かつての愛機と再会
「つまり、……敵機十機を交戦し、数を四機にまで減らした。四機にまで減らしたところで、四機の内の一機が交戦中の井上中佐に突撃して来た。その突撃と同時に松永大佐が一機撃墜し、井上中佐に突撃している機体に気づいて、フォローに入った。フォローに入る直前で、井上中佐が交戦中の機体に大きく吹き飛ばされてしまった。井上中佐が吹き飛ばされてしまい、松永大佐は二対一の状況に持ち込まれて、左腕を損傷した。撃墜してから応援に駆け付けた佐々木中佐と共に二機を撃破。こんなところですか?」
箇条書きにするように、自分の言葉で内容を口にして確認を取れば『その通りだ』と、松永大佐から肯定の言葉を貰った。
『それよりも、星崎。勝ったんだな?」
「はい。勝ちました」
改めて『勝った』と報告すれば、中佐コンビのはしゃいだ声が聞こえる。
『『勝ったから正気に戻ったんだな!?』』
「正気? 何の事ですか?」
『『無自覚ぅっ!?』』『アレは無意識だったのか……』
驚愕の声と呆れた声が同時に聞こえた。
あれぇ? と、首を傾げるが、心当たりが無い。さっきの戦闘中に舌打ちをした事は覚えているけど、無意識に何か言ったのか?
作戦終了後に聞こうと心のメモに残し、これからの予定を口にする。
「そんな事より、これから機体の受け取り場所へ案内して貰うんですけど、三機で帰艦は出来ますか?」
『悪いが、厳しい』
松永大佐の言葉を聞き、表示にしたままの空中ディスプレイのティスを見た。
「遅刻の帳消しを頼んでも良い?」
『ゴメン。引き渡したら早々に空域から離れるように言われているんだ。オニキスの収納機に空きが残っている。二機だけならギリギリ入る』
「仕方が無い、か」
ティスの回答を聞き、こんなところにまでセタリアからの指示が入っている事を知る。
こんなところでまごまごしている場合では無いし、気掛かりは残るが、容量に空きが存在するのならば、やるしかないと決断する。
「松永大佐は私と一緒に来て下さい。佐々木中佐と井上中佐は、済みませんが先に帰艦して下さい。最後の用事が終わり次第、松永大佐と一緒に黒い機体で帰艦します」
早口で言うと、中佐コンビから困惑の声が上がった。その隙に左腕を半壊させた、松永大佐が乗っているアゲラタムの背後へ回る。今のガーベラ弐式にはもう一人が乗るスペースは残っていない。何より、今のガーベラ弐式の加速に松永大佐は耐え切れない。絶対負傷するが、アゲラタムに搭乗したままなら、どれだけかっ飛ばしても大丈夫だ。
『星崎。私が乗っているアゲラタムはどうする気だ? どこかで放棄するのか?』
「回収方法が有るので、放棄はしません。時間が無いのでこのまま運びます」
松永大佐の質問に回答しつつ、背後からアゲラタムを掴む。その間に松永大佐も心を決めた模様。
『……確かに時間は惜しいな。佐々木中佐と井上中佐、先に帰艦し、艦長に説明してくれ。道中の戦闘は可能な限り控えろ』
『分かりました』『星崎、頼んだぞ』
自分が了解の応答を返すと、赤いアゲラタム二機が背を向けて去った。
去って行く二機のアゲラタムを見送り、空中ディスプレイのティスを見る。
「ティス、案内して」
『分かった。クォーツに案内させる』
映像の中のティスは頷いてから、通信を切った。直後、クォーツがどこかへ移動を始めた。
松永大佐に一声掛けてから自分もガーベラ弐式のバーニアを全開にして、クォーツのあとを追った。
クォーツの移動先は戦闘空域から離脱して、十分程度移動したところに在った、やや小さい小惑星だった。移動時間を利用して、これからどうするのかについて松永大佐に説明していた。けれど、思っていた以上に近かったので、松永大佐からの質問は全て拒む形になった。
移動先を見て『そう言えば』と思い出す。小惑星の内部を改造して臨時の前線基地にしたとか、ティスが言っていたっけ?
