とだけ言っておけ。階級は『トラブルを避ける為だ』と言う事にして置け」

「分かりました」

 遭遇した時の対応について考えた事が無かったので素直に頷いた。

 そこで話が途切れ、沈黙が下りる。夕食を食べながら、連絡事項は無いか考えて……あ、連絡。

「松永大佐。明日のお昼にセタリアに連絡を入れたいので、許可を頂いても良いですか?」

「許可云々以前に、今になって何を連絡するつもりだ?」

 松永大佐が怪訝そうな表情を浮かべた。

 あれ? 転移門を破壊した時にセタリアから通信が来て、その時に少し話したんだけど、もしかして覚えていないのか? それとも、自分が報告し忘れたのか。

 確認の為に、転移門を破壊したあとの出来事を松永大佐に説明した。説明ついでに、録画していたセタリアとの通信内容も見せた。

 すると、セタリアと通信していた辺りでは、松永大佐はまだ起きていた事が判明した。そして、痛恨のミスが発覚し、セタリアとの通信内容の報告をしていなかった。

 確かに、治療を受けた松永大佐に目を覚ますまでの経緯は話した。そこにセタリアとの通信内容が入っていなかっただけだった。

「いや、私も星崎が条件達成の知らせを受けているものだと思っていた。そもそも、あの場で確認を取らずに寝入ってしまった私も悪い」

「鎮痛剤を二本も使って、起きていられるのですか?」

「……それは、どうだろうな」

 真顔になって質問をしたら、松永大佐は自分から目を逸らした。

 出来ないんですか、そうですか。そんな事を思いながら松永大佐を見た。気まずくなったのか、松永大佐は仕切り直すように咳払いをした。

「んんっ、ところで何故連絡をするんだ?」

「少し落ち着いたら連絡が欲しいと、セタリアから言われたんです。通信はオニキスの収納機に詰め込まれていたものの確認をしてからと決めていました。昨日確認した時、クローゼットの内側に『試着お願い』の張り紙を見つけたので予定を伸ばしました。通信が無理なら、メールを送るだけにします」

「そこまで気にしなくても良い。佐久間支部長が同席したがるかは不明だが、私の方から佐久間支部長へ連絡を入れる。向こうにメールを送るとしても、明日にするんだろう?」

「予定ではそうですね。ついでに私が持っている情報の開示許可も取ろうかと思っています」

 松永大佐に送るメールの内容を教えた。内容の詳細を聞いた松永大佐は一度頷いた。

「それなら、メールを送る時間を明日の夕方に変更してくれ。それまでに、佐久間支部長と一条大将の予定の調整も行う」

 明日の夕方まで、約二十時間程度の余裕が残っている。でも、支部長と一条大将の仕事の量を考えると、一日いや、二日時間を伸ばそうかな? 

 でも、次の定例会議までの日数を考えると残り五日しかない。それに、もう一つの転移門がどうなったのかも聞きたいだけど、どうしようかな。

 会議を待たずして支部長と一条大将が過労で倒れる姿を幻視した。

「……松永大佐。やっぱりメールの送信は定例会議の日まで伸ばします」

「星崎。会議は三日も行われるんだ。気にしなくて良い」

「過労で倒れる人は出ないんですか?」

「過労ごときで倒れる軟弱な人間では、軍事組織の幹部は務まらん」

 松永大佐はにっこりと笑顔を浮かべた。過労『ごとき』じゃないと思う。

 波乱の気配を感じ取り、過労死する人が出ない事を切実に祈った。

 せめてもの義務(気遣いか?)で、支部長に直接言う事で松永大佐の言葉に同意した。


  

 夕食後。松永大佐と一緒に支部長の許へ向かった。事前に連絡を一報入れてから行ったよ。流石に一条大将と大林少佐はいない。室内には支部長と松永大佐と自分の三人だけがいる。

 連絡を受けた事の報告し忘れで怒られるかと思ったが、セタリアと連絡を取る機会が誕生した事に気を取られたのか、支部長からお小言一つ貰わなかった。

「丁度良い! 実は聞きたい事が出来たんだ!」

 何故か支部長が喜んでいる。一体何が起きたのか。

 支部長からの説明によると、つい先程、他の全支部からアゲラタムの操縦方法の開示を要求された。要求に応じて開示する前に、セタリアから許可を取りたかったのかな?

 拾ったものは好きにして良いと、セタリアが言っていた筈だが……何か裏が有りそうだ。

 自分の予想通り、支部長には他支部の要求に応えて、素直に開示する意思が見られない。どうにかして逃げ切るつもりなのか、松永大佐と自分も支部長から意見を求められた。

 自分の頭では簡単な事しか思い浮かばない。松永大佐は不開示に賛同派なのか『過去の事を持ち出して拒めば良い』と言い出す始末だ。支部長から幾つかの確認を取ってから考えるか。

「支部長。日本支部以外の全ての支部が一致団結しているのですか?」

「そうだ。酷いとは思わないか? 普段は利権とかで揉めているのに、利害が一致した時にだけ団結するんだぞ。ここまで来ると『副支部長だけを集めた会議』を開催した方が防衛軍の為になる」

 ふむふむと頷いた。だったら使えそうだな。

「そこまで一致団結しているのであれば、私なら日本支部以外の支部だけで、詳細に至るまでの全てを、話し合いで決めて貰います」

「星崎、それは実現不可能だが、何を思い付いたんだ?」

 一致団結しているのに、話し合いで決めるのは無理なのか。でも、支部長の即答振りを考えると、これで行けると思う。

「はい。先ずは会議の場所と開催日と期間を決めて貰います」

「開催場所で躓きそうだが、全ての会議を月面基地で行うと仮定するか。大体の会議は月面基地で行われているしな。けど、開催日と開催期間を決めるだけで揉め倒すぞ。最低でも、十日は掛かるな」

