防衛軍全体会議 ~佐久間視点~
月面基地内時刻で九時になった頃。
共用大会議室に、防衛軍の長官と各支部の支部長が勢揃いしていた。各支部長の背後には、側近らしき人物が数人いた。
それは日本支部の佐久間も同様だが、他支部との違いはロシア支部の代表者がいる事だ。
長官より作戦成功の労いの演説が始まる。それが終われば、会議が始まると同時に各支部長は口を揃えて『何故、ロシア支部の人間がここにいる』と騒ぎ始めた。作戦開始前にもゲルト大佐を同行させて説明したのに、彼らは忘れてしまったのか。
佐久間は『忘れているのかもしれないが、彼らの所属がまだ日本支部のまま』だと、説明して黙らせる。忘れていると強調して言ったからか、皆一斉に口を噤んだ。
議長を兼任する長官に『会議で決めるべき事を決めよう』と提案する。長くなりそうな議論は終わったら幾らでも出来ると主張して、会議を進めさせた。
……胃薬を事前に飲んで来て正解だったな。
開始早々に会議が『このザマ』では先が思いやられる。毎回こんな感じだけど、本当に軍事に関して勉強をしない政治家って面倒だね。
佐久間は左手で鳩尾の辺りを擦りながら、会議に臨んだ。
最優先で決める事。それは今後の防衛軍の在り方だ。
目下最大の危機が去った。
次に起きると想定される事は、防衛軍内での身内争いだ。目の前の危機が去り、当面の安心を得た以上、醜い権力争いと内輪揉めを想定するのは致し方ない。
佐久間の推測通りに、会議は紛糾した。
今回の作戦の最功労者を考えると、作戦に支部で参加した三つの支部、日本・アメリカ・イギリスの三つの支部が他の支部より一歩、発言力を強めた形になる。
戦力の派遣だけでは影響力が小さかったと判断した、作戦に支部で参加しなかったところは、少しでもこの三つの支部の力を削ぐ事に注力している。
『こんな事で一致団結しなくても良いのに……』と佐久間は内心で愚痴った。その団結力を、もっと別のところで発揮して欲しいと付け足し、佐久間はロシア支部の処遇について参加者達に尋ねた。
代表者とは言え、今回のロシア支部の働きは大きかった。勿論、戦力の穴埋めとしての意味だ。ロシア支部の一部の面々が参加した事により、戦力は予定よりも増えた。それだけで無く、旗色が悪くなった時も、積極的に殿を務めていた。
ロシア支部の復帰を認める声が上がり、反対の声が上がらず、議論も無く、全支部賛成で決議された。決議内容を聞き、佐久間の後ろにいた三人が立ち上がり、会議の参加者に向かって一礼した。
ロシア支部の褒賞の話になったからか。
厄介だった銀色の敵機と交戦し、戦闘空域から追い出したガーベラに話題が移った。当然のように、パイロットに褒賞は出したのかと質問を受ける。
佐久間的には触れられたくない話題だが、準備済みなので狼狽える必要は無い。寧ろ、聞きに来てくれて助かった。
『功労に対して、今回に限り特別褒賞を出す事にした』
佐久間が短く回答すると、会議参加者の視線が佐久間に集中した。皆興味津々で、一条大将の思い付きが良い方向に転がっている。
『ほほう。ガーベラのパイロットに特別褒賞を出す事にしたのか』
『私の一存で専属パイロットにしたからな。本人に直接聞いた』
『……それで、ガーベラのパイロットは褒賞に何を望んだのだ? 昇進か?』
佐久間はもったい付けて、懐から一通の封筒を取り出し、他の支部長達に見せつけた。昨日、大林少佐が代筆した褒賞の内容が書かれた紙が入っている封筒だ。
『直接尋ねてもすぐに回答出来ないと判断して、本人が望む事を紙に書いて提出して貰った』
『何と書いて在るのだ?』
『実は、私もまだ読んでいなくてね。本日行われる会議で読み上げようと思っていた』
『何だと!?』
会議室内が一気に騒めいた。腰を浮かせたものもチラホラと見える。
希望する褒賞の内容が『他支部に移籍したい』とかそんな内容か、それに準じる内容だったら、幾ら支部長でも撤回は不可能と思われているのを、佐久間は肌で感じ取った。そんな他支部にとって都合の良い展開は起きないと、佐久間は確信している。だって『あの』星崎がそんな事を言ったりはしない。
『ふむ。その様子だと、内容によっては褒賞の協力をしてくれるのかね?』
『内容によっては、協力するのも吝かでは無いな』
防衛軍長官から言質を取った佐久間は、顔がにやけないように表情筋に力を入れた。
佐久間は未開封である事を参加者に見せてから、封筒をゆっくりと開封して、一枚の紙を取り出す。
「あ~、そう来たか……」
そして紙の文面を読んで希望する褒賞の内容を知り、思わず日本語で声が漏れた。
読み上げろと急かす声に応える為に、佐久間は立ち上がってから読み上げた。
『今後一切、退役以降も、顔出しNG、名出しNGでお願いします』
希望する褒賞の内容を知り、会議室に重い沈黙が下りた。理解するのに時間が掛かっている。
御輿に担ぎ上げようとした本人から、『死んでも表に出たくない』と拒否された上に、それが望む褒美。まさかの内容だったが、本人らしい希望だった。
『私の目の前で書かれていた内容がこれだ。ああ、日本語が読めるのなら、見せても良いぞ。希望者はいるかね?』
数名がこちらにやって来て、佐久間の手から引っ手繰るようにして手紙を取り、内容に相違が無い事を知って天を仰いだ。
佐久間としては『訓練学校に戻りたい』とか、『パイロットを辞めたい』とか、そう言った類の内容でなければ叶えようと考えていた。
