帰艦と作戦終了宣言、後に帰還
帰艦後。
待ち構えていた医療スタッフに未だに目覚めない松永大佐を引き渡した。引き渡す際、松永大佐の身形を整えてヘルメットを被らせてコックピットより引っ張り出そうとして失敗した。松永大佐は大柄なので自分一人の手では出せず、ナスタチウムから降りた佐々木中佐の手を借りた。
医療スタッフに担架で運ばれて行く松永大佐を佐々木中佐と共に見送る。見送りが終わると佐々木中佐に呼ばれて待機室へ移動し、松永大佐が搭乗していたアゲラタムがどうなったのか質問を受けた。質問が待機室に移動してからだったのは、人目を気にしての事だろう。
「回収しましたよ。オニキスの収納機に仕舞っているので、ツクヨミに戻り次第、出しますね」
「収納機?」
「色んなものを一杯仕舞える、便利な入れものです」
簡単に回答してから、逆に佐々木中佐に別行動を取ってからの事を尋ねるも『松永大佐と一緒でなければ駄目』と却下された。その松永大佐は医務室に運ばれたばかりなので、目を覚ますのはまだ先だ。話す事になったら改めて連絡をくれるみたい。それまでは待機と言う名の休憩時間だ。
やる事が無いので、格納庫へ戻った。着替えに更衣室に向かうのではなく、先に格納庫へ向かうのはガーベラ弐式を適当に置いて来たままだったからだ。格納庫へ戻ると、案の定と言うべきか、整備兵の面々は困り果てていた。
班長らしき人物に声を掛けてから、ガーベラ弐式を指定の位置に戻す。整備兵に『敵機の頭部を殴ったり、腕を蹴ったので、もしかしたらおかしなところが見つかるかも知れない』と正直に、戦闘中に行った機体に負荷を掛ける行動について話して整備をお願いした。このあと、オニキスは松永大佐が乗っていたアゲラタムの定位置に移動させてから、更衣室へ向かった。
「ふぅ」
髪をタオルで乱雑に拭いてからクリップで纏める。
シャワールームは更衣室に無いので、一度制服に着替えなければ向かう事は出来ない。手間だが、着替えて自室に戻りタオル類を手にシャワールームへ移動した。
手早く汗を流して、タオルで肌を拭く。ドライヤーが無かったので、髪は魔法で乾かした。
荷物を手にシャワールームから出て、自室へ戻ると、今度は空腹を告げる音が鳴り響いた。時間的に晩御飯の時間を過ぎているので、体内時計は狂っていない。食堂へ向かうと、十人ちょっとの搭乗員が食事を取っている。カウンターに向かうと、数人分の食事が残っていた。料理人の人に尋ねると、他の搭乗員は既に食べたらしい。
だったら食べても大丈夫かと判断し、食事を盛り付けたプレートを貰った。適当な席に座って独りで食べる。一口食べると、自分が思っていた以上に空腹だったのか、空腹感が強くなった。早めのペースで食事を食べ進めて、十分程度で食べ切った。少々物足りなさを感じるが、持って来たお菓子を少しだけ食べよう。
プレートをカウンターに返し、部屋に戻る道中でセタリアとの会話を録画した事を思い出した。
あの時の会話はオニキスに搭載されていた通信機で行ったので、録画をしても自分が持っている端末に映像は残らない。
データを取りに格納庫へ向かう。格納庫で整備兵の面々に色々と聞かれたが、『ガーベラ弐式では無く、黒い機体に用が有る』と言えば、皆は興味を失くしたように去って行った。
多分、皆揃って『これ以上聞くのは良くない』と判断したんだろう。
すっかり忘れていたが、この戦艦の搭乗員は全員『諜報部の所属』なのだ。聞いてはいけない最低限のラインがどの辺りなのかも理解している筈。
多くを言いたくないから良いんだけどね。
ありがたい対応に心の中で感謝して、オニキスへ近づきコックピット内に入る。
内部は後ろに予備の座席を出したままだった。ガーベラ弐式から降りる時に引っ張り出したサバイバルキットもそのまま残っている。
座席を戻し、操縦席に座り、操作盤を操作して端末に録画した映像の複製を移す。コックピットから出る時にはサバイバルキットも忘れずに持ち出した。そして近くの整備兵に、サバイバルキットの一部を使ったがどうすれば良いのか尋ねて、そのまま引き取って貰った。
整備兵にお願いしてから格納庫より去り、自室へ戻りベッドに寝転ぶ。
短時間で色々と起きたからか、眠気が一気に襲って来た。
「……ん?」
暫しウトウトとしていたが、スマホの振動音で目が覚めた。目を擦ってから起き上がり、枕元のスマホの画面を見ると、佐々木中佐からの着信だった。慌てて出るも、自分が返事をするよりも先に佐々木中佐は『松永大佐が起きたから医務室に来い!』と叫び、一方的に通話を切った。
一体何だったのか?