「それならこちらで、『決定に掛かる日数』を指定した方が良いでしょう。最初に会議の開催日と期間を決めて貰います。最終的な決定の『期限』もこちらで決めてしまいましょう。期限を越えたら突っぱねます。期限延長の交渉は『一度だけ』にしましょう。次に、操縦方法の開示は日本支部で訓練を行うと仮定します」

「マニュアルは作成したが、アレは日本支部の極秘資料だから公開はしない。訓練は自動的にツクヨミか月面基地の日本支部の区画で行う事になるねー。……で?」

「日本支部で受け入れる人数をこちらで指定します。現在使用可能な機体は少ないので、受け入れ可能な最大人数は八人までになります」

「待て。そこは六人、いや、五人だな。最大で五人と仮定しろ」

「分かりました。では、最大五人と仮定します。そして、受け入れ人数を、一支部五人、二支部四人、三支部三人、四支部四人、五支部五人の、五種類の中のどれか一つを、会議で話し合って選んで貰います。訓練期間は一ヶ月も経験すれば大体形になります。実戦で搭乗する場合は、模擬戦を重ねて貰う必要が有りますが、それは各支部に戻ってからでも可能なので、日本支部で行うのは基礎だけです。基本的な操縦を覚えるだけなら半月で良いでしょう。松永大佐達が一ヶ月以内で操縦をほぼものにして実戦で活躍した前例が在りますので、時間延長の交渉は無しにします」

「何となく解って来たぞ。つまり、こちらで期限を設けて、決めて欲しい事を開示し、『あとはそっちで話し合って決めろ』と丸投げするのか」

「簡単に纏めるとそうですね」

「年内、いや、『今月中に決めろ』と向こうに丸投げすれば、上手く逃げ切れそうだな。期限を設ける理由はアゲラタムの小隊を新規で設立する為とでも言えば良い。研究を兼ねた試験的な設立だから文句は言わせん。今月の定例会議でも少し触れるつもりだったしな」

 何故か支部長がウキウキとし始めた。松永大佐はそんな支部長を冷めた目で見ている。

「佐久間支部長。無理があるのではないでしょうか?」

「松永大佐、何を言い出すんだ。人員の選出に時間が掛かるのは当然だろう。それに、今の日本支部に一体何を対価に交渉を行うつもりなんだ?」

「……それもそうですね」

「だろう? 交渉の対価になりそうなものが残っているか怪しいしな」

 大人二人が何やら頷き合っている。何か聞いてはいけない事を聞いた気がするんだが、気のせいか?

「一条大将と軽く詳細を詰めてこれで回答すれば良いな。さて、星崎は明日の夕方にかの皇帝に連絡を入れると言ったな。改めて聞くが、今になって何の連絡を入れるんだ?」

「転移門を破壊した直後に受けたセタリアからの通信で、『少し落ち着いたら連絡が欲しい』と言われました。月面基地に到着した時でも良かったのですが、オニキスの収納機に覚えのないものが大量に入っていて、それの確認をしてからの方が二度手間にならないと判断しました」

「その確認が終わったから、連絡を入れるのか」

「はい。その通りです」

 個人的な事だが、流石に一人で着られない服の試着は難しい。

 セタリアとの通信を行うか否かを個人的な理由で決めているが、支部長はその事に関して何も言わない。腕を組んで数秒唸り、支部長は考えを纏めた。

「元々、ルピナス帝国との接触は星崎を間に挟まないと色々と難しい。解らない事、知らない事ばかりだから、腹芸をしても読まれている気がして胃が痛くなるんだよなぁ」

 そんな事を言ってから支部長は胃の辺りを擦った。

 嘆く支部長に残念なお知らせがある。教えたけど忘れているっぽいな。

「支部長。その内セタリアと一対一で対話をする日が来ますよ。人間だけが通れる小型転移門も荷物に混ざっていたので、誰か派遣されるかもしれませんね」

「胃痛がするような事を言わないでくれ……」

 思い出さないようにしていたのか。支部長の口からため息が漏れた。

「現時点でルピナス帝国に確認を取りたい事はアゲラタムぐらいだが、通信には同席したい。明日の二十時頃に、松永大佐と一緒に来てくれ」

「「分かりました」」

 返した言葉は松永大佐とハモらせてから思う。

 トラブルの匂いがするけど、連絡を取っては駄目と言われなくて良かった。

 支部長からの質問リストを貰ってから、松永大佐と一緒に退室した。

 今日の仕事は終わっている。支部長から受け取った質問リストは……一度、食堂で目を通してから、隊長室の机の上に置くか。

 松永大佐は『明日の仕事を少し終わらせる』と言った。

 隊長室前で自分は食堂へ向かおうとしたが、松永大佐に『目を通すのは明日にしろ』と質問リストを取り上げられてしまった。

「今日はもう休め。明日から忙しくなる」

 その言葉を残して、松永大佐の姿は隊長室へ消えた。

 現在時刻は、まだ二十一時にすらなっていない。小学生のような扱いだ。年齢的には中学生だが。

 やる事が無いので部屋に戻って、言われた通りにシャワーを浴びてから休む事にした。

 早めに起きて行動した方が、何も言われずに済みそうだ。

 朝に感じた疲労が残っていたのか、ベッドに入ったらあっと言う間に眠ってしまった。

お読みいただきありがとうございます。

誤字脱字報告ありがとうございます。

二部開始です。

ドイツ副支部長から貰ったお菓子はネットで検索しました。検索時に見た写真は沢山ありましたが、お菓子の外見は見つけた写真を参考にしました。

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