小惑星にクォーツが近づくと、小惑星の一部が横にスライドして、出入り口を作った。
『星崎、この小惑星は一体、何なんだ?』
先を行くクォーツが入って行った小惑星を見て、松永大佐は怪訝そうな声を上げた。小惑星型の基地を初めて見たら、確かに『何だアレ?』って思うか。
「聞いた限りですが、臨時の前線基地だそうです」
『前線基地? 我々で言うところの月面基地のようなもの、なのか?』
「向こうの言い分通りならば、そんなところですね。迷彩機能を搭載しているみたいなので、作戦が終わったら地球の衛星軌道に乗る為に来るかもしれませんね」
『さらっと嫌な事を言うな』
今後の起きそうな展開を口にすれば、松永大佐は心底嫌そうな声を上げた。
どの道、向こうの面々と直接接触するフラグは立っている。地球に近づくのは確かだろう。移動しながら行う迷彩機能の試験運用、とか何とか言っていた覚えがある。
クォーツに続いて小惑星の中に入ると、そこは戦艦を格納するスペースだった。戦艦限定の格納庫みたいな場所、と言えば解るだろうか? 見たところ、やや小型の戦艦を二隻・三隻は収容出来そうなぐらいの広さが有る。
……今思う事じゃないんだけど、SF創作系を読む度にたまに思う。宇宙空間での拠点は、デカい空母の建造と小惑星の改造のコストパフォーマンスはどっちが良いんだ? 資源を採掘するついでに改造するのであれば、小惑星の方が良いのかな?
初期費用の金額について思考が回りそうになったところで、疑問を脇に置いた。クォーツが更に奥へと進んだからだ。置いてきぼりを受けないように付いて行く。
奥へ進み、行き止まりの壁の前でクォーツが停止した。その横に並ぶと、背後が閉ざされた。
『星崎!』
「大丈夫ですよ。多分ですけど、隔壁を閉じただけだと思います」
『隔壁を閉じた?』
「クォーツのパイロットは、私達みたいにパイロットスーツを着ていないのでしょうね。クォーツも大気圏内での使用が前提でしたし」
松永大佐の疑問に答えていると、自分の予想が正解だと示すように正面の壁が開いた。その先には、宇宙服を着ていない生身の人間が何人もいた。ただし、重力制御圏外なのか。数人が宙に浮いたまま、拠点防衛用の黄色い機体『オウロベルデ』と、戦闘支援用の緑色の機体『クリソプレーズ』各三機の整備作業を行っていた。その近くの壁際に降り立った片腕の無いクォーツを見て、幾人かが動きを止めて呆然とした。
「――見つけた」
人が寄り付かない空白地帯に、片膝を突いたオニキスが鎮座していた。こんな状況で、かつての愛機と対面する事になるとは、夢にも思わなかったな。
『星崎。あの黒い機体は、何だ?』
「あの黒い機体が、今回受け取る予定のオニキスです」
『本当にこの機体に乗っていたのか? 予想と違うんだが……』
「元々は真っ白だったんですけど、諸事情で黒く塗り直しました。私じゃ威圧感が出ないので、機体を黒く塗って威圧感を出しました」
『出しました、じゃないだろう』
呆れ気味の声を出す松永大佐をそのままにして、オニキスの正面に降り立つ。
かつての愛機は何一つ変わっていない姿のままで、自分が来るのを静かに待っていた。
「松永大佐、説明通りにアゲラタムから降りて下さい」
『っ、分かった』
「?」
微かにだが、松永大佐が息を呑んだような音が聞こえた。嫌な予感がしたので、操縦席の下からサバイバルキットが入ったショルダーバッグを取り出してからコックピットのハッチを開けた。外に出てから、すぐ傍のパネルの蓋を開けてハッチを閉じる。そして、アゲラタムの方を見た。
「うわぁ」
コックピットから松永大佐が出て来たが、左脇腹に手を当てている。嫌な予感、的中。
急いでアゲラタムに近づき、松永大佐の左脇腹を確認する。松永大佐の左脇腹は赤いものが滲んでいた。応急処置(と言っても白い極太テープを貼っているだけ)はされていたが、赤色の滲み具合と松永大佐の様子から傷は深く見える。
『大丈夫だ。応急処置はした』
「明らかにやせ我慢している顔で言わないで下さい」
ヘルメットのバイザー越しに見える松永大佐の顔は何時も通りだったけど、大量の汗を掻いている。
パイロットスーツのウエストポーチには、幾つかの緊急用品が入っている。松永大佐が左脇腹に貼り付けているのは、『パイロットスーツ用』の応急処置用品のテープだ。色違いのビニールテープにしか見えないこのテープは、間違っても『治療用品』では無い。パイロットスーツの修復用品だ。サバイバルキットを持ち出して正解だった。