暫しの間、無言でスマホを見つめてしまった。
でも、松永大佐が目を覚ましたのなら、行くしかない。
ベッドから降り、自室を出て医務室へ向かった。
到着した医務室内は、ちょっとした騒ぎが起きていた。こんなに騒いで良いのか? ってぐらいの騒ぎだった。騒ぎの渦中にいるのはベッドの上で身を起こしている松永大佐だ。佐々木中佐と井上中佐が、涙声で何度も謝罪の言葉を口にしている。何時もなら諫める松永大佐も、気まずそうに目を逸らすだけだ。医療スタッフの方々も、何だか涙ぐんでいる。
……何この状況?
何がどうなっているのか全く分からず、入り口で独り呆然としていた。
良かったと泣いて喜んでいる中佐コンビが落ち着くまで待とうと決めたが、待っていた間に松永大佐と視線が合いバレてしまった。諦めて騒動の渦中に近づき、松永大佐に声を掛ける。
「松永大佐」
「星崎も来たのか」
ベッドから上半身だけを起こした松永大佐の衣服は黒いインナーウエアだけで、その上には何も着ていない。でも、包帯の類は見えない。腹の辺りから下はシーツで見えない。シーツで隠されている可能性は残っている。近づいてもインナーウエアから血臭を感じないから、今着ているインナーウエアは一度着替えたものかな。
「はい。佐々木中佐より、『松永大佐が起きたから医務室に来い』と連絡を貰いました。もしかして、見た目以上に酷かったんですか?」
今になって思い出したんだが、松永大佐は鎮痛剤を二本も使用していた。サバイバルキットの鎮痛剤の効果は弱いんだっけ?
「いや、そんな事は無い。内臓は傷付いていないし、細長い破片が少し深く刺さっただけだ。破片を摘出してから簡単な縫合も行ったが、傷口は小さい」
破片が深く刺さったって、結構大事じゃね? 破片を摘出したって事は大事だよね?
自分の場合だったら、腹に大穴が開いても、片腕が消滅しても、即死でなければ魔法で治せるから、そう大した事では無い。けれど、松永大佐は自分と同じような事は出来ない。だから松永大佐はガーベラ弐式のサバイバルキットを受け取り、オニキスに乗った時に簡易的な手当てを行った。ここまで思考が回り、疑問が沸いた。
「そう言えば、アゲラタムにサバイバルキットは積まなかったんですか?」
アゲラタムにはサバイバルキットを積み込むスペースが存在しなかったが、本来通信機を搭載するスペースが狭いけど空いている。松永大佐の反応を見るに忘れているのかもしれないな。
「一体どこに収納しろと言うのだ? 重力制御器を設置するスペースに置けとでも言うのか?」
「……向こうは誰もが端末を所持しているから、そもそも無かったんだっけ」
向こうの宇宙では大人から子供まで、前線に向かう兵士も、誰もが端末を身に着けている。個人登録しなければ使えない点を利用して、身分証明証代わりにもなっている。そして端末には、『平面閉鎖収納機能』と呼ばれる大変便利なものが搭載されている。一つの端末の収納量は約二メートルの立方体空間に十キロだ。一キロにも満たないサバイバルキットなど余裕だ。しかも、十キロまで入る端末を皆『四つ』所持しているので、合計四十キロまでの荷物の持ち運びが可能となる。
必然的にと言うべきか。向こうの宇宙で渡されるサバイバルキットは、各自の端末に収納するようになった。
「緊急を考えると持つべきだが、身に着けるにしても限界が有る。背負う形で所持するか、何度か支部長を巻き込んで話し合ったが、コックピット内部にまで貫通する攻撃が来る可能性は低いと結論に至ったんだ」
「その低い可能性を、今回引き当ててしまったんですか」
「……そう言う事だ」
自分から目を逸らした松永大佐が肯定した。目を逸らしたと言う事は、松永大佐も『攻撃が当たる可能性は低い』と判断した側だったのかも。
「ツクヨミに戻ったら収納スペースを確保しましょう。候補が有るので、収納可能か試しましょう」
