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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
作戦と試練 西暦3147年10月後半

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月面基地に帰還

 行きよりも少しゆっくりとした速度で、月面基地に帰って来た。

 月面基地の日付は十月三十日だ。

 日数感覚がおかしくなりそうだが、十月二十六日に作戦が行われて、日付が変わる少し前から六時間後に月面基地へ出発している。つまり、十月の二十七日の六時頃までに出発している事になる。

 行きは二十三日の零時発、二十六日の八時に到着した。移動時間を計算すると、三日と八時間――約八十時間で到着した事になる。

 帰りは二十七日の六時発、三十日の十八時に到着した。移動時間は三日と十二時間――約八十四時間で帰還した事になる。

 四時間の違いしかないけど、四時間は思っている以上に長い。

 月面基地に到着した大体の艦は、各支部が保有する軌道衛星基地に向かう為に補給を行い、早々に軌道衛星基地へ出発する。ここで『大体の艦』と付くのは、事前に作戦の内容を聞いていなかったので知らなかったが、月面基地に駐在していた一部の部隊も作戦に参加していたらしい。

 ちなみに、日本支部に一時移籍扱いのロシア支部の面々は補給が終わり次第、ロシア支部が保有する軌道衛星基地へ移動する。ゲルト大佐はロシア支部代表の一人として動くので、ロシア支部所属の中将二名と月面基地に残るそうだ。

 作戦が終了してから作戦の一部詳細を知り、ちょっと不思議な気分になった。


 

 艦が補給を受け始めると同時に、自分は松永大佐と一緒に月面基地に降り立った。支部長に直接報告を行う為だ。最初は報告書の提出だったが、自分と松永大佐の意見を聞く為に、口頭報告に変わった。

 作戦が成功で終わったからか、月面基地の日本支部区画内の空気は浮ついていた。作戦成功は喜ばしい事だ。空気を読んで水を差すのは止めよう。戦後処理を含めた嫌な現実を知るのは、支部長を含めた上層部の人達だけで良い。

 松永大佐の後ろを、気配を消してくっ付いて歩くこと数分後。

 支部長の執務室に到着した。松永大佐に続いて室内に入ると、室内には支部長を始めとした面々がいた。でも、佐藤大佐と中佐コンビの姿が無い。このまま支部長に報告を行うのかと思ったが、佐藤大佐と中佐コンビが来るまで待つ事になった。

 十数分待ち、中佐コンビがやって来た。更に十分後。佐藤大佐がついに来た。

 参加者が揃った事を確認してから、支部長が口を開いた。

 作戦の成功を労う言葉から始まり、日本支部に来ている問い合わせの内容について語られて、自分と松永大佐に報告を求められた。

 支部長から求められた報告内容はオニキスを受け取った経緯だ。

 一文に纏めると『決闘して勝ち、向こうの臨時前線基地に案内して貰い、そこで機体を乗り換えた』で終わる。でも、支部長への報告なのでおまけを付け加えた。おまけと言っても、松永大佐を連れて移動し、一緒にオニキスに乗り込んだ程度だ。

 短い報告になった。と言うか、他に言う事が無いのでしょうがない。

 自分の報告に続いて松永大佐からも報告を行ったが、内容に大差は無い。強いて言うのならば、松永大佐が負傷した経緯の詳細が追加されたぐらいだ。

「大差の無い報告になったか」

「一文で済むような内容です。大差ないと言ったでしょう」

 何とも言えない顔になる支部長だったが、松永大佐からきっぱりと言われて渋い顔になった。

「星崎。アゲラタムにはサバイバルキットみたいなもんを積んでいないのか?」

 ふいに、一人の男性将官が挙手してから自分に質問をした。だが、すぐに工藤中将が突っ込みを入れる感覚で声を上げる。

「おい、元無人機にそんなもんが積まれている訳ねぇだろ」

「それはそうだが、有人操縦可能な機体なら、不測の事態に備えて『サバイバルキットを積むスペース』ぐらいは確保されている筈だろ? 何でガーベラのサバイバルキットを使ったんだよ。事前に持ち込めよ」