流石にコレは想像していなかった。相変わらず、想像の斜め上を行く少女だった。大林少佐が『これで良いのか?』と確認を取った時点で、佐久間にとっても予想外な内容である事は確定していた。その時点で佐久間がこうなると考えなかったのは、単純に諦めを付ける為だった。
紙を取り戻した佐久間は室内にいる一同を見てから、皆が忘れていそうな事を言う事にした。
『さて、褒賞の内容は教えたが――協力してくれるんですよね?』
そう言ってから、佐久間は改めて会議の参加者達を見た。誰も彼も、佐久間から目を逸らした。呆れた事に、長官までもが目を逸らした。
このまま押し切って、ガーベラのパイロットが誰なのか、詮索を止めさせてしまおう。
佐久間は色々と言って押し通し、望み通りの結果を得た。
休憩を挟みながら会議は進み、二時間の昼休憩を終えてから再開した会議で、防衛軍の今後の事の殆どが決まった。
決まったと言っても、その内容は非常に曖昧だ。
更なる脅威に備えた技術の開発と訓練、人員の確保、支部間の協力体制の構築、久しく行われていなかった支部間の交流会の再開と、この四つの他に諸々の事が大雑把に決められた。
佐久間はこの会議で『今後の方向すら決まらない』と考えていたので、ちょっと驚いた。
決めるべき事を決めて会議がだらけた空気になるのかと思いきや、日本支部に再び注目が集まった。
何事かと思えば、作戦を終了させた黒い機体についての問い合わせだった。
これから調査する機体だから質問に回答は出来ない。そう言って他支部からの問い合わせを突っぱねていたが、流石に『入手した経緯』に関する質問の回答は拒否出来なかった。
経緯はどうあれ、入手した機体に関する報告を受けている筈だと考えるのは、報告義務を考えるとある意味当然と言える。
佐久間は少し悩んでから、作戦開始直前になって行ったルピナス帝国との取引の一部を明かす事にした。会議の状況によってはルピナス帝国に関する情報の開示を控える事も考えていたが、黒い機体――オニキスについての説明をするにはルピナス帝国の事を明かさざるを得ない。
情報開示のタイミングを計っていたところで、運良くガーベラのパイロットの詮索の牽制が出来た。これ幸いと予定通りに情報の一部の半分だけを、他支部からの希望通りに開示する。
他支部の希望に沿って情報を開示すると言っても、佐久間は日本支部が糾弾されないように慎重に言葉を選んで情報を開示した。
日本支部は作戦行動中にルピナス帝国から課された課題(特定の機体の指定数撃破)を達成して、ルピナス帝国の指示通りに指定の機体で、作戦で指定の破壊対象物を破壊しただけだと主張する。
破壊対象物が被っていた事も在り、作戦が終了するまで他支部はおろか日本支部でも一部の人間にしか知らない状況だった事も付け加える。
黒い機体は別勢力が保持していたものだった。ルピナス帝国より、指定の機体を強奪し、指定破壊対象物を破壊しろと指示を受けていたと明かす。そして、日本支部は全ての課題を乗り越えたので、今後『接触しても良い』と判断された。
ただし、接触対象はあくまでも『日本支部限定』で、本国や他支部への接触はルピナス帝国が判断すると伝える。
今後の行動次第では他支部にも接触して来るかも知れないと、その可能性を告げる事で不平不満の声を抑える事も忘れない。
それでも不満の声が上がった。そこで佐久間はルピナス帝国が防衛軍の調査を終えている事を明かした。日本支部以外の参加者全員が狼狽えた。中には立ち上がるものまでいた。
……知らない間にそんな調査を受けていたら、流石に驚くか。私も驚いたよ。まぁ、三・一点の評価に泣いたがね。
佐久間は作戦開始前の事を思い出しつつ、次に来る質問内容を予想し回答内容を考えながら、狼狽えた面々が落ち着くまで待った。
会議が終了したのは、月面基地時刻で十八時だった。
佐久間の予想では会議が終了するまでに、二日掛かると考えていた。一日で終わったのは僥倖だ。会議が終了したら『戦後処理が残っている』と言って早々に会議室から去り、執務室に戻った。
ロシア支部の三人は会議の内容を支部に伝える為に、途中で別れたのでここにはいない。
佐久間はロシア支部からの臨時移籍者の所属を元に戻す書類の作成に取り掛かる。
積み上がる書類の山を前にして、佐久間も一瞬『出向にすれば良かったかな』と思ったが、所属の籍を変えなければ色々と文句を言われると判断して、一時移籍に変更した事を思い出す。作戦開始前のロシア支部の扱いが透けて見える。
ツクヨミに帰るチャーター機の準備が終わるまで書類を捌く。
帰る準備が整い次第、佐久間は一条大将と大林少佐を連れてツクヨミへ発った。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
やっと三分の一が終わりました。
エピローグ抜きの、三部構成で終わらせるつもりでいます。
次の登場人物まとめ投稿後に、感想欄の開放を検討しています。
受けそうな質問の回答を可能な限り次に投稿する登場人物まとめに記載します。
二部以降のネタバレになりそうな質問は受けられませんので、仮に受けた際はネタバレになるので回答は控えさせていただきます。
最後になりますが、読んで下さる皆様、誤字脱字報告ありがとうございます。