幸いにも、日本支部が所有しているアゲラタムにはサバイバルキットが詰め込めそうなスペースが存在する。スペース確保を提案したが、実際に行うのは収納可能かどうかだ。提案すると松永大佐は頷いてから口を開いた。
「それは帰りの道中で行う。それよりも、星崎。私が眠ってしまってからの事を教えてくれ。既に二時間も経過しているらしいが、あの二人は頼れん」
「分かりました」
松永大佐の言葉に頷く。
中佐コンビは未だに泣いて喜び抱き合っている。腐った趣味の方々が見たら、鼻息を荒くして喜びそうな光景だ。
説明が要求出来る状態では無いあの二人に、聞くのは難しいな。てか、もう二時間も経過していたのか。
中佐コンビを落ち着かせてから、自分は松永大佐の要求通りに状況説明を始めた。説明と言っても松永大佐が何時寝落ちしたのか分からない。
寝落ちする前の松永大佐と最後に会話をした頃、転移門を破壊し帰艦に向けて移動を始めた頃から今に至るまでを教えた。所々で中佐コンビから、合いの手を入れるように情報が追加された。
「――では、艦長からも特に指示は来ていないんだな?」
「はい。一度も聞いていません」
正確には『聞きにも行っていない』が、下級士官が艦長に聞きに行くのは不味い。階級的にも、中佐コンビのどちらかを、ワンクッションとして挟んだ方が良い。
「作戦が思いもよらない形で終了したから、上は混乱している可能性は高いか。あとで、佐久間支部長に連絡を入れれば良いか」
松永大佐は勝手に納得するなり、ベッドから降りた。傷口を縫合したばかりなのに、動いても良いのか?
「動いても大丈夫なんですか?」
「歩いて移動する程度ならば問題は無い。艦内で走るような事態は少ないしな」
松永大佐を止めようかと思い質問すると、医療技術の進歩を感じさせる回答を得た。そう言えば進んでいましたね。すっかり忘れていたわ。立ち上がった松永大佐はパイロットスーツを着込み、更衣室へ向かった。制服に着替えたら、未だに夕食を取っていない中佐コンビと一緒に食堂へ向かうそうだ。自分を含めた他の搭乗員は既に夕飯を取り済みだと教えたからかもしれない。
松永大佐が食事を取っている間、自分はブリッジへ向かう事になった。通信室を使う前に、艦長がどこにいるのか確認する為だ。ブリッジで艦長と会ったら、自分も食堂へ向かい松永大佐達と合流する。
艦内地図を思い浮かべながら歩いてブリッジへ向かう。移動の途中、誰ともすれ違わなかった。自分が暢気なだけで、忙しいのかもしれない。辿り着いたブリッジで艦長を発見した。艦長に挨拶をしてから用件を述べて、松永大佐に伝言の有無を確認するも無かった。
ただし、日付が変わるまではブリッジで状況の確認を行うそうだ。ここで艦長が言う『状況の確認』と言うのは、敵の残機の存在と転移門の完全破壊の確認だ。
艦長に頭を下げてからブリッジを出て、食堂へ向かう。
あと約一時間半で日付が変わるのに大変だなぁ、とそんな事を他人事のように思い、移動途中にふと思い出した。
……そう言えば、転移門はオニキスで雑に破壊しちゃったんだっけ。
いかに脳を酷使したあとだったからとは言え、今になって思うと随分と雑に破壊したなぁ。
甘い照準で放ったビームライフルの一発で先端部分を打ち抜き、本体はビームカノンを薙ぎ払うように使って、敵機ごと纏めて一括処理しちゃったんだっけ? 向こうの宇宙でこれをやったら、絶対に『雑な破壊だ』と苦情が来る。
今回、ビームカノンをフルチャージで使ったけど、……仮に苦情が来たら、責任はセタリアに押し付けよう。向こうの対応の遅さが原因なんだし。
無人の廊下で、独り頷いた。
「艦長はまだブリッジにいたのか」
「はい、日付が変わるまではいるそうです」