「……言われて見ると、確かにそうだな」

 反論を受けて納得した工藤中将は自分を見た。確かに、持ち込まなかった事に関しては自分も似たような事を思った。

「結論から申し上げますと、アゲラタムにそんなスペースは存在しません」

『え゛っ!?』

 結論を言ったら、事前に教えた松永大佐以外の面々が同時にギョッとした。

 有人機として正式に使われている場合であれば、サバイバルキットを収納するスペースは存在しない。そんなスペースが余ったら別の何かを詰め込む。

「向こうの宇宙でパイロットを職業にしているものは、支給品を自分で持ち歩いています」

『持ち歩く?』

 松永大佐以外の知らない面々が同時に首を傾げた。

 向こうの宇宙の技術が進歩しているから可能な事なのだと、改めて技術の差を認識する。

 自分の端末の平面閉鎖収納機能を起動させて、適当にセタリアから貰ったお菓子の缶を取り出した。支部長と松永大佐以外の面々が再びギョッとしている。驚いていない支部長と松永大佐は見慣れてくれたのかな?

「十キロまでのものが収納可能なものを、向こうの宇宙では誰もが身に着けています。これが非常に便利なので、向こうのパイロットはサバイバルキットのような支給品もこの中に入れて持ち歩いています」

「現実逃避したくなる技術の差だな」「こんなもんを全員持ち歩いているって、別の意味でヤバいな」

 工藤中将と質問をして来た男性将官の目が死んだ。他の面々も似たり寄ったりで、支部長も眉間に皺を寄せている。支部長は事前にサバイバルキットに関わる議論に巻き込まれていたんだっけ?

 お菓子の缶を端末に仕舞い、続きの報告を行おうとしたが、松永大佐が自分の顔の前に手を上げた。制止するかのような動きだったので、半開きの口を閉ざした。自分の代わりに調査報告をする気でいるのか、松永大佐が口を開いた。

「月面基地に到着するまでの空き時間で調べましたが、アゲラタムのコックピット内にサバイバルキットなどを収納するスペースは存在しません。ですが、日本支部が保有するアゲラタムだけは例外です」

「例外?」

「はい。日本支部が保有するアゲラタムも、回収するまでは元々無人機として運用されていました」

「そうか! 無人機として使う為に搭載されていた装置のスペースが在ったな」

 松永大佐の言葉を聞き、支部長は八月に行った作業を思い出したようだ。独り答えに辿り着いた支部長を見て、怪訝な表情を作った一条大将が口を開く。

「支部長。どう言う事ですかな?」

「アゲラタムを無人機運用するに当たって、通信機が設置されていた場所に無人機運用する為の装置が在ったんだ」

「は? 待って下さい。その物言いだと、アゲラタムには通信機がないのですか?」

「そうだ。通信機の代わりにAIが搭載されていたんだ。狭いが空きスペースである事には変わらないな」

 すっかり忘れていたと、支部長は呟いた。組織の長が言ってはいけない言葉だと思うんだが、松永大佐も忘れていたみたいなんだよね。イヤーカフス型の通信機を疑問を持たずに使用しているから、自分も覚えていて報告済みだと思っていた。だけど、この反応を見ると技術の違いで通信機が使えないと思われていたようだ。

 触らぬ神に祟りなし。指摘せずに黙っていよう。

 通信機が搭載されていない理由について、松永大佐は報告していなかったらしく、自分は『他に必要だけど搭載されていない装置の有無について』質問を受けた。通信機以外は全て揃っていたと回答すれば静かになり、今度はオニキスについて質問を受けた。 