松永大佐に右側からしがみ付き、オニキスのコックピットへ移動する。コックピットのハッチを外から開けて、松永大佐と一緒に内部へ入った。
オニキスのコックピットは広いので、無理をすれば大柄な成人男性が三人も入れる。オニキスの操縦席は座席型なので三人までになるが、操縦席が騎乗型だったら四人は入れる。座席型の操縦席は、さり気無く大きいんだよね。
コックピット内の広さよりも、今は松永大佐を優先しよう。
ハッチを閉めてから操縦席の後ろに回り、臨時の折り畳み式の座席を引っ張り出す。背凭れと肘掛けに、シートベルトも付いているので、問題は無いだろう。松永大佐を引っ張り出した座席に座らせ、サバイバルキットが入ったショルダーバッグを押し付けてから腰回りのシートベルトを装着して貰った。続いて自分も操縦席に座る。
決まった手順でオニキスを起動。最初に行うのは、コックピット内でもヘルメットが外せる環境にする事か。左右の操作盤を操作し、空気弁を開けて空気を循環させる。ヘルメットのバイザーを上げても良い状態になるまで少し待った。
待っていた間に白いままの全周囲画面に幾つかの表示が出て来た。表示を読んでから松永大佐に『ヘルメットを外しても大丈夫だ』と声を掛け、自分もバイザーを上げた。深呼吸を一つして、気持ちを入れ替える。背後でゴソゴソと、何やら作業が始まったが気にしない。
『全機能問題無し。オニキス起動します』
全周囲画面が待機状態から切り替わり、周囲の映像を映し出した。収納機に仕舞う前に、松永大佐が乗っていたアゲラタムを改めて見る。左腕が半壊しているから気づき難かったが、コックピットに近い場所辺りに破片が突き刺さっていた。
松永大佐は良く無事だったな。いや、騎乗型の操縦席だったから無事だったのかもしれない。座席型と違い、騎乗型は搭乗したままでの動ける範囲が広い。肘掛け付きの椅子で例えれば判るかな? それとも、『立ち上がらなければ、両腕以外が動かし難い』と言えば良いのか。
向こうの宇宙でもアゲラタムの操縦時に、コックピットに破片が突き刺さるなどの『操縦中の身の危険』が迫った時、『座席型だと回避が難しい』と嫌がるパイロットは確かにいた。座席型のバリエーションを増やせば解決する事では無い。そもそも、そんな状況に陥る事が少ない。仮に、そんな状況に陥っても、熟練者は当然のように回避する。中には何の冗談か『奥義! 気合と根性で耐える!』とか言って、鍛えた筋肉で本当に耐え切ってしまう猛者もいた。サイのゴリラな父親が最たる例だ。傷が少し残っても『耐え切った勲章』と言って豪快に笑うオヤジだった。
余計な事を思い出した。頭を振って思考から追い出し、オニキスの手を伸ばしてアゲラタムとガーベラ弐式を掴んで両肩の収納機(端末の収納の巨大版)に回収する。収容が終わると『両肩の収納機の容量が一杯』だと警告表示が出た。これ以上、何かを収納機に入れる事は無いと思うし、目的を達成して帰艦したらすぐに出す事になる。
けれども、一つ疑問が残る。
オニキスに搭載している二つの収納機の『容量』は常に気に掛けていた。二つとも常に、容量の四分の一を空けていた。それが一杯になっている。それは、ティスかセタリアが何かを収納機に入れたと言う事になる。
あとで確認せねばならないが、現状での優先順位は低いし、ツクヨミに戻ってからで無ければ確認は出来ない。
オニキスを立ち上がらせた。立ち上がったオニキスを見て、オウロベルデとクリソプレーズの整備を行っていた面々が慌ててどこかへ退避する。
そんな中、動きの無かったクォーツからパイロットが出て来た。
「――え?」
クォーツから出て来たのは、ヘルメットを手にしたティスによく似た黒髪紫瞳の青年だった。予想に反して、パイロットスーツらしいものを着ていた。
「星崎。あの青年、誰かに似ていないか?」
「確かに、ティスに似ています……」
松永大佐に尋ねられたけど、ティスに似ている以上の言葉が出て来ない。
……ねぇ、ティス。約束は守ってくれたよね?
心の中でティスに質問したが、何故か良い笑顔を返された気がして、諦めた。
頭を振ってから、オニキスの飛翔機を展開し、飛翔して隔壁に近づいた。すると、隔壁はすぐに反応して開いたままだった扉を閉ざす。
オニキスを背後へ振り返らせた。こちらを見上げたままの青年は、扉が閉ざされるまでこちらを見ていた。