ハイペースで食事を取る松永大佐に報告する。松永大佐の正面に並んで座る中佐コンビは、喉に詰まらないのか心配になる速度で食事を食べていた。ハイペースで食べる松永大佐の動きがゆっくりに見える速度だ。
「なら、日付が変わる前に佐久間支部長に連絡を入れた方が良さそうだな。そこの二人も報告していないから、佐久間支部長がそわそわしながら待っているかもしれん」
最後の一口を嚥下してから、松永大佐はそう言うと立ち上がり遠くを見た。その動きにぎこちなさは無い。体幹のブレも、動きのタメも無い。完治した。そう見て良いだろう。そして、立ち上がった松永大佐の視線の先には、先に食べ終えてプレートを片付けている中佐コンビがいた。
「言い難いが、あの二人もまだ報告を行っていない。言い訳は『纏めて報告した方が混乱が少ないと判断した』だった」
「松永大佐が負傷したと聞いたら、支部長も驚くと思いますよ。今後の疲労を考えると、支部長が気に病む事は少ない方が良いと思います」
「それはそうかもしれないが、あの二人は必要な報告まで行っていないんだ。流石にそれは駄目だろう」
「……それはそうですね」
全くもって、その通りだな。自分が言ってはいけないんだけど、中佐コンビは何をしていたんだ?
自分の疑問への回答は無く、プレートを片付けた松永大佐に手を引かれて中佐コンビと一緒に通信室へ向かった。
そして、通信室で支部長と通信を繋ぎ、松永大佐が代表して必要な事を報告した。
その結果。
『事情が在るとしても、報告が遅いよ! どれだけ気を揉ませれば気が済むんだ!?』
「「済みません」」
『星崎では階級的に報告出来ないのは判っているだろう!? 何で忘れるの!?』
通信映像の中で絶叫している支部長の姿は、たった数日見なかっただけで目の下に濃い隈が出来ており、頬は痩せこけている。何が起きたんだ?
支部長に怒られている中佐コンビは縮こまって頭を下げている。松永大佐は、中佐コンビが報告を忘れた原因でもある為、居心地悪そうにしている。支部長は中佐コンビにお小言をたっぷりと言ってから、何故か自分を見た。
『星崎。作戦を終わらせる大役を任せておいて言うのもアレだが、事前に説明が欲しかった』
支部長から責めるような視線を貰った。謝罪の言葉を口にしながら支部長の言葉の意味を考えて、とある可能性に至った。しかし、同時に『早くない?』と思った。
「他支部から問い合わせが、もう来たのですか?」
『来たぞ。それも、大量にな。日本支部もそうだが、他支部もリアルタイムで作戦の中継を見ていた。だから、問い合わせが大量に来たんだ。一条大将のところにも問い合わせが殺到しているせいで、帰還作業が滞っている。問い合わせは『作戦参加者が月面基地に帰還してから受け付ける』と言って突っぱねているが、問い合わせ件数が溜まる一方だ。報道関係者には公表していないが、問い合わせの件数は予想の三倍多い』
支部長は天を仰いで嘆いている。
リアルタイムで作戦の中継を見ていたのか。それで問い合わせるまでのタイムラグが短いのか。
「オニキスに関しては、表向き『ガーベラのパイロットが強奪した』事にすれば良いと思います。真相は支部長が信頼している方々にだけ教えれば良いと思います」
『……何でそんな事を思い付くの?』
「向こうが提示した条件を達成したから譲渡して貰えたと、本当の事を言って信じて貰えるのでしょうか? 強奪にした方が、比較的、信じて貰い易いと思います。何より、日本支部の信頼を損ねないようにするのなら、真偽を混ぜた情報を開示した方が良いでしょう」
自分の意見を述べながら提案すると、少し呆れていた支部長は顎に右手を添えて考え始めた。
『逆に探りを入れられそうだが、今後の事を考えるとそうした方が良さそうだな。その辺はこちらで考える。考えるが、星崎はオニキスだったか? あの黒い機体を受け取った経緯の報告書を出してくれ。機体に関する情報は不要だ』
「分かりましたが、二点確認が在ります。オニキスの機体情報は不要で良いのですか?」
確認する為に質問をしたら、映像の中の支部長の眉間に深い縦皺が出来た。
『私の頭で未知の技術を理解しろと言うのか? あんなSF小説にしか登場しない兵器の詳細を語られても困る』
「一応、オニキスもアゲラタムを改造した機体です。オプションパーツを改造して搭載しているので、原形が残っていないだけです」
『向こうの技術を使用している事が一番の問題なんだ。もう一つの確認は何?』
「オニキスを受け取った経緯ですが、途中から松永大佐と一緒に行動していました。私から見た経緯だけを報告する形で良いですか?」
支部長の問いに回答すると、支部長は唸り声を少し上げながら考え始めた。
『う~む。それを聞かれると、……そうだな。報告は月面基地で直接聞く事にしよう。報告書の提出は不要に変更する』
「分かりました」
了承の応答をすると、支部長は松永大佐を見た。
『報告は松永大佐からも聞きたい。星崎と一緒に来てくれ』
「大差ないと思いますが、指示ならば出向きましょう。私からも幾つか質問しても宜しいでしょうか?」
『何かな?』
松永大佐から質問が有る。そう言われた支部長の額に脂汗が浮かんだ。支部長は一体何を警戒しているんでしょうかね?
「未だに作戦成功の宣言が出ていません。原因は判りますか?」
『問い合わせに気を取られて、単純に忘れているだけだ。日本支部へ問い合わせを行うのなら、早急に作戦成功宣言を出して帰還させろと、何度か急かした。そろそろ宣言が出ると思う。あんな破壊では、回収可能なものは少ない。残っている作業は、帰艦兵数の確認と戦闘機の残骸回収ぐらいだが、兵数の確認はほぼ終わっている。残骸の回収は、後日改めて、全支部が人員を出し合い、合同派遣して行う事になっている』
「二度手間な気がしますが、疲れ切ったパイロットにやらせる訳にも行かない。と言う事ですか?」
『表向きはな。他所の支部はこれを機にもう一度、敵機を回収して、研究が行いたいそうだ』
支部長と松永大佐のやり取りを聞いて思う。
二度手間な上に、各支部の思惑が見え隠れしている。こんな状況なのに何で一致団結が出来ないのか。マジで呆れる。
「佐久間支部長、日本支部も参加するのですか?」
『回収作業には参加する。アゲラタムのパーツは回収しても損は無い。それに、参加しないと別の意味で勘繰られそうだ』
支部長が言った『勘繰られる』は、セタリアとの繋がりを『悪い意味で疑われる』事も含まれていそうだ。疑いを持たれないようにする事は必要だが、勘繰られないように立ち回る事も必要と言う事だ。
その辺りは支部長に丸投げするしかない。日本支部での自分の立場は下級士官で、末端の人間だ。何の因果か、今は支部長とこうして会っているが、本来ならば支部のトップと会う事は出来ない。
「ん?」「「んあ?」」「……始まったか」
艦内放送用のスピーカーからノイズ音が聞こえた。耳を澄ませると、作戦の最高司令官(名前は知らない)の演説が始まったそうだ。
『――此度の作戦は予期せぬ形で終わったが、対象物の破壊は成された。時間が少し経過してしまっているが、現時刻をもって作戦の成功を宣言する! 生き残った皆の尽力に感謝する。そして、礎となり散った勇猛果敢な兵士達に感謝と黙祷を捧げる』
始まった演説は、作戦が成功で終わった事を認める宣言だった。演説は宣言の次に『散ったもの達へ黙祷を捧げる』と続いた。
どれだけの兵が戦死したかは知らない。旗色の悪さを考えると、それなりの数が戦死した筈だ。もっと早くに、終わらせたかったな。
映像の中の支部長と、松永大佐と中佐コンビと共に、黙祷を捧げた。
黙祷が終わると、続いて『月面基地への帰還行動を取れ』と指示が出た。準備が出来た順に出発では無く、六時間後に月面基地へ一斉に出発すると言葉は続き、艦内放送を終わった。通信映像越しだが、一緒に艦内放送を聞いていた支部長がぽつりと呟いた。