 けれど、オニキスについての質問は支部長が却下した。

「ここにいない面々も聞きたい事が在るんだ。来月の定例会議を三日間行う事にして、会議中に質問を纏める」

「支部長、せめて一個だけでも……」

「却下だ。と言うか、何を聞く気だ?」

 佐藤大佐は食い下がったが、支部長はにべも無く却下するも内容だけは気になったらしい。

「機体の名称ぐらいは良いでしょう?」

「オニキスと言うらしい」

 支部長でも回答可能な質問だった。支部長が淡々と回答し、佐藤大佐は天井を見上げてこれ以上食い下がる事を諦めた。



 このあと、日本支部に来た問い合わせの内容を大林少佐の口から教えられたが、どれもアゲラタムについてばかりだった。オニキスに関する問い合わせも多少は在ったが、支部長が『これから調査する機体だから回答出来ない』と回答そのものを拒否したそうだ。

 アゲラタムの操縦方法を含めた情報開示を求める声も来たらしいが、使用可能な機体数が少ない事を理由にこちらも拒否した。

 支部長が回答出来そうな問い合わせは既に回答済み――と言うよりも似たり寄ったりな内容の問い合わせが多く、支部長は公開可能な情報だけを公開して、問い合わせに対応した事にして、詳細を求める声を拒否した。先代の上層部が何をやらかしたのか知っているけど、そこまで拒否して良いのかと思わなくは無い。

「暫くの間、アゲラタムについて他支部から探りが入る可能性が高い。このあと六時間程度だが、祝勝を祝う食事会が共用の食堂で行われる。各自、警戒してくれ。アルコールを摂取するのならば、口を滑らせないように気をつけるように」

 支部長からの言葉を最後に解散となったが、自分と松永大佐だけは残された。他の顔触れで室内に残っているのは、支部長と一条大将に大林少佐だけだ。

 顔触れからオニキスについて聞かれるのかと想像したが、支部長から全く違う事を聞かれた。

「特別褒賞ですか?」

 予想していた事とは全く違う事を言われて驚いてしまった。思わず鸚鵡返しで聞いてしまったが、支部長は鷹揚に頷いて付け加えた。

「そうだ。まぁ、私の権限で可能な範囲で、叶えられる事は叶えよう」

「特別褒賞が出る経緯をお聞きしても良いでしょうか?」

「他支部が絡む、とだけ教えよう」

 支部長の口から『他支部』の一単語が出て来た。その単語を聞き、『もしかして』と思考を回す。

「成程、他支部への牽制ですか」

「簡単に言うとそうだね。他支部に付け入る隙を見せたくないとも言うな」

 自分と同じ事を思ったらしい松永大佐が言葉を発した。それを聞いて支部長は深く頷いた。一条大将と大林少佐も、支部長と同じタイミングで頷いたので自分が思っている以上に面倒臭い事に発展していそうだ。

「星崎。何かあるか?」

 不意に支部長から『何かある』と聞かれて、少し悩んだ。あるにはあるんだけど、お願いしても良いかな?

「……そうですね。月面基地にいる間に、紙に書いてお伝えします。大林少佐。済みませんが、代筆をして頂ける方の紹介をお願いしても良いでしょうか?」

「代筆なら私がやるわ。でも、どうして代筆なの?」

「筆跡から身元を探られたくありません」

「徹底しているわね」

 大林少佐。反応するのなら、呆れるか感心するかどっちにしてくれ。そう思っていたら一条大将が何か閃いたのか、ポンと拳で手を叩いた。

「紙に書くんだったら、封筒に入れてはどうだ? 明日、丁度良く月面基地で全支部長が出揃う、緊急会議が開催される。支部長にはそこで手紙を読んで貰うか、読み上げて他支部にも教えてはどうかな?」

「名案ですね。ガーベラのパイロットの望みを知る事で、性格を理解するかもしれません。支部長にだけ、今ここで教えない方が良いでしょう」

 松永大佐、今ここで悪ノリするのはどうかと思う。ストッパーを探して大林少佐を見たが、黒い笑顔で頷いていた。

「君達。忘れているかもしれないが、私が日本支部の支部長で、君達の上司で、一番偉いんだよ。雑な扱いは止めてくれない?」

「佐久間支部長。何を仰るのですか? 改めて言う必要の無い全員の共通認識事項ですよ。時と場合で使い分けているだけです」

「……松永大佐。イイ笑顔で言わないでくれ」

 渋い顔をする支部長と、輝かんばかりの笑顔を浮かべる松永大佐。実に対照的な二人だった。一条大将と大林少佐は否定も肯定もしない。

「どうせ他支部から聞かれる事だから、別に良いんだけどね」

 支部長、天井を仰ぎながらため息交じりに言う事じゃないんだけど。つーか、緊急会議が開催されるのか。偉い人は大変だねーと、支部長に同情していたら、レターセット一式とペンを持った大林少佐が近づいて来た。

 大林少佐は『書く内容を教えて欲しい』と身を少し屈めた。爪先立ちになって、大林少佐の耳元で『支部長へのお願い』を口にした。自分のお願いを聞いた大林少佐は目を丸くした。

「そんな事で良いの?」

「個人的に大切な事です」

 大林少佐の疑問に、自分は真顔で頷いた。


 そもそも自分は、退役するまでモブキャラのように無難にやり過ごす予定だった。それが六月の一件で崩壊したから、今に至るんだけどね。

 少しでも長く、モブキャラとして無難にやり過ごしたいと思って何が悪い? 自分はまだ十五歳の『未成年』なんだよ?

 エースパイロットは誰もが憧れる立場だけど、能力が有るが故に『責任の重い任務や役割』を押し付けられる『苦労する立場』じゃん。

 軍事組織で昇進しても、仕事と責任が重くなるだけで、メリットなんて無い。メリットらしき権限と給料が増えても、どこで使えって言うんだよ!? 下の階級でいた方がまだ、給料に見合った自由が残っている!

 年功による昇進ならば、まだ諦めは付く。でも、能力による昇進は嫌だ。やっかみと僻みが増えて、足を引っ張ろうとする輩が出現しそうで、とにかく疲れそう。目の前にいる支部長がその最たる例だし。

 

「本当に良いのね?」

「はい。私は支部長のように疲れ果てて草臥れた人生を送りたくありません」

 確認を取る大林少佐に、ハッキリとノンブレスで言った。

「待ちなさい。どうしてそこで私の名前が出て来るんだ!? 確かに疲れは溜まっているけど、私の人生は草臥れていないよ!」

 執務机を叩いて支部長が抗議して来た。支部長、疲れている事だけは肯定するのか。そこは否定するところじゃないの?

 何となく一条大将と松永大佐を見たが、『確かに』と言わんばかりに頷き合っていた。大林少佐は聞こえない振りをして、自分の言葉を紙に書いて封筒に仕舞い、封緘代わりのシールを貼った。そのまま支部長に差し出す。

 支部長は封筒を受け取ったけど、何とも言えない微妙な顔をしていた。けれど、食事会には支部長も出席しなくてはならないので、封筒を懐に仕舞う事で一緒に文句を飲み込み椅子から立ち上がった。

 そのまま五人で移動を始めるが、ふと疑問を抱いた。

「場所は階級ごとに分かれているのですか?」

「特に分かれていないが、星崎は独りで動くな」

「何故ですか?」

 階級で場所が分かれていないのなら、独りで動こうかと思ったけど、何故か松永大佐に却下された。

「トラブルホイホイが一人で動くな」

「……分かりました」

 松永大佐からトラブルホイホイと言われた。反論せずに月面基地で起きた事を思い返し、確かにトラブルが多かったので素直に頷いた。

 六月以降、自分が絡んだトラブルは大騒動になっている。

 イタリア支部の人間を晒しものにして、国際会議紛いなものが開催された事が良い例だろう。

 作戦成功を祝うパーティーなのだ。トラブルは無い方が良いに決まっている。

 そう判断して単独行動は控えようと決めたが、この時、誰と行動すれば良いのか聞き忘れてしまった。


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