『十年越しに、漸く一歩進めたか』
「おや、感慨深いのですか?」
『いいや、戦後処理を考えるとそんなものに浸ってはいられん。それに、まだ向こうの宇宙との交渉が残っている。交渉の結果次第でどう転ぶのか、皆目見当も付かん』
松永大佐に『浸ってはいられない』と支部長は言ったけど、その声音は穏やかだ。
『何はともあれ、作戦は成功した。帰還行動を取ってくれ。佐々木中佐と井上中佐は出発時に搭乗していた艦に戻りなさい。月面基地に到着したら、報告忘れの始末書を必ず提出しなさい』
通信が切れる間際、支部長から始末書の提出を求められた中佐コンビは肩を落とした。揃って落ち込んでいるのが判るけど、慰めもフォローも出来ん。強いて思うのなら、『一声掛ければ良かったかも』程度だ。
でもね。
戦闘が終わったともなれば、中佐コンビも自身の部隊の情報収集をせねばならない。部下から報告も上がっていただろう。それに、自分に構っている時間が無いから、佐々木中佐は自分に『待機と言う名の休憩時間』を言い渡した筈だ。バタバタしていたから『一先ず、待機を指示した』訳では無いと思いたい。
松永大佐は肩を落としままの中佐コンビに『早々に移動しろ。始末書は移動中に書けば良い』と声を掛けてから、退室と移動を促した。しかし、中佐コンビの顔色は悪いままで、動きは遅い。
見かねた松永大佐は『月面基地に到着するまでに書き上がったのならば、添削ぐらいはする。相談にも乗るから早く行け』と言ってから中佐コンビの背中を押した。背中を押された二人は、『忘れないで下さいよ』と松永大佐に念を押してから走って去った。素直過ぎる反応だ。
中佐コンビを見送ってから、自分と松永大佐はブリッジへ移動した。
日付はまだ変わっていない。『日付が変わるまではいる』と艦長が言っていたのだ。。日付が変わるまで、残り三十分程度だが時間は残っている。急いで向かえば、間に合うだろう。
その予想通りに、艦長はまだブリッジにいた。
艦長は自分が再度現れた事に首を傾げたが、自分の隣にいる松永大佐を見て驚いた。流石に医務室に運ばれた報告は受けていたか。
松永大佐は艦長に月面基地への帰還準備についての質問を始めた。
他の艦と違い、この艦の搭乗員とパイロットの人数は少なく、積載可能な機体も少ない。それは出来る事が少ないと言う事でも在る。出来る事が少なくても、手伝える事はあるかもしれない。
わざわざブリッジに移動して尋ねる事かは不明だが、他の艦と通信して連携を取る、松永大佐はそう言った事を想定しているのかもしれない。
先程の作戦中に負傷して、治療を受けた松永大佐に仕事が回って来るとは思えないが。
自分の読み通りに、松永大佐とこの艦に割り振られている仕事は無かった。それどころか、『大役を果たしたのだからゆっくりと休め』と艦長から言われてしまった。
「残骸の回収は後日行うって話だ。今は月面基地に戻って報告に向けて準備をしろって事さ。帰ってからが忙しいんだ。今はゆっくりと休みな。ちゃんと、出発する時には連絡を入れるから、五時間半ぐらい寝て起きな」
艦長はそう言うなり、自分と松永大佐に部屋で休めとブリッジから締め出した。ブリッジのドアを見つめてから松永大佐にどうするか尋ねた。
「どうしましょうか?」
「やる事は無い。強いて言うのなら、休むぐらいだろうな。何か問題が起きれば、呼び出されるだろう。星崎は部屋で五時間の睡眠を取れ。私も軽く眠る」
そう言ってから、松永大佐は自分の手を引いて来た道を戻る。自分の手を引く必要が有るのは不明だが、松永大佐と自分の部屋は同じ階に存在するので、行先は近い。黙って手を引かれるままに移動を始めた。
そして、部屋に戻り眠りに就いて、六時間後。
遂に月面基地への帰路に就